第百六十六節 『再会』を結ぶ、四つ裂きの船

 ヒトも、フレンズも、その身の内にはを秘めている。


 輝きの形は様々だ。


 未来への希望。

 懐かしい過去。

 現在に抱える想い。


 友情や恋慕、好きな食べ物、夢中になれる趣味……それぞれの物語に目を向けて向き合おうとすれば、この世界に存在する具体例は枚挙に暇がない。



 故に、概念について述べるのはここまでにしよう。



 ソウジュ、もとい嘗てのストールにも例に漏れず輝きがあった。


 ふたご座のフレンズとして生を受けた彼は、星座の宝石が内包する光を元々持っていただけではなく、一人のフレンズとして暮らしていくうちに手に入れた、『ストール』としての記憶も持っていた。


 シェラがの彼を拾い。

 ナトラと共に、穏やかな日々を過ごした。


 誰もが信じていた、この日常がずっと続くのだと。



 ―――だが、ある一瞬にその淡い願いは砕け散った。



 ソウジュの脳裏に、今わの際に交わした会話が声となって浮かぶ。



『貴様、何たる真似を……!』

『君のことはよく分からないけど、って僕の勘が告げている…っ!』



 女王と対峙するストール。

 彼の手が掴む先にはアルゴ座の光。


 自らを成す輝きを奪われ、それでも怯むことなく強大な敵に立ち向かい、そして最後には全てを忘れてしまうのだ。


 鉢合わせるように起きた、ストールとの邂逅。


 女王にとっては思わぬ僥倖であり、同時に取り返しのつかない不運でもある。


 他のフレンズと同じように輝きを奪おうと襲い掛かったところに、彼は容赦なく反撃をしてきたのだ。


 不意を突き、ふたご座の輝きを得ることで女王は星座の力を直接操ることのできる権能を手に入れたが、その際に受けたストールの抵抗により文字通りアルゴ座は四散して、ジャパリパークの各地に姿を消してしまった。



『貴様、決して忘れはしないぞ』



 アルゴ座が暴走して、散った後に遺した空間の裂け目。

 そこに吸い込まれていくストールに向かい、女王は呪いを吐いた。



『悪いけど、僕はしまいそうだよ』



 記憶も意識も薄れていく中、ストールは背後から冷たい風を浴びる。それが彼の行先であるホッカイの息吹であること、知る由もましてや意味もない。



 ―――ただ最期に、頭に浮かぶのは。



 自分を宝物と呼んで。

 よく可愛がってくれたシェラ。


 ぶっきらぼうな態度ながら。

 何かと気に掛けてくれたナトラ。


 そんな二人の姿だった。



(きっと、心配させちゃうよね)



 たとえ一言でも声を掛けたい。

 だけど顔を上げれば、見えるのは怨嗟に歪む女王の瞳で。


 これでたぶん終わりかと思うと、少しだけ惜しかった。


 やがて視界は闇に染まり、記憶は終わった。




§




「……女王」


 それは怒りか哀しみか。

 一言では言い表せない感情がソウジュの胸中を渦巻いていた。


 彼女を目にしたのは数度のみ、しかし今は奇妙なほど見知っているように感じる。


 苦虫を噛み潰して、彼は再会を祝した。


、久しぶりだね」

「――ッ!」


 女王は行間を悟り、目を見開く。


「そうか」


 彼女の心にも浮かんだ。

 燃え上がる憤怒と、奇妙な歓喜の念が。


「漸く、思い出したか」


 嘗て自らの目的を完膚なきまでに妨害し、成就に目前まで迫っていた彼女に更なるな旅路を強いた仇敵。


 願わくば二度と出逢いたくなどないだろう。


 だが。

 出逢わなければ。

 その怨みを晴らす縁もなかった。


 而して、歓喜。

 暗い輝きが女王の体躯を満たす。


「成る程、見事な連携だ。ただ数で圧すだけでは御せないのだろう。しかし、それでも私に付けられる傷はこれが限界だ」


 ジュワジュワと傷口が泡立って、全身に付いた攻撃の跡が消えていく。その光景はかつてリウキウで、ソウジュが奴に渾身の一撃を叩き込んだ時と同じだ。


 少なくとも表面上では、全く効果が無いようである。

 余裕な態度を取り戻して、ゆったりとした言葉の運びで女王は言う。


「だから、海に放逐するしかなかっただろう?」

「ソウジュ…」


 クオが不安がる。

 だがソウジュは焦らない。


「二人とも、まだまだいける?」

「クオは大丈夫っ!」

「あたしも平気だ」


 奪われた輝きを女王から取り戻した。


 その結果は単に記憶が戻るだけではない。

 不完全になったふたご座の力が、元通りになることを意味している。


「クオ」

「わかったっ」


 手を繋ぎながら、ふと考える。どうしてクオはエネルギーに溢れているのに、自分は戦うとすぐガス欠になっていたのだろうと。


 その疑問に対する答えの一つが、屹度これなのだ。



星質同調プラズム・シンパサイズVulpeculaこぎつね



 輝きの力が満ち足りているのを感じる。

 今なら自分一人でも、十分にセルリアンと戦えるだろう。


(だけどふたご座の力は、他の星座と力だから)


 こうするのが、一番いい。


「よかろう、ならば此処で決着を」

「勝つのはクオたちだよっ!」


 元気のいいクオが前に出て、女王と一触即発の雰囲気を醸し出す。


 まさに今よりの決戦という空気の中。

 ナトラがソウジュの傍に寄って、こっそり耳打ちをする。


(おい、任務は足止めだったよな?)

(だけれど、手加減できる相手でもないでしょ)

(ま、そりゃそうか)


 準備運動とばかりに伸びをして、ナトラは不敵に笑った。


「…なら、全力でやるしかないな」


 静かに拳を握りしめ、ソウジュも決意を口にする。


「―――あの時の借りも、返させてもらうよ」

「抜かせ、それは私の台詞だ」



 そして、火蓋は切られた。





――


―――




 焔が宙を舞い、風が波を切り裂く。


 女王は戦い方をがらりと変え、少数の精鋭セルリアンを従えて確実な指揮の下、僕たちとの戦いを繰り広げていた。


 からす。

 アンドロメダ。

 ケフェウス。


 女王によってそう呼称された三体のセルリアン。

 彼らこそ、この戦いの要となる存在だった。


「クオ、空の奴をお願い!」

「任せて!」


 並外れた機動力を生かしてクオは空を飛びながら、カラスのセルリアンに斬り掛かって空中と地上の戦場を隔離する。


 その間にも地上では、僕とナトラが二体の敵と対峙する。


「さてソウジュ、どうする?」

「”アンドロメダ”が先、"ケフェウス"は後にしよう」

「了解」


 そうしてナトラはアンドロメダ目掛けて鋏を片手に突進するが、ケフェウスに行手を阻まれる。


「ちっ、そう簡単にはいかないかっ!」


 目標を変更し、ケフェウスを切る。


 が終わっていないため先程のように必殺ではないが、それでも大きな傷を相手に与えることができた。


 ケフェウスは狼狽えて、後ろに下がる。

 すかさずアンドロメダが開いた本を掲げたかと思えば、彼の傷は治癒した。


「厄介だな、やっぱ」

「ナトラ、避けてっ!」

「うおっ…!?」


 遥か後方から飛来する弾丸のような一撃。

 ナトラは辛うじて避けたが、かなり危なかった。


「呑気なものだ、考えている暇があるのか?」

(女王まで隙を見て攻撃してくるなんて、かなり難しいぞ…)


 しかも戦況を俯瞰して、容易に手出しの出来ない位置から指揮と支援を行っているのだから、余計に面倒だ。


 数の暴力を捨てた女王が、まさかこんなに強いとは。


も、そんなところで二人きりで遊ぶんじゃない」

「わわっ!?」


 更にクオに対しても女王は牙を剥いた。

 飛び道具がクオの足に命中し、彼女は下がらざるを得なくなる。


 そしてその隙にカラスが地上へ、僕のいる場所へ。


「ソウジュ、そっち行ったぞ!」

「大丈夫だよ……Chamaeleonカメレオン!」


 勿論、僕だって無策ではない。


 掛け声に合わせて、今の今まで透明になって隠れていたカメレオンが瞬時に姿を現すと、迫り来るカラスを舌でぐるぐる巻きにして敵陣へと放り返す。


 その隙にクオも体勢を立て直して、これで戦況は均衡だ。


「お前、変身しなくてもそんなのが出来るのか…!?」

「ついさっきから、だけどね」


 輝きを取り戻すことによって得た力。

 それは同調を行うことなく、星座の石板から輝きを引き出して具現化する能力。


 しかし逆に考えれば、これこそが元々のふたご座なのだろう。


 僕は女王に輝きを奪われたせいで、サンカイでメリに習った『同調』の力を使わなければ星座の力を引き出せない状態になっていたのだ。


 そして女王はといえば。

 見ての通りに、石板からセルリアンを生み出している。

 あの力こそ、嘗て僕から奪うことで入手した権能なのだろう。


 負けてられない。


 本家本元の使い方を、見せつけてやらなければ。


Hydraみずへびよ、地を毒で満たせ…!」


 みずへび座を召喚し、毒の息を吐かせる。

 緑色の煙がアンドロメダとケフェウスを包み、継続的なダメージを与えた。


「よし、弱った上に視界も不良だ」

「クオの出番だね、くらえっ!」


 霧が明けた頃にクオが突撃し、攻撃でアンドロメダの本を消し飛ばす。

 願わくば、これで回復ができなくなればいいのだが。


 兎にも角にも、こちらも頭数を増やして戦況を支配したい。


(もっと力を上手く使うには……試してみようか)


 鏡を制御する星座。

 星を観る力。


Sextans Uraniaeろくぶんぎ、僕に知恵を貸して」


 それを具現化した瞬間、眩い光が世界を包んだ。


「わわっ!?」

「なんだ、急に光ったぞ!?」

「こ、これは…」


 ほんの短い間に、眩暈がするような量の情報が頭の中を駆け抜ける。

 一見して何の関わりもない点同士が、線を描いて繋がっていく。


 それはナトラの持つ力の根源から始まって。


 ふたご座の輝きが持つ最大の真価。

 ナカベで起きた、多重同調マルチプル・シンパサイズの真実。

 女王が、結界を無視してキョウシュウの外にいる理由。


 アルゴの、使



「―――そういう、ことだったんだ」



 光が収まった後、僕は身に覚えのない石板を握っていた。

 だが僕は直ぐにそれを正体を悟る。


「おい、それ…」

Velaが、来ちゃったみたい」


 無意識のうちに呼び寄せてしまったのだろう。

 なるべくの手に置いておきたかったのだが。


「仕方ない、やってみよう」


 屹度これも、運命というものだから。


「女王」

「…なんだ」

「もう一度、見たいんでしょ?」



 だから見せてやる。



星質共鳴プラズム・レゾナンス―――」



 バラバラになった船を一つに戻して。



「―――Argoアルゴ



 其の旅の終わりを。

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