第68話 帰路


 どうにも気が晴れない。


 あれほどの惨劇を引き起こして、気が晴れないで済んでいる俺もどうかと思うけど。

 

 顔を元に戻し、拠点への帰路につきながら、先ほどの件について考えを巡らせていく。




 やっぱり異常なのか、俺は。

 チンピラに絡まれた時と同じだ。別に痛めつけるだけでも良かった。でも、俺の中の内なる咆哮がそれを許さない。

 俺から何かを奪おうとした奴を、短絡的に殺そうとしてしまう。


 おそらく一定のヘイトみたいなのがあって、それが溜まっていくと、俺の中からストンと安全志向が抜け落ちて、後先を考えない攻撃的な衝動として現れてくる。

 チンピラの時や、先ほどの少年達のような明らかな悪意には過敏に反応し、ナルのような冗談半分の『奪っちゃう』発言くらいなら、ちょっと引っかかってしまう程度だが。


 なぜ、そこまで『奪われる』ことに敏感に反応してしまうのか。

 俺は何を『奪われて』しまっているのか。それゆえに二度と『奪われまい』として、あそこまで攻撃的になってしまうのか。



 俺の中の内なる咆哮が答えることは無い。



 これ以上考えても仕方が無いか。

 次の考察に進んでいこう。

 

 




 まず、あの惨劇は避けられなかったのか?

 あの場に助けに入らなかったら、今回のことは起きなかったが、そもそも俺が助けに入らなければ間違いなく全滅していただろう。



 では、助ける方法が違えばどうだったか。


 しかし、あの距離で助けに入るには、『気賛』を使うのが最も目立たない方法だった。ただ一つ間違えたとすれば、ちょっと顔を変えるだけの変装ではなく、もっと逞しい大男に変身でもしていたら、今回のようなことは無かっただろう。

 その場合、俺が着ている服はどうなる?とか、急に背が伸びたら俺自身がその体を使いこなせるのかという別の問題が出てくる。



 助けた後、話しかけたのが間違いだった?

 若しくは、絡まれそうになった時、振り切って一目散に逃げていれば良かった?


 確かにそうしておけば、誰も傷つかなかっただろうが、そこまでしないといけないの?

 俺は正義の味方でもないし、無償の奉仕を信条とする聖人でもないぞ。

 あのコブリンを倒したのは俺だし、たとえ獲物を渡すにしても、それ相応の情報や、感謝の言葉を求めるのは悪い事なのか。最後は無償で渡すとまで譲歩したのに。



 あの時間の無い中、俺は最大限の努力をしたはずだ。

 その努力を水の泡にしたのはアイツらの方だろう。


 事情をきちんと話して、コブリンを譲ってくれとお願いしてきてくれたら、別に譲ってあげても良かったのだ。俺はまた、打神鞭を使って他のコブリンを探せばいいのだから。




 今回の惨劇の原因は、俺とスラムの人間との意識の違いの大きさか。

 助けられたらお礼を言う、人の物を盗ったりしない、自分の主張が通らなくても暴力に訴えない等、現代日本では当たり前の常識がここでは通じないのだ。


 それを考えればチームトルネラの面々は、モラルの意識が現代日本に非常に近いように思う。


 俺はチームトルネラに拾われて良かったなあ。

 もし、他の暴力的なチームに拾われていたらどうなっていたか。

 たとえば、あの黒爪団とか・・・




***********************


 


 虫に集られて、脱いだ衣服を片手に全裸で廃墟を彷徨っていた俺は、黒爪団のチンピラに見つかって、黒爪団本部まで連れていかれる。自分の力をそこまで認識できておらず、精神的にも疲労していた俺は抵抗もせず大人しく連行されていく。そして、黒爪団の雑用係の役割を与えられ、しばらく雑用にこき使われることになるが・・・



 ある日些細な理由で、黒爪団の正規団員に殴る蹴るの暴行を受ける。しかし、全くこたえた様子の無い俺。そのうち、黒爪団の上位団員という奴が出てきて、団員と一対一の勝負をさせられる。殴る蹴るなんてほとんど経験のない俺だが、一対一なら身体能力差で負けるはずがない。


 正規団員をタイマンで破った俺は、そのまま正規団員となり、黒爪団の一員として働くことになった。

 

『ええー!顔に刺青をいれなきゃならないんですか?』

『我慢しろ~、周りを威嚇する為に必要なんだ~。ブーステッドを飲んでるかもって思われるだけでも、絡まれる回数は減るぞ~。ヒロは弱そうに見えるから絶対必要だろ~』

 

 でも、刺青の針が肌を通しませんでした。

 仕方が無いので、油性インクを顔に塗ることで当面をしのぐ。


『ありがとうございます!』

『まあ~、これくらいでいいか。でも、絶対に団長にはバレるなよ~』





 黒爪団の活動は、バックである街の暴力組織 王蛇会からの下請けの仕事が多い。

 繁華街での敵対組織への殴り込み、幹部の護衛、喧嘩の助太刀のような力仕事から、盗み、カツアゲ、強盗等の犯罪、また、他のチームのシノギを奪ったり、妨害したり等の絡め手まで手広くやっている。

 俺的に犯罪は勘弁してほしかったので、敵対組織への殴り込み、喧嘩の助太刀をすることが多かった。





 爆発的な身体能力を武器に、敵を蹴散らし、自身の力をアピールしていく。

 やがて、チーム内でも強者の位置づけとなり、上位団員に昇り詰めると、待遇がグンと良くなった。

 まずは女を優先的に与えられる。女は開拓村から逃げてきたのを捕まえたり、街からドロップアウトしたものを拾ったりして集めている。


 精気の無い目、ボサボサの髪、殴られた跡が見えるやせ細った体。


 それでも久しぶりの女の体だ。現代日本では考えられない異常な血と暴力に溢れた日常を過ごしてきたことで、倫理感が外れかけていた俺は、差し出された女体を貪るように味わう。

 





 それからは堕ちるのは早かった。


 もう暴力を振るうことに抵抗が無くなり、団長からも一目おかれるようになる。

 暴れるだけ暴れて、後の処理は下位団員に任せて終わり。それだけで周りは俺をもてはやし、途切れることなく女を供給してくれる。


 毎日が楽しくて仕方ない。いや、もちろん不満がないわけではない。


 まず、食事がマズイ。俺のような上位団員はライスブロックやミートブロック等を食べられるが、それでも現代日本の飽食に慣れた舌には耐えがたい。もちろん、雑用係時代に食べさせられたマッドブロックやウィードブロックに比べれば天と地の差だが。


 あと、下着と服の肌触りが良くない。俺が異世界に来た時から持ってきた衣服は、黒爪団に引っ張っていかれる時に落としてしまった。だって全裸だったからしょうがないじゃない。


 娯楽なんかもほとんどない。他の団員は酒で盛り上がったり、賭け事をしたりしているが、それらにはあまり興味を持てず、暇な時間を持て余すことがある。ただ、女は好きな時に手を出すことを許されているので、女を抱いているのが娯楽と言えなくもない。



 自分の力の検証はあまり進んでいない。飢餓には強くて、トイレも不要。これだけでも異常さが分かるが、それに加え、機械種も上回るパワーと持久力。さらに特筆すべきは全く傷つくことが無いこの体。何回、殴られても切られても、銃で撃たれても傷一つつかない。周りからはかなり上位のブーステッドを飲んだと思われている。実際は闘神スキルのせいだけど。






 ある日、黒爪団の本部に少女が1人連れてこられてきた。

 左右には団員がしっかりと手を押さえて連行している。まあ、手があちこちに伸びて、楽しんでるみたいだけど。


 ちょっと気になるな。新しい女だったら俺も味見したい。


 茶髪をショートにしたスタイルの良い美少女だ。ちょっと日焼けをした感じの褐色の肌が色っぽい。ただし、かなり痛めつけられたようで、口には血が滲んでおり、衣服の破けたところからは擦り傷も多数見受けれる。


 ほんの少しの好奇心で、もう少し近寄ってみて、女の顔を良く見えるよう覗き込んでみる。



 思い切り睨まれた。


 それも見たことが無いほどのドロドロとした感情が渦巻いた目だ。



 久しぶりに怖いと思った。最近は銃も機械種も怖いなんて思わなくなったのに。


 それと同時にその目にひどく引き付けられた。

 この異世界で抱いた女はみんな死んだような目をしていた。

 それがどうだ。この少女の絶対に生きてやるという強い思いが目から溢れ出ている。



 言葉を失った俺は、そのまま団長のところへ連れていかれる少女を眺めているしかできなかった。







 その日からあの少女の目が忘れられなかった。

 寝ても覚めても、喧嘩をしても女を抱いても。


 周りから情報を集めてみると、あの少女はスラムチームのリーダーだった女らしい。女がリーダーなんて珍しいと思ったが、やはりチームをまとめきれず、勢力を落としていって、他のチームの襲撃を招いたようだ。


 そのチームは壊滅状態。主戦力だった男は激戦の末に倒れ、女は他のチームと分配、子供はその場で反抗的な者は痛めつけられ、無抵抗な者は放逐された。また、有用そうな者はスカウトされて他のチームに入ることとなり、散り散りになったそうだ。

 なぜか、そのチームへの襲撃で最大の障害になると思われていた機械種は動くことが無く、それがあったから損害も最小限で済んだらしい。


 団長はその襲撃には参加しなかったが、必ずリーダーの女だけは確保するようにと言い含められていた為、ここに連れてこられてきた様子。


 女が団長のところに連れてこられるということはそういうことだろう。




 心が軋むような音が聞こえる。

 これについては俺にできることは少ない。

 どうしたらいいのだろう?




 毎日、時間が空いたら団長がいる別館の辺りをウロウロしていた。

 護衛の連中から大分嫌な顔をされたが、俺に意見できる奴は団長以外には片手で数えることができるほどだ。文句は言わせない。




 

 そして、その日が来た。


 1階の窓から放り出された裸の少女。

 まるで壊れた人形のように地面に叩きつけられる。




 護衛の連中が役得とばかりに、ピクリとも動かない少女を囲んで襲いかかろうとする。


 それを見て、俺は・・・



 ウバウナ!ソレハオレノダ!



 

 護衛の連中を弾き飛ばし、少女を確保する。


『ヒロさん、そりゃないって!』


 無事だった護衛が俺に文句を言ってくるが、俺の形相を見て黙り込む。


『あれ、ヤベえ、あの顔マジだぞ!」

『でも、おこぼれを貰えるのは俺等の特権だろ!』

『やめとけ、ヒロさんは黒爪団でも力じゃ団長に次ぐんだぞ』


 

 護衛がぶつくさ言っているが、無視して少女を抱えながら自分の部屋に向かう。



 少女をベットに寝かせて、体を拭いてやる。

 その少女の体はボロボロだった。生きているのが不思議なくらいだ。

 何日もあの団長に好きなようにされていたのだろう。


 上位団員に与えられている回復剤を飲ませてみるが、どれほど効果があるのだろうか。ゲームで出てきたようなポーションのような一瞬で傷が治るというものではなく、回復力を上げて傷の治りを早くする程度のものだ。


 

 



 ベットの横で祈るように少女の回復を待つ。


 もう一度、あの目が見たい。俺の心を掴んで離さないあの目を、俺にもう一度見せてくれ。

 俺の中の仙術スキルよ。今まで一回も発動したことは無いが、頼む!1回でいい。この少女を助けてくれ!





 ベットの横で跪き、ひたすら祈りを続ける。

 何時間がたったのか。それとも何日か。いや、ほんの数分だったかもしれない。


 時間の感覚すらあやふやになってきている俺の耳に微かな声が聞こえてくる。


 ベットの上の少女の顔を覗き込む。


 その瞬間、少女の目が開いた。


 開いた直後は焦点が定まっていなかったが、目の前の俺を認識すると、すぐに強い光を灯すようになる。

 

 ああ、あの目だ。同じだ。なんて強い光。こんな強い意思の光を持つなんて、俺には一生できないだろう。

 

 

『ねえ、貴方は強いの?』


 ひたすら感動している俺に、ベットの上の少女からの突然の問い。


『さっきの奴らが貴方の力は団長に次ぐと言ってた。ねえ、貴方は強いの?』


 この少女から期待されている。ならば答えは一つだろう。


『強いよ。多分、誰よりも強い。団長よりもね』


 強がりじゃない。嘘でもない。本気を出していないだけだ。誰にも言ったことが無い。でも、この瞬間、この少女になら全てを打ち明けてもいいとも思った。


 ベットの上の少女は口元を少しだけ歪めて無理やり笑顔を作る。


『そう、ならお願い。力を貸して。私には復讐したい奴がいるの』


 復讐?団長のことだろうか。もし、団長のことだったら俺はどうするのか。


 答えに詰まった俺に、少女は言葉を続ける。


『もし、私の復讐に力を貸してくれるなら、私の全てを貴方に捧げる。心も、体も、何もかも全部捧げるから、お願い、私に力を貸して!アイツを、・・・を絶対に許せないの!』


 復讐を叫ぶ少女。


 その魂からの叫びは、最強の力を持ちながら、チンピラに毛が生えたようなことしかできない男の心に火をつける。


 そして、その行く先には・・・



************************




 七宝袋の中から俺を呼ぶ声が聞こえる。


 なんだ?せっかくの妄想の途中だったのに・・・

 ん?どんな内容だったっけ?随分戦慄した内容だったような気がする。

 夢でもあるよなあ。面白かったことは覚えているけど、起きた途端に内容を忘れてしまうやつ。



 うおぉ!



 打神鞭か! どアップで俺の網膜に直接映像を送り込むのは止めろ!


 なになに。今回の件の謝罪の要求と賠償を訴えると・・・


 あ、そうだった。たしかにお前の占いは間違えていなかったな。スマン。それについては謝罪する。俺の早とちりだった。


 えー。謝罪だけじゃなくて、賠償もかよ。マテリアルはあんまり持っていないんだけど・・・え、1日1回、清潔な布で自分を磨けってか?それ何の意味があるんだ。


 うーん。1日1回のノルマは勘弁してほしい。3日に1回にまからないか?


 お、それでいいのか。分かったよ。お前には頼ることも多いだろうしな。

 しかし、綺麗好きの宝貝ってなんなんだよ。ひょっとしてお前は女性人格なのか。


 頼むから擬人化は止めてくれよ。安易にヒロインを増やそうとするギミックは好きじゃないんだ。

 ネット小説でも、女性人格の武器や、メスのドラゴンやメス狼なんか出てきた瞬間、絶対にコイツラどっかのイベントで擬人化するなって思うくらいありふれているんだぞ。

 お前が女性化しても、目新しさは無いって。絶対に擬人化なんて許さないからな。



 おい、妙に色気のある13,4歳のチャイナ服を着たお団子頭美少女を投影するのは止めろ!俺の決心が揺らぐだろうが。



 打神鞭とやり合いながら、拠点への帰り道を進んでいく。

 先ほどのやり切れない感情はどこかへ行ってしまったようだ。



 さて、拠点に帰ればザイードが機械種を仕上げているはずだ。早く帰ろう。


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