第百四十一節 魚に連れられ南国へ

「あっ、見えてきたよっ!」

「ん…」


 レヴァティとの突然の出会いを迎え、大慌てで出発の準備を済ませた後。

 急ごしらえで作り上げたボロ舟に乗って、ずっと隣を泳いでいるレヴァティの先導を受けながら海の上を進むこと、厚い雲に覆われた太陽が天辺に昇りきるまで。


 少し前から海霧の中で仄かに姿を匂わせていた南国の島が、ようやくハッキリとした形で見えるようになった。

 そして、ゴールが見えて気が緩んだせいかな、少し欠伸が出てくる。


 舟はキュウビの妖術で動いているから疲れは無いけど、航海の間じゅう座りっぱなしだから、正直暇だったんだよね。


 でも、寝ておけば良かったかもしれない。

 一旦リウキウの土を踏んだら、休む余裕も無くなっちゃうもんね。

 ちょっと失敗しちゃったかなぁ。


「安心なさい、すぐ戦うようなことにはならないわ」

「で、でも…」

「そう焦らないの。まだ、リウキウの何処かも定かじゃないんだから」


 …言われてみれば、確かにそうかも。


 ソウジュがこの島のどの場所に捕まっているのか。

 詳しくレヴァティの話を聞けば、すぐに判ったりしないかな。


「おぉ~♪」


 いつの間に船の上に。

 全身で風を浴びて、悠長に背伸びをしている。


(……向こうに着いてからでいいや)


 立場が違うから当たり前だけど、こうも隣でのびのびと振舞われるとこっちの気も削がれてしまう。

 だから、クオも今はのんびりしよう。


「リウキウ限定のジャパリまんもあるのよ」

「食べてみたいな。ソウジュと一緒に」

「どうかしら。独特な味だから口に合うといいわね」

「……じゃあ、口直しはクオが作るよ」


 ソウジュもきっと、クオのご飯を恋しく思ってるハズだもん。

 腕によりをかけて作ってあげなきゃ。


「気が早いわよ。まだ苦手な味と決まった訳でもないんだから」


 ああ、そっか。


「ともあれ、先に上陸ね」

「風があったかい…」

「…今更?」




§




「…ここまでだね」


 桟橋で舟を降りると、レヴァティがそう言った。


「あれ、もうお別れなの?」

「うんっ、の出番はこれでおしまい」


 サラっと言うけど、それは困る。


 何故なら、ソウジュの居場所を彼女しか知らないから。

 もちろん自力で探すことも出来るけど、目の前にある近道をみすみす逃すような真似は誰もしないと思う。


 だから、呼び止めようと思ったんだけど。


 レヴァティが一言。


 訳の分からない言葉を口にする。



「これからは、次の私に案内してもらってね」

「―――え?」



 そして、その次の瞬間。


 桟橋の下から浮かんで、ブクブクと弾ける泡。


「…ぷはぁっ!」


 身長を優に越す高さの水しぶきが躍り立つ。

 そして水の中から姿を見せたのは、レヴァティだった。


 はて、意味不明な光景。


 混乱する意識に畳み掛けるかのように間髪入れず、最初から居た方のレヴァティが、新しいレヴァティを指差して当たり前の様に会話を始めた。


「紹介するね。この子は普段からここ、リウキウで暮らしてるの。だから、の中でも一番、この辺りのことに詳しいんじゃないかなぁ~……って、思うよ」


「…そ、そっか」


 頭の中で回り続けるハテナ。

 瓜二つを通り越して全く同じ顔が並ぶ景色に、もう眩暈がしてしまう。


 わけわかんない。

 こんなの、もう悪夢だよ…。

 だけど隣に立つキュウビは、冷静にこの状況を捉えていた。


「そう。これがレヴァティの個性だったのね」

「つまり、どういうこと…?」

「彼女は沢山いるのよ。

 元から『そういうフレンズ』ってこと」


 受け入れるしかないのかな。

 個性、で片付けられる気がしないんだけど。


「先にご飯を食べましょうか。

 レヴァティ、この辺で良い場所を知らない?」

「まかせて、何でも知ってるからっ!」


 でも、いつまでも驚いてはいられないよね。


「じゃあ、私はこの辺で~」

「ええ、またね」

「ばいばい、私~!」


 自分と別れの言葉を交わすレヴァティ。

 さっきまで二人いたレヴァティは減って、一人になった。

 これで絵面は普通になるから、なんとか平気にはなりそう。


「はぁ…」

「切り替えなさい」

「う、うん」


 まだリウキウに来て何もしてないのに、どっと疲れたような気がした。




§




「…そろそろ、まじめなお話?」

「ええ。夜も更けてきそうだし、頃合いね」


 時刻は黄昏、酉の終。

 南国の景色を指先程度に楽しんだクオたちは、間もなくやって来る夜闇に紛れてソウジュを助け出す為の作戦を、ここで再確認することにした。


 まずは、居場所から。


「えっと、ソウジュお兄ちゃんがいる建物だよね。

 安心して、バッチリ分かるから」


 案内はレヴァティに任せている。

 向こうに気取られることを警戒して、下見は全くしていない。

 それでも十分なように、ちゃんと準備はしてあるよ。


「じゃあ、すぐ行く?」

「…行こう」

「なら出発ね」


 一秒でも早く、迎えに行かなきゃ。


「でも、その前に確認よ」


 突然、キュウビの纏う雰囲気が引き締まる。

 その気に当てられて、クオもごくりと息を吞み込んだ。



「この先は、激しい戦いが予見されるわ」


 うん、知ってる。



「彼を取り戻すために、どんな代償を払うことになるか分からない」


 そんなの、ソウジュに比べたら小さいものばっかりだよ。



「別に今更、覚悟を問うようなことはしない。貴女にその意思があることは、これまで共にした旅路で知っているから」


 …うん。



「けど敢えて、言っておくわね」

「……?」

「望む結末は、自分の手で成し遂げなさい」



 ―――もちろん。



「私は、あの小娘がセルリアンを操れるようになった原因を探ってみることにするわ。例え星座の力が由来だとしても、出所を突き止めることは必要になるし、どうにもきな臭い予感がするの」


 キュウビはキュウビで、やるべきことがあるんだね。


「貴女も、くれぐれも気を付けなさいね」


 だったらクオも、自分の役目を全うしないと。


「さ、待たせたわね」

「ううん、平気だよっ」


 レヴァティはキュウビにそう言って、クオの方を見た。


「クオお姉ちゃん」


 もしかして、合図が欲しいの?


「行くよ、ソウジュを助けに」

「…うんっ!」



 風が温くて、雲も厚くて、こんなんじゃ気が削がれちゃうから。



 ――さあ。


 こんな夜は、早く終わらせちゃおう。

 

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