第50話 地下2階
地下2階も雰囲気は1階と変わらない。
だが、ジュードは警戒のランクを上げているようで、進み方が1階よりもさらに慎重になっている。
特に物音に注意しているらしく、極力足音を立てないよう忍び足で進む。
その様子に俺も緊張してくる。
しかし、以前ジュードが持ち帰ったラットを見ているが、大きさはラビットの半分くらいだった。
ならば、ジュードだって正面から相手をしても、それほど苦戦するわけではないだろう。
もちろん、ウルフやハイエナを瞬殺している俺の相手ではないはずだ。
突然、前を進んでいるジュードがストップとばかりに、左手を水平に突き出してくる。
え、何?
ラットがいたのか?
恐る恐るジュードに近づいて指示を仰ごうとするが。
「ヒロ、駄目だ。数が多すぎる。引き返して別の道へ行くよ」
隣に来た俺に小声でUターンを指示するジュード。
そんなに大群だったのか?
目を凝らして前の方を見てみると、20mくらい先だろうか、暗がりに赤い光が20以上見えるのに気が付く。
おお、最低10体以上いそうだな。
流石にあれに突撃するのは無茶過ぎるか。莫邪宝剣を抜ければ蹴散らせそうだが。
ジュードが正面を向いたまま、摺り足で後ろに下がり始める。
それに俺も習って後退する。
ある程度、後ろに下がったところで、一息つく俺とジュード。
「ふぅ。あれは数が多すぎだね。あれほどの群れは地下3階でもなかなか見ないよ。やっぱり、巣が増えて機械種の活動範囲が広がっているのかもしれない」
「普通、何匹単位でラットは行動しているの?」
「多くて5,6体だね。僕一人なら3体以上で即撤退さ。リザードと違って一撃というわけにはいかないからね」
「2体までが狩れる対象なのか。今日は俺がいるから4体くらいでも大丈夫なんじゃない?」
「そうだね。ヒロの鉄パイプの威力は大したもんだ。4体以下なら仕掛けてみようか」
そのまま来た道を戻り、別のルートに進む。
その後、何回か6体、8体、10体以上のラット等に遭遇し、撤退を繰り返す。
一度近づき過ぎて、こちらに向かってきた為、全速力の撤退を経験することができた。
そして、ようやく見つけた2体のラットを俺とジュードで仕留める。
ジュードは3撃で半壊に、俺は1撃でやはり粉みじんに粉砕した。
ジュードは半壊にしたラットの首辺りに鉄パイプを押し込んで頭をもぎ取ろうとしている。
体ごとの方が高く売れるので、通常は丸ごと持って帰るが、今回は獲物がコボルトである為、嵩張らないようラットは頭だけを回収することにしている。
俺の場合は、頭ごと粉砕してしまっているので、晶石しか回収できない。
頭を失った胴体部分を見るに、尻尾含めて体長25cmくらいか。
リザードより少し長いくらいだが、胴体部分が丸みを帯びており、体積では3倍以上になるだろう。
ジュードが倒したラットの頭の部分を見ると、やはり鼠だけあって前歯の鋭さが目につく。
人間の指くらいであれば、噛みちぎるのは容易であろう。
ジュードは死ぬことはないと言っていたが、あれに足や脛を齧られるのは御免こうむりたいな。
「うーん。ヒロが攻撃すると晶冠が取れないのがネックだね。鉄パイプとの相性が良いのも考え物か。もう少し手加減できない?」
「いや、相性とか関係ないから。あと、手加減っていってもなあ。鉄パイプで力を抜いて振り抜くなんて難しいぞ。弱くし過ぎて反撃喰らうのも嫌だし」
「体の部分を狙ってみたらどうだい?どうしても上からの攻撃になってしまうから、頭に当ててしまうけど、こう、ラットの胴体部分を狙って、力が尻尾の方に抜けるように叩いたら頭の部分は壊れないんじゃないかな。若しくは、突いてみるかだね」
まあ、一応言われた通りにやってみるけど。
ちょうど良い数のラットを探して地下2階を探索する。
そして、運よく4体のラットに遭遇し、こちらから攻撃を仕掛ける。
ちょうど2体ずつ別れた所を狙ってジュードと2人で突撃。
1人が2体ずつを相手する作戦だ。
まずは1体を速攻で始末しないと。
狙うのは胴体。しかし、的が小さいだけに狙って当てるのは難しい。
上から叩きつけると、頭に当たりやすくなるから、鉄パイプの先で突いてみるか。
鉄パイプを逆手に持って飛びかかり、地面に縫い付けるようにラットの胴体を上から刺し穿つ。
ザグッ!!!
おおおおお、ヤバい。
鉄パイプがラットごと地面に突き刺さってしまった。
ラットの胴体部分まで握り手が触れるほどめり込んでしまっている。
飛びかかった勢い余って膝をついてしまった俺。
そこへ、飛びかかってくる残りのラット。
ジュードは2体を相手していて俺の方を見ている余裕はない。
慌てて鉄パイプを地面から引き抜こうとするが…………
いや、別に鉄パイプ要らないし。
飛びかかってくるラットの頭を左手で掴み、そのまま握りつぶす。
グシャ!!
あ、また、晶石も晶冠もまとめて潰してしまった。
いや、それより素手で握りつぶしてしまったラットの残骸を見られる方がヤバいだろう。
チラッとジュードの方を見る。
1体目を倒して、2体目を相手にしている。
こちらを見ている余裕はないだろう。
なら、七宝袋に収納しておくか。
ジュードに見えないよう七宝袋を取り出し、握りつぶした方のラットの残骸を収納する。
これで証拠隠滅完了!
これ一つで完全犯罪できるな。
あと、念のため、鉄パイプで床に開けた穴は、仙術で土を呼び出して埋めて置こう。
土を出すのは初めてだが、水も雷も出せるんだ。土くらい出せるだろう。
2体との戦闘を終え、ラット2体の頭を袋に入れたジュードが俺に近づいてくる。
「お疲れさま、ヒロ。流石だね。2体のラットを相手にして、僕より早く片づけるなんて・・・おや、1体だけかい?」
俺が串刺しにしたラットの頭を袋に入れるところを見て、1体分しかないことに気がついたのだろう。
さて、なんて言い訳するかな。
「あ、ごめん。もう1体は逃げちゃったみたいで」
「ああ、珍しいな。ラットが逃げるなんて」
う、そうなのか。
知識もないのに迂闊な発言はしない方がいいな。
「多分、逃げたんじゃないかな……と思う。1体目を片づけたら、いなくなっていたから」
「まあ、そんなこともあるか」
ジュードは若干腑に落ちない素振りであったが、それ以上は突っ込んでこなかった。
「それより、そろそろ休憩を入れようか。ちょうどお昼くらいだろうし」
そう言うとジュードは通路の端によりかかって、腰を下ろす。
「ジュード、警戒はしなくてもいいの?休んでいる時に襲われたら……」
「大丈夫だよ。ラットの場合はね、片づけた後が一番安全なんだ。ある程度縄張りみたいなのがあって、他の集団は寄ってこないんだよ。まあ、最低1時間くらいは安全かな」
座りながら昼食のビーンズブロックを取り出すジュード。
ああ、俺もビーンズブロックを食べないといけないのか。
ジュードの前じゃ召喚するわけにはいかないし。
あきらめてジュードの隣に座り、同じく袋からビーンズブロックを取り出して、包み紙を破いてから齧り付く。
しばらくビーンズブロックをボリボリ齧る音だけが、薄暗いダンジョンに響いた。
「ねえ、ヒロ」
「ん。ちょ、ちょっと待って……」
相変わらず食べにくいビーンズブロックを水で流し込む。
「ふぁああ。ああ、ごめん。ジュード、何?」
「ヒロはどんな夢を持っているんだい?」
「何それ?夢?うーん。夢ねえ」
豪華な生活+メイド+ハーレムだっけ?そう言えばウタヒメも付けたっけな。
でも馬鹿正直に言うつもりはないが。
「とりあえずは狩人になって贅沢な暮らしをすることかな」
「そうか。ヒロならすぐ狩人になれそうな気がするね」
「そう? じゃあ、ジュードの夢は何?」
ここで聞き返すのはエチケットだろう。
だいたい想像つくけど。
「僕もヒロと途中までは一緒かな。狩人になって……サラヤを迎えに行くつもりなんだ」
そうだと思ったよ。
こうやってジュードから直接聞くのは初めてだな。
でも……思ったより心が痛まない。
昨日、はっきりしたからかな。
「そうか。応援してるよ。がんばって」
「ありがとう。僕はその為ならどんなことでもやる覚悟さ。でもね。同時に不安も抱えているんだ。もし、僕が夢半ばで死んでしまったら誰がサラヤを迎えに行けるんだって」
まあ、ありえる話だわな。
つーか、そのままサラヤを連れてスラムを出ていく方がいいんじゃないの。
そのことをジュードに聞いてみると、ジュードは首を横に振って否定する。
「サラヤがリーダーじゃなかったら、それでも良かったんだけどね。もし、サラヤと僕が抜けたら、あのチームは終わりだよ。バーナー商会にも見放されて、他のスラムチームの食い物にされてしまうだろうね」
あの責任感の強そうなサラヤがそんな選択をすることはありえないか。
「サラヤはチームを卒業したら娼館に入ることを決めている。僕の為にね。チームのリーダーをやっていた女の子はバーナー商会の幹部の愛人になるのがほとんどなんだ。サラヤは魅力的だから、当然、商会の幹部から愛人のオファーが来ているんだけど、それを断って娼館に入る道を選んでくれた。愛人になったら途中で辞めることは許されないけど、娼館だったら10年以上勤めるか、一定のマテリアルを収めることで辞めることができるからね」
なるほど、そういう仕組みになっているのか。
そして、娼館にいる間にイイ人、又は、裕福な身請けしてくれる人を見つけなさいってことか。
「だから僕は恐れているんだ。僕の為にサラヤは娼館に入って、僕が途中で死んでしまって、ずっと来れるはずのない僕をサラヤが待ち続けてしまうことが・・・」
俺の隣で自分の不安を打ち明けてくるジュードを横目で見る。
まだ、20歳にも満たない青年だ。
それでも1人の人生を背負うと決めて、その重圧に苦しんでいる。まあ、この後、言われることはだいたい予想がつく。
「ヒロは僕よりずっと優秀だ。きっと狩人になって大成するだろう。だから、お願いがあるんだ。こんな都合の良いお願いをするのもどうかとは思うんだけど。でもこんなお願いはヒロにしか頼めない……」
「いや、お前はディックさんにもトールにもその話をしたことがあるはずだろ」
あ、つい、言っちゃった。
俺の言葉にジュードは鳩が豆鉄砲を食らったような呆気に取られた顔をする。
「お前がどんなことでもやるって言ってたから、当然、同じチームのディックさんやトールにもお願いしていないとおかしいからな。向こうの方が付き合いが長いんだし。お前が死んだ後のことだったら、お願いする人が多ければ多いほどサラヤが助かる可能性が高くなるだろう」
黙ってうつむくジュード。別に怒っていないよ。
当然、なんでもやるってそういうことだろう。
黙り込んだジュードに対し、俺はお願いされるだろうことへの返事をする。
「俺はそのお願いを引き受けない。理由は、それを俺が引き受けてしまったらお前が安心してしまうからだ。別に自分が死んでも大丈夫だってな。そうなったら、絶対生き抜いてやるっていう意思が弱くなるぞ。それはこれから死線を潜るなら致命的な隙になる」
俺のセリフは確か小説かなんかで読んだことがあるセリフのパクリだ。
なんの小説だったかは覚えていないが。
「だから、俺ができることは、お前が死んだら、娼館にいるサラヤにお前の訃報を届けてやるくらいだ」
立ち上がって、ジュードの前に座り込み、うつむいているジュードの顔を覗き込む。
そこまでして、ようやく俺の目を見返してきた。
意思の強さがはっきりと分かる目の光だ。
これなら大丈夫か。
「お前の訃報を娼館にいるサラヤが聞いたら、多分後を追おうとするんじゃないかな。どうだ。絶対に死ねなくなっただろう?」
「ヒロはヒドイ奴だ。そんな奴だとは思わなかったよ……」
ジュードから漏れる言葉は俺への非難が含まれているが、その顔は、太々しいまでの笑みを浮かべていた。
「俺は元々ヒドイ奴だったんだよ。お前らが騙されてただけさ」
「ははは、じゃあ、僕もサラヤもトールも皆、目が節穴だったってわけか」
ジュードは立ち上がって、ズボンについて埃を払い落とす。
「さあ、次は地下3階に向かおうか。僕のサラヤを迎えに行くという夢と、ヒロの贅沢な暮らしを得るという夢のために」
「おい、そういう夢の並べ方されたら、俺がもの凄く欲深い奴に聞こえちゃうだろ」
やいやいお互いにやり合いながら、先へ進むことにする。
ジュードにはああ言ったが、もし、俺が大成してて、お前が途中で死んでしまったのなら、サラヤ1人くらいなら救ってやるさ。
もうそれくらいに親しみを持ってしまったから。
でも、そうはならないことを祈ってるよ。
俺はハッピーエンドが好きだからな。
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