第84話 雪姫
入ってきた少女を一言で言えば白銀の女神。
白いコートに見事なまでの銀髪。背中までかかるストレートを少し編み込んでいる。
目は蒼石かと思うほどの美しい碧眼。雪のような白い肌は生まれてから一度も太陽の光に触れたことが無いかのようだ。
歳はサラヤや俺と同年代だろう。しかし、俺やサラヤと比べては申し訳が無いほどに気品に満ち溢れている。
そして、美の結晶で作られたかのような美貌。顔形が整っているという表現では全く足りない。俺はこれほど美しい人を見たことが無い。テレビや映画などで美人が当たり前のように氾濫している前の世界を含めてもだ。
これがチーム白雪の雪姫か。
1年ほど前にスラムにやってきて、なぜか居ついてしまった感応士の少女。
最初の1ヶ月は彼女の力を大いに見せつけた期間となった。
その次の月になると、絡め手でも相手にならないことが分かった。
そのまた次の月には、スラムチームではなく、街の有力者たちがやってきた。しかし、どのような誘い文句にも乗らなかったという。
もちろん、その中には力づくもあったようだが、彼女はそれさえ跳ねのけた。
それ以降、彼女はこの街の一種の聖域と化した。
誰も触れられない存在として。
彼女はなぜか住まいを街へとは移さなかった。理由は不明だ。
噂では彼女は何かを探しているようだと聞く。
それを聞き出せたものはいない。
たまにスラムを歩いている姿が目撃されている。
そして、事情を知らない奴が絡んでいって、護衛の機械種にのされる光景もよく見られるらしい。
白い女には手を出すな。
荒っぽい気性の奴多いスラムチームで最初に教わる言葉だそうだ。
皆が呆気に取られている中、扉を開けて入ってきた雪姫は会場を見渡す。
まるで下々が集う庭園へバルコニーから視線を投げかける王族のような振る舞い。それが自然に身についている仕草なのだろう。
そして、その視線は一点を捉える。
え、俺?今、目が合ったような
いや、チーム白雪の席はチームトルネラの隣だから、偶然だろう。
ゆっくりとこちらに近づいてくる雪姫。
その時になって初めて雪姫の傍に控える機械種が目に入った。
1体は一見、小学高学年生くらいの可愛い女の子。
ただし、犬耳が頭に装着されており、フリフリの白一色ゴシックドレスを着ていても、機械種であるということが分かる。
これが噂に聞く、機械種キキーモラか。
細々とした家事が得意な機械種と聞くが、雪姫のキキーモラは戦闘にも耐えうる設計のようで、傘に偽装された棍を振るい、有象無象をなぎ倒すらしい。
そして、もう1体は白い狼。
これこそが機械種ウルフなのであろう。
俺がやったダイアウルフと同じくらいの大きさだ。
これもチューンナップがされており、通常のウルフと比べても、倍近く戦闘力が高いそうだ。
俺達の隣の席にやってきた雪姫は、自分の席を通り過ぎて、こちら、チームトルネラの方に向かってくる。
え、何、サラヤに挨拶でもするの?
しかし、サラヤは近づいてくる雪姫に慌てた様子だ。
「あ、雪姫さん、どうしたの?え、あ・・・」
そんなサラヤを無視して、雪姫は俺の方に近づいてくる。
え、俺?いや、まさか。
後ろを振り返ってみるが、誰もいない。
俺なの?一体何の用?
今、俺の顔、涙と鼻水でぐちゃぐちゃなんですけど。
雪姫は俺の前にちょうど手が届かないくらいの距離で止まる。
「貴方の名前は?」
「はい?え、ヒ、ヒロです!」
「そう、チームトルネラの人?」
「はい、そうです!」
透き通るような冷たい声。
感情の籠らない、それだけに純粋な声の美しさだけが際立つ。
周りにどよめきが走る。
皆口々に驚きの言葉を零しているようだ。
『あの誰にも興味が無い雪姫が・・・』『なぜ、アイツに』
そんな周りの反応を全く気にしない素振りの雪姫。
しかし、傍に控える機械種2体は、騒ぎ始めた周りに危険を感じたのか、雪姫の近くに寄って警戒を強める。
「ああ、雪姫さん。随分と遅刻したようで~」
「会議はどうなったの?」
セザンがようやく思い出したかのように仕切り直そうとするが、雪姫は視線も向けずに質問だけを飛ばす。
「ダンジョンの異変について、原因と対策を練ってたところだな~」
「そう、じゃあ、もういいわ」
それだけ言うと、雪姫は皆に背を向けて、扉の方へ歩いていく。
「おいおい、雪姫さん、まだ会議は終わっちゃあ・・・」
「興味無い。それにもう用事は済んだから」
取り付く島もない雪姫。先ほどから顔色一つ、表情一つ変えていない。
え、用事って俺に名前を聞いただけだけど。
そのまま、キキーモラが開けた扉をくぐる雪姫。
そして、外に出る瞬間、俺の方をチラッと振り返る。
あ、また目が合った。
青くて澄んだ瞳。ああ、語彙が少ないからこれくらいしか表現できない。
その目はどんな感情を秘めているのだろう。
俺は前の世界でのアニメを思い出す。
一世を風靡した無感情キャラ。クールな容姿、平淡な声、そして、感情を見せることの無い無表情フェイス。
様々な経験や出会いを経て、ゆっくりと感情を取り戻す。
そして、主人公だけに見せるとっておきの笑顔。
バタン
会場のドアが閉じられる。
雪姫の姿はもう見えない。
しかし、俺の瞼の裏には雪姫の姿が焼き付いている。
ああ、俺は今、恋をしてしまったかもしれない。
そうだ、きっと俺は彼女に会う為にこの異世界に召喚されてきたのだろう。
「ちょっと、ヒロ、どういうこと?ねえ?」
サラヤが肩を揺さぶっているみたいだけど、もう少しこの幸せに耽溺させてほしい。
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