第百八十二節 果ては高く、空は蒼く。
「―――来たッ!」
長く続いた瞑想を破る束の間。
カッと目を見開いて、ゲンブはそう叫んだ。
「私も感じたわ。彼がやってくれたようね」
「やっとか、ちと遅かったな」
キュウビとスザクも同様に結界の破壊を感知し、手筈通りに”作戦開始”の合図を皆に向けて送ることにした。
甲高く鳴り響く鈴。
ガタゴトと物音がして、次々と交錯する影。
その瞬間から止まることなし。
ソウジュを助けに行くのに幾許の猶予もある筈がなく、合図を聞いてからの皆の動きはとても迅速だった。
「二人とも、しっかり掴まった?」
「うんっ!」
「わらわも平気じゃぞ~」
キョウシュウに乗り込む予定のフレンズ達は、今から二手に分かれて行動する。
片方のグループはキュウビ、クオ、そしてアス。二人はキュウビに付き従い、海の上を飛行していくルートでより迅速にキョウシュウに入り、ソウジュの救出に向かう。
この人選の理由は様々あるが……キュウビという”専門家”の存在、一刻も早くソウジュに会いたいクオの意志、治療者として隔絶した腕を持つアスの能力、といった要素が主たるものとして挙げられる。
その上で、他のフレンズが別行動をする理由はごくシンプルに『重量オーバー』を防ぐためだ。
キュウビが二人を引っ張って連れて行く。
実際のところはクオも飛べないことはない。
しかし、速度を重視するならキュウビが牽引した方が速い。
様々な事情を勘案して、このような形に落ち着けるのが最も合理的だと、結界の破壊を待つ間に話し合いが行われたのだ。
―――さて、そこで残りのフレンズがどうするのかというと。
「よもやこの私を、海を渡る乗り物の代わりとして使うとは」
「そう顔を顰めるでないセイリュウよ。今日こそ、パークに転機が訪れた日なのだから」
不服そうな表情を浮かべたセイリュウを、ゲンブが柔和な声色で宥めた。
肩に置かれた手を軽く払って、彼女の青く長い尻尾は良い置き場所を探すようにうねる。
「嫌ではないわ。ただ、四神としての威厳が気になるだけ」
返答は意外にもそのようなものだった。
ゲンブはそれを聞くとふっと悪戯心が湧いてきて、目を細めつつこう尋ねてみる。
「ははは。今まで積極的に信仰されようとしてきた訳でもあるまいに、そんなことを気にしているのか?」
ぴくりと、眉が動いて。
負けじとセイリュウも言い返す。
「そういう貴女も、昔はプライドの為に面白いことをしたと聞いているけど」
「……はて、何のことやら」
半ば忘れかけていた過去をピンポイントに掘り起こされ、手痛い反撃を貰ったゲンブ。
そっぽを向いて、慣れない口笛を鳴らす。
そして背後の生暖かい視線から逃れるように、態とらしく大切な話をし始めるのだった。
「さておき、もう準備は良いか?」
「海を渡るだけよ。そんなの必要ないわ」
相手の思惑は百も承知、しかし話を戻しても藪蛇でしかないと思ったセイリュウはそれに乗る。
こうして話も有耶無耶に、皆の視線はキョウシュウに。
「お主らもよいな」
後ろの四人は頷いた。
「
そしてとうとう、その間際。
「……ねぇ、出る前に一つだけ」
「タレスよ、どうした?」
ここまでの話を静かに聞いていた蠍座の少女は、ずっと心中に燻っていた疑問をゲンブにぶつける。
「あそこでふんぞり返ってる『赤い鳥』に、アタシたちの半分でも連れてってもらえばいいんじゃないの?」
それなりに、的を射ていた。
反面それ以上に、スザクに対するタレスの物言いがゲンブには面白く感じられた。
「あー…」
きっともう、裏では散々話し合った後なのだろう。
ゲンブは呆れたように苦笑いをして、小声でその質問に答える。
「スザクはセイリュウに輪を掛けて気難しくての、こんな仕事は絶対にイヤじゃと言うのだ。実のところ、頑なになったあやつに物を聞かせるのは『女王』を倒すよりも厄介なのだぞ」
ゲンブの釈明を聞く間、段々とタレスの顔から表情が抜け落ちていく。
「……そ」
「四神さんも、結構自由なんだねぇ」
シェラの呑気な感想が、ふわふわと空気を漂った。
(ビャッコに至っては、結界が壊れた瞬間セルリアン退治に一直線だったしのう…)
考えてみるほどに、彼女らに振り回されるフレンズ達の気苦労が偲ばれる。
「セイリュウよ」
「ん、なによ」
「四神の威厳とやらも、そう盤石なものではなさそうだぞ?」
「ええ、そのようね」
珍しくセイリュウも同意する。
彼女が今後の振る舞いを改めるかどうかは未知数だが。
向き直って、もう何度目か分からない真面目な話。
「……それと。私達が手を出すのは最終手段だから、ちゃんと頑張るように」
次こそは邪魔が入らないうちに。
「今度こそ、本当に出発よ」
「うむ、行こうぞ」
そして彼女達も、決戦に向けてゴコクを発った。
§
「貴様、逃げるなッ!」
「毎度毎度、無茶な要求ばっかりしてくるね!」
結界を破壊し、『カシオペア』と遭遇した刹那。
彼女の熱い戦意をも蔑ろに、ソウジュは”逃げ”の一手を採った。
さりとて火口付近からいきなり離れるのではなく、山頂に佇む『原典』の封印を中心に回り込むように動くことで暫しの時間稼ぎを狙う。
このまま逃げては向こうの二人の元に新たな厄介事を持ち込むことになってしまうため、なんとかソウジュ単身であっちに行きたい。
その為に、一計を講じねば。
(なんとか『カシオペア』をこの付近に釘付けにして、スピカとルティの所に早く行かないと。もうすぐクオや皆が来るから、ここで消耗するのは無意味だ)
厄介なことに現在、彼女の最優先目標はソウジュだ。
多少の障害は乗り越えて彼の居場所へとやって来るだろう。
それを引き離すには更に大きいイベントを彼女の目の前に提示しなければならない。
―――例えば、終に海の向こうから現れたソウジュの増援とか。
しかしそれまで無事に時間を稼げるだろうか。
ルティやスピカも無事でいられるだろうか。
不可能な手ではないが、如何せん運頼りの面が大きく思える。
出来ることなら他の手段も用意しておきたい。
「……待てよ」
苦労の果てに結界を壊し、漸く未来の見通しが立てられるようになったところで、ふと一つの疑問がソウジュの頭に浮かぶ。
―――もしもクオが、生き返ったスピカを見たらどういう反応をするだろう。
彼女はスピカのことを酷く嫌っている。
物事の経緯を振り返れば当然のことだろう。
それ自体は仕方ないことだが、二人の軋轢がこの一寸の間隙を奪い合う決戦でマイナスの方面に働きはしないだろうか。
(……いいや、やめにしよう)
この状況でそれを考えても仕方ない。
そうならないように、言葉を尽くすだけだ。
気を取り直して、『カシオペア』を意識を自身から逸らす手段を考える。
(やっぱり気を引くなら、『本物』の封印にちょっかいを掛けるのが一番かな)
封印が強固になるにしろ脆弱になるにしろ、確かな変化を実現できれば彼女は決してそれを無視できない。封印を紡ぐ方法に彼は未だ疎いため、どちらかと言えば”傷を与える”方に実態は傾くだろうが。
足元の石ころを幾つか拾い集める。
そして、妖力をそれに集中させる。
(幸い、方法はある)
あと少しで封印が壊せるような状態となれば、意識の対象は必ず変わる。
その後のことはまた、態勢を立て直して考えるとしよう。
彼は実行の決意を固めた。
「悪いけど……僕に構ってる場合かなっ!」
「フン、何を――――ん?」
ソウジュが簡素な封印を施した石を封印に向けて放り投げる。
突飛な行動に『カシオペア』は驚き、一瞬硬直する。
放られた石はそうして邪魔を受けることなく封印の表面に着弾し、これまでそうなったように相克して爆発を起こした。
「爆発だと!? 貴様、『原典』の封印に対して……!」
突然のことに叫ぶ『カシオペア』。
しかしソウジュは爆発を見ることなく、石を放った瞬間から一目散に逃げだしていた。
「―――ちっ、逃げたか」
当然の如くそれを追い掛けようとする『カシオペア』。
だが一瞬、封印の揺らぎが彼女の目に留まる。
「待て、これは…」
何かを感じたのだろう。
彼女は足を止め、封印と向き合う。
彼の思惑通り、彼女の興味は移り変わったようだ。
「…ルティ、スピカ!」
そしてソウジュは無事、二人の元に辿り着いた。
尤も、そちらも戦闘の最中だったが。
「~~☆」
「ソウジュくん、終わったの?」
「うん、順調だよ」
杖で操ったセルリアンに攻撃を防がせながら、状況の確認を行う。
ソウジュは、今も彼らを襲わんと猛る重機型セルリアンを一瞥すると、それに然して構うこともなくルティに転移をお願いした。
「ルティ、扉は出せる?」
「~~!」
当たり前とでも言うように、元気な返事。
「よし、じゃあ神社に逃げよう」
「こ、このセルリアンはいいんですか?」
「もうすぐ手助けが来るから、後で大丈夫だよ」
最初から決めていた方針だ。
それを伝えると、安堵しながらもスピカは顔を曇らせた。
その態度に、先程の懸念が重なる。
「……スピカ」
彼女もクオとの邂逅を危惧しているのだろう。
「安心して。ひとまず戦いが終わるまでの間は庇ってあげるから」
「…うん、ありがとう」
胸に手を当てて、落ち着くために息を吐く。
不安と後悔を混ぜこぜに、消え入りそうな声で彼女は言う。
機会を逃し続けた懺悔を。
「その……ごめん、ね」
されど。
ソウジュには返す言葉がない。
「行くよ」
仕方ないのだと、彼女も分かっていた。
§
「ボロボロ、だな」
封印に触れて、如実にそれを知覚する。
先程の爆撃が彼女の記憶には新しいが、主因は別。
キョウシュウを包み込む結界の核に対して施された封印を剥がすため、ソウジュがお互いの封印を接触させたあの数十秒の間に、『女王』を封じたこちら側も大いに傷を負うこととなったのだ。
それは、ある種当然の帰結だろう。
「不幸中の幸いか、私もやっと力に触れることができる」
ここまでの様相になれば、ソウジュが踏みつけて結界に止めを刺したように、彼女も軽く力を込めるだけで封印を破壊できる。
奮い断つ高揚感。
結局、彼が彼女に機会を与えた。
これも一種の因果だろうか。
「御目覚めの時間ですよ、『女王様』」
恭しく、扉を開く。
それは、誰が為に開かれるものだろう。
「―――そして私に、栄冠を譲る時です」
何たる愚問。
彼女を置いて、他に無い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます