第70話 秘密


「胴体の下にキャタピラがついていますので、こうやって押していけばいいんです」


 ザイードがタートルを後ろから押して実演してくれる。

 俺も代わりにやってみたら簡単に前に進んだ。


「ドアのところの傾斜はその為です。ここには重量物も多いので、運ぶときは台車なんかを使いますし」


 ふむふむ。さすが整備室の主だな。


「駐車場に運ぶのは夕食の後でもいいと思いますよ。でも、さっきみたいに持ち上げるのは止めた方がいいです。みんな驚いてしまいますから」


「うん。分かった。でもザイードはあんまり驚いているようには見えないけど」


 持ち上げた時は目が点になってたけど、それ以降は普通に対応してくれている。


「まあ、ヒロさんはヒロさんなんで、何をしてもおかしくは無いかなって」


 何それ、謎の信頼感?


「だいたいスラムに入ってきて、一週間でオークまで狩るなんて、聞いたことがありませんよ。コボルトくらいを期待していたら、オークが来たからどれだけ驚いたことか」


 そんなに珍しい?ある程度武器を持っていたら、別に俺の今の年くらいの男なら、それほど苦戦しないと思うけど。


「オークを倒そうと思ったら、最低スモール下級以上の銃が必要です。それでも倒すのに何人がかりで、何発撃ち込まないといけないかなってレベルです。まともに倒そうとおもったらスモールなら中級以上、ミドルでも下級以上が絶対必要です」


 そのスモールとかミドルとかってのは銃の大きさを表しているんだよな。スモールが拳銃、ミドルがライフル銃くらいだったかな。


「でも、そんな銃を持っていたら、そもそもスラムになんかいませんよ」


「そうかなあ。あの魔弾の射手のアデットなら持ってるかもしれないぞ」


 なにせ発掘品のコートをもっているくらいだからな。


「アデットさんですか。噂では良く聞きますけど・・・アデットさんは元々壊滅した猟兵団の団長の息子だそうですから、形見で持っていても不思議はないですが」


 おいおい、ジュードといい、アデットといい、なんで俺の周りには主人公っぽい奴が多いんだよ。


「でもヒロさんの方が凄いと思います。だってヒロさんはほとんどソロですけど、あっちは機械種を狩るときは集団戦で挑むと聞きますし」


 俺の評価はスラムチームのリーダー以上か。ザイードがそこまで俺を評価してくれているのは嬉しいが、他の皆にはどう思われているんだろう。あと、ザイードは俺の強さについてどこまで推察しているのだろうか。


「チームのみんなは俺のことを機械種使いだって思ってたんだよな。それって俺が強そうに見えないからかな?だから機械種を使っているって思われたのか」


「うーん。それについては何とも・・・でも、カランさんやジュードさんが、ヒロさんは武術の達人で、1人でも機械種を狩れるほど強いって言ってましたから、ヒロさんが機械種を使っているっていう話はもう消えていると思いますけど」


「じゃあ、ザイード。君は俺の強さについてどう思ってる?」


「え、ヒロさんの強さについてですか?」


「さっきのトータルを持ち上げたような怪力とか、オークを倒すような戦闘力とか、武術の達人だけじゃ説明つかないこともあるだろう?それについてザイードがどう思っているのか教えてほしいな」


 ザイードは割と先入観や周りの意見を排除して、冷静に分析しているタイプとみた。

 俺が周りからどう思われてしまうのかを参考にするにはぴったりの人物だろう。


「えっと、ヒロさん。怒ったりしませんよね」


「怒ったりなんかしないよ。自分から聞いているのに」


 心配性だな。俺が気に入らない評価をされて怒るような人間に見えるのか。




 俺の返事を聞いて、しばらく考え込んでいたザイードだが、おずおずと自分の推測を話してくれる。


「僕は、多分、ヒロさんは発掘品を持っているんだと思います。それも身体能力を上げるようなものを」


 ふむ。そうきたか。っていうか発掘品にはそういうものもあるのか?


「あんまり一般に出回っていない話ですが、一流の狩人なら持っていることがあるそうです。でも、そこまで劇的に強くなるわけじゃないです。あくまで補助的なものだそうなので」


「で、ザイードは、それを俺が持っていると?」


「はい。おそらくヒロさんがいつも来ているフード付きの服がそうなんじゃないかと・・・僕でもヒロさんがその服を誰にも触らせたくないんじゃないかなってくらい大事にしているのは分かりますし」


「なるほど、良く分かった。ありがとう、参考になったよ」


 ここまで見抜かれていたのか。確かに自分の持ち物ではパーカーの重要度一番高い。防具としても、召喚の道具としても、最も使い易いこのパーカーは、無意識のうちに周りに分かるくらいに大事にしてしまっているようだ。


 良くない傾向だな。大事なものは大事なものと認識されないことが一番だ。


 さて、俺がこのパーカーをそこまで大事にしているわけではないというアピールをする必要があるが。


 どうしようか。一つ考えていることがあるんだが・・・



 今から俺がやろうとしていることはある程度リスクのあることだ。

 しかし、試すならこのチャンスしかない。ザイードの好感度も高くなっているようだし、ある程度は挽回も可能だろう。

 


 チラっとザイードを見る。



 どこにでいそうな少年。俺がさっき殺してしまった少年たちと同年代だ。

 目つきが若干鋭い感じだが、最初の頃よりは大分柔らかくなっている。

 俺がデップ達との仲を取り持ったことと、機械種の完成に協力したことが切っ掛けで俺への信頼が急上昇した。

 彼にはもっと情報を教えてもらう必要があるし、俺のパーカーへの注目を反らす必要もある。



 やってみる価値はあるか。



「ねえ、ザイード。俺のこの服を着てみる?」


「え!いいんですか?」



 俺がほとんど手放そうともしないことが、大事にしていると見られているのであれば、この手段をもって挽回できるのではないだろうか。


 また、確認したいのは2つある。明らかに特別な力を持つこのパーカーの能力が、俺以外の者が着ても発揮されるのかということ。もう一つは、俺以外の人がこのパーカーを着ることで、どんな影響を受けるのかということ。


 可能性としては低いが、パーカーを着たら、いきなり力持ちになったり、仙術を使えるようになったりするかもしれないし、力を吸い取られて倒れてしまうことだって考えられる。


 ザイードには悪いが、実験に付き合ってもらおうか。

 まあ、そんなに悪い結果にはならないと思うけど。


 俺が脱いだパーカーを受け取ると、期待を込めた顔でいそいそと袖を通していくザイード。

 その様子がプロ野球選手のユニホームを貸してもらって、喜んで着こむ野球少年のようだ。



 なんか照れ臭いな。



 パーカーを着こんだザイードはしばらく着心地を試すように手や肩を動かしていたが、ある程度満足したところで、自分の整備したタートルに近づき、俺がやったように甲羅の下に両手を入れ、ふん!とばかりに持ち上げようとしてみる。


 ふん!ふん!と何度か持ち上げようとしているが、タートルは微動だにしない。


 ほっ、良かった。着こんでも特別な能力が授かるわけでもなさそうだ。


 やがて、力尽きて諦めたようで、ザイードは後ろにひっくり返り、大の字になって仰向けに倒れ込む。


「あー、無理でした。違ったかあ。ヒロさんみたいに強くなれるかもって思ったのに」


 仰向けになりながら残念そうな顔をするザイード。

 この様子だと、ザイードはこの服に違和感は感じていない様に思える。

 しかし、この際だ。色々確認してみるとしよう。


「ザイード、大丈夫かい?体に違和感は無い?」


 手を貸して起き上がるのを手伝ってあげる。


「へ、ああ、ありがとうございます。久しぶりに力を振り絞ったんで。でも大丈夫です」


 起き上がって背中をパンパンするザイードだが、はっと気づいたように声をあげ


「あ、すみません。服を汚しちゃいました」


「いや、いいよ。それくらい。それより、服の胸ポケット入れたペンを渡してくれないかい?」


 ちょっと、無理やり過ぎるかな。でもこの機会くらいしか試せない。


 俺に言われてザイードはパーカーの胸ポケットを探るが何も出てこない。


「何も入っていませんけど・・・」


「ああ、そうか。ペンはズボンのポケットだったよ。ごめんごめん」


「???」


 ちょっと不思議そうな顔をされた。


 まあ、仕方ない。これくらいは大丈夫だろう。


 これでこのパーカーは他人に着せても問題ないように思える。試せないのは防御力くらいだ。しかし、これは試さなくても何となく誰が着ていても堅牢さを保つだろうと思う。俺が着ている時以外は頑丈さが消え失せるという方が不自然だろうから。







「ヒロさん、ありがとうございました。これ返しますね」


「ああ、いいよ。もう少し着ていなよ。たまにはイメージチェンジもいいんじゃないかい?」


 服を脱いで俺に渡そうとするザイードだが、それを留める。ザイードにはこのまま食堂まで俺のパーカーを着ていってほしい。俺がパーカーを誰にも触らせないくらいに大事にしているという噂を払しょくする為にも。


「それより、俺への質問は他にないの?」


 俺の強さの秘密が発掘品のパーカーじゃないと分かったんだから、もっと質問してくるかと思ったんだけど。


「うーん。僕からはこれ以上ありませんよ。ヒロさんは強いってことで十分です。それに『狩人の三殺条』もありますし、これ以上探りを入れるのは良くないことくらい分かります」


 え、また、新しい単語かよ!

 く、ここは恥を忍んで聞くしかない。名前からして不穏な気がするし。

 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。


「えーと、ザイード君。その『狩人の三殺条』って教えてちゃってくれないかなあ」


「え-!これもですか?ヒロさん、これって子供でも知っていることですよ」


 すみません。世間知らずで。

 

「これは狩人の掟のようなものです。これを狩人にしたらその場で殺されてもおかしくないってことなんですけど・・・


 まず、『獲物を横取りする奴は殺す』


 そして、『探りを入れてくる奴は殺す』


 最後は、『目の前で赤い服を着ている奴は殺す』


 以上の3つを『狩人の三殺条』っていいます。これはスラムの子供でも知っていることです。文字通り命にかかわりますので」



 ・・・なにそれ?



 いや、最初の2つは分かる。横取りする奴、探ろうとする奴を殺すってのはやり過ぎのような気もするが、分からないでもない。

 でも、最後の赤い服を着ている奴は殺すって一体なぜ?


 俺の疑問が読めたのか、ザイードがそれについて説明してくれる。


「狩人の目標は巣の奥にいる紅姫を倒して、紅石を手に入れることです。その紅姫をイメージさせる赤い服を着て狩人の目の前に現れるってことは、狩人を挑発しているように捉えられるそうです。だから赤い服を着る人なんて一人もいませんよ。たとえ冗談でも殺される可能性がありますから」



 おいおい、この世界は随分地雷が多いなあ。

 この知識を知らなかったらやらかしてしまっていた可能性がある。

 やはりこの世界の常識と呼ばれるものの情報収集が急務だ。


 スラムでの常識、街での常識、狩人の常識、色々あるに違いない。

 たくさんの人と会って話を聞いて、その辺りを補完していく必要があるな。


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