第百七十四節 望んだ。望まなかった。

『ソウジュへ


 冒頭からいきなり本題に入るが、クオからお主が置かれた状況の仔細を聞いた。ルティは知っての通りとてもな子じゃから、きっとお主の助けになってくれることじゃろう。


 わらわやクオも其方に向かいたかったがルティに負担を掛けてしまうようだから、代わりに幾つか役に立ちそうな物を持って行ってもらうことにした。


 こんな事態に巻き込まれて大変な思いをしているのじゃろうが、一つだけお主に頼みたいことがある。其さえ叶えば、わらわたちがルティに頼ることなくお主への助力に向かえるようになるのじゃ。


 勿論早い方がよいが、焦らせる気は毛頭ない。


 十分な準備が出来たら、同封した計画書(そんな大層なものでもないが、言葉の響きが格好いいのでそう呼ぶのじゃ)を読んでその通りにして欲しい。


 ルティに持たせた物の説明も、次の紙に書いておくぞ。

 無事を祈る。


 アス』



 ―――最初の手紙にはそう記してあった。



「まさか、こんな場所でアスに助けられるなんて」


 文面にまで現れた彼女の独特な口調を思い出すと、彼女の声までもが鮮明に頭の中に蘇って来る。得も言われぬ懐かしさと孤立無援ではなくなったことによる安堵が混ざり合って、視界がぼんやりと潤む。


 ルティの大きな身体に背中を預けると、やはりふんわりと生き物の香りがした。人によってはちょっと臭いと感じるかもしれない、ツンとくる『ナマ』の匂い。


 生きながら死んでいるこの広大な空間の中で、その平凡な刺激がどれだけ暖かいものだっただろう。


「……次はどっちにしようか」


 アスお気に入りの”計画書”。

 或いは、贈り物の”目録”。


 結局はどっちも読むことにはなるが、彼はひとまず後者を優先することにした。


 計画書を見てしまったら、それをどうやって実行しようか悩みっぱなしになってしまう気がしたからだ。


「さて…」


 目録を開く。


 少なくとも星座の石板があることは箱の中を見れば分かるが、他にも細々と物が詰め込まれている。


 ソウジュは箇条書きになっているリストを上から順に読んでいった。


『渡すものリスト

 ・星座の石板(なんとなくつよそうなやつだけ)

 ・アスが作ったお札(3枚)

 ・キョウシュウの地図

 ・ジャパリまん(プレーン味)

 ・お水

 ・クオからの手紙(ぜったいよんで!!!)


 アスのお札はへびつかい座の力を込めた、どんな傷でも一瞬で直せる魔法みたいなアイテムだよ。


 もしも危ない目にあったら、遠慮せずに使ってね』



「―――なるほど」



 戦闘に役立つアイテムに、飢えをしのぐための食料も最低限添えられている。石板も使い道が有りそうなものを厳選して送ってきたらしいが、クオがふたご座と『鏡』を駆使してその中身を調べたのだろう。


 ただ、ソウジュの頭に一つの疑問が浮かぶ。


 何故ならば『ウラニアの鏡』を収納に使えば、所持している全ての石板を一挙に送ることが可能だからだ。


 曖昧ながらも記憶を辿る、クオには言っていなかっただろうか。


「まあ、ある分でもちゃんと強いよ」


 選択肢が少ないぶん、何を使うか悩まずに済むともいえる。加えてルティもいるのだから、戦力にはそうそう困らないだろう。


「そしたら先に、クオの手紙を読んじゃおうかな。『ぜったいよんで』って言われちゃったことだし」


 肝心の手紙とやらがどこにあるのか探したところ、箱の底にしっかりとテープで固定されていた。


 ハート型のシールで封がなされた白い封筒からは仄かなピンク色の便箋が姿を見せ、可愛らしい丸みを帯びながらも少し荒れている文字の端々から急いで書いたであろうことが窺える。


「ふふっ…」


 こんな状況に似つかわしくないその手紙の見てくれに、ソウジュは思わず顔を綻ばせてしまった。


 肝心の中身は大まかに、以下のようなことが書いてあった。



 ソウジュの安否をとても心配していること。

 彼がいなくて寝つきがとても悪いこと。

 ごはんが思うように喉を通らないこと。

 不安で事あるごとに涙を流してしまうこと。


 ……それでも、なんとか頑張っていること。


 よく見てみると便箋には目を凝らさないと気付かないような薄い染みがあり、僅かに紙がふやけた痕跡からそれが涙の跡であると推測できる。


 手紙にはそれ以外にも、ソウジュの助けになるかもしれないとクオが外で今もやっていることについて記されていた。


 それは『鏡』に関わる話。


 ソウジュの疑問を解く答えだった。



「―――そっか、んだ」



 今やソウジュやクオは、取り戻したふたご座の力を振るうことであらゆる星座の輝きを十全に発揮することができるようになった。


 しかし、『元手』が無ければ話にならない。


 これまでの旅で星座の石板から生まれた数々のセルリアンとの戦いを経験し、彼らの手元にも相応の戦利品が収まっている。そんな中、これまでは受動的だった彼らとの遭遇をクオの側から願って迎えようというのだ。


 可能であれば『ウラニアの鏡』の全てのページを埋め尽くし、完全な状態で『カシオペア』との戦いに臨むことが出来るように。


 ここで一つ浮かぶ。

 果たしてそのようなことが本当に可能なのか、という疑問が。


「だけど、シェラが手伝ってくれるなら……不可能じゃないかも」


 手紙にもそう書いてあった。


 意図したタイミングで天啓を受けることは出来ないけれど、彼女が心の底から星々との遭遇を願ってくれたなら、きっと運命は応えてくれる筈だ。


 ここでも、縁が繋がっていく。



「……最後は、アスの計画書だね」



 ソウジュを助けようと皆がしたことはこれで理解できた。

 次は彼がすべきことを確かめる時である。


 飾り気のない封筒を開け、折り畳まれた一枚の紙をゆっくりと抜き取る。


 そして神妙な面持ちで、彼は記された文面を読み進めていくのだった。




§




『キョウシュウを包む結界の破壊に係る計画書


 もしかすると仰々しい題名に気圧されたかもしれぬが、言ってしまえばお主が行うべき行動をまとめた指針書きに過ぎぬ。


 仮にここに書かれている内容から逸脱したような状況に陥った時は、お主が最も良いと考える行動を取ればよい。わらわのこの計画書がその判断の助けになることを祈っている。


 そうじゃの、早いうちに結論を書いておこう。


・平原近くの神社に向かい、結界の「核」を破壊する。


 わらわたちの助けをお主の元へ届ける為に、するべきことはこれだけじゃ。


 結界を力尽くで壊すことは非常に困難である故、構造のを突いた解体が必要となるのじゃが、そのとやらが結界の内部に放置されたままと来た。


 なので、結界の中にいるお主が動かなくてはならない。


 キュウビや四神の言に依れば、妖術的な手法が用いられている為、多少の造詣があるお主にも容易に判別できるそうじゃ。


 肝心の「核」を破壊する方法については、結局力任せということになってしまうらしい。乱暴な話じゃのう。


 もしも力が足りず壊せなかった時は神社の中を漁ってみるのが良いじゃろう。


 何かしら、役に立つ品が残されているかもしれん。



 ……ふむ、書くべきことはここまでか。



 ”計画書”だの何だのと名付けた割には、先程書いた手紙の続きのような文体になってしまった。


 神社の場所は同封した地図に記されておる。

 くれぐれも気を付けて事に当たるように。

 

 では、頑張るのじゃぞ~~


 アス』




§




 最後には軽い調子の応援が綴られ、ソウジュの肩の力を抜いた。

 肩肘張って読んでいたのが不思議に思えてしまった。


 だけどそれも悪くない。


 きっと大丈夫。なんとかなる。

 そんな自信が彼の心に湧いてきたから。


「それにルティもいるもんね」

「~~★」


 何が『女王』だ、『カシオペア』だ。

 こっちはふたご座の片割れだし、クオやアスが託してくれた力がある。


 ルティまで付いているのだからみすみす敗れる道理がない。


 そう、信じよう。


(……ルティ)


 だけど、微かに不安なことがある。


 あの『カシオペア』に再び対面した時、ルティは果たしていつもの調子で戦いに臨むことが出来るのだろうか。


 彼女に脅されてキョウシュウに転移する間際、ソウジュの脳裏を過ったあのは当たってしまっていないだろうか。


 可能性は二つに一つ。


 願わくば彼のが、『彼女』と関わりのないことを望んで。


「行こうか」

「★!!」


 神社を目的地に定め、ルティが出したをくぐった。

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