第76話 人気
拠点に帰った俺は普通にサラヤにお出迎えされたが、別に遅刻を怒られるようなこともなかった。
「ヒロのことだから、絶対に言っていた時間より遅くなるって思ってたから、かなり早めの時間を言っておいたのよって・・・って!何?ラビット!?なんで!」
遅刻は怒られなかったけど、また、サラヤに『驚かさないで』って怒られた。解せぬ。
まあ、俺も最近はサラヤを驚かせるのが楽しみになってきているところはあるんだけど。
ロビーでは白兎の周りを子供達、主に女の子達が囲んで、口々に『可愛い』と言いながら、頭を撫でたりしている。
俺の白兎は大人気のようだ。
今日はトール達も早めに帰ってきたようで、ロビーにはほとんど全員が集合して、俺の白兎に熱い視線を送っている。
そんな中、ザイードが神妙な顔で俺に近づいてくる。
ひょっとして、せっかくタートルを完成させたという注目が俺に取られてしまったのを気にしているのか。確かに昨日の今日だから、もう少し日を開けた方が良かったかもしれない。これは俺の配慮不足か。
「ヒロさん、あの・・・」
「ああ、スマン、ザイード。君のタートルの人気を奪ってしまって申し訳ない。これも俺の白兎が可愛すぎるのが悪いんだ」
「いや、そうじゃなくて、そのラビットをどうやって従属させたのかってことなんですけど・・・」
「そりゃ昨日見せてもらった通りにやったんだよ・・・ああ、蒼石のことか。実はディックさんからの貰ったものなんだ。狩りに付き合ったお礼にってくれたものを使用してね・・・ああ!そうだ、忘れないうちに・・・ジュード!ちょっといいかい?」
ザイードの話の途中だが、今のうちに渡しておかないと、いつまでたっても渡せそうにない。
俺に呼ばれて近づいてきたジュードにディックさんから貰った白鈴を渡す。
「ん、何だい。ヒロ?・・・これは?」
「『白鈴』さ。ディックさんからの置き土産だよ。俺はハンマーを貰ったから、これはジュードが受け取ってくれ」
「いいのかい?これはかなり貴重なものだけど・・・」
「俺も貴重なものをもらったからさ。だからこれはお前のものだ」
「そうか、ありがとう。大事に使わせてもらうよ」
俺から白鈴を両手で受け取るジュード。
その表情は少しだけ陰りを見せている。
色々な感情が渦巻いているのだろう。ディックさんとは今まで相棒として一緒に狩りとしてきた仲だ。
ほんの一晩一緒だった俺とは比べ物にならないくらいに思い出も多いはず。
その目に少しだけ潤みが見えたので、悪い気がして視線を逸らす。
あ、そうだ。ザイードとの話の途中だったな。
「ごめん、ザイード。話の途中で申し訳ない」
「それは別にいいんですけど、ヒロさん。そのラビットは草原でブルーオーダーしたんですね」
「そうだけど、何か問題があった?」
「いえ、問題とかじゃなくて・・・ヒロさんが機械種使いだってことが分かったんです」
え、そりゃ機械種を従属させてマスターになったんだから・・・そうか、白鐘の効果範囲外で従属を維持することが機械種使いだったな。草原は間違いなく白鐘の効果範囲外だ。そこで機械種をブルーオーダー、マスター認証させて連れ帰った俺は、機械種使いの才能があるってことか。
「おめでとうございます。機械種使いは今後狩人をする上でも貴重な才能になりますよ。機械種使いじゃないと機械種を従属させるのは大変ですから」
「どういうこと?別に街の中なら誰でも従属させることができるんだろう?」
「それは街で売っている機械種ならそうですが、野外でうろついている機械種を従属させようと思うと、機械種使いの才能が必須となります。これがないと機械種を完全に動かなくなるまで拘束するか、破壊した上で、白鐘の効果範囲内まで持って帰らないといけないので」
そうか。機械種使いが一緒なら、敵対している機械種でも隙を見て、ブルーオーダーしてしまえば、その場で従属させることができるのか。
そうだとすれば、このスラムでラビットくらいの機械種を従属させている奴がほとんどいないのも納得できる。
まず、機械種に蒼石をぶつけることが難しい。投げつけてもいいが、外してしまえば貴重な蒼石がパアだ。運よく蒼石をぶつけることができてブルーオーダーしても、機械種使いの才能が無ければ、すぐにレッドオーダーに汚染されてしまう。
自分が機械種使いであるとを知る為には、これにも貴重な蒼石を使って、マスター認証した機械種を白鐘の効果範囲外まで連れて行かないといけないが、才能が無ければせっかく従属させた機械種が敵に回ってしまう。
ラビットを半壊状態で拘束して街に持ち帰れば、従属させることは可能かもしれないが、それを修理するのにどれだけの費用がかかってしまうのか。
貴重な機械種ならともかく、ラビット1体では割に合わないだろう。
俺が機械種使いの才能があるってことが分かったのは、今回の最大の成果かもしれない。あとは俺が何体くらいの機械種を従属させることができるかだ。
「ヒロさん、あのラビットですけど、早めに護衛スキルを入れた方がいいですよ。このままだと、このスラムで誰かに襲われても抵抗できませんからね」
「ん?やっぱり護衛スキルは元から入っていないのか。それはどうやって分かるの?」
「普通、外で捕まえてきた機械種に護衛スキルが入っていることはありませんから。あと、機械種にどんなスキルが入っているかについてはこれで分かります」
と言ってザイードが見せてくるのは20cm×15cmくらいの白い板。
ア○パッドみたいだな、それ。
「これを機械種の両目に近づけるとスキルが表示されます」
白兎の周りを囲む女子を押しのけて、ザイードがアイパッ○みたいな白い板を白兎にかざす。
ザイード君、もうちょっと女性に配慮した方がいいぞ。自分の得意分野では他が目に入らなくなるのは、理系男子では良くあることだけど。
「ヒロさん、このラビットの保有スキルは『警戒(最下級)』『近接格闘(最下級)』『追跡(最下級)』です。『追跡』は珍しいですね。有用なスキルですよ、これ」
ほうほう、やっぱり掘り出し物だったか。俺の目もなかなか捨てたもんじゃないな。
しかし、護衛スキルか。ザイードの忠告通り早めに入れておきたいが。
「その護衛スキルってどこで手に入るんだ?」
「多分バーナー商会経由で手に入ると思います。そこそこかかりますけど」
「ヒロ、そこは私の出番よ」
サラヤが力強い笑みを浮かべて間に入ってくる。
「今ままでヒロに世話になりっぱなしだったから、ここで恩返しさせてほしいの」
任せておいてとばかりにドンと自分の胸を叩くサラヤ。
ぽよんっと2つの膨らみが弾む。
ザイードが真っ赤になって下を向く。
俺はつい目で追ってしまった。いや、これは男の本能だから仕方ない。
まあ、他に当てもないし、サラヤに頼むのが一番か。
「じゃあ、お願いするよ。サラヤ」
「任せておいて!」
普段以上の元気で返される。よっぽど俺への借りが返せるのが嬉しいんだろう。
一方的な関係は歪みやすいから、今度は適度にサラヤを頼って物品を仕入れてみようかな。
まずは蒼石がほしい。それと白兎をグレードアップさせるような装備とか。
この辺りはザイードと相談してみよう。
そういえば、損傷が少ないラビットをナップサックに入れたままだったな。
とりあえずザイードに渡しておくか。
「ザイード、首を切り離したラビットって修理できる?」
「え、状態にもよりますけど、綺麗に切断されているだけでしたら溶接だけで済みそうですが」
「めっちゃ綺麗に切断しているぞ。これ以上にないくらいにな」
「ヒロさんがそこまで言うってことは、ちょっと気になりますね。じゃあ整備室までお願いできますか?」
「オッケー、行こうぜ」
ザイードと一緒に整備室に向かおうとする前に、未だ女の子達に囲まれている白兎に目をやる。
若干状況に戸惑っているような感じだが、問題なさそうだ。
「白兎、しばらく女の子達の相手をしてやってくれ」
白兎は俺の声に反応して、軽くうなずいたような仕草をする。
それがまた可愛くて女の子達がまたキャーキャー言い始めた。
ふと、1人だけ輪を離れているピアンテが目に入る。
ピアンテの目は白兎に釘づけだが、その目は異様なくらいに力が籠っていた。
憎しみでもない、妬みでもない、羨望でもない、強いて言うなら郷愁というべきものだろうか。
少しだけ気になったが、それだけだ。俺にとってピアンテはさほど気にするような相手ではない。好感度で言えばイマリと並んで最底辺の位置だ。
最初の印象が悪すぎて、他に好感度が上がるようなイベントも無かったから、こんなものだろう。
「ヒロさん、早く行きましょう」
ザイードに声をかけられて、整備室に向かおうとする俺。
全部のイベントに関わるつもりはない。俺の手はそんなに広くないんだ。
ザザッ
え、何?この感覚!
足を一歩踏み出そうとしたところで、以前感じたことがある異様な感覚に襲われる。
たとえるなら駅のホームの端に立っていて前に足を踏み出そうとしているような・・・・
前に感じたのはディックさんを探している時か。
あの時は深く考えずに踏み出してしまったけど。
頭に浮かぶのは先ほどのピアンテの思いつめたような顔。
登場人物が意味ありげに悩んでいる。そこへ通りかかる主人公。しかし、主人公は声をかけずスルーする。そして、その登場人物を切っ掛けに大きな惨劇が発生する。もしあの時声をかけていれば、あの惨劇は無かったのに・・・みたいなパターンはよくある話だ。
今俺が感じた感覚は、その分岐点に立っているという虫の知らせのようなものかもしれない。
ここで発動するということは、このまま踏み出してはいけないということだろうな。
であれば、俺が今すべきことは一つ。
「え、ヒロさん、どこへ?」
ザイードに声をかけられるが、手で制してピアンテに近づく。
一人女の子達の輪から離れているピアンテは俺が近づいてくるのをみて、そのツリ目を一層吊り上げて睨みつけてくる。
ピアンテの前に立つ俺。
ピアンテは両手をスカートの前でぎゅっと握って俺を下から見上げている。
「ねえ、ピアンテ。ラビットに興味あるのかい?」
「・・・別に」
おお、某女優並みの取り付く島の無さ。さすがスラム堕ちした悪役令嬢。
しかし、このくらいでめげてはいけない。俺のこの行動がチームの未来を変える可能性があるのだから。
それに俺自身も所属するコミュニティに俺を嫌う人がいるということにかなりストレスを感じる方なんだ。できればこの辺りで仲直りしたいところなんだけど。
「ザイードに新しいラビットが修理できるかどうかを調べてもらうんだ。それでこれから整備室に行くんだけど、どうだい、一緒に来ない?」
ザイードが後ろで『えっ!』て顔をしているのが、何となくわかった。
しかし、これしか方法がないんだよ。がまんしてくれ。
ピアンテはザイードの名前を聞いて、少し剣幕を和らげるが、それでも俺を睨みつけるのは止めない。
「どうして、私が一緒に行かなくてはならないんですの?」
まあ、当然そう答えるよね。
「新しいラビットのデザインもあるから、女の子の意見も聞いておきたいんだよ。できたら都会的なセンスを持った子からアドバイスなんかをもらえたらってね」
自分で言っておきながら随分と適当なことを言っていると思う。
しかし、そんな俺の言葉に少しだけ心を揺さぶられているように見えるピアンテ。
うーん。あともう少しなんだが。
うーん。男2人に女の子1人は警戒しちゃうだろうな。
さて、どうするか。
ちょっとだけ視線を横にずらすと、白兎を囲む女の子達の中にイマリの姿が見えた。
どうやらピアンテに話しかけている俺が気になるようで、視線をこちらにチラチラと向けているのが分かる。
よっしゃ、こうするしかないか。
彼女も巻き込んでしまおう。
「おーい、イマリ。これからザイードとピアンテと一緒に整備室に別のラビットを見に行くんだけど、一緒にどうだい?」
「え、私、行くなんて一言も・・・」
「いいんですか!もちろん私も行きます!よろしくお願いします!」
かぶりつくようにイマリが突撃してくる。
相変わらずの元気少女のようだ。この元気さがデップ達とぶつかって仲が悪くなってしまっているのかもしれない。
まあ、仲が悪いというのは俺の想像なのだけど。でも以前のデップ達への当たりの強さを見るにそう間違っては無さそうだ。
11~12歳くらいの少年少女は、照れ等もあって同年代の異性同士で素直に仲良くできない年頃なのだろう。
「よし、じゃあ、みんなでザイードの整備室に向かうとするか。」
「はい!行きましょう!」
「ちょっと、私は!」
「イマリはピアンテの手を握ってあげて、俺はイマリの手を握るから」
「はい!」
「ちょっと、止めてよ、イマリ!」
このまま強引に整備室へ連れて行こう。
ちょっとザイードがあきれたような顔をしている。
すまん。後で謝るから。
しかし、イマリも俺がピアンテを連れていきたいのを分かって乗ってきてくれたようだ。
前の件があったから、あんまり良い印象を持ってなかったけど、多分この子もいい子なんだろうな。
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