第百三十七節 狐を待ち、水面での密会
ジャパリまんの切れ端を池に投げて、出てきた少女と顔を合わせて。
適当に挨拶を交わしながら、他愛のない話題から本題に入ってゆく。
「…で、『お兄ちゃん』って何なの?」
「だ、ダメかな…?」
「駄目というより、戸惑ってるよ」
こうして会話を交わす、明くる日。
僕は日を改めて、池の中の少女と向き合っている。
初めて出掛ける庭の散策に時間を掛けすぎて、あのままではスピカが出てくる恐れがあった。だから翌日の約束だけをして、昨日は一先ず別れることにしたのだ。
逆に、今日はゆったりと出来そうで良かった。
彼女には色々と聞きたいことがあるからね。
「お、お兄ちゃん…!」
「……もういいよ、それで」
レヴァティの説得にどうにも骨が折れそうな気配を感じて、僕は渋々『お兄ちゃん』という呼び名を許すことにする。
クオが聞いたら怒りそうだ。
けどまあ、こんな話に時間を掛けても仕方ないからさ。
今日もスピカが姿を見せない内に、気になる事実は根こそぎ聞き出しておきたい。
まずは、この池の秘密を探ろう。
「レヴァティは、どうやってここに来たの?」
「あのねっ、泳いできたよ!」
ふむ、予想通り。
底抜けに子供らしい、無邪気な返答がやって来た。
レヴァティへの質問は言い回しを工夫して、自然と聞きたい答えを言ってくれるように誘導しないといけないようだ。
まあ、とりあえず今回は大丈夫。
「そっか。どんな場所を泳いだの?」
「えっとね、くらいトンネルだよ」
「そのトンネルって、入り口はどこにあるのかな?」
「海のしたのほう!」
一旦まとめよう。
この池には、外の海に繋がる抜け道がある。
レヴァティはそれを通ってここに来たようだ。
「トンネルは、偶然見つけたのかな」
「うん、たまたまっ!」
これは然程重要な話ではないけど、念には念を入れて確かめておくことにする。レヴァティが抜け道を完全に偶然見つけたのなら、誰かが誘導して此処に連れて来たということも多分なさそうだ。
巧妙な誘導に引っ掛かっていたのなら、僕には知りようがないけどね。
「もしかして、そういうのを見つけるのが得意なのかな」
「そうだよ、海の物探しなら私たちに任せてよっ!」
……まあ、この出逢いは唯の幸運だと思っておこう。
「だったら、沈んだ船とかも見つけたことありそうだね」
「カンタンだよっ、だって今も3つくらい見つけてるもんっ!」
「あはは、そんな訳ないじゃん」
「ウソじゃないよ~!」
面白いことを言う。
レヴァティはここに居るのに、どうやって沈没船を見つけられるというのだろう。
まあ、幼い子供の言うことだからね。
「はいはい、レヴァティはすごいね」
「むぅ、お兄ちゃん信じてない…」
頬を膨らませるレヴァティの頭を撫でてあげながら、話が脱線しかかっていることに気が付いた。
これではいけない。
次は、レヴァティ自身の話を聞いてみることにしよう。
「レヴァティは、何のフレンズなのかな」
「うーんと、おさかな?」
「魚のフレンズか、初耳だね…」
レヴァティの言葉に、どれくらいの信憑性があるのかは分からない。例えば他のフレンズだって、自らの出自をどれ程知っていることか。勿論それでも、幾許かは彼女らの認識が役に立つことだろう。
閑話休題。
まず御託は置いといて思案してみよう。
レヴァティが『魚』のフレンズ足り得るのかどうかを。
前例という先入観を抜きにして、なるべく平坦に。
(服装…は、ただ派手なだけか…)
露出度の高い水着の上に、半透明のヴェールを被っただけの煽情的な恰好。これを年端もいかない少女がしているのだから世界の広さを思い知らされる。ある種、ジャパリパークならではの光景なのかもしれない。
ともあれ、恰好に魚の意匠はあまり見られない。
水着の柄に、よく見ると鱗のような模様があるくらいだろうか。
ただそれも、『魚』を探すべくして目に入ったものだ。これを以て根拠とするには些か弱いと言わざるを得ない。
(となると他には…生態とかか?)
その視点で考えるなら一つ、納得できる要素があったね。
レヴァティは海底に潜って、水の中のトンネルを通って庭の池までやって来た。詳細な距離は測ってみるまで不明だけど、きっと地上の生物では息の続かない長さに間違いない。
だけど、もしも魚のフレンズなら、問題なんてない筈だ。
水中でも平気な動物は他にもたくさん居るが、じゃあレヴァティがそうなのかと言われれば別に、そんな特徴は見られない。
そもそもの話、レヴァティは最初から『魚』だと言っている。
寧ろ疑うことにこそ、十分な根拠が必要というもの。
(……結論、出ちゃったかも)
レヴァティは魚のフレンズ。
今のところはそれで良い……よね。
「ソウジュお兄ちゃん、何か考えごと?」
「気にしないで、もう片付いたから」
「おぉ~…」
さて、空はお日様に雲掛かって薄暗模様。
出てきた時の快晴を思い出すと、それなりの時間は経ったらしい。
スピカが様子を見に来るかもしれない。
潮時といった頃合いだろう。
「そろそろ、部屋に戻る時間だ」
「えっ、帰っちゃうの?」
シュンと落ち込んで、気分ごと水に沈んでしまった頭を撫でてあげながら、僕はレヴァティを優しく慰める。
「ごめん、またね」
「うん…」
「次も来たら、ジャパリまんで合図するからさ」
こういう時は、次回の約束をするのが一番だ。
「またね、お兄ちゃんっ!」
思惑通り、一瞬で元気を取り戻したレヴァティはとても元気よく、高い水しぶきを上げながら姿を消した。
僕は静かになった水面を一瞥し、庭を後にする。
§
薄暗い廊下を歩きながら、考える。
もしも、今からこの場所を抜け出そうとしたならば。
僕はそれを成し遂げることが出来るだろうか。
十中八九、不可能だろう。
様々な理由から考えても、それは明白だ。
自由よりも先に取り戻さなくてはならないものが沢山ある。
それはキュウビに作って貰った
今は僕の手元に無いそれらを、如何にか再び手中に収めなくてはならない。
(とっても、難しい…)
しかし幸いなことに、手段は残されている。
その最たるものが妖術、言霊。
形のない知識や記憶は奪えないのだから、これは最大の武器である。
特に後者は、使い時さえ間違えなければ良い切り札だ。
更に実は、他にも残っているものがある。
あの夜、訳有ってスピカに奪われずに済んだ二枚の石板だ。
うしかい座とりょうけん座。
戦力になるかは兎も角、選択肢があるだけ心強い。
(…でも、今のスピカは強いからな)
セルリアンを従える能力。
言葉で相手を従わせる能力。
不意を突いての行動とはいえ僕を完全に無力化して、こうして誘拐できているのだ、対策なしでは勝ち目は薄い。
その具体案もまだ思いつかないから、行動を起こすのは危険な気がする。
今のところは、いざという時の為の準備に徹しよう。
時機も丁度、良い巡り合わせがあったばかりだからね。
(レヴァティならきっと、この状況に風穴を開けられる筈だ…!)
スピカも知らないイレギュラー。
もしも彼女を利用してクオを呼び寄せることが出来たら。
それを実現した日こそ、運命の日となることだろう。
(クオは、何処にいるのかな…?)
足を止めて、窓から外を見る。
植物の鮮やかな庭の向こう、閉塞感に塗れた真っ白な壁。
いつかそれを、海の色に染め上げる時が来ると信じて。
青天井より深い藍色を夢見て。
きっと自由なんかよりもずっとずっと心地良い。
望んだ形に縛られることを願って。
だけど。
まだその時じゃないから。
あの檻まで囚われに戻るのだ。
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