第2話 異世界転移



 目の前には荒野が広がっていた。


 突然何を言っているんだという感じだが、それしか言いようがない。


 目の前に広がるのは、草木が僅かに生えているだけの荒野。右を見ても、左を見ても景色に変わりはない。やや曇りがかった空から薄い日の光が降り注いでいるだけ。まだ朝なのだろうか。やや気温が低く肌寒さが感じられる。


 状況を把握できず、呆然としばらく立ち尽くしてしまった。


 ふと我に返り、自身のことについて思い返してみる。



 俺は誰だ?


 ……平本 浩(ひらもと ひろし)だ。


 40歳の独身サラリーマン。彼女は募集していない。もう諦めたからな。そして趣味はネット小説で、プライベートではほとんど家に引きこもっている半ボッチ人間だ。

 

 だからこの状況の原因にはすぐに思いつくことができた。



 すなわち「異世界転移」!!!



 これ以外考えられないだろう。視点がやや低くなっており、おそらく背が10センチ以上低くなっていると思われる。また、手や腕を見れば肌艶が明らかに違う。



 そう若返っているのだ!



 若返っていなければ、誰かに拉致されて荒野に捨てられたという可能性もあったが、若返りという現行の科学技術では不可能である現象を見るに「異世界転移」で間違いないだろう。


 ……いや、まだ自分の顔を見ていないから異世界の現地人に憑依したという可能性や、「異世界転生」して、唐突に前世の記憶がよみがえり、前の記憶を塗りつぶしてしまったということも考えられるが。


 まあ、どちらにせよ大きな差はない。今、「平本 浩」という自意識があることが重要だ。そして、さらにもっと重要なことがある。



 そうだ「チート」だ!「特典」だ!「スキル」だ!



 自分には異世界転移前に2つのスキルを選んだ記憶がある。



 「闘神」と「仙術」



 ネット小説にハマってからやや遠ざかっているが、某古代中華系戦国シュミレーションは何百時間も没頭したことがあった。それ故にこの2つのチートスキルを併せ持つことの絶大な効果がよく分かっている。


 戦闘における「闘神」スキルは個人戦力を世界最強の位置まで上昇させ、あらゆる場面で万能な対応を可能とさせる「仙術」スキルは、腕力では解決できないトラブルも容易に片づけることができるであろう。



 まず、自分の「スキル」を確認せねば!



 ゆっくりと周りを見渡して、誰もいないことを確認する。

 よくネット小説では、主人公の不用意なチートスキル発動で、権力者や重要人物に目をつけられてしまい、めんどくさいトラブルに巻き込まれることも多かったから、先人の例を踏襲しないよう、慎重に目立たないよう自身の能力の確認を行うとしよう。


 そして、自分の体に問題がないか確認する。肩を回し、腕を回し、ついでにアキレス腱を伸ばす。



 あれ、俺が今着ている服、いつも愛用している紺のTシャツと黒のパーカー、下は古臭いジーパンだ。背が低くなっているのにピッタリとはなぜだ?



 まあいいか。それより「闘神」のスキルを確認だ。

 


 両手を自分の目の前まで持ってきて、大きく手のひらを広げる。そしてぎゅっと握りしめる。肘を引いて、握りこぶしを腰までおろし、構え。



 ブン!!!


 右の正拳突き



 ブン!!!


 左の正拳突き



 うん……



 よくわからん!



 格闘技なんてやったことがないから、自分の正拳突きのスピードなんてわからん!

 かなり早いのではないかとも思われるが、比較対象がない。なんか衝撃波でも出てくれれば、もっと分かりやすいのに。


 その後、ジャブ、フック、アッパーやチョップ、蹴り等も試してみたが、イマイチ強さがわかりにくい。いや、40歳の体と比べれば段違いに動きやすくなっているが。



 ならば、これはどうか!


 両足をそろえて、垂直飛び!




 ボウウゥゥゥゥ!!          ドゥッス!




 着地してから、しばらく先ほどの感覚を反芻する。



 明からに自分の身長の2倍以上の高さにまで到達し、1秒ほどの浮遊感を感じた後、そのまま落下。着地時、足にそこそこの衝撃があったと思われるが、全く痛みは感じず。



 スゲー!!! スゲー!!!


 なんか語彙が貧弱だがそれしか言えねえ!



 テンションが上がってしまい、しばらく飛んだり跳ねたりを繰り返す。

 高校を卒業してから全く運動をやってこなかった。


 30才を超えたら外に極力出歩かなくなってしまった。

 30代後半に入るとあきらかに体力が落ちてきて、さらに動かなくなってしまった。

 40才になり、年齢による体の衰えを感じ得ざるをえなかった。


 それがどうだ。この軽やかな体さばきは!

 自分の思い通りに自由に体を動かせるということは何と楽しいことか!


 まるでアクションヒーローか忍者にでもなったかのうよう。


 ジャンプ、ステップ、反復横飛び。さらには調子に乗って空中一回転!


 パンチ、キック、百裂拳!旋風脚!○○乱舞!!!



 30分ほど身体を動かし、その規格外の能力をたっぷりと実感。




 イケる!

 この能力なら異世界でも無双ができるに違いない!


 この異世界で活躍して、元の世界では望むこともできなかった立場を手に入れることができる…………


 

 元の世界の俺は、もう終わった人間だった。


 積み重なっていく年齢に加え、どんどん難易度が増す会社の仕事。家族関係は悪くはないが、一人暮らしが板につき、ほとんど実家に帰ることもない。友人はいつのまにか疎遠になり、今では年賀状くらいの付き合いしかない。当然、彼女もいない……



 そうだ。彼女だ。女だ。

 学生時代から彼女なんていたことがなく、社会人になっても全く縁がない日々。

 30才を超えてから何度もお見合いやパーティーにも参加したが、結果は散々だった。

 

 俺の恋愛経験値はゼロに等しく、女性との付き合い方なんて分かるはずもない。

 しかし、相手は俺へ年齢に相応した女性の扱いを求めてくる。


 そんなの無理に決まっている!

 恋愛関係になろうと思えば経験を積まねばならず、経験を積もうと思えば恋愛関係を作らなくてはならない。

 

 明らかに矛盾した相関関係。

 すでに恋愛経験ゼロのままこの歳になってしまったのがすでに詰みの状態なのだ。

 だからもう俺には彼女を作るなんて不可能だと諦めていた。

 


 しかし、この「異世界」であればそんなの関係ない!

 そして、俺の今の年齢はピチピチの10代なのだ!

 これならば恋愛経験が無くとも彼女ができるかもしれない!

 

 さらには現実世界でもほぼ不可能であるハーレムを築くことも……



 この「闘神」と「仙術」スキル。

 そして、最後に願った「異世界に行っても今の生活環境(衣・食・住と娯楽を含む)を維持したい」という望みが叶っているのであれば、もう元の世界に未練はほとんどないと言える。



「この異世界で……俺は……夢を叶えるんだ!」


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