第3話 予想外


 さて、次は「仙術」スキルの確認だ。


 しかし、不用意なスキルの発動は厄介ごとを招いてしまわないかという不安がある。


 特に仙術スキルともなれば、いきなり雷が周囲に降り注ぐ、竜巻が発生する、当たり一帯が凍り付く等の派手な術が発動することも考えられる。


 自身の能力の確認と、極小の確率ではあるがスキルの情報が流出しないかというリスクを比べ、どちらを優先すべきかを検討する。




 …………うん、仙術スキルを確認しよう。


 今優先すべきなのは自分の能力の確認だ。

 万が一、緊急事態に陥った時に自分の能力が最大限に発揮できないのは最悪。

 焦った状態で仙術スキルを発動し、暴発でもしたら大惨事だ。


 両足を肩幅くらいの位置に広げ、ゆっくり両手を合わせてみる。しばらく思考を巡らして出てきた言葉は



「火よ!出ろ!」



 相変わらず語彙が貧弱だ。案の定、何も発生しない。


 やはり正しい呪文が必要なのか。仙術では「口訣(こうけつ」っていうんだっけ。

 もう少しそれらしい口訣を試してみよう。


「火行を以って火矢となれ!」

「急急如律令!」

「禁!」

「土爪(トウチャオ)!!」

「ヴァジュラ!」

「オーム!」

 …………



「中国語なんて知らねえよ!!!」



 と吐き捨ててから、胡坐をかいて座り込む。


 思いつく限りの口訣を試してみたが、全く反応がない。

 何が間違っている。何が足りないんだ。中国語が話せないと仙術を使えないなら、いきなり詰んでしまうぞ。

 ゲームでは仙術スキルを選択してボタンを押すだけだから、参考にはならない。

 頭を抱えてしばらく悩んでいるとふと思いついたことがあった。



 そうだ、メニューはないのだろうか。


 異世界物のテンプレートというべき、メニューやステータスオープンを忘れていた。


 さっと立ち上がって多く先人たちが口にしてきたであろう言葉を発する。



「ステータスオープン!」


 続けて


「メニュー!メニューオープン!」

「ヘルプ、ヘルプ表示!」

「ギフト、ギフト作動!」

「アイテムボックス!」

「オーマイゴット!」

 …………




「もう思いつかねえよ!!!」



 ドスンっと座り込み、また頭を抱えこんだ。


 何か条件が必要なのか、時間が足りないのか、身振り手振りが必要なのか、触媒や魔法陣のようなものが必要なのか。


 全く見当がつかない。というか手がかりもなしに当たりをつけるのは不可能だろう。当面、仙術スキルは使えないとして活動をする必要がある。


 そこまで考えて、仙術スキルが発動しない理由について、最悪の可能性に思いついてしまう。



 ひょっとして、俺が「闘神」と「仙術」スキルを得たという記憶は、夢か妄想だったのではないかというものだ。



 先ほどチャンスを得られたと喜び、ずっと感じていた高揚感が一気に失われていく。


 実は「闘神」スキルの効果だと思っていた身体能力は、この世界では全くの標準仕様。重力か何かが元の世界とは違う影響で超人になったと勘違いしていただけ。

 当然、「仙術」なんかも使えない。「異世界に行っても今の生活環境(衣・食・住と娯楽を含む)を維持したい」も不可能。


 誰も知り合いがいない、全く未知の世界にチートも無しに放り出された。

 言葉も通じるかわからない。いきなり狼や盗賊に襲われるかもしれない。こちらには対抗できる手段がない。



「詰んだ。終わりだ」



 座ったまま項垂れるように前に倒れこむ。





 気がつけば太陽が真上に上がっていた。転移してから何時間くらい経ったのであろうか。


 ゆっくりと顔を起こして、正面の荒野を見つめる。


 いや、まだそう決まったわけではない。

 というか、仙術スキルが発動しなかっただけだ。若返ったのは事実だし、身体能力も上がっている。「闘神」スキルは存在して、発動している可能性が高い。


 「闘神」スキルだけでも三国志で言えば「呂布」と同等の戦闘力が備わるのだ。ここが、古代中華世界でも、中世ファンタジーでも十分に対処できるはずだ。



 立ち上がり、改めて自分の持っている装備の確認を行う。


 黒のパーカー、紺のTシャツ、ジーパン、靴下、スニーカー、ボクサーパンツ。


 朝出かける時によくやる持ち物確認。

 パーカーの胸ポケットとジーパンのポケットを手のひらで上から叩く。


 パン、パン、パン、パン、パン



 服装だけか。財布もない、携帯もない、ハンカチすらない。


 見渡す限りの荒野で、食べ物もなく、飲み物もない。



 ヤバい!スキルがどうとか言っているより、早く人間のいる場所にたどり着かなくては、このままだと餓死してしまう。

 いや、その前に水が無いから脱水症状で死んでしまうか。



 周囲の荒野をぐるりと見渡してみる。


 山一つ見えない真っ平な荒野ではあるが、じぃっと目を凝らして遠くを見つめていると、一方向にうっすらと山脈のようなものが見えてきた。


 こういう場合、山の方面はマズかったな。


 山脈のようなものに背を向け、進む方向に人里があることを祈りながら走り出した。


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