第83話 道化


「ジュラクさん、この事態の収束はどれくらいかかりそうだ~?」


「紅姫にとって、これ以上脅威となることが起こらなければ、おそらく3年~5年くらいで収束するのではないかと。紅姫は赤の帝国の支配域を広げるのが使命とされています。複数の紅姫が理由も無く一ヶ所に留まることはありませんので、それくらいでもう1体はダンジョンを出ていくでしょう」


「3年から5年ねえ~。それは難儀なこったあ」


 それだけ絶望的な期間なのだろう。口調こそ変わっていないが、セザンの顔つきは非常に深刻なものだ。


 周りの面々も似たような表情だった。サラヤの顔は真後ろからは見えないが、きっと周り以上に衝撃を受けているはずだろう。




 会場一面がシンと静まりかえる。




 そんな中、ただ一人空気を読まずに話を続けるジュラク。



「今、ダンジョン内は2階までコボルトが進出しています。これがオークやオーガになっていくは時間の問題でしょう。ただし、白鐘の効果範囲もありますので、1階まで進出してくる可能性は低い。あと、数週間経たないうちに2階以下はオークとオーガの群れ、1階はコボルトの巣窟といった区分けになるかと」



 うん。話を聞くだけで絶望的だな。これは完全に詰んだというやつか。

 俺が原因だから何とかして俺の力で解決したいものだが・・・



「対策としては、早期に武装の質を上げる必要があります。コボルト、若しくはオークを倒せるような銃を、機械種を、それぞれのチームが用意しなければならないでしょう」


「それと戦う人員の絞り込みだな。雑魚が何人いてもしょうがなねぇ。選りすぐった精鋭に、それなりの武装を持たせれば、狩人にだって対抗できるだろう」


 ジュラクの後に言葉を追加するブルーワ。


 それができるチームはそうするんだろうけど。



「ジュラクさん、このダンジョンの異常事態を終わらせるような方法はないのですか?」


 サラヤがジュラクに震えを抑えた声で質問を投げる。

 余力が無く、人員不足でもあるチームトルネラにとっては、それが最後の希望だが


「サラヤさん、それは不可能というものです。ダンジョンは攻略できないからダンジョンと呼ばれているんです。まあ、確かに中央では攻略したという噂も聞いたことがありますが、それも眉唾物です。第一、土砂に埋まったダンジョンをどうやって攻略できるのですか。確かに最下層にいる紅姫のうち1体を倒せば、解決すると思いますが、そんなことができる狩人チームはこの世界にいるのかどうかっていうレベルです」


 無慈悲な答えに項垂れるサラヤ。

 チームトルネラにとっては絶望的な状況だろう。

 しかし、俺にとっては希望が少し見えてきた。

 

 紅姫の1体を倒せば解決するのか。

 土砂で埋まったダンジョンの最下層。

 地行術なら行けるかもしれないが・・・







「なあ、チームトルネラのサヤラさん。黒爪団にチームごと入らないか~?」


 唐突に黒爪団へのチーム吸収を持ちかけるセザン。

 突然の申し入れにサラヤは驚くが


「何を言ってくるんですか!そんなことできるわけないでしょう」


 言葉程口調はきつくなかったが、それでもきっぱりと断るサラヤ。

 しかし、セザンはまるで駄々っ子を宥めるような物言いで話を続けてくる。


「いやなあ、このままだとチームトルネラはきつくなるのがわかっているだろ~。だから余裕のあるうちに、黒爪団に来ないかって勧めてるんだ~。そりゃ、お前さんはうちの団長が首ったけだから、愛人になってもらわないといけないけど、お前さん以外のメンバーは今なら少しはマシな待遇を保証できると思うぞ~」


「確かにきつくなりますけど、だからといって黒爪に入る程困窮しているわけではありません!それにジュードだって、ヒロだって、ボスだっているんですよ。チームトルネラはまだまだいけます!」


「はああああ、しょうがないねえ。でもね~。襲撃されて、無理やり従わされるよりはマシな待遇を、今なら保証できるって言ってあげているのにねえ」


「必要ありません!」


「おいおい、セザンさんよぉ。この女は俺が目をつけているんだぜぇ。横入りは止めてもらいたいね」


 ブルーワが横からちょっかいをかけてくる。


 しかし、サラヤはモテモテだな。こういった総会に出席するのは男ばっかりだから、美少女のサラヤが注目されるのは分からないでもないけど。

 若しくは、こういった活気溢れた女の子は、このスラムでは珍しいのかもしれない。

 この厳しいスラムでは女の子が明るく過ごすのは難しいだろうから。



「なあ、サラヤちゃん。さっきの話じゃないが、そろそろ俺のハーレムに入ってもいいんじゃない?今なら一番の席を用意するぜぇ」


「ふざけないで!ブルーワ。何度も断っているでしょう!」


「ふざけてなんてないさ。これは忠告でもあるんだ。今ならハーレム入りだけで済むってな。チームを壊滅させられて、捕虜になってからだったら、お前は奴隷から始まることになるぞぉ」


 それには言葉で答えず、サラヤは冷たい視線で返すに留める。


 しかし、それくらいではブルーワは止まらない。


「それに、サラヤ。お前、チームを卒業したら娼館に入るんだってな。その後ろの何もできない奴の為に」


 サラヤの体がグラリと揺れたのが分かった。


 俺の隣のジュードもピクリと体を震わせる。


「はは、これはぜひ、足しげく通ってあげないとな。今から予約を取っておくことにするぜ。娼館に入って最初の客はこの俺だ。たっぷりと可愛がってやって、その様子を後でお前の騎士様にじっくりと語ってやることにしよう。サラヤちゃんの喘ぎっぷりを念入りにな!」




 周りの視線の質が変化したように思えた。

 男たちのサラヤを見る目が変わった。




 黒爪のセザンはつまらなそう顔をしているだけだが、後ろにいる護衛達は口々に『前から相手してもらいたかった』『俺も通うぜ』と囃し立てている。


 チーム蒼風のジュラクこそ表情を変えていないが、後ろの護衛達はお互いにサラヤを見ながらヒソヒソを話している。


 チームブルーワはブルーワと護衛が一緒になってサラヤを大声で貶めることに夢中だ。


 魔弾の射手は何も変わっていない。アデットは興味なさげに馬鹿騒ぎを見ているだけだし、後ろの護衛2人も無言のままだ。


 




 ブルーワ達はサラヤの心を折りたいんだろう。だからこの場でわざわざこの話題を持ち出した。


 スラム6チームの中で最も勢力が弱いのがチームトルネラだ。今後、スラムチームでの競争が激しくなるなら、まず弱い所を吸収して勢力を伸ばそうというのが常套手段だ。


 チームトルネラを吸収すれば、今まで1人でチームを支えてきたジュード、武芸に秀でたカラン、そして、スラムチームに恐れられているボスを手に入れることができる。


 実際はそう簡単に従わないだろうが、そう思って行動する輩が居てもおかしくない。


 しかし、それにはサラヤが邪魔なのだ。

 このチームトルネラの存続の為に全力で困難に立ち向かっているサラヤが。

 その為に精神的に追い詰めて、チーム存続を諦めさせたいのだろう。




 ブルーワ達の嘲りの言葉はどんどん激しくなる。

 

 自分達と色々やり合っている女の子が娼館へ行くという話題は、下世話な話であるが、男の下劣な欲望を刺激するには恰好の餌になる。


 チームトルネラのリーダーだった女の子達のほとんどが娼館に行かず、バーナー商会の幹部の愛人になるのはこれが主な原因だろうな。

 

 今までチームリーダーとして気丈に振る舞ってきた女の子が娼婦に堕ちる。その境遇に堕ちた女を嬲ることに快感を覚える下種はどこにでもいる。


 しかし、このことはサラヤにも分かっていたはずだ。それも含めてジュードの為にその道に進むと決めたのだろう。


 だから、サラヤはどれだけこの場で貶められても泣き崩れたりしない。

 下に降ろした両手をぎゅっと握り絞めて1人で耐えているだけだ。



 いや、1人じゃない。ジュードがいる。



 ジュードはいつの間にかサラヤの隣に立っていた。

 囃し立てる声がその分大きくなる。

 しかし、それでもサラヤは嬉しかったのだろう。

 握りしめていた拳がゆっくり解かれる。

 ジュードの方に目を向けたのは一瞬。

 あとは、ジュードとともに前を向いたまま。



「隣の騎士様は何にもしてくれないぜぇ」

「それより俺のところにこいよ、技を仕込んでやるぞ」

「今からスタイルを見てやるから脱いで見せろ!」

「早く娼館に行けよ。もうリーダーなんて辞めちまえ」

「情けない男だな。これだけ言われて何も言わないのか!」



 2人はただ無言で立っている。

 こんな時に下手に言い返せば、言い返すほど、相手は盛り上がる。

 それが分かっているから、2人は何も言わずに立ち尽くすだけだ。

 罵詈雑言の嵐も2人なら耐えられるのだろう。

 




 隣り合った2人の、サラヤの左手の小指とジュードの右手の小指が触れ合う。


 周りに見えないように、小指同士はゆっくりと絡まり合い、そして、薬指、中指と進み、指が交互に絡み合って、お互いを絶対に離さないと誓うかのようにしっかりと握り絞められる。


 まるで試練に立ち向かう恋人たちのワンシーンのようだ。

 これが映画であったなら感動したかもしれない。

 


 しかし、これは俺の目の前で行われてる。

 振られたばかりの俺の目の前でだ。



 ああ、もう俺、切れてもいいんじゃないか。



 いやいや、この状況になったのも、俺が招いたことなら、何とかしなければならないだろう。


 俺はこの総会中、サラヤをあらゆるものから守ると決めている。

 周りの奴等に言いたい放題されているのも腹が立つし。

 しかし、こういった状況を打破する為にはどうすればいい?


 

 普通に『ヤメロ!』って言っても通じるわけないし。

 俺が庇っても効果ないだろうし。

 そもそも、サラヤが娼館に行くのは事実なんだから否定できないし。



 こういった場合の有効策は・・・



 俺が道化になるしかないか。



 俺が奇天烈ことを言って

 俺が笑いものになって

 俺に注意を惹きつければあるいは・・・



 ジュードにもサラヤにも情が湧いてしまっているし、2人には幸せになってもらいたいと思っている。


 どうせスラムを出ていく俺だ。どれだけ恥をかいても構わない。


 まあ、若干2人のイチャイチャ具合に切れそうになって、ヤケクソになっていることも否定しないけど。

 




 さて、思いっきり恥をかいてきてやりますか。






「やめろー!お前ら!」





 できる限りの大声を張り上げる。

 突然のことに、周りの罵声がこの一瞬だけ途切れる。



 この瞬間だ!




「お前らが囃し立てるから、2人の愛が深まっちまっただろうが!見てみろ!ジュードもサラヤもこの場で手をつないでいやがるんだぞ!」



「へ、ヒロ??」


 指摘されて慌てて手を放す2人。



「お前らはこの2人の愛を確かめさせたいのか?祝福したいのか?こういった場合は、周りが囃し立てれば立てるほど、愛は燃え上がるんだよ!馬鹿か、お前ら!」



 呆気に取られている観衆。


 まだだ、まだ足りない。意識をこの2人じゃなくて俺に向けさせる。

 ひっくり返せ。自分を暴き立てろ!




「これ以上俺の目の前で、コイツラをイチャイチャさせるのは止めろ!俺は二日前にサラヤに振られたばかりなんだよ!めちゃくちゃツラいんだぞ!」



 ああ、恥ずかしい。でもやり切るしかない。

 ここで無理やり高ぶらせた感情が極まって、俺の目から涙がポロポロと流れてくる。




「お前ら、コイツラがイチャイチャしているのが、そんなに見たいのかよ!やめろよな。ツラくなるだけだぞ!」




 泣きながら、イチャイチャさせるのは止めろと訴えてくる男。


 皆ドン引きだ。



「ヒロ、ごめん」


 なぜかジュードが謝ってくる。


「謝んな!ボケッ!俺が余計に惨めに見えるだろうが!」


 いい感じにカオスになってきた。このまま有耶無耶で終わらせてしまいたいが。



「おい、ヒロっつったなぁ!お前、そろそろ茶番は・・・」


 流石に俺の意図に気づいたブルーワが話に入ってこようとするがそこへ・・・



「ははははっはあはっはああっははははは、ゴホ、ゴホ」


 アデットの大爆笑がインターセプト。

 笑い過ぎて咳き込み、後ろのピレに背中を擦られるほどだ。


「ははははは、いやあ、面白いなあ。確かに振られたばかりでイチャイチャを見せられるのはツラいよね。僕も経験あるよ」


 絶対そんな経験がなさろうなアデットがそう言ってくる。

 彼からしても、先ほどの皆からのサラヤ達への仕打ちは気に入らないことだったのだろう。


「何だい?ブルーワ。君も何度もサラヤに振られているんだから、ヒロの気持ちを分かってあげなよ。それともなにかい?ジュードとサラヤがイチャイチャするのをもっと見たいかい?それは結構なご趣味だね」


「ぐっ、何を、アデット!」


「もういいんじゃな~い?ブルーワ君。振られた男の嫉妬はみっともないよ~」


 アデットとセザンの2人から窘められるブルーワ。

 顔が屈辱に塗れて、今にも爆発しそうだ。

 

 爆発してもいいけどね。その時には容赦はしない。

 


 皆の視線がブルーワに集中する。

 ここでブルーワが落ち着けば、ここで終了。

 もし、弾けてしまえば、チームを巻き込んでの大乱闘。

 どちらにせよ、俺の目的は達成した。

 さて、どっちになるのかな?

 

 ブルーワの目が俺を捉える。その目は完全に血走っていて、狂気を感じさせるほどだ。

 俺はゆっくりと身構える。顔は涙と鼻水の跡で酷いものだろうが。


 緊張感が高まり、それが臨界点に達して爆発しようとしていた。




 ギギギギイィ



 その時、会場の扉が開く。





 何だよ。このパターンはさっきと同じだろ!誰だよ!



 皆が扉に視線を集中する。

 


 そして、俺は生まれて初めて女神を見た。





「遅れたわ。会議はまだ続いているの?」


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