第61話 選択肢
俺はディックさんと街への帰途についている。
辺りは夜ふけをすぎて、そろそろ朝へと差し掛かる2歩手前くらい。
倒したラビットからの戦利品は晶石だけだった。晶冠はボロボロになっており、執拗に殴り続けたディックさんの執念の強さを思い知った。
ようやく念願かなってラビットを打ち倒したディックさんは、さっきからテンションが爆上がりで、俺が聞いていようといまいと隣で話し続けている。
最初はラビットを倒した方法のこと。やはり義足に仕掛けをしていたようで、ラビットの牙が食い込みやすくなるよう、そして、牙が食い込んだら抜けなくなるような作りになっているらしい。
ラビットの攻撃方法は、噛みつく、頭突き、飛び蹴りの3つだが、頭突きと飛び蹴りは体の大きい相手には使う可能性が低いと踏んで、噛みついてくるに賭けたそうだ。
確かに体の大きい相手にはまず足を殺すことから入るからな。
後はどうやって右足を噛みつかせるかに焦点を絞り、戦術を組み立てていった様子。
自分の体格の良さを利用し、上手く相手の攻撃方法を封じたことが勝因だろう。
それから、俺が質問した狩人になる為の方法について。
やはりディックさんは狩人になろうとしていたので、狩人についてかなり詳しい情報を持っていた。
狩人になるのに特に資格とかは無いらしい。狩人ギルドもなければ、ランク付けもない。狩人は大抵チームを組むことが多いそうなので、チーム名が街を跨ぐ程に有名になれば、街の名士くらいの扱いにはなるようだ。
ただし、狩人になって活動する為には、機械種を狩って、その残骸や晶石をマテリアルに換金してくれる秤屋とのつながりが必須らしい。その秤屋に取引しても良いと認められることが、狩人としての第一歩だそうだ。
秤屋は通常、街に複数あり、大抵大きな力を持つ商会や庸兵団の傘下にあることが多いそうだ。そして、街にある複数の秤屋は取引している狩人達から晶石を集め、街の白鐘の維持に協力しているという。また、秤屋は狩人達から機械種の情報を集め、巣が街の近くにできたという情報を掴むと、狩人達に巣の駆除を依頼することもあるらしい。
この秤屋というのが、ファンタジーで言う冒険者ギルドの役割をしているということか。
他にも発掘品について聞いてみた。
やはり機械種の巣で手に入れられるということが分かった。発掘品は武器に限らないようで、物によっては全く使い方の分からない物もあるらしい。また、発掘品は巣を探索していくと、唐突に出現する箱の中に入っているケースや、壁一面に飾られたり、備え付けられたりしているケースなんかもあるようだ。
ディックさんの話では、狩人が巣を探索していて、部屋に入ると、部屋全体になぜか便器が大量に備え付けられていたということがあったらしい。ちなみその便器は全自動便器で非常に使い心地が良かったらしく、街の金持ちに高値で売却できたそうだ。
残念ながら機械種についてはディックさんはあまり詳しくないらしい。
自分に聞くよりもザイードに聞く方が良いとのことだ。
最後の方は馬鹿話の方が多かった。
スラム時代の失敗談。女で痛い目に見た話。他のチームとの抗争。
過去の話を武勇伝のように自慢げに話すディックさん。
もう誰に憚ることも無い為か、かなり際どいこともまで話してくれた。
対して俺は、雰囲気に乗せられて、自分の夢について話してみる。
豪華で安定した生活、そして、ジュードにすら言わなかったハーレムの話。
俺も、ディックさんがチームから離れると聞いていた為か、かなり口が軽くなってしまったようだ。話してしまってから、馬鹿にされるかもと思ってしまったが、意外にもディックさんは感銘を受けたようで、男なら一度は目指してみるもんだと俺を後押ししてくれた。
自分の話を誰かが肯定してくれるというのは、こんなに気持ちのいいものなのかと実感した。
そんな話をしているうちに、街に到着する。
そろそろ太陽が昇り始め、辺りは朝の香りが漂いつつある。
ちょうど、スラムと街の境目に俺達はいる。
ディックさんとの別れの地点だ。
そして、それは俺が先延ばしにしていた選択肢を選ばないといけないということだ。
ディックさんの足を仙丹で治すか、治さないか。
俺の心情的には治したいと思う。彼は尊敬できる戦士だ。その戦士としての寿命がここで途絶えてしまうのはもったいないと思う。
一方、ここまで彼は自分の力でやり遂げたのだ。その努力を、その覚悟を、その意思を、俺の一存で全くの無駄にしてしまって良いのだろうかとも思う。
そして、足を再生する薬を持っているという情報漏えいのリスク。
ディックさんの足が治っていたら必ずその治療方法について尋ねられるだろう。
果たして、再生剤と誤魔化しても、最後の一個だったと訴えても、それを求める人間にどれだけ効果があるだろうか。
ディックさんが簡単にばらしてしまうとは思わないが、世の中、情報を抜き取る手段はいくらでもある。そうなれば、ディックさん自身も不幸になってしまうだろう。
たとえ最後までしゃべらなくても、その疑いの目は必ず所属していたチームに向けられるのは間違いない。ことは俺だけのことではなくなってしまう。
この選択肢には正しい答えは無い。
そして、どの選択肢を選んでも俺は後悔すると確信できる。
「ヒロ、ありがとう。俺がこの岐路に立てたのはお前のおかげだ」
朝日を受けて、ディックさんの目元には若干光るものが見えたような気がした。
いや、戦士に涙は似合わない。朝日に目が眩んだだけだろう。
「こちらこそ、色々教えてもらいましたし、報酬も頂いたんで、もうお礼は十分ですよ」
「それは困るな。お前にはこれも受け取ってもらいたいんだ」
と言って、ディックさんは持っていたハンマーと白鈴を俺に渡してくる。
「白鈴の使い方はジュードに聞いてくれ。あと、ハンマーが使いづらいようならチームの誰かに渡してほしい。これは俺が小さい頃から使っていたヤツなんだ」
聞くと、体が大きくなって、もっと大物が使えるようになり、使わなくなって、ずっと隠し場所に仕舞っておいたものらしい。ラビットに足をやられた時はその大物のハンマーを使用していたが、これは持って帰ることができなかったようだ。
「ディックさん。貰い過ぎです。頂いたマテリアルですが、半分をお返しします」
「いや、それは不要だ。どのみち、物乞いグループに入るときに、持ち物は全部没収されるんだ。持っていてもしょうがない」
「でも、手土産はいるんじゃないですか?」
元日本人サラリーマンとしては常識の範囲内だ。
「大丈夫。その辺りもすでに手配済みさ。だてに2ヶ月の間、拠点に籠っていたわけじゃない。それにこのラビットの晶石もある。手土産には十分だろう」
「でも・・・このまま1人で行くのは危険じゃないですか?前みたいに絡まれるかもしれませんよ。俺が近くまでついていきましょうか?」
「あの時は確かに助けられたな。俺があれだけ恨まれてるとは思わなかった。以前会った時は仲良くしていたと思っていたのにな」
「じゃあ、俺が・・・」
「必要ないさ。ここから先はスラムじゃない。それにこんな早朝なら絡まれることもない」
「でも・・・」
それ以上言葉が続けられない。何か言葉をかけなければ、このままディックさんは別れていってしまう。
駄目だ。俺はまだ決断できていない。治すか。治さないのか。
なぜ、この選択肢は保留できないんだ。なぜ、今、ここで決めなくてはならないのか。
「じゃあな。ヒロ。ジュードやサラヤ、ナル、カランには俺が元気そうだったと伝えてくれ」
ディックさんは俺に向けて、野太い笑みを浮かべている。それは自信に満ち溢れた、これからのどんな試練でも打ち勝ってやろうという漢の笑みだ。
待ってくれ。もう少し時間をくれ!
俺に背を向けてディックさんが街の方へ歩いていく。
ああ、なんて声をかけよう。
決まっている。俺は貴方と足を治すことができるんです!だから止まってくださいって言うんだろ!
しかし、でも、だって、ああ・・・
ディックさんの背中が見えなくなっても、しばらく俺は街とスラムの境目に立ち尽くしていた。
朝日がはっきりと目に入るようになり、人がまばらに外に出始めて、ようやく俺はスラムの拠点への帰路につく。
そろそろ見慣れたといってもいいスラムのボロい建物が並ぶ区域に入ると、俺は何度もお世話になっている路地裏に身を隠す。
ここは相変わらず心地のいい場所だ。誰の目のも触れず、俺の目には誰も映らない。
壁に背を預け、もたれ掛かる形で、体を休める。
体が疲労している訳ではない。心が軋みをあげているのが聞こえているだけだ。
原因は何だろう。罪悪感か、それとも自分の不甲斐なさへの糾弾だろうか。
どっちにせよ、大した違いはないだろうが。
結局、いつもの通りだった。選択肢を選べずに、その選択肢を意味のないものにしてしまう。
これでは元の世界のままだ。俺は異世界に来ても、最強スキルを貰っても、何一つ変わっていない。現状維持のままだ。
ふと手元に目をやると、手にはディックさんから貰った白鈴とハンマーが握られている。七宝袋に収納するのも忘れるくらいに呆けていたようだ。
この白鈴はジュードにあげようかな。多分、その方がディックさんも喜んでくれるだろう。たしかアイツは白鈴を持っていなかったはずだし。
このハンマーは俺のだな。ジュードが鉄パイプを手放すとは考えにくい。でもディックさんからの最後の贈り物と言えばどうなのかな。
いや、これは俺のだ。なぜなら・・・
自然と口から言葉が零れてくる。
「宝貝 降魔杵」
手に持ったハンマーに靄がかかったかと思うと、次の瞬間には、その形を変えていた。
ハンマーの鉄アレイのような先端部分だけが残り、柄の部分は消えてしまった。
その先端部分も幾分小さく、シャープになっており、流線型に近い形になっている。
全体の大きさは20cmくらいだろうか。韋駄天が持つという金剛杵によく似ていた。
そりゃそうか。降魔杵の持ち主である韋護は仏教では韋駄天となっていたはずだ。
この降魔杵は普段重さをほとんど感じないが、敵に向かって投げると、ぶつかった瞬間、泰山の重さに変化して相手を押しつぶすという能力を持っている。
降魔杵を握りしめると、無口な大男が背中を向けて座っているイメージが浮かび上がる。俺を拒絶している訳ではない、男は背中で語るということらしい。
思わず、自嘲の笑みを浮かべてしまう。
なんとなく、去っていくディックさんの背中を思い浮かべてしまったからだ。
彼が俺へ残してくれたものは大きい。全財産、経験談、情報、激励。それは彼ができる精一杯のものだったはずだ。
それに対し、俺は彼に何を返すことができたのか。強大な力を持つくせに、彼の精一杯に対して、俺はどれだけ汗をかいたんだ?
「はああああああああ」
壁によりかかりながら大きなため息をつく。
なあ、俺はどちらの選択肢を選べばよかったんだ。誰か教えてくれ。
※ここで別れたディックへの一応の救済策の用意があります。
4話くらい後に触れる予定です。
もしもの話になりますが、ここでディックの足を治していた場合、彼は再び狩人を目指しますが、数ヶ月もしないうちに狩りの失敗で命を失います。
2ヶ月ものブランクと、大怪我をしてしまったことでの機械種への恐怖心、、そして、一度気持ちが切れてしまったことが原因です。
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