第71話 従属


 そろそろ夕食の時間ということで、整備室から出てザイードと一緒に食堂へ向かう。


 食堂に入ると、俺のパーカーを着たザイードを見て、デップ達が騒ぎ出した。


「あー!それ、ヒロのフードの服!」

「えー、なんでザイードが着ているだよ!」

「いいなー。俺もそれ着たい!」


 ザイードの周りに集まって騒ぎ始める。


 そんな様子を見て、同じく食堂にいたトールが口をポカンと開けて、目を点にしていた。


「おい、トール。なんでそんなに驚いているんだ?」


 思わず俺が聞いてしまうくらいの驚きようだ。


 俺に指摘されたトールはようやく我に返ったようで、詰まりながらも返事を返してくる。


「いや、その、ヒロ。その服って大事なものなんじゃ・・・」


「まあ、俺のお気に入りではあるが、ただの服だろ?そんなに珍しいか?」


「そ、そうなんだ。いや、ちょっと思ってたのと違ったんでね・・・」


 言いずらそうに説明してくるトール。

 コイツも俺のパーカーを発掘品だと思っていたクチか。


「ヒ、ヒロさん、デップ達にも貸してもいいですか?」


 デップ達の猛攻に耐えられなくなったザイードが俺に確認してくる。


「ああ、別に構わないよ・・・おい、ちょっと、破かないでくれよ!」


 俺の返事を聞くやいなや、ザイードが脱いだ俺のパーカーをデップ達3人が奪い合っている。


 ぐっ!ここはガマン!大事なものと悟られないようにしなければ・・・


 しかし、俺の着ていた服を奪い合っているなんて、なんかアイドルか有名人にでもなった気分だな。





「はいはい!騒がない!デップ、ジップ、ナップ!」


 サラヤが食堂に入ってきて、デップ達3人の騒ぎを抑えにかかる。


「こら、いい加減にしなさい!」


「でも、ジップが・・・」

「お前もだろう!」

「お前らだよ!」


「もういいから、ヒロにその服を返しなさい。貴方たちには別の服をプレゼントしてあげるから」


「「「ええ!!!」」」


 サラヤの発言に、デップ達3人の声がハモる。

 ああ、なるほど。デップ達への報酬か。


「貴方たちは今回頑張ったんだから服くらいはご褒美で用意してあげないとね」


「じゃあ、俺、このフード付きのヤツ!色は緑で!」

「俺もこのフードがいい。黄色がいいな」

「もちろん俺もこのフード。青色にして」


 ええ!そこは俺と同じ黒じゃないの?

 デップ達の突然の裏切りに動揺を隠せない俺。


 そこへザイードがおずおずと俺に説明してくる。


「ヒロさん、実は黒ってあんまり狩人は使わないんです。機械種と間違えられて誤射されるかもしれないので・・・」


 おお、確かにそれはありそうだ。しかし、俺はこの黒がいいんだけど。 

 

「はははは、ヒロ。大丈夫だよ。黒い服を着ている人も少しはいるから。俺達は誤射なんて恐れないって感じでね。ほら、黒爪団の奴らも黒系統の服を着ているし」


 何!俺はアイツ等と同レベルって言いたいのか?トール。

 お前絶対に面白がって言ってるだろう!

 クソ、俺はこの黒に思い入れがあるんだよ。そう簡単に自分のポリシーを変えられるか!


 ・・・まあ、本当に危ない時は変化の術で色を変えよう。




 あ、サラヤがニッコリ笑って、俺を手招きしている。


 何だろう・・・ああ、コブリンのことか。

 もうすぐ夕食の時間なんで後にしてもらえませんか?


 ・・・駄目ですか。もう少し先延ばしできると思ったけど。



 結局、サラヤからあんまりびっくりさせないでと小言を言われただけだ。

 別にびっくりさせようとしたわけじゃないんだけどなあ(嘘)。

 







 食事の時間が終わると、ついに機械種タートルをブルーオーダー、そして、マスター認証する時間がやってきた。


 長かった。ここまでくるのにどれだけかかったのだろう。

 初めはロボを従えて大軍団を結成だ、なんて思ってたけど、この様子だったら果たして何年かかることやら。



 駐車場にはすでにタートルが運ばれている。

 ここまで運んできたのはデップ達3人だ。

 3人とも汗だくになりながら、ここまでタートルを押してきてくれた。

 自分達で運びたいと言ってきたので、譲ってあげることにしたのだ。

 


 ザイードは手元の工具箱から道具を取り出して準備を始めている。


 この場にいるのは、サラヤ、ジュード、カラン、トール、デップ達3人、イマリ、ピアンテ、他子供達だ。ナルと一部の子供たちは万が一のことを考えて、ロビーで待機している。


「機械種のブルーオーダーを見るのは久しぶりだね」


「前はベイルさんの時かい?ジュード」


「ああ、懐かしいな。ベイルさんか。4年前だったね、従属した機械種と一緒に出て行ったのは」


「ラビットだったけどね。でも、1体いるだけで安全度が違うから、きっと狩人として活躍しているだろう」


 ジュードとトールが俺の知らない昔話をしている。


 従属させた機械種と一緒に出て行ったのか。そのベイルさんという人は。


 では、ザイードもいずれこのチームを卒業するときはこの機械種を連れていくんだろうな。だから、この機械種で安全になったと言っても、ザイードがこのチームにいるあと数年間限定での話ってことか。




 この話をサラヤにしてみると、あっさりとその通りという返事が返ってくる。


「でも、その数年間が私達には必要なの。頼りになる機械種が複数いるってだけで、他のチームへの圧力にもなるし、拠点の防衛に力を割かなくて済むから」


「これで私も長期の出張依頼をこなせるようになるから、稼ぎも増える」


 サラヤに続けてカランが意気揚々と話してくる。

 なるほど、今までカランは拠点防衛であまり長い期間の護衛依頼を受けられなかったのか。



 イマリとピアンテは遠巻きに準備を進めるザイードを眺めている。

 彼女らにとってはザイードにアピールする重要なイベントなんだろう。


 デップ達3人は疲労困憊の様子だが、自分達が運んできたタートルに目が釘付けとなり、まだかまだかと待ちわびている。






「準備ができました。これから機械種タートルの従属作業を始めます」


 倉庫にザイードの緊張した声が響き渡る。


「では、ヒロさん。この位置で蒼石を持って待機をお願いします。僕が合図をしたら、素早く蒼石をこのタートルの頭のこの辺りに叩きつけてください」


 ザイードはタートル頭部の人間でいうこめかみ辺りを指さす。

 言われた通り、右手に蒼石も持って構える。


「皆さん。大丈夫とは思いますが、万が一、ブルーオーダーできなかった時は、即座に決められた行動に移ってください。ジュードさん、カランさんは、このタートルの首の辺りを集中して狙ってください。ヒロさんは胴体の押さえをお願いします。後の皆はできるだけ離れて、この駐車場から脱出してください。」


 このトータルの四肢は外されており、口の中の銃器も取り外されている。

 しかし、ここまでしても、このような警戒が必要なのだろう。

 

 ジュードは鉄パイプを、カランは金属の警棒を構えた。


 トールは庇うような形でサラヤの前に出てきている。


 皆が指定の位置に着いたのを確認して、ザイードは手に持った晶石を組み込んだ晶冠をタートル頭部に組み込んでいく。


 しばらくガチャガチャとザイードが立てる作業音だけが駐車場に流れる。



 そして・・・





 ガチャッ ブーン





 今まで無色透明だったタートルの眼球が赤く点滅し始める。


 1回、2回、3回、4回、5回・・・光が大きくなって・・・


「今です!」


 ザイードが大きく声を上げる。


 右手の蒼石をタートル頭部こめかみに叩きつける。




 カシャーーン!!




 右手の中の蒼石はガラスのように砕け散り、青い光が瞬いた。


 その瞬間、機械種タートルの黒いボディが濃いグレーメタリックへと魔法で染められたかのように変色する。

 禍々しかった顔のデザインが少し柔らかく落ち着いたものへと変貌し、両目からチカチカと点滅している光は清々しいまでの蒼。




「ブルーオーダー成功です!」


 興奮した様子でザイードが報告してくれる。





 このブルーオーダーによる突然の変化には俺も驚きを隠せない。

 いきなり目の前の機械種の色が変わり、デザインまで変わってしまった。


 これを魔法みたいと言わずして何と言う。

 思わず、ポカンと口を開けて呆然としてしまう俺。


 おそらく初めてブルーオーダーしているところを見る子供たちも俺と同じような表情。

 デップ達は他で見たことがあるようで、口々にスゲー、スゲーと騒いでいる。

 


 そんな周りに気にすることなくザイードは次の行動に移る。


 


「今からマスター認証に入ります」




 ザイードはそう言い放ち、タートルの正面に立つ。


 タートルは目を青く点滅させて、マスターとなる人物を待ち構えている。



 ギリッ



 思わず緊張のあまり奥歯を噛みしめた音が鳴る。

 俺が知りたかったマスター認証。

 さあ、やり方を見せてくれ。ザイード。



 ザイードはタートルと目を合わせるようにして顔を近づけていく。

 

 タートルとザイードの両目の視線が交わったところで、タートルの目の青い点滅が止まり、薄い青い光が灯るようになる。


 それを確認したザイードはゆっくりとタートルに語り掛ける。




「白の契約に基づき、汝に契約の履行を求める。従属せよ」




 その言葉に答えるかのように、ピカッとタートルの両目が青く輝いた。

 


 ザイードは後ろで控える皆を振り返る。




「従属に成功しました!」





 ザイードがそう宣言すると、周りがわっと騒ぎ始める。

 

 ジュードがサラヤに微笑みかけ、サラヤが思わずジュードに駆け寄っていく。

 カランがやれやれっといった表情でそれを眺め、トールは苦笑しながら見守っている。

 イマリとピアンテは、これからが本番とばかりにザイードに突撃していき、デップ達は早速タートルの甲羅に昇りはじめている。




 これで、ブルーオーダーとマスター認証のやり方は分かった。

 それは狩人への道と、このチームから離れる時が大きく近づいたことでもある。




 まあ、今はそれより、この馬鹿騒ぎを皆と楽しもうか。


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