第51話 地下3階



「ヒロ、ここからは僕の言うことを優先しなくてもいいからね」



 地下3階に降りた瞬間、いきなり宣言してくるジュード。


 おい、どういう意味だよ。



「え、言った通りだよ。ここからは僕もヒロをカバーする自信が無いってことだよ。自分のことで精一杯になるだろうからね。ヒロも自分の判断で行動してほしい」



 む………、確かにそうかもしれないが。



「もちろん、僕も全力は尽くすけど、コボルト相手だと、それも絶対じゃなくなるんだ。だから僕を完全に頼りにされても困る……それに、ヒロはもう僕と同格以上だからね。もう後輩としてじゃなくて、頼りになる相棒として見ることにしたんだ」



 うーん。

 俺の実力を認めたってことか。



「正直、ヒロが単独でここまでできるなんて思ってもみなかったんだから。サラヤとトールの読みは外れたし」


「どういう意味だよ。それ」


「あはは、帰ったらサラヤかトールに聞いてみたら」



 笑ってごまかすジュード。


 どういうことだろう?

 サラヤとトールが俺の実力を疑ってたってことか?


 しかし、あれだけ獲物を狩っていたのに。

 ひょっとして誰かに獲物を分けてもらっていたとか思われていた? それは心外だな。



「さっきヒロに断られたから、僕には死ねない理由ができちゃったし、自分の命を優先することにしたよ。だから、危なくなってヒロを置いて逃げても許してね」



 いい笑顔でトンデモナイことを宣言してくるジュード。


 コイツ、さっきの意趣返しかよ。

 いい根性してるじゃないか。



「さあ、いこうか」



 言いたいことだけ言って、相変わらず先頭を行こうとするジュード。


 まあ、後方の確認は俺の役目。


 相棒か。ちょっといい響きだな。








「やっぱり数が多い」



 しばらく進んだところで急停止する。


 ダンジョンで何度か敵に遭遇しているが、ほとんどの場合、こちらが先に発見している。

 ジュードが経験豊かということもあるが、薄暗いダンジョンだと、敵対している機械種の赤い目の光が非常に目立つのが大きい理由だ。

 

 やや斜めに曲がっている通路上の前方に赤い光が複数動いているのが分かる。しかも目の位置からある程度の高さまで判明してしまう。



「あの目の位置はやっぱりハーフリングタイプだ。おそらくコボルトだね」



 小声で俺に教えてくれる。


 それぐらい俺にも分かるぞ。

 ………で、どうするんだ?


 多分目の光の数から3体くらいだと思うが、もし、後ろを向いている機体があれば、もう何体かいる可能性がある。



「もちろん撤退だよ。できれば相手は1体がいいからね。1体だったら僕とヒロでタコ殴りにできる。以前、狩った時も3人で囲んで叩いたんだ」



 それはとってもバイオレンスだな。

 見栄えが非常に悪い。


 仕方ない。

 撤退して別のルートを進むか。







 その後、地下3階を歩き回るが、同じような複数のコボルトを発見し、撤退とルート変更を繰り返す。


 このパターン、地下2階でもやったな。



「昨日と同じだよ。コボルトばっかりだ。やっぱりアデットのいうように巣が増えたんだろうなあ」


「昨日もこんな感じだったのか?」


「そうだよ。いや、一昨日の夕方辺りにコボルトらしきものを見かけはしたんだ。でも、1体くらいなら稀に出ることがあるから気にしなかったんだけど。今から思い出したら、あの時も複数いたような気がしてきたよ」



 昨日、一昨日か。

 昨日は俺は黒爪のチンピラを相手にしてたし、一昨日はウルフの集団を殲滅したな。


 どっちも昼頃だったっけ? 

 まあ、関係無いと思うけど(ピコン)



「はあああ、困ったな。これ以上のルートは無いんだけど」



 ジュードが形の良い整った眉を寄せて、困った顔だ。


 そう言えばこの世界では散髪とかどうしてるんだろ。



「ん? ………ああ、僕はサラヤに切ってもらってるよ。でもサラヤは僕には切らせてくれないんだ。どうしてかな?」



 俺に惚気るなよ。

 聞いた俺が悪かった。



「女の子達は自分達で切り合ってるみたいだね。テルネが一番上手いって聞いたなあ」



 俺もテルネに切ってもらおうかな。

 サラヤに切ってもらうのはなんか気まずい。


 あと、切り合ってるって表現が物騒だぞ。

 ホラー物かバトルロイヤル物になってしまう。


 あ、俺って髪が伸びるのだろうか?

 髭も伸びていないし………いや、俺は今15歳くらいだから髭が伸びないのは当たり前か。

 何歳くらいから髭が生え始めたっけ?



「もうあのルートしかないなあ。行ってみるか」



 ジュードが自分の中で結論を出したようで、先に進もうとする。

 


「あのルートって、何か特別なの?」



 ジュードを追いかけながら質問する。



「ああ、特別と言えば、特別だね。このダンジョンの行き止まり地点さ」








 何回かの分かれ道や、曲がり角を曲がったところで、ジュードが歩みを止め、俺に近づいてくる。



「ここの先の曲がり角を曲がったところが、この地下3階の終点だよ。他の穴から入っても、だいたい地下3階が行き止まりになってるんだ」



 行き止まりねえ。

 地下3階の部分が瓦礫や土砂に埋もれていて先に進めないって聞いていたけど……土砂か。


 土砂ならあれが使えるんだが、『あの術』が。

 しかしなあ……





 ジュードが恐る恐る曲がり角の先を覗こうとしている。


 ああ、鏡とかあれば便利だったかも。

 いや、逆に赤い光を反射して目立ってしまうかな?



 バっとジュードが顔を引っ込めた。

 ジュードの顔色が蒼白だ。血の気が引いているのが良くわかる。


 何だ! コボルトが10体くらいひしめいていたのか?



「ヤ、ヤバい!コボルトじゃない。オ、オークだ。オークが3体いる。何で!に、逃げよう。オークはコボルトより索敵範囲が広いって聞く!気づかれたかも。逃げるよ!」



 俺に声をかけてジュードが後ろに全速力で走り出す。


 俺もそれに続いて走り出したが、後方からガチャガチャと何かが追いかけてくる足音が響いてくる。



「やっぱり気づかれてた! ヒロ、急いで!」








 俺とジュードは来た道を戻るように走り抜ける。


 ジュードは力一杯走っているが、当然、全力で走れば俺の方が速い。

 しかし、追い越すのも悪いので、ジュードのやや後ろを加減しながら追いかける形でついていく。


 だが、後ろの足音を聞くに、結構なスピードでオーク達? は追いかけてきているようだ。

 何度か分かれ道があったが、オーク達は正確に俺達を追跡している様子。



 逃げられるかな?

 他の機械種に遭遇しなければ大丈夫なような気がするが………


 いや、これだけ走り回れば、コボルトとぶつかる可能性が高い。

 そうなったら挟み撃ちか。俺はともかくジュードが危ない。


 うーん。オークか………

 俺ならやれると思うんだが。


 どのみち、ラビット以上の獲物が必要なんだ。

 そのオークって奴なら十分以上だろう。



 前のジュードが器用に速度を出しながら曲がり角をターンする。



 ん、今なら大丈夫か。


 ギュギュッ!



 足を踏ん張り、急ブレーキをかける。

 スニーカーの底のゴムの擦れる音が俺の耳に届く。



 七宝袋から莫邪宝剣を引き抜く。

 宝剣から戦いを喜ぶ感情が流れ込む。


 やはり宝貝にも感情があるようだ。

 前のウルフ戦後に気分が高揚して、馬鹿みたいにはしゃぎ回ったのも、コイツの感情に引っ張られたせいかもしれないな。


 しかし、コイツのおかげか、全く恐怖心は感じない。



 やれる!

 この宝剣を持ってすれば、オークなど物の数ではない!


 俺の心の奥から周りを焼き尽くすような熱量がせり上がってくる。

 これは以前感じたことのある………




 いや、落ち着け。

 頭は冷静にしろ。



 莫邪宝剣で痛い目にあったことが思い出されて、心の中のトラウマが刺激され、心理的なブレーキがかかる。


 莫邪宝剣の持ち主だった黄天化は師の忠告を無視して戦いを求め、冷静さを欠いた為に表舞台から退場したはずだ。


 俺の持っている技は宝貝だけではない。自分の能力全てを持って対応するんだ。




 オーク達が曲がり角を曲がってきて、姿を見せた。

 俺が立ちすくんでいるのを見て、さらにスピードをあげて突っ込んでくる。

 



 ここだ! まずは出鼻を挫く。




 向かってくるオーク目がけて一歩踏み出す。




「縮地」




 それだけで、俺の目の前にオーク3体が飛び込んでくる。


 たとえ、機械種でもこの瞬間移動には対応できないだろう。


 赤い目が9つ。

 それを確認した瞬間、俺は莫邪宝剣を3閃。


 薄暗いダンジョンの中に、光の軌跡で円月を重なるように描く。


 勢いをつけたまま俺の隣を通り過ぎるオーク達。




 

 ガチャン!! ………ガン、ガン、ガン





 その数秒後に頭と胴体が離れたオークが倒れ込む音が響いた。










 オークというだけあって顔は豚をモチーフにしているようだ。

 大きさは160cm前後だろう。

 ただし、人間であれば100kgオーバーかと思う程の肥満体。


 手には金属のこん棒を装備していたようだ。

 これで殴られたら普通の人間だったら一撃でひき肉だな。


 まあ、俺の敵ではなかったが。

 コイツ等は結構強いんだったな。

 少なくとも狩人が出張ってくるくらい。

 なら、コイツ等を瞬殺した莫邪宝剣を持った俺の力は狩人に引けはとらないだろう。


 

 そうだ、早くジュードを追いかけなくては。

 置いていかれたら帰り道が分からなくなるぞ。



 俺は急いでオーク3体の胴体と2つの首、その装備もまとめて七宝袋へ収納すると、残ったオークの首1つを抱えて、ジュードの後を追いかける。


 オークの首1つは必ず必要だ。

 これは分かるように持って帰る必要がある。

 しかし、なんて言うかな? 上手く誤魔化せればいいが。

 

 



「ヒロ! ヒロ!」




 ジュードと分かれた曲がり角に戻ろうとしたところで、俺の名前を連呼するジュードと鉢合わせる。



 コイツ、戻ってきたのか。

 さっきは危なくなったら俺を置いて逃げるって言っていたクセに。


 はあ………、このお人よしめ!

 次、そんな真似をして、サラヤを悲しませたら承知しねえぞ。




「ヒロ!早く逃げ……」



 俺の抱えたオークの首を見て絶句するジュード。



 何か言われる前に言っておこう。

 さて、この誤魔化しで通用するか?



「ごめん。偶然、落ちていたこれに蹴躓いちゃって。でも大丈夫。オーク達はどこか別の道に行ったみたいだ」



 ちょっと苦しいかな。

 でも、ジュードなら騙されてくれるかも……



「ヒロ、それはちょっと無理があると思う」

 


 やっぱり無理か。うーん。困ったな。


 胴体の方を置いておいて、1体倒したら、他の2体は逃げていったの方が良かったか、もう遅いけど。


 その場合は、オークの首を切断した武器について説明しないといけなくなる。


 いくらジュードが鉄パイプ信者でも、これだけ滑らかな切断面を鉄パイプでやりましたは信じてくれないだろう。


 チラッとジュードの顔を見ると、真剣な表情で俺の抱えているオークを見つめている。



 さて、なんて答えるべきか。

 この答えの仕方で俺の進む道もある程度決まりそうだ。


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