第85話 原因2
結局、何も決まらないまま総会は終了した。
仕切り役のセザンもこれ以上進展させるのは難しいと判断したのだろう。
俺もこの辺で終わりにしてほしかったので助かった。
何せ頭の中が雪姫でいっぱいだから、これ以上情報が頭に入ってこないだろうし。
しかし、俺の幸せ気分をぶち壊す輩がまだいたようだ。
俺達チームトルネラが会場から出ていくときに、ブルーワから声がかけられる。
「おい、ヒロ。これで終わったと思うなよぉ。お前は俺をおちょくり過ぎた。絶対に後悔させてやるからなぁ」
「今、ここでやるか?1対1で」
俺の大事な雪姫を汚されたような気がして、俺はいきなり喧嘩上等の態度で臨む。
「ふん、あいにく総会が開催された日の争いがご法度でな。日を跨いだら相手してやるから覚悟しておけ。お前だけじゃなく、お前のチーム全員がな」
「いや、今ここでやろう。逃げるなよ。キノコ頭」
「!!!」
やけに荒ぶっちゃってるな、俺。せっかくの幸せ気分を台無しにされたからか。
もちろん、それだけではない。コイツを8割方仕留めることのできる算段がついたからだ。それにここで変に気勢を下げられても困る。コイツは俺がチームトルネラにいる間に始末する必要があるから。潜在的な敵より、明確な敵の方が対処しやすい。
顔が紅潮し、怒りに震えるブルーワ。
しかし、コイツの気質も何となくわかった。
怒りやすく、すぐ激発するタイプに見えるが、おそらくそれはブラフだ。
そうした方が怖がらせやすいからそうであるように見せかけているだけだ。
内心は慎重で、確実に勝てる目算がないと仕掛けないタイプだろう。
コイツは2度も怒りを爆発させる機会があったのに、結局、何もしていない。
さらに言えば、あれだけサラヤにちょっかいをかけていたのに、あれだけの飛び抜けた容姿を持つ雪姫には一言も、話しかけることすらしなかった。本当にヤバいのには手を出さないのだろう。雪姫が前を通るとき、コイツは目を合わせないようにしていたほどだ。
今、ブルーワは右手が使えない。しかも、俺の実力が分からない。さらに先ほどは指一本で腕を麻痺させられている。
慎重な奴ならそんな相手に、勝てる算段もせずに襲いかかっては来ないだろう。
ハア、ハアと息をつき、怒りを無理矢理抑えているように見せるブルーワ。
随分と演技派なことで。そうでもしないとリーダーに居続けることは難しいのか?
「はははっ、今決めた。お前は最後に殺してやる。まずはお前の大事なものから始末していってやろう。手足を一本ずつもいでから、お前に見せつけてやる」
随分狂気じみた犯行宣言だこと。そう宣言することで、俺との直接対決を避けるつもりだな。やはりリーダーだけあって頭が回る奴だ。
まあ、それでお前の運命も決まってしまったな。
興味がなくなったので、さっさと帰ることにしよう。
「ジュード、サラヤ、もう帰ろうぜ」
「え、ヒロ・・・」
先ほどのやり取りをみて、サラヤが心配そうな顔をしているが・・・
「大丈夫、大丈夫。コイツ、口だけだから」
「てめえ!!!」
「早く帰ろう。普通、ここまで言ったら殴りかかってくるだろう。でもコイツ、臆病だから怖くて仕掛けてこれないんだよ」
「あああああああ!!!!」
叫び声を上げるブルーワ。でも、かかってこない。
やっぱりスラムチームのリーダーは大変だな。
一人芝居をしているブルーワを放っておいて、帰路につく俺達。
「ヒロ、大丈夫なのかい?」
ジュードもブルーワがこれから仕掛けてくることを心配しているようだが。
我に秘策あり。
そっと、ポケットに手を当てる。
「大丈夫。アイツに関しては任せてくれ」
拠点への帰る道すがらで、サラヤとジュードから、総会で助けに入ったことへのお礼を言われる。
「ヒロ、ありがとうね。私達を気遣ってくれて」
「流石はヒロだね。あんな方法で皆を黙らせるなんて」
まあ、仕事だからな。少しばかり恥をかくくらいなら大したことはない。それよりも俺には聞きたいことがいくつかある。
「サラヤが、その・・・そっちの道に行くっていう情報はどこから流れたんだ?」
俺はジュードから聞いたが、こんな話、他のチームが知っているのはおかしいだろう。こんなアポカリプス世界で個人情報保護なんてないだろうが、リーダーとはいえ、一個人の進路まで把握されているのは、どう考えても不自然だ。
どこからか情報が流れたと見るのが自然だろう。
「うーん。この話を知っているのは、チーム以外だったら、バーナー商会くらいしか考えられない。私の話を面白可笑しく噂しているのが、他のチームに流れてしまったのかも」
眉を寄せて憮然とした表情をするサラヤ。
自分が娼館に行くっていう話を、面白可笑しく噂されたら、そりゃ不機嫌にもなるだろうけど・・・
サラヤからは自分の未来を悲観する悲壮感のようなものは感じられない。
サラヤは自分が娼館に行くという未来をどう取られているのか。
ジュードの迎えを待つ身とはいえ、その願いが数年のうちに叶うとは思っていないだろうし、その間、好きでもない男に体を任せることになるのは覚悟しているみたいだが。
ちらりと横目でジュードを見るが、その表情は穏やかなままだ。
自分の恋人が他の人に抱かれているということについて、ジュードはどう思っているのだろう。
もし、それが俺の立場だったら、胸が張り裂けんばかりの苦しさであったはずだ。
この世界の男女関係は、元の世界よりもかなりドライなのか?それとも体を重ねるという重みが違うのか?それともスラムという環境が、それくらいは仕方がないと諦めさせているのか。
これについては、あまり深入りするのは止めておこう。
俺には理解できない世界だし、NTR嫌いである俺の精神衛生上も良くない。
あと、もう一つ確認しておきたいことがあるな。
「そう言えば、最初の方にセザンって人が言っていたけど、そんなに黒爪団は離脱者が多いの?その、今回は10人もいなくなったみたいだけど」
俺が黒爪団の団員を殺したという情報は上に伝わっていないのだろうか。
トールからは以前、黒爪団のボスは2,3人いなくなっても気にしないと言っていたが、流石に10人も居なくなってしまっては、原因を探りたくなるだろう。
そこへ俺が確実に1人を殺していることが分かれば、復讐される可能性もある。
「うーん、砂さらい場のことよね。ヒロが気にしているのは?」
俺が確認したいことをサラヤは察してくれたようだ。
「黒爪団は元々、気性の荒い人達が集まっているの。だから、無謀な狩りでいなくなったりすることも多いし、身内同士で喧嘩することもあるから、数ケ月で10人くらいは入れ替わるのは珍しくない。でも、流石に一度に10人は多すぎるから、他に原因があると思う。ヒロは、その、1人だけなんだから気にしなくてもいいんじゃないかな」
俺にかなり気を遣った言い方をしてくれるサラヤ。
まあ、1人じゃなくて、4人なんだけどね。
「大丈夫だよ、ヒロ。黒爪団の統制は、ほとんど団長の黒爪への恐怖心と、セザンさんの面倒見の良さでも持っているみたいなものだから、下から報告なんて無いも同然なんだよ。成功したのならともかく、失敗した話をわざわざ上に持ってったりしないさ」
ジュードは随分気楽な感じで言ってくる。
なるほど。では報告がなかったので、あの場で副団長のセザンは俺に何も言ってこなかったのか。
・・・若しくは、あの廃墟で放置した2人が怖くなって逃亡したか、打ち所が悪くて、そのまま死んでしまったのか、だな。
もし、死んでしまっていたのなら、4人に加算して、6人を俺がやってしまったことになる。
10人中6人が俺か。何かと俺が原因になることが多いなあ。
でも残り4人は俺が原因ではないはずだし。
「まあ、僕はあまり黒爪団とはほとんど交流が無いから、ディックに聞いたことばかりだけどね。ディックは黒爪団の何人かと仲が良かったんだよ」
「え、ディックって黒爪団と仲良くしてたの?」
ジュードの話を聞いて、サラヤが初耳とばかりに口を挟む。
黒爪団には良い感情が無いせいか、サラヤは少し顰めっ面だ。。
「仲が良いっていうか、ディックが強そうだから、相手がペコペコしていただけだと思うけどね。黒爪団には強い者には従えって風潮があるから。ディックは仲良くしているつもりだったみたいだけど、実際はどうだったのかなあ」
その話はディックさんから聞いたな。
ディックさんは仲良くしているつもりだったけど、かなり恨まれていて、ボコボコにされていたような・・・
あ、ひょっとして、夜に抜け出したディックさんを袋叩きにしていた4人は黒爪団の連中だったのか。あの時は夜だったから、顔のペイントとか確認していなかったが。
しかし、4人か。嫌な人数だな。偶然と信じたいが・・・
だって、別に殺してはいないんだぞ。非殺傷武器の打神鞭で精神を打ち据えただけだから・・・ちょっと待て。
『精神を打ち据える』って、人間にどういった影響を与えるんだ?
俺は気絶させるくらいだと思っていたけど、もしかしてもっと威力が強いのか?
そう、心を打ち壊してしまうくらいに・・・
その時、七宝袋から、打神鞭が『てへ♡』というイメージを飛ばしてくる。
おいおい、マジか!
ということは、6人に4人追加して、10人!
全部俺のせいじゃないか!
あのままだったらディックさんが殺されていた可能性があるから、あの4人の心を壊してことに罪悪感を感じることはないが、あのセザンって人には、なぜか申し訳ないっていう感情が湧いてくる。
俺が原因とバレていないのが幸いだな。
もうこのまま一生隠し通すとしよう。
自然とキルスコアが増えていく。荒んだスラムなんだから仕方が無いのかもしれないが、もう前の世界で平穏無事に過ごしてきた日々からすれば、凄まじい落差だ。
これが異世界で生活するということか。このまま俺は殺伐とした世界に慣れていくんだろうな。
拠点に帰った時はもう夜中だった。
普段ならもう寝てる時間だが、ロビーではナルが待ってくれていた。
ロビーに鎮座しているタートルにもたれ掛かり、俺の白兎を横に侍らせながらだが。
「あー、お帰りなさーい」
「ナル、ただいま。タートル、完成したんだ。もう大丈夫なの?」
「はーい。ザイード君がー、ヒロさん達をびっくりさせるんだってー、がんばっちゃったみたいですよー」
流石ザイード、仕事が早い。
これで、毎朝、毎夕のお出迎えはタートルがすることになるのか?
ちょっと微妙。白兎が出迎えてくれるならテンションが上がるに。
と思っていると、俺を見つけた白兎が一目散に駆け寄ってくる。
うんうん、お留守番ご苦労様。飼い主は俺だからな。忘れちゃだめだぞ。
「いいな。それ」
俺が白兎を撫でる姿を羨ましそうに見ながら、ぽそっと呟くジュード。
おお、これは俺の配慮が足りなかったか。
「ほい、ジュード。撫でてみるか?」
白兎を抱えて、ジュードに差し出してみる。
「いや、そういうのとは違うんだけど・・・」
と言いながらもジュードはちょっと嬉しそうに白兎の頭を撫でる。
そんな心温まるやり取りを男同士でやっている隣で、サラヤとナルが今日の出来事について情報交換を行っている。
やはり、このチームは勤勉な女性の下支えあってのことだな。
「よし、これで終わり。ジュード、ヒロ、遅くなったけど夕ご飯にしましょう」
業務を終えたらしいサラヤのお誘いだ。断るわけにはいかないだろう。
そのまま、2階へ上がって、応接間で食事をする3人+白兎。
なぜかナルまでついてきて、俺達の食事風景を楽しそうに眺めている。
何が楽しいんだろう。
もそもそとシリアルブロックを齧りながら、笑顔を絶やさないナルを眺める。
ふと、ナルと目が合った。
ナルは目を細めて俺に微笑んでくる。
思い出されるのはナルとのキス。
ちょっと自分でも顔が赤くなったのが分かったので、慌てて下を向き、俺のひざ元で待機する白兎の頭を撫でて誤魔化す。
はああああ、キスくらいで意識し過ぎだろうに。
俺はさっき雪姫っていうヒロインを見つけたばかりなのに。
「ねえ、ヒロ」
唐突にサラヤから呼びかけられる。
何だろう。まあ、だいたい内容は想像できるけど。
何せ道中全くその話題が出なかったからな。
「何だい?雪姫のことか?」
「・・・そうよ。ヒロは雪姫と会ったことあるの?」
「いや、初めてだよ」
「じゃあなんで彼女はヒロの名前をわざわざ聞いてきたのかな?」
「それは彼女に聞いてくれ。俺も知りたいよ」
「ヒロは、雪姫のところに行くの?」
「・・・分からない。彼女が何を考えているか分からないからね」
「そっか。でも、ヒロが雪姫のところに行くなら祝福してあげなきゃね」
「なんで???」
「こんなスラムで男女が結ばれるということは幸せなことよ。他の事情がどうであれ」
「・・・・・・・」
「だから、私はヒロを応援するね。がんばって」
チームトルネラのリーダーとしては、それはマズイだろう。でも、サラヤ個人としての応援だったら素直に受け取っておこう。
強がりもあるのかもしれないが、やっぱりサラヤは優しくて強い女の子だ。
皆にモテるのも分かる気がする。
全くジュードがうらやましいぞ。
「ええー、ヒロさん!雪姫さんのところに行っちゃうんですかー」
ナルが横から俺に飛びついてくる。
ちょっと、いろんな所を押し付けないで。
ほら、突然飛びかかってきたから白兎が驚いちゃっているだろ!
「そんなー。あんなに甘い日々を私と過ごしたのにー。私を捨てちゃうんですかー」
あれを甘い日々と言い切るナル。コイツ、やっぱり侮れないな。
「おや、ヒロもなかなかやるね。いつの間にナルと好い仲になったんだい?」
面白そうに混ぜっ返してくるジュード。
お前は俺の相棒だったはずだろ!こんな時くらい味方しろ!
本当に役に立たない奴だ。
「はいはい、ナル。いい加減にしなさい。ヒロが困ってるでしょ」
サラヤに引き剥がされるナル。
助かった。これ以上押し付けられたら、色々困った事態になってしまう。
うんうんとぐずり続けるナルに、サラヤが立ち上がって棚の方に行く。
「ナル、特別にお茶を出してあげるから機嫌を直してよ。みんなでお茶会をしましょう」
と言いながら棚をゴソゴソと探していくが・・・
「あれ、どこだっけ?・・・ああ!忘れてた」
突然、声を上げるサラヤ。そして、頭を抱えて座り込む、
「あああああ、そう言えば今日出ていく前に、ピアンテにあげちゃったんだっけ」
え、ピアンテに。あんなにサラヤが大事にしていたお茶なのに。
「ピアンテがお茶の入れ方を皆に教えるからって欲しがったの。だから応接間にあるのを持っていいよって言っちゃったのを忘れてた」
あ、それ、遠回しに俺のせいだな。きっと。
それを聞いて、ナルが一層ぐずり始める。
まあ、半分ふざけ合っているんだろうけど。
困った顔をサラヤ。泣き真似を続けるナル。全く役に立たないジュード。
はははは、なんかいいなあ。この雰囲気。居心地が良いなあ。
今日は気分が良いし、これくらいなら問題ないだろう。
胸ポケットから、ティーパックを召喚する。5枚セットになっているヤツだ。
「ねえ、サラヤ、ちょうどここにお茶があるんだけど、これを使わないかい?」
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