第78話 保留2
とりあえず『保留』しよう。
「ピアンテ、君の事情はよく分かったよ。君にラビットを渡せるかについては、すぐに返事は出来ないけど、俺もサラヤに掛け合ってみるから、ちょっと待っておいてくれないかい?」
「え……」
泣き崩れていたピアンテは、その言葉を聞いて目線をこちらに向けてくる。
少しだけ見えた希望にすがるような視線だ。
「もちろん絶対じゃないけど、俺もできるだけがんばるから。その代わりピアンテもがんばってほしい。俺がサラヤに頼んでも、サラヤとか、ナルとか、他の皆がピアンテに機械種を従属させるのは心配だって言われてしまったら、難しくなってしまうからね」
こうやって言っておけば、駄目だった場合でも『君の努力も足りなかったのだ』と俺だけの責任になる可能性を低くできる。
責任を複数の人に分けておくと、責任の所在が曖昧になるから、責任を追及されにくくなって大変便利なんだ。日本の会社組織では良くあることだな。
「私は……何をすれば……」
「まずは皆と仲良くなろう。少しずつでいいからね。それからサラヤとかナルとかの年長者の意見を良く聞いて、皆の仕事も手伝って、そうやっていけば自然とみんなと仲良くなるよ。イマリも手伝ってくれるだろうしね」
「はい! 私も手伝います! 一緒にがんばりましょう!」
急に話を振ったのに、ノータイムで返事を返すイマリ。
この子なかなかやるな。もう少し交流を深めてたら、もっと色々な側面を見れていたかもしれない。意中のザイードに良い所を見せたいというのもあるだろうが。
イマリはピアンテの手をとる。
ピアンテはしばらくつながれた手を見ていたが、ゆっくりともう片方の手をその上に乗せる。
「ありがとうございます、イマリ。私、貴方にも随分きつく当たっていましたのに」
「ははは、じゃあ、その分私に優しくしてくれたらいいよ」
うーん。女の子同士の友情か。どっちもザイード狙いなんだから、どこまで持つのやら。
「ヒロさん、凄い! あれだけいがみ合ってた2人を仲直りさせるなんて」
目をキラキラさせて俺に詰め寄ってくるザイード。
いや、あれは別に仲直りとかじゃなくて、君へのアピールもふんだんに含まれているんだぞ。これから苦労するのはザイードの方だろう。
「初めはどうなるかと思いましたけど、ここまで綺麗に収めるなんて、ヒロさんは力だけじゃなくて、頭もすごくいいんですね。僕、ますます尊敬します!」
ははは、実は全く解決していないんだよ。何も考えつかないから、回答を延期しただけ。それに色々脚色をつけて、誤魔化しただけだ。
前の世界の会社組織で無難に過ごすには最も有効な戦術なんだ。
とりあえず前に向いて進んでいることをアピールしておけば、文句はあまり出ないってね。
あとは達成しようがしまいが、プロセスを踏んでいますという履歴だけ作っておけばだいたいの問題は解決するものだ。
まあ、これでピアンテ回、イマリ回の第一段階は終了か。
もう進まないつもりだったのになあ。
しかし、あのままピアンテを放っておけばどうなっていたか……
ラビットを妄執するピアンテ。その手には蒼石がある。
絶対に良い方向には進んでいなかっただろうな。
***********************
俺から奪った白兎と一緒に逃げるピアンテ。
俺の中の内なる咆哮が『コロセ、コロセ』と叫び続ける。
それに抗いながらピアンテを探す俺。
街の中を駆けまわる。
場面が変わる。
追い詰められたピアンテ。
傍らには白兎が控え、俺を威嚇している。
それを見て、一層叫び声を大きくする『俺の中の内なる咆哮』。
駄目だ。もし、白兎が俺に襲いかかってきたら、もう止められない。
仕方がない。白兎の動きを禁術で止めよう。
「白兎よ!動くのを禁じる。禁!」
しかし、止まらない白兎。
牙を剥き出しながら耳を震わせている。
え、止まらない!なぜ?
「ラビィ!行きなさい。私達は襲われているわ。反撃して!」
飛びかかってくる白兎、いや、ラビィか。
その時、俺の中の内なる咆哮が絶叫する。
『アアアアアア!ウバワレタ!ウバワレテシマッタ!!コワセ!コワセ!』
俺の拳の一撃で破壊されるラビィ。
「あああ!!よくもラビィを!許さない!」
ピアンテはカバンの中から銃を抜く。
駄目だ!今の状態の俺に攻撃するな!
『コワセ!コワセ!コイツガオレカラウバッタノダカラ!』
取り押さえる?
しかし、抵抗されたらそのまま絞め殺してしまいそうだ。
ピアンテの動きを止めるしかない!
さっきは失敗したが、今度は大丈夫なはず。
「ピアンテよ!動くことを禁じる。禁!」
しかし、ピアンテの動きは止まらない。
パンッ! パンッ! パンッ!
辺りに響く銃声が3発分。うち2つが俺に命中した。
え、なぜ?
ああ、終わった。もう止められない。
ピアンテに伸ばされる俺の手。
その頭を上から鷲掴みにして…………
ゴキン!
フラフラと街中を歩く俺。
「なぜ」と「どうして」が頭の中を駆け巡る。
このまま拠点に帰るのか。
サラヤは俺に何と言うのだろうか?
ナルは、ジュードは、トールは、ザイードは。
俺は悪くない。奪われたモノを取り返そうとしただけだ。
ピアンテは仲間の持ち物を奪った裏切り者だ。普通なら追放処分だろう。
別に殺したと言わなければいいだけだ。見つかりませんでしたで済む。
ただ、もう、あのチームには、俺は心地の良さを感じることはできないだろう。
出よう。
チームを。もう二度と戻ってくることは無い。
みんなにはこのチームが信用できなくなったと言うか。
どうしてこうなったのか。
もし、俺があの時にピアンテに気をつかっていれば……
***********************
「ヒロさん、どうしましたの?」
ピアンテが俺の顔を覗き込んでいる。
薄いロングの金髪にちょっと細くてつり上がり気味の目。
悪役令嬢顔と表現したけど、狐系のスッキリとした綺麗な顔立ちで、笑ったらそのギャップが可愛いと表現されることも多いだろう。
初めて会った時よりも険が取れて穏やかな表情になっている。多分あの時は緊張していたのかもしれない。それで精一杯の虚勢を張っていたのか。
もう少し自分に余裕ができてきて、他人を思いやる心が育てば、将来イイ女になるかもしれないな。
「いや、何でもないよ。ピアンテ……そう言えば、上流階級の人って名前はどうなっているの? その、名前の後ろにファミリーネームが付くとか、別に愛称があるとか?」
「え、何ですの?突然。まあ、いいですけど。私の場合でしたら、正式な名乗りですと、『ピエンティーナ・テルテ』になりますわね。ピアンテは愛称ですから。最初の挨拶の時は正式に名乗って、ある程度仲良くなって来たら愛称で呼び合うのが普通ですわ」
やっぱりそうか。人間相手に禁術を使う時は気を付けた方がいいな。
「上流階級の作法にも色々あるんだね。もし、ピアンテが良かったら、女の子達に上流階級のマナーを教えてあげたらどうだい。挨拶の作法とか、食事の作法とか。こういうのって知っているのと知らないのとでは大きな差になるからね。もし、女の子達が玉の輿を狙うなら知っておいても損はないと思うし」
「はい、それで皆さんが喜ぶのでしたら……」
「あー、それ! 私も教えてほしい!」
イマリが飛びついてくる。本当に打てば響く子だな。
この子がリーダー候補なのも分かったような気がする。
「ヒロさん、そろそろ出ましょうか。確か夕方、総会に出るんでしたよね」
ザイードが声をかけてきて、この整備室でのイベントは終了のようだ。
整備室前で別れる時にピアンテから『お願いします』と頭を下げられる。
ああ、もう一個確かめたいことがあったな。
「分かってるよ。君の新しいラビィの為にがんばるから」
「え……な、なぜ? 私のラビットの名前をご存じなんですの?」
「ええっ! 適当に言っただけなんだけど……ラビットだからラビィってちょっと安直過ぎないかい?」
「もー! 別にいいではありませんか!可愛い名前なんですし!」
ぷぅと頬を膨らませるピアンテ。こう見ると年相応だな。
さて、俺が先ほど妄想した一連の出来事は、ただの妄想に過ぎないのだろうか?
妄想の中のいくつかの事実が現実と一致してしまっている。偶然と呼ぶにはいささか無理があるように思える。
もしこれが未来視と呼ばれるものなのであれば、非常に有用な能力と言えるが、どこまで信頼してもいいのやら。
実は全て俺の妄想だったというオチは勘弁してもらいたい。
しかも見えたのは、今の立ち位置からの未来ではなく、選択しなかった方の未来だ。
確かに、今までにも未来が分岐する瞬間のようなものを感じたことがあった。
今回のピアンテの件がまさにそのままであろう。
さっきの妄想が、俺がピアンテを気にかけなかった場合の未来のイベントなのであれば、俺は分岐する瞬間において、正しい選択肢を選んだということになる。
しかし、なぜ、選択しなかった方の未来を見せられたのか?
俺がそれを見たいと望んだからなのだろうか。
もし、選択する前に未来を示してもらえるなら、これ以上頼りになる能力は無いだろうに。
あと、自分の妄想を未来のイベントだ! と勘違いしないようにしなければ。
なにせ、俺は暇があれば自分勝手な妄想に浸ってしまうことが多いからな。
どのみち、もっと検証が必要だな。なにせ発動条件も正確性も不明なんだ。
やはりこれは仙術スキルの能力なのだろうか?
そして、これを俺はどれだけ使いこなせるのだろう。
未来の情報という、普通の人間には絶対に得ることができない情報を得ることができるということは大きなメリットだ。
活用方法次第で有用な情報源となるだろう。今回の件では、ピアンテが危険な状態になるまで追いつめられていたということが分かったし、禁術の意外な弱点も判明した。
しかし、未来を見通せる登場人物が幸せになれたケースってあんまりなかったような気がする。大抵、黒幕なんかにやられて途中退場させられるイメージしかない。
できることばかり増えていくが、それと一緒に幸せが増えていっている気がしないのはなぜだろう。
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