第69話 機械種
拠点に着くと、もう夕方だ。あと、1時間くらいで夕食の時間だろう。
俺はロビーにいた女の子にコブリンの頭が入ったナップサックを渡して、サラヤに届けてもらうようお願いする。
渡した途端、落としそうになったので、もう一人に手伝ってもらい、二人がかりで上まで運んでもらう。
ナルの件もあって、今、ちょっとサラヤに会うのは気まずいから。
それにコブリンを狩ったことついても追及されそうだし。
今逃げても一緒なんだけど、今日は色々なことがあったから、明日に伸ばせることは明日にしよう。
うん。素晴らしい判断だ。まさに英断だね。
実に俺らしい判断をしたと自分で勝手に自我自尊していると、後ろから声がかけられる。
「ヒロさん、おかえりなさい」
ん、その声はザイードか。
振り返ると、若干俺を見る目に険が取れたザイードが立っていた。
「ただいま、ザイード。進み具合はどうだい?」
「完成しました!」
いつもの調子と違い、返事が被せ気味に即返ってきた。
よほどこれを報告したかったのか、ザイードが頬を上気させながら目をキラキラさせている。
「真っ先にヒロさんに知らせたかったんです!整備室にありますので、来てください!」
俺の手を掴んでくるザイード。
おいおい、強引だな。でもそれだけ楽しみにしてたんだろう。それにどうやら俺を待ってくれていたようだし。
そのままザイードに手を引かれて整備室まで直行する。
その途中、上の方から『ひゃーー!!、なんでコブリンなの!』というサラヤの驚いた悲鳴が聞こえてきたような気がした。
気にしない、気にしない。
1階の整備室に入ると、それは異様な存在感を持って鎮座していた。
そびえ立つ黒鋼の砦とまではいかないが、俺の腰くらいまである大きな甲羅を持った機械の亀がそこにあった。
前回、整備室で見た亀の甲羅は一部部分だけだったようで、甲羅の円周は大人が両手を広げても到底収まらないほどだ。直径で言えば1.5m程はある。
色が黒ということもあって重厚感が溢れており、これが軽量級と呼ばれているのが信じられない。
顔の部分しい恐竜のような凶暴さを感じさせるシャープなデザイン。少しだけ空いた口から見える牙は、ウルフと比べても見劣りしないだろう。
しかし、足に当たる部分だけが見当たらない。甲羅の中に収納しているのだろうか。
「ヒロさん、どうです。これが軽量級機械種タートルです。非常に珍しい機械種なんですよ。水陸両用なので、水辺に出ることが多いと聞きますが、見ての通り、非常に防御力が高いので、狩人もあまり狩りたがらないんですよ。さらにこのタートルには特注の装備を取り付けていまして、口の中に『粒子加速砲』を装備できるようにしているんです。これで高い攻撃力も備えることができて、まさに攻守に優れた万能型と呼んでも差し支えないでしょう。また、動きが鈍いとおもわれがちですが・・・」
え、今なんか聞き逃せない単語が・・・
「いや、ザイード。ストップ。粒子加速砲?それってまさか・・・」
「粒子加速砲ですか。マテリアルを粒子化させ、圧力かけて超高速で放つ兵器ですけど」
「それってピカって光って、ジュワッってなるヤツ?」
相変わらず、俺の語彙は貧弱だ。説明不足も甚だしい。これで分かってくれるかな?
「え、と、多分、高熱を持った粒子がすごい勢いでぶつかりますので、そうなると思います」
レーザーか。そんなものまでついているのか?コイツ。軽量級のくせに。
前にトールが、このタートルでもボスには敵わないって言ってたけど、どう考えても、あのボスが勝てるビジョンが想像できないんだけど。
せっかくだし、ザイードに色々聞いてみるか。
「ねえ、ザイード。このタートルとボスってどっちが強い?」
俺の質問にザイードはちょっと眉をしかめる。
「う、うーん。それはやっぱりボスの方が強いと思います。でも持久戦に持ち込めば・・・ああ、でも勝てる見込みがない。ボスの方が強いです。間違いなく」
完成させたばかりのタートルと、今まで整備をしてきたボスとの比較なんて、ちょっと意地悪な質問をしちゃったかな。
でも、間違いなくっていう言葉が付くくらいの差がタートルとボスにはあるってことか。
どうやって、ボスはこの重厚な甲羅をぶち破るの?ボスがいきなり巨大化するくらいしか、方法が思い浮かばない。
「想像がつかないんだけど・・・どうやってボスはこのタートルに立ち向かえるんだよ」
思わず声が漏れる。
それを聞いてザイードが納得したかのようにポンと手を打つ。
その仕草も元の世界と共通なの?
「ひょっとしてヒロさん、ボスが戦う時は、会った時の状態の素手のままだと思ってません?ボスのような人間の形をした機械種は、人間と同じような武装を使えるんですよ。ボスの場合は源種ですから、かなりの大型の武装まで使えますし、オプションパーツもまだ無事なのも残っているので、戦闘の時は人間と同じような銃や剣や鎧を装備しますからね」
あ、そうか。人間のように手足があるんだから、そりゃ戦いのときは銃や剣なんかを持つよな。今までやり合ってきた機械種が素手のヤツが多かったから、つい、そう考えてしまっていたか。
ん、まてよ。そんな大型の銃器があるなら、ジュードとかにも使わせてやればいいのに。
そのままの質問をザイードにぶつけてみると、倉庫に眠っている銃器は機械種と接続して使用するタイプらしく、それも機械種のパワーが無いと持ち上げることもできないようなものらしい。
「ボスは『大型銃』の中級スキルを持ってますし、『杖術』も中級です。はっきり言って、こんな高レベルのスキルは猟兵団の機械種だって滅多に持っていませんから」
中級なのに高レベルなんだ。じゃあ上級とか最上級とかはどれだけ凄いのか。
「残念ながらこのタートルに入れているスキルは『護衛(最下級)』、『警戒(最下級)』、『狙撃(最下級)』、『近接格闘(最下級)』くらいです。1個くらい下級のスキルをいれたかったんですが」
「その護衛スキルってのはボスも持ってるって聞いたことがあるな」
「それは当たり前ですよ。この白鐘の範囲内では機械種は暴力行為ができませんから、護衛のスキルが無いと、襲われても自衛できません」
「え、それってどういう意味?」
「えっ!それもですか?本当にヒロさんが機械種使いって誰が言いだしたんだろう?」
そんな噂があるの?なんで機械種使いって思われてるんだ?そもそも機械種使いって、機械種を従属させている人のことだろう。機械種に命令したことなんてないけど・・・あ!禁術か!
ひょっとして、禁術を機械種に使っていたところを誰かに見られていたのか。
見方によっては、機械種に命令しているようにも見えなくもないか。
機械種相手に禁術を使ったのはラビットに3回、うち成功は2回だが。
あと、ウルフ相手に何回か使ったが、あれは完全に俺が襲われていたところだし、あれを見て、従属している機械種に命令しているとは思われないはずだし。
禁術を使用していたと思われるよりはマシだが、これは俺が迂闊だったか。
・・・・・・・・・・
いや、ちょっと冷静に考えたら無理がある。禁術で動きを止めたからって、草原にいて襲いかかってきたラビットだぞ。どうやったら従属させている機械種に命令しているように見えるんだよ。
そう言えば前に一度サラヤに機械種を従属させているかって聞かれたことがあったが・・・ひょっとしてラビットの首をねじ切ったことが原因か。
確かに人間の力ではできないことを証拠付きで渡してしまっていたな。あの時に俺は否定したけど、結局、機械種を使って狩りをしていると思われていたのか。
そう考えると、以前、カランやジュードの言っていた意味が分かってきた。
そっか。サラヤ達は俺が機械種を使って狩りをしていると思っていたのか。
それだったらサラヤが危険種のラビットを狩っている俺を心配しないことも分かる。
なんか、ちょっとやるせない感じ。まあ、そう思われるのは仕方が無いと思うけど。
少しだけ気分がブルーになってしまう。誰のせいでもないのに。
「あの・・・ヒロさん?」
急に考え込んだと思ったら落ち込み始めた俺に、心配したらしいザイードが声をかけてくれる。
「あ、ザイード。ごめん。質問の途中で。えっと、その機械種に護衛のスキルが必要な理由なんだけど」
「前にヒロさんに危険な機械種を近づけさせない白鐘について説明したのは覚えていますか。他の効果として、たとえブルーオーダーして、人類に従属している機械種でも、白鐘効果範囲では人間への暴力行為や、意味のない破壊活動はできないようになっているんです。ただし、それには抜け道もあって、その一つが護衛スキルの存在です」
確かに前にその説明を聞いたな。その効果が無いと、誰かが街中で機械種をワザと暴れさせたら大惨事に発展するだろうから、よくできているなって思ってたんだ。
「この護衛スキルを機械種に入れることで、街中で誰かから危害を加えられそうな時に反撃できるようになるんです。ただし、こちらから仕掛けるようなことはできませんし、反撃するにしても、相手を殺さない程度の非殺傷の武器を装備している必要がありますが。これらがないと、従属している機械種は自分の身すら守ることができないんです」
確かに街中で人に従属している機械種を見かけたら、奪いたくなる奴もいるだろう。護衛スキルと非殺傷の武器がないと自衛すらできなくなるとは、意外と面倒なことも多いんだな。
じゃあ、このタートルの非殺傷の武器ってどこにあるんだ?
「それはこれから取り付けします。元々は粒子加速砲を付けたかったんですけど、これは主に拠点で使用するので、電撃砲を付ける予定です」
俺の質問に答えてくれたザイードはタートルの口を開けて見せてくれる。
口の中にはサメのような牙が並んでいる。確かに奥の方にアタッチメントのような部品が見受けられるが、あれに電撃砲とやらを取り付けるのか。多分名称的に電気ショックを打ち出すみたいな銃器だと思うけど。
「ここに取り付けるんです。取り付けるのはキチンとブルーオーダーが確認できてからになりますけど。一度起動させてからでないとブルーオーダーできないので、安全の為に足も含めた武装は全て取り外しているんです」
「起動させないとブルーオーダーできないって?」
「人類に敵対的なレッドオーダー状態のまま一度起動させないといけないということです。その上でないとブルーオーダーできないので。ここは白鐘の効果範囲内ですから、大丈夫とは思うんですけど、念の為です」
え、コイツ、危ないのか。
ちょっと後ずさってしまう。
「大丈夫ですよ。起動していませんから。でも白鐘の効果範囲外で起動させれば、すぐに襲いかかってきます」
「どうやってブルーオーダーして、マスター認証するの?」
俺が一番聞きたいのはここだ。
今の好感度ならザイードは教えてくれると思うけど。
「とりあえずこの整備室は狭いので、駐車場でブルーオーダーとマスター認証を行います。夕食が終わった後くらいに皆を呼んでやることになっていますよ」
俺の聞きたいこととちょっと違う。
まあ、すぐに分かるから別にいいか。皆と一緒に駐車場で拝見することにしよう。
しかし、この重そうな機械種をどうやって駐車場まで移動させるんだ。
こんなのフォークリフトでもないと持ち上げられないぞ。
タートルに近寄ってしげしげと眺めてみる。
おお、この機械種の外観を見ると、つい、ジャンプして踏みつけて、蹴っ飛ばしたくなってしまう。なんて懐かしい。
いや、今なら車から発射してぶつける方が主流か。
「ザイード、ちょっと触ってもいい?」
「ええ、どうぞ。晶石と晶冠は外していますので、危険は無いですよ」
なるほど。晶石と晶冠を取りつけたら起動するようになっているのか。
頭の辺りを触ってみたり、口を大きく開けて牙を覗き込んでみたり、甲羅を拳でコンコンってやってみたり。
やっぱり亀だけあって頑丈そうだ。俺の拳でぶち破れるだろうか。やらないけど。
しかし、この重そうな外観で軽量級ってなぜなんだろう。体長で言えば、1.5m以上あるんじゃないか。
意外に軽かったりするのかな。
屈んで甲羅の下に両手を入れて、ゆっくり持ち上げてみる。
お、簡単に持ち上がった。
やっぱり軽かったか。だから軽量級なのか。
「あ、あの、ヒロさん・・・」
ザイードが言葉に詰まりながら声をかけてくる。
うん?どうしてそんなに驚いたかのように目を見開いているの?
「それ、重量300kgくらいあるんですけど・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そっと、床に置いてみる。
ゴスン!
ピシッ
重そうな音が響き、床にちょっとだけひびが入った音が・・・
「これ、軽量級だよね。だから軽いのかなって・・・」
「確かに本来のタートルは軽量級ですが、オプションパーツで特別大きい甲羅を取り付けているんです。本来だったらもう一回り小さい甲羅しか取り付けられなかったんですけど、ヒロさんがオークの晶石を取ってきてくれたので、この大きさの甲羅が取り付けられたんです。だから重さは中量級以上になってしまっています」
おおお、カスタム品ってやつですか。タートルではなく、タートル改ってとこか!
いや、今はそこに感動している場合じゃない。
やってしまったかな。
今までギリギリなところもあったけど、なんとか回避していたのに、こんなところでやってしまうとは。
やはり、日常生活を一緒に過ごしていると、俺の異常な力を隠し通すのは難しいか。
さて、どうなるんだ。この異常なパワーはこの世界の人にどう受け止められるのか。
ザイードはどんな反応をしてくるのだろう。
俺はやや緊張の面持ちでザイードの反応を伺っていたが、肝心のザイードは先ほどのことを全く気にしないように、説明を続けてくれる。
「足もそれに合わせて大きい物を取り付ける予定です。だから実質は中量級といっても差し支えはないかもしれません。でも、機械種は改造されても1階級くらいの上下であれば、元々製造された階級で呼ばれるのがセオリーなんです。たとえばボスみたいなハーフリングタイプにゴテゴテと装備をつけて、中量級の大きさにしても、軽量級と呼ばれます」
うーん。これは俺に気をつかってくれているのか、それとも、本当に気にしていないのかどっちなんだろう。
俺はしばらくザイードの説明に付き合うことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます