第百八十一節 破り去って、カーテンコールの準備を
金属の中を想いの儘に行き交う自由電子のように、繋がってはいけないそれぞれの道筋が触れあって
他を知り、外の世界へ飛び出さんとする妖力の粒子が―――彼らが成していた封印の構造を遍く投げうって、空間の整合性をズタズタに切り刻みながら惨たらしい自由を謳歌している。
艫座の輝きが与えるモノは堅牢さ。
どんな攻撃にも暫くは耐えうる盤石の防御。
それが、この乱流の中でソウジュを守り続けている。
「……っ!」
常理では在り得ない、手の中に収まる天変地異を握りしめて、ソウジュは彼自身の仮説の正しさを感じていた。
明らかに綻んでいる。
結界の心臓を守る障壁も。
とあるヒトが其の身を賭した『女王』の封印も。
だがそれでも、何方も一世一代の命懸けの結晶。
崩壊の進度は牛歩の如く遅く、此れは単なる封印同士の鬩ぎ合いには収まらず、ソウジュと時間との戦いの様相も示していた。
ぐらぐらと、視界は揺れ続ける。
次に動くまで、堪え忍ぶ時間が続く。
(ルティ、スピカ。あと少しだけ、時間を稼いで……!)
刹那、災いを封じる障壁が揺らめいて。
「―――ッ!?」
真っ黒な光が迸り、瞬く間に火口を包み込んだ。
§
衝突するセルリアンとセルリアン。
思い思いに乱雑な並びで前進する『カシオペア』の配下を、秩序だった隊列を組んで足音を鳴らすスピカの軍勢が迎え撃つ。
そしてルティは遊撃手として、気の向くままに戦場の各所を荒らし回っていた。
(……予想以上に、使い熟しているようだ)
先駆けとして向かわせた者共に元から大した期待など抱いていなかったが、スピカが操る傀儡は『カシオペア』が予想した以上のペースで彼女の勢力を削いでいく。これは、勿論とても悪い兆候だ。
小さい体の雑兵は当然のこと、多少大きな図体を持つ精鋭のセルリアンでさえも徒党を組んで難なく処理していく。
自らの指示も碌に受け付けず、身勝手に突っ込んで破砕する。
その情けない戦いぶりを見た途端、彼らに対する期待はさっぱり消え失せた。
「やはり、有象無象では話にならんな」
だから彼女は多くの力を注ぎ、唯の精鋭を遥かに超えた弩級のセルリアンを生み出そうとしている。
かつて人類の施設で見た重機なる巨大な機械をベースに、小さく健気な相手共をスコップの一振りで蹴散らしてしまうような重厚で強力な手下を。
―――これは”自在に操る”という点から見ても、完璧な方策だ。
そもそも『女王』としての権能は『カシオペア』も持っている。その存在を再現する過程で、不完全とはいえ能力をコピーすることが出来ていた。
現在このような戦況になっているのは、複数を統率する能力を杖に頼り切っていたのが原因。セルリアン単体に指示を与えて行動させるのであれば何ら支障はない。
(やはり最後にはこうなる。数の力を求めて雑魚を寄せ集めるよりも、確実な一つの力を追い求めるのが至高……)
そんなことを考えている間にも……キャタピラが、太い鉄の腕が、大きなスコップが形作られていく。
粘性を持った黒泥は段々と柔軟さを失い、代わりに頑丈な外殻を手に入れる。
「……そろそろ、遊びは終わりだ」
そうして地に立った純黒の色をした重機。
知識と殺意をこねくり回して組み上げた一体のセルリアン。
ドスドスとキャタピラで地面を打ち鳴らし、吼える代わりにスコップを高く持ち上げて二人を威嚇する。
「来るみたいだよ、ルティちゃん」
「~~!」
戦いの準備をするスピカ。
前方に残りの軍勢を構えさせる。
先程の烏合の衆とは比べ物にもならない、間違いなく強力な相手だろう。だが、必ずしもこのセルリアンを打ち倒す必要はない。適度に拮抗して進軍を阻止し、時が来るまでソウジュに危害を加えさせなければ勝ちといって差し支えない。
だから、ソウジュと『カシオペア』の間に挟まるように陣取って、何人たりとも通り抜けられないようにするのだ。
あとは我慢比べ。
スピカの余力と、セルリアンの弾がどれだけ保つかの戦い。
……その筈であった。
「ふん…」
「あっ!」
身体能力も並のセルリアンを凌駕する『カシオペア』。
軽く地面を蹴ると、スピカ達を飛び越してその向こうへと降り立った。
すると当然、彼女を阻止するためにスピカとルティもすぐさま行動する。
「行かせな……うっ!?」
揺れる地面。
掛かる暗影。
振り返れば、重機のセルリアンがスピカに向かって重い一本腕を叩き付けようとしていて、操られている配下が身を挺してその攻撃から彼女を守っていた。
ミシミシと軋むセルリアンの身体。
ルティがスピカの襟を噛んで逃げ出すと、直後に限界を迎えた
これを放って、『カシオペア』を追うことは出来ない。
スピカはそう思わされた。
「ゆっくり遊んでいるといい。奴の目的を確かめなければならない」
慌てふためく彼女らを嗤って、当の『カシオペア』はその場を立ち去らんとする。
「お前たちを盾として矢面に立たせてまで、一体何がしたかったのか。どうせ碌な行いでは―――」
その瞬間、地平線が光り輝く。
向こうへと沈みかけていた太陽を呑み込んで、黒く。
明らかに、尋常でないことが起きたようだった。
「―――ッ!?」
「あの方向は、ソウジュくん…!」
今度は皆が驚く。
その中で唯一自由に動ける者。
『カシオペア』が其方に向けて奔る。
―――その一方、火口。
封印の目前にいるソウジュは。
「ハァ、ハァ…」
「―――おい、貴様ッ!」
全身の服装もボロボロに、息も絶え絶えなソウジュ。
彼に向かって怒り心頭の『カシオペア』が叫声を浴びせる。
「『原典』の封印に対して何をしている、その手に握っているモノは何だッ!」
「……へぇ、本当に何も知らなかったんだ」
彼女の方を一瞥して、彼は自らの手元に視線を戻す。
どうやらその満足げな表情から、既に目的は十分達せられたようだ。
膝を叩いて力強く立ち上がり、『カシオペア』へと向き直る。
そして、握った拳を差し出して。
「けほ、ごほっ……まあ見ててよ」
ボトリ。
掌の中から、鈍い音を鳴らしてそれはソウジュの足元に落とされる。
力を込めた乱暴な落とし方に彼のささやかな恨みが見える。
そして。
彼の足が浮いた。
何をしようとしているかは明らかだった。
「待てッ!」
『カシオペア』はその物体の正体にも、彼の行動が齎すであろう結果にも一切の見当がついていない。だが、一も二もない直感が「止めなければならない」と甲高い声を彼女の脳裏に響き渡らせた。
彼に飛び掛かり、終にそれが踏みつけられる刹那。
揃ってボロボロになった彼の姿と、崩れかけた『原典』の封印と、存在すら危うい足元の黒い立方体。
その全てが、空の星々のように繋がった。
揺るぎ無い意味を以てして、彼女には繋がって見えたのだ。
「―――ここからが本番だよ、カシオペア」
そうして純粋な黒が踏みつけられるのと、空に亀裂が入るのはまるで同時のことだった。
崩れる天蓋。
落ちて地面に突き刺さる硝子。
ずっと蒼く、ずっと明るい空。
鬱屈とした空気は疾うに澄み渡り、頻く聞こえる海鳥の声。
途方もなく長い時間に渡ってキョウシュウと外の世界とを隔離し、ありとあらゆる交流からお互いを引き離し、或いは守り続けてきた妖狐の結界は、このようにして終幕を迎えた。
もう邪魔は入らない。
間もなく役者もここに揃う。
彼らの最終決戦は間もなく始まるだろう。
それで良い。
このキョウシュウを中心に始まった因果は、ここで閉じられるべきである。
しかし。
「……貴様」
「貴様じゃなくてソウジュ。そろそろ覚えてくれたっていいじゃん」
「私に下ったら、その時に考えてやろう」
あとほんの少しだけ。
「
二人は対峙せねばはならない。
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