第62話 違和感
図らずも初めての朝帰りとなってしまった。
玄関でサラヤがプンプンポーズで待ち構えているかもと思っていたが、玄関に居たのは、小さい女の子一人だけだ。眠そうに目を擦っている。
ひょっとして、いつも誰かが玄関で夜通し見張りをしているのだろうか?
まだこのチームに入って一週間だが、大抵誰かが玄関にいたような、それも小さい子が多かった気がする。
おそらくローテーションを組んで見張り役をやっているのだろう。流石に危険な狩りに出かけるジュードやデップ達はローテーションに含めないと思うが。
「おはよう」
近づいて声をかけると、女の子は俺に気づいていなかったようで、驚いてひゃっと短い悲鳴を上げられた。危ないなあ、元の世界だったら事案にされていたところだ。
「サラヤは起きているかな?報告したいことがあるから呼んできてほしい」
ぴゃーっと俺の頼みを聞いてくれていたのかどうかが分からないようなスピードで階段を駆け上がっていく。
そう言えば、テルネやイマリ、ピアンテより小さい子の名前は全く覚えていないな。特に紹介されたことも無く、こちらから聞くことも無かったので、男女とも小さい子達は、顔は何となくわかるものの、名前が一切分からない。
まあ、俺が名前を覚えるのが苦手なせいかもしれないが。
「おはよう、ヒロ。昨日の夜はどこかへ出かけたって聞いてたけど・・・」
サラヤが階段から降りてきて、俺に話しかけてくる。
朝はやっぱり少し眠そうな顔だ。昨日もジュードと一緒にいたのだろうか?
つい、そんな考えが浮かんでしまう自分を戒める為、ピシャっと自分の頬に平手をかましてみる
「え、どうしたの?突然?」
「あ、ごめん。昨日は夜通しだったんで、目を覚まそうと・・・それより、報告があるんだ。ディックさんの件なんだけど。どうしようかな。皆も集めた方がいい?」
「ディック?多分2階の部屋だと思うけど」
「いや、ディックさんはもういない。街に行ってしまったんだ」
ほわっとしていたサラヤの顔が一瞬で引き締まる。
「どういうこと!?」
応接間で事の経緯を皆に説明する。
部屋にはサラヤ、ナル、カラン、ジュード、トール、俺の6人だ。
前にカロリー○イトの件で呼び出された時と同じ席配置で座っている。
ディックさんが外に出ていくところを発見、
その後、チンピラに絡まれていたのを救出。
ラビットとの戦いの見届け人を依頼され受託。
廃墟で保管していたハンマーを携え、草原へ。
ディックさんがラビットに戦いを挑み、勝利。
勝ったことで自信を得て、街へ住処を移した。
報酬の部分は省いた。ハンマーを廃墟に保管していたというところで大分事情は把握されているかもしれないが。
あと、俺の口からディックさんが物乞いになったとは言いづらいので、そこはぼやかしている。まあ、これもだいたいわかっているだろうと思うけど。
俺が説明し終えた時の皆の反応は様々だった。
サラヤは眉をしかめて真剣な表情で考え事をしている。
ナルは目に涙を溜めて今にも泣きだしそうだ。
カランは目を閉じたまま微動だにしていない。
ジュードは沈痛な表情で黙り込んだまま。
トールだけがいつもの穏やかな表情だった。
その後は案の定、陰鬱な雰囲気のまま話が進む。
サラヤが自分の不甲斐なさを責め、ジュードが自分にできることがもっとあったはずと後悔の言葉をこぼし、ナルがポロポロと泣き崩れ、カランが慰める。
やっぱりこうなったか。このチームはスラムチームのわりに殺伐としていなくて、いい雰囲気なんだが、仲間意識が強すぎるというか、サラヤが過保護過ぎるというか。
おそらくサラヤの安全志向が、チームの負傷者や脱落者を抑えている反面、どうしても起こる事故についての割り切りが苦手なんだろう。
俺自身も選択できなかった自分への自責がまだ後を引いているので、このお通夜のような雰囲気をどうにかする気力は持っていない。
頭の冷静な部分は、こんな状態のままチーム活動を行うのは決して良い事ではないと分かってはいるが、全く解決の方法に見当がつかない。
そんな中、1人だけいつもと変わらないトールが声をあげる。
「えっと、みんな。別にディックは強制的に連れていかれたわけでも、追い出されたわけでもないんだよ。自分の意思で、自分の足で、そこに向かったんだ。それは皆に哀れに思われるようなことなのかい?」
おいおいおい、随分ブッ込んでいくな。トール。
「だれしも自分が望んだ職に就けるわけじゃない。それは君たちも良く分かっているだろう。でも、その中で最善を尽くそうとしているんだよ、誰もがね。ディックも同じさ。今自分ができる最善だと思うことに挑んで、勝利したんじゃないか。ヒロ、ディックさんは別れる時はどんな顔をしてた?」
え、そこで俺に振りますか?
思い出すのは、別れ際の野太い、自信に満ち溢れた・・・
「いい笑顔だった。気持ちのいい、いい笑顔だったよ」
俺から言えるのはこれくらいだ。
報告が終わり、皆が応接間から出ていく。
いつもより仕事を始めるのが遅くなってしまったから、みんな駆け足だ。
そんな中、トールだけがいつもと変わらないのんびりとした雰囲気で俺に話しかけてくる。
「ヒロ、ありがとうね」
「ん?何のこと?」
「ヒロが言ってくれたディックさんの笑顔の話さ。一番言ってほしいことを言ってくれたから助かったよ」
「思ったことを言っただけだ。その後、上手くまとめたお前の方がすごい」
その後、トールが、ディックさんを哀れだと思うことは、彼の意思を侮辱することだとか、ディックさんの強い意思なら必ずどこにいっても昇り詰めるとか、僕らができることはディックさんの憂いを立つ為に、このスラムチームを盛り立てていくことだとか、そっちの方向に話を進め、最後は皆でディックさんに負けないようがんばろうということに落ち着いた。
まあ、最初の雰囲気のまま話が終わっていたら、みんなの士気にも関わってしまうから、見事トールは士気維持に努めたとも言える。
年長組が落ち込んでいる状態だったら、年少組に不安が蔓延するだろうし。
「みんながそう思いたい方向に話を持って行っただけだよ。誰しも親しい人が不幸になっていく話よりも、少しでも幸せになるかもっていう話を信じたいものさ」
「まあ、トールがこのチームでどんな役割をこなしていて、お前がどういう奴なのかだいたい分かった気がするよ」
「へえ、本当に分かったのかい?」
「え?今、なんて?」
トールから初めて聞く挑戦的な物言いに思わず、聞き返してしまう。
顔をマジマジと見てしまうが、いつもと変わらない穏やかな表情だ。
いや、目だけが違う。何だろう、この違和感は。
「いや、何でもないよ。さあ、僕はそろそろ出かける時間だけど、ヒロはどうするんだい?」
「ああ、俺は昨日徹夜だったから、今日は休ませてもらうよ。シャワーを浴びてから寝ることにする」
「そうだったね、お疲れさま。ゆっくり休んでおいてくれ」
話をそこで終わらせて、トールと別れる。さっきのやり取りに若干の違和感を感じながら。
1Fへ降りていくトールの背中を見ながら、なぜか、最後に見たディックさんの背中
を重ねてしまう。
ああ、そうか、トールも他人事じゃないのか。ディックさんの話は。
トールの右手のことを思い出す。
今度こそ、保留にはしない。きちんと俺の中で結論を出すことにしよう。
シャワーを浴びて、1Fの男子部屋で毛布に包まる。
別に眠たくてどうしようもないという訳はない。寝なくても体調には影響はないだろうと思うが、一日一回は横にならないと、気分的に良くないからな。
夜と違い、朝方は拠点の皆も忙しいのか、皆の動き回る生活音が俺の耳に入ってくる。
眠れるのか?俺。
しかし、そんな心配も杞憂だったようで、目を瞑れは数分のうちに眠りにつくことができた。
部屋の中でガザガサ音がして、目が覚めた。
誰かがいるのだろうか。もう男子達が帰ってきたのだろうか。
頭からかぶっていた毛布から顔を出すと、誰かが部屋の中の毛布を籠の中に入れていっている。
誰?
「あー。ヒロさん。おはようございますー」
ナルさんでしたか。
片づけご苦労様です。
ひょっとして、毛布の洗濯ですか?
じゃあ、俺の毛布も渡さないと・・・
「もう起きられるんですかー。もう少し寝ててもいいんですよー」
あ、いや、もう起きます。何時間くらい寝たんだろ。
ボーッとナルが部屋の中の毛布を籠に入れていくのを何となしに眺め続ける。
いい尻してるなあ。
ナルが屈んで毛布を拾うと、ズボンに包まれた大きなお尻が強調されて、見ている俺がちょっと変な気分になってくる。
部屋に乱雑に落ちている毛布を拾い上げて、籠に放り込んでいく。その度にむっちりとしたお尻が跳ねまわっていて、実に眼福だ。
そう言えば、ナルでも俺が頼めば抱かせてくれるんだよな。
なら頼んでもいいんじゃないだろうか。ナルなら彼氏がいるわけじゃないだろうし。
今なら男子特有の生理現象も起きているし・・・
「どうしましたー。ヒロさん」
ハッ、イカンイカン。ナルに声をかけられるまで、変な妄想に浸ってしまった。
いやいや、妄想じゃなくて現実にしてしまうことも可能じゃないか・・・
ああ、煩悩が止まらない。さっきまで、ディックさんのことで落ち込んでいたクセに。
頭を振って邪な感情を振るい落とす。
そして、はあっと息をついたところで、いつの間にか近づいてきたナルと真正面で目が合った。
ちょっとタレ目かな。タヌキ顔っていうのだろうか。丸顔で愛嬌がある感じ。見ていると可愛がりたくなるというか、保護欲をそそるというか、年上にモテそうな印象・・・
はっと気がつけば、鼻がくっつきそうで、思わず俺が頭を後ろに引いてしまうくらいの近距離だった。
なんで、この距離なんだよ!
俺がびっくりして、あっけに取られていると、ナルはにっこりほほ笑んで、いつもの調子のちょっと間延びしたような声で俺に話しかけてくる。
「ヒロさん、起きたんでしたらー、ちょっと私を手伝ってくれてもいいですかー」
ひょっとして、次はナル回ですか?確かにそろそろナル回に行きたいなあと思ってたけど。
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