第百七十八節 散り散りの星を鏡に映せば、強い光が地を照らす

「よいしょっと……えいっ!」


 派手な光がセルリアンを消し飛ばして、石板が地面に落ちる。

 ひょいっとそれを拾い上げて、鏡の中に仕舞い込んだ。


「これで、外で集められる石板は全部かな」


 クオはそう呟いた。


「なら少し休みましょう。守護私たちの助けがあったにせよ、たったの数日でジャパリパークのほぼ全部を周ったんだもの。疲れているに違いないわ」

「……うん」


 そっと肩に手を置いて休憩を提案する。

 静かに肯きつつも、クオの表情には躊躇いの色が見て取れた。


「彼はきっと平気よ。ルティの助けもあるんだから」


 その正体には見当がつく。


 今もキョウシュウで『カシオペア』の危険にソウジュが晒されている中、自分が呑気に休んでいてもいいのかという葛藤だ。


 だがキュウビとしてはよく休んで欲しい。

 クオがどうした所ですぐさまソウジュの状況は変わらない。


 むしろ転機が訪れたその時、疲れて万全の状態で出発できないことの方が重大だ。


 彼の安否に対する強い不安に苛まれているだけで、クオも理性の部分では解っているのだろう。キュウビが再び彼女に休息を促せば、特に反発することもなくそれに従った。


「明日はゴコクに戻って、の輝きを鏡に集めるわよ。スザクが翼を痛めてみんなを集めてくれたから、一人ずつ会いに行く手間が省けたわね」


 黄道十二宮に属する星座の輝きから生まれたフレンズ達。

 力の強さで言えばへびつかい座のアスもそこに属するだろう。

 彼女らの力を借りること、ソウジュも何度か考えたことはあるだろうが、実行に移しはしなかった。


 偏に、その強大な輝きを扱いきれる自信が無かったためだ。


 しかしゴコクで起きた『カシオペア』との戦いにて、ソウジュは自身の元々持っていた輝きを取り戻し、ふたご座の力を十全に扱えるようになった。


 それで本当に問題が解消されたかは分からない。

 だとしても相手が故、できることはしておきたい。


 と考え、キュウビがスザクに頼んでおいたのだ。


「彼女たちの輝きが集まれば、私達がする準備はそれで終わりよ」


 段取りを話し終えた時のスザクの表情を思い出し、キュウビは微笑む。

 あの朴念仁が計画の無謀さに慌てふためく姿は実に愉快だった。


(それでも文句を言いながらやってくれるんだから、約束には真面目な奴ね)


 その反動か、そもそも約束自体をしてくれないのだが。


「まあ、残りはに任せましょう」


 石板集めを完遂し、ゴコクに帰還する前夜。


 近くにいたフレンズの住処に寄って共に寝床を温めながら、その夜を明かしたのだった。




§




「じゃ、始めるか?」


 朝一番に森を発ち、ゴコクの施設へと戻る。

 そこにはスザクとゲンブ、ナトラとシェラに加えて、この旅で出会った頼もしい仲間たちがいた。


 流石に人数が多く中には収まりきらなかったのか、彼女達は正門前の外でクオとキュウビを待っていたようだった。帰還したクオを迎え、星座集めの顛末を聞くと、早速とばかりにナトラがを始めようかと提案した。


 が、少し早い。


「待って、先に確認しておきましょう」

「確認って、何をだよ?」

「あの結界が壊れた後、誰がキョウシュウに入って一緒に戦うか……だ」


 スザクが呟く。

 するとナトラは首を傾げた。


「みんな一緒じゃダメなのか?」

「ちょ、ちょっと、話が違うってっ!?」


 さも当然かのように全員の同行を疑わないナトラに対し、横にいた少女から悲鳴の声が上がった。


 その情けない声を聞いて、隣に立っていた鬣を持つ少女は大声で笑う。


「なんだアルシャト、ビビってんのか?」

「デネボラは強いから怖くないんでしょっ!」

「お前、開き直るなよ…!」


 喧しい二人のやり取りを聞いて、クオは少し前の出来事を思い出す。

 確かに相手と直接対峙することが苦手なアルシャトは、あんな危険な場所に行きたがらないだろう。


 その反面、デネボラはそんなことを気にしない。

 だからこんな風に二人の意見は真っ向からぶつかり合う。

 真反対ともいえる彼女らが縁深いのも、なにか運命の悪戯なのだろうか。


「おほんっ!」


 キュウビがわざとらしく咳き込んだ。

 放っておけば収拾が付かなくなるのは想像に難くないからだ。


「……それぞれ思いはあるでしょう。けどそれはそれとして、全員をキョウシュウに送り込むことは止めた方がいいわ」


 迷いなく彼女はそう言った。


 後ろに控えていたスザクやゲンブが特段の反応を見せずに頷いている辺り、同意見のようだ。若しくは、この場にやって来る前にもう話し合っていたのだろう。


 ゲンブがキュウビの前に出て、補足の説明を行った。


「もしも本当に『女王』の奴が解き放たれたら、それに呼応して各地のセルリアンが暴れ出すやもしれぬ。戦えぬ者だけでなく、力を持つ者も十分な数を此方に残して不測の事態に備えるべきだろうて」


 とても明確な理由だった。

 ナトラはうんうんと首を縦に振って、話を続ける。


「で、誰が行くんだ?」

「まずは、クオとキュウビ。当然この二人は外せない」


 クオは何よりもソウジュを助けたい。

 キュウビも、身を賭して『女王』を封印したヒサビの安否が気になる。


 当然の人選だった。


「ナトラ、貴女は行けるの?」

「当たり前だ、何よりアイツのピンチなら放っておけない」

「ボ、ボクもついていく…!」

「…シェラ」

「だが、お主には辛い場所だぞ」

「それでも、ソウジュ君を助けに行きたい…っ」


 リスクを正当に考えるなら、シェラをこの戦いに同行させるのは明らかに得策でない。『カシオペア』の脅威は当然のこと、配下のセルリアンもどれほどの強さを持ち、どれだけの数がいるのか分からない。


 現在のキョウシュウは他に類を見ない危険地帯だ。

 自衛も儘ならないフレンズを連れて行きたくなどない。


 ―――それが、一般論だ。


 だのにキュウビは安易には否定できなかった。

 クオも同様、シェラの気持ちは屹度痛いほどに分かる。


 コツ、コツ。

 秒針が時を刻むように、爪で机を鳴らして。

 ゆっくりと決心を固めたら、キュウビは口を開いた。


「いいわ、ただし十分に気を付けること。……ナトラ」

「ああ、シェラには傷一つ付けさせない」


 ナトラの力強い返事にキュウビは安堵したように頷いた。

 だがそこでスザクから横槍が入る。


「こうして一人ずつ確認を取るのか? 冗長だ、一気に伝えて文句がある者に発言させればよいだろうに」

「それもそうね」


 集まった少女たちに改めて向き直って、選ばれた者の名前を口にする。


「アス、ルカ、タレス」


 自分の名を呼ばれた三人はぴくりと身体を跳ねさせた。

 その様子を一瞥し、全体の方針を告げる。


「先の四人に加えて、この三人に共に来てもらうつもりよ。残りの子達は念のため、パークの防衛にあたって頂戴」


 そして静まる。

 反応を待つように。


「まあ、わらわはルティの無事も見ないといけぬしな」

「…我の力が必要なら喜んで手を貸そう」

「アタシの毒で、その女王とやらをぶっ倒せばいいんでしょ?」


 三人の反応は肯定的だった。

 この分なら、特に再考も必要なさそうだ。


 逆に本土に残る側に回ったフレンズ達にも、不満などはあまり無いように見える。


 ぽつぽつと、散らばった会話が聞こえてきた。


「ウチらはお留守番みたいやな、エル」

「合理的です。戦況の統制は得意ですから」


 カントーから来たロウエとエル。

 特にエルの方は、パークのシステムを堅牢に保つために残ってもらう必要がある。


「ふぅ、助かったぁ」

「ちぇっ、暴れられねぇかぁ」

「デネボラは血の気が多すぎるよぉ…」


 デネボラは少し不服か。

 どうしても行きたいと強弁することはなかったが。


「タレス、怪我には気を付けてくださいね」

「大丈夫よ、いざとなったらあの子が治してくれるんだから」


 母親のようにタレスを心配するメリ。

 当のタレスは気恥ずかしそうに強がっていた。



 ……各々の反応はこの通り。



 だが最後の仕上げが、まだ終わっていない。


「おねぇちゃん、がんばってきてねっ!」

「ありがとう、レヴァティ」


 レヴァティがクオの手をぎゅっと握る。

 クオもしっかりと握り返して、その小さな手を鏡に触れさせた。


 ―――すると、うお座の輝きが鏡に保存される。


 海を自在に泳ぎ回るかのように、天真爛漫な輝きが透明なガラスの中で渦巻く。


 当初の目的通り、この場にいる十二宮の星々を鏡に映す。

 その際限ない輝かしさがソウジュの助けになることを祈って。


 鏡に光を保存する一連の作業が一段落してクオとレヴァティが離れると、続けざまに少女たちがクオの元へと集まっていった。


「シャトーの分も、よろしくねっ」

「いっぱい味わって来いよ、オレが食えない分もな」

「うん、頑張る」


 やぎ座。

 きっとどんな敵からも逃げ果せるだろう。


 しし座。

 巨大なセルリアンだって丸呑みにしてしまえるだろう。


「こうして力を注ぐのは二回目じゃな」

「アスには何回も助けられちゃったね」

「なに、お互い様じゃ」


 へびつかい座。

 誰も斃れさせないという強い思い。


「大切に使ってください。……嘘です、どんな風にしても構いませんよ」

「アンタらがをどう使うか、めっちゃ楽しみやわ」

「あはは、振り回されちゃうかも」


 てんびん座。

 未来が不確定なら、自分で決めてしまおう。


 おうし座。

 屹度、どんな姿にだってなれるのだから。


「かつて彼に渡したように、貴女にも」

「自分の毒でやられないでね?」

「……使いこなしてみせるよ」


 みずがめ座。

 これも一つの、”なんでもあり”の形。


 さそり座。

 虎視眈々とチャンスを待つ狩人の心。


「あの時に渡した弓。使っているか」

「―――あ」

「ふふ、気にするな。性に合うのが一番だ」


 いて座。

 チャンスが来たならば、決して逃さない。


「っと、アタシらもやっとかないとな」

「……がんばろうね、クオちゃん」

「うん、絶対にソウジュを助けるよ」


 かに座。

 邪魔な壁は全て真っ二つにしてやる。


 おひつじ座。

 宝物はもう見つかった。


「最後に、クオ」


 ふたご座。

 他の何よりも強い、彼との繋がり。


「これでクオたちの方にある星座は、『87』個」

「……そうだね」

「いいわ、限界まで頑張ったんだもの」


 最後に残ったカシオペア座は、あの『女王』の力。


 鏡に保存できなかった十二宮の最後の一つおとめ座も今はソウジュと共にある。

 それをどうするかは向こうでの状況次第だが、今この瞬間の最善は尽くした。


 『ウラニアの鏡』を閉じ、分厚くなった本を抱える。


 星々の輝きはとても暖かくて、心が安らいだ。


「さて、今度こそ待ちましょう」

「そうじゃな、ゆっくりと寝て待つとしよう。吉兆はお主の体調を気にしてなどくれぬぞ?」


 アスはくすくすと笑うと、建物へと戻っていく。

 ソウジュを救いに行ける明日は、いつやって来るだろうか。


 もうすぐ陽が沈む。


 しかし夜こそ、星は輝く。

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