第77話 事情


 俺、ザイード、ピアンテ、イマリで整備室に入る。


 ピアンテはイマリに手をつながれながら、まだブツブツ文句を言っているようだ。


 機械種タートルの部品を使用したせいか、整備室の中は少しスッキリと片付いたように見える。

 甲羅だけでも結構な大きさがあったから、それが無くなるだけで、かなりのスペースに空きができたのだろう。

 ただ、これから俺が色々持ち込むだろうから、すぐに満杯になってしまうかもしれないが。



 

「やっと入れた!今までザイード君たら絶対に私たちを入れてくれなかったのに」


 イマリは初めて見る整備室を嬉しそうに見回している。


「あー、イマリ。その件については、その、今まで部品が多かったから、下手に入られると危ないかもしれなくって・・・」


 ごめん、ザイード。ひょっとして君の聖域に余計な人を連れ込んじゃったのかもしれない。

 

「そう言えば、タートルはどこに置いているの?ひょっとしてまだ駐車場か?」


「はい、ヒロさん。まだ整備しないといけない所があって、それが終わったらロビーで警護をさせる予定です」


「ふーん。あの図体だからロビーに置いたら威圧効果が凄そうだな。うちに無駄飯ぐらいを養う余裕はないから、自分の食い扶持くらいは頑張ってもらわないと・・・ん?そういえば、従属させた機械種って何か食うのか?」


「日常生活ではほとんど補給は要らないんですけど、戦闘とか激しい運動をさせたり、エネルギーを使うような行動をさせた場合は、手持ちのマテリアルを食べさせてあげる必要があります。ラビットだったら、戦闘が続いた日は1~2Mくらいあげてください」


 1日100円~200円って随分燃費が良いんだな。しかし、手持ちのマテリアルってどれくらい残ってたっけ?

 これから一緒に戦うこともあるかもしれないし、サラヤに頼んでマテリアルを分けてもらうか。いや、そう言えば、ディックさんから2000M入ったマテリアルカードを貰っていたな。あのカードからマテリアルを抜き出して渡すことってできるのだろうか?


「僕のタートルだったら、一戦闘につき5Mくらいかかるかもしれませんが。装備によってコストも変わりますので、注意してくださいね」


「ああ、そうだ。ザイードに聞きたかったんだけど、俺の白兎に特別装備を・・・」



「ちょっと、ラビットってどこにありますの?」


 ピアンテが俺とザイードの会話に割り込んでくる。

 こういうところが皆から弾かれる原因だぞ。


 ザイードは俺の顔を見て、どうします?って感じで俺に促してくる。

 仕方ない。ここで出しますか。驚かないでくれよ。



 俺はナップサックを開けて頭が切り離されたラビットを取り出す。

 もちろん、ブルーオーダーされていないので、黒く凶悪な顔つきのままだ。



「「ヒャッ!!」」



 ピアンテとイマリがハモって同じような小さな悲鳴をあげる。


 まあ、少しでっぷりとした小悪魔みたいなデザインだからな。女子にはちょっと刺激が強いか。






 俺が取り出したラビットをじっくりと見ていくザイード。

 

 ピアンテとイマリは遠巻きにそれを眺めている。


「この凶悪そうなラビットが、あの可愛らしいハクトになるとは信じられませんわね」


「うん。顔も全然違うし、口も裂け過ぎだし。これが本当にハクトみたいになるの?」


 俺もそれは同じ心境だ。どういう理屈でああなるんだか。


「ヒロさん、これなら大丈夫です。でも、この切れ味は凄いですね。ナノカッターでも使わないとこう滑らかには切断できませんよ」


 莫邪宝剣だからな。そんじょそこらの刃物なんぞ比較にもならない。


「じゃあ、後は蒼石さえあれば従属できるようになるのか」


「はい、でも、溶接してその周りを補強とかしないといけないので、もう少し待ってください。多分、1日2日くらいでできると思うんですけど・・・」


「あの・・・ちょっとよろしいですか?」


 また、ピアンテが俺とザイードの会話に割り込んでくる。


 しかし、今度は随分と必死さが伝わる真剣な声だ。

 その真剣さに思わず2人でピアンテを見つめてしまう。


「お願いがあります。このラビットを私に頂くことはできませんか?」


 あまりの内容にお互いの顔を見合わせてしまう俺とザイード。


「無理なお願いは承知しています。でも、どうしてもこのラビットがほしいんです。お願いします!」


 ピアンテが頭を下げてくる。


 さっきまでの高飛車な様子はどこへ行ったのか。

 いきなりの変貌ぶりに隣のイマリも驚いているようだ。


 これまでの行いからは想像できないほど殊勝な態度を取っているが、何が彼女をここまでさせるのだろう。


 当然、何か理由があると思うのだけど・・・しかしだ!




「ピアンテ、おそらく君には何か事情があってこのラビットを欲しがっているんだと思う。だから今まで見たことが無いくらいの殊勝な態度を取っているのだろうけど」


「はい・・・」


「だったら、なぜ普段からそういう態度が取れないの?」


「え・・・」


「普段の君は、俺が見ている限り、周りに溶け込もうとしてないし、自分勝手に行動するし、人の言うことは聞かないし」


「・・・・・・・」


「別にそれが駄目だって言っている訳じゃない。中には誰も頼らずに生きていける人だっているしね。でも、君はそうじゃないはずだ。生きる為には誰かに頼る必要がある。自分がほしいものを手に入れる為には誰かにお願いしなければならない時だってあるだろう。今みたいに」


「はい・・・」


「さっきまでは偉そうにしていたのに、自分のお願いを聞いてほしい時だけ殊勝に振る舞うなんてちょっとズルいんじゃない?」


 うん。ピアンテは黙り込んでしまった。


 まあ、俺も他人に説教ができるほど立派な人間じゃないけど、でもピアンテがこのままじゃ駄目なのは誰の目から見てもあきらかだ。


「それにこのラビットを白兎みたいにする為には蒼石がいるんだ。これは簡単に手に入るわけじゃあ・・・」


「持ってます!私、蒼石を持っています!」


 ピアンテが叫ぶように声を上げた。

 そして、胸元からペンダントを引っ張り出して、ロケットになっている部分を開けて見せてくる。


 覗き込む俺とザイード。


 胸元に谷間がうっすらと出来上がりつつあるな。将来に期待。


「ヒロさん!駄目です!」


 イマリからお叱りの言葉が飛ぶ。

 イカン、俺の威厳が。


 ピアンテは何のことだか分からない風だが、ザイードはちょっと顔を赤らめて俺をジロッと見てくる。


 いや、なんといいますか、その・・・


「コホン、これは6級の蒼石ですね。ラビットなら十分以上にブルーオーダーできます、といいますか、ラビットに使うのは勿体ないくらいです。」


 ザイードが無理やり仕切り直してくれる。ザイードには後でジュースを奢ろう。

 しかし、6級か。俺の持っていたのが5級で2万~3万Mだから、6級だと1万Mくらいするのだろうか。日本円にして、100万円前後。子供のアクセサリーには高すぎるだろうが、両親がイザという時に残した隠し財産的な物だとすれば妥当かな。


「じゃあ、これでラビットは・・・」


「いえ、ラビット自体ははヒロさんが狩ってきたものですよ。それに僕が修理しないといけないし、そもそも獲物の処分はサラヤさんが決めることです。たとえ蒼石がピアンテのものでも、勝手にマスターを決めるわけにいきません」


「そんな・・・」


 希望が打ち砕かれたのか、シクシクと泣き始めてしまうピアンテ。


 困った顔で顔を見合わせる俺とザイードとイマリ。


 どうすんだよ。この状況。








 3人でしばらく宥め続けて、ようやく事情をポツポツと話し始めたピアンテ。

 

 まとめると、商会の会長の一人娘だったが、両親が事故で死亡し、親戚に商会を乗っ取られて追い出された。その際に信用できるはずだった使用人や友人なんかにもそっぽを向かれ、唯一味方をしてくれたのは従属したラビットのみ。そのラビットも自身に危険が迫って街を脱出し、この街へ来る途中の機械種の襲撃で壊れてしまったらしい。


「あの子は私を守るために、盾になって・・・」


 ボロボロと泣き崩れるピアンテ。



 うーん。その思い出にすがる為にラビットを求めたということか。


 婚活もあまり上手くいっていないようだし、将来に不安を感じて、自分の手元に絶対に信頼のおける何かがほしかったみたいだな。


 まだ小学生くらいの女の子なんだし、同情すべき点もある。

 高飛車に振る舞っていたのも、あまりの環境の変化に対応できなくて、内心の不安さを押し隠す為だと考えれば分からなくもない。


 でもなあ・・・


「ヒロさん、ちょっと・・・」


 ザイードが俺の近くに寄ってきてヒソヒソと話しかけてくる。


「さっきのピアンテの話を聞いて居ますと、どうやら彼女は機械種使いの才能があるようです」


「え、ああ、そうか。確かに街の外での襲撃で壊れたんだったな」


「はい、ピアンテの言うことに間違いが無ければ、彼女を守ったということは、その時にスリープしていなかったことになります」


「であればピアンテは機械種使いってことか」


「これが女の子で無ければ、立派な才能ということで道も開けたんですけど」


 女の子に機械種を狩るから一緒についてきてってなかなか言いづらいな。


「カランさんくらいに強ければ、また話も違ったと思いますが」



 さて、どうするか。



 未だに泣き崩れているピアンテ。

 それを横で慰めているイマリ。

 俺の返事を待つザイード。



 え、俺が決めるの?


 別に主人公でもなんでもないから、そんな全てが丸く収まるような素晴らしいアイデアなんて急に思いつかないぞ。


 しかし、この状況は俺が作り出してしまったものだ。

 なら仕方がないか。


 こういう場合は・・・


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