第百二十一節 尾っぽが欲しくば狸を探せ
「うふふ~♪」
キッチンの方から、コモモちゃんの楽しそうな鼻歌が響く。
がちゃがちゃとフライパンを搔き回す音と、野菜の水分が蒸発する音。煙と一緒にリビングに紛れ込んだ美味しい匂いを嗅いで、クオは考え事をしながらクッションに頭を乗せて寝転がっていた。
いま考えるべきことは1つ。
キュウビの尋ね人を、如何に見つけるかということ。
その為に、何をすべきなんだろう。
(ねえねえ、探すフレンズって結局誰なの?)
それを聞かなきゃ始まらない。
ひとたび完全に見失ってしまうと、ソウジュの場所ですら探し出すのは難しい。ましてや名前も知らないフレンズを見つけるなんて、砂浜からお目当ての砂粒を見つけようとするようなもの。
苦行だよ、やりたいと思う?
クオだったら辺り一帯を吹き飛ばしちゃうね。
……そうするには力が足りないけど。
『安心なさい、必要なことは教えるわ』
(うん、当たり前)
そうしてキュウビはとても簡単に、尋ね人の特徴を口にした。
『アイツは狸よ。それも、妖力を持った狸』
とてもシンプルな情報。
でも、これだけで唯一無二だね。
妖力を使えるフレンズなんて本当に一握りだから、単にそれだけでも十分絞れるし、そのうえ『狸』だなんて条件がついたら特定できない訳がない。
ちょっと心配なのは、あまりに珍しすぎて、逆に情報が入らないかもしれないということ。キュウビが色んな便利な妖術を知ってるみたいだから、八方塞がりになったらそれを頼っちゃおっかな。
だけど妖術は、クオが覚えて使わなきゃいけない。
苦手な妖術を使わなくていいように、狸探しは頑張ろう。
(その子を見つけて、協力してもらえれば…)
『少なくとも、こぎつね座の問題は解決するわね』
キュウビは良く分かって、敢えて1つの単語を強調した。
”こぎつね座”。
それはクオの中にある星座の輝きの片割れ。
この星座の問題を無事に解決したら、ずっと昔から慣れ親しんだ狐耳と尻尾、そして金色の髪の毛を取り戻すことが出来て、強くなるための足掛かりも一緒に得ることが出来る。
……という算段になっている。
それだけ。
(……そうなんだよね。やるべきことは1つじゃない)
力が手に入る訳じゃない。
ソウジュを取り戻す訳じゃない。
単なる1歩にしかすぎない。
クオはもっと、様々なモノに手を伸ばさなきゃ。
『アレの扱い方、今から練習しておくのはどう? それなりの時間、彼を隣で見てきたんだから、真っ白な状態から始めるよりは楽だと思うわよ』
キュウビの提案も尤もだよね。
普通に考えれば、そうするのがきっと一番楽。
なんだけど、さ。
多分、それじゃあダメなんだと思う。ただの真似事で終わらせちゃったら、クオはそれ以上に強くなれない。限界を他の場所に作ってしまいたくないから、単なるコピーにはしたくない。
その思いをキュウビに伝えるための言葉を、ゆっくりと頭の中で組み立てていく。
(…クオだけのやり方を、探してみたいんだ)
『あら、如何して?』
(だってほら……そのままのやり方だと、一緒に戦う時にソウジュの邪魔になっちゃうかもしれないし)
実を言うと、それが理由の半分。
戦う時にソウジュの枷になるのはイヤだから。
『……別に便利になるだけだと思うけど。
まあ貴女がそうしたいのなら止めないわ』
うん、とっても助かる。
『勿論そう言うからには、アイデアはあるんでしょうね?』
(うん! さっき思い付いたけど、うまく行くと思う)
そう心の中で呟いて、クオは夜空に目を向けた。
(…ほら、あれ)
『…あぁ、それね』
こういうとき、心の声を読み合えると便利だよね。
まあ、逆に厄介事を巻き起こしちゃうパターンの方が多いけど。
それはともかく、やりたいことの確認も出来た。
「さぁ、出来上がりましたわ~♪」
だから一旦、少しだけ。
ご飯を食べて気を休めよう。
鼻をくすぐる美味しそうな匂いに、クオはじゅるりと生唾を呑み込んだ。
§
「ごちそうさまっ!」
「お粗末様です♪」
あぁ、美味しかった。
自分以外が作るご飯も、たまには悪くないかもね。
また今度、ソウジュにおねだりしてみよっかな。
真面目なソウジュのことだから、作るとなればきっと本気だ。しかも割と容赦のない性格だし、常識も倫理も関係なくあの手この手を全て尽くして、何が何でも美味しいご飯に仕上げてくれるに違いない。
クオはそんなソウジュを見るのが本当に楽しみなの。
だから、早く会いたいなぁ……。
「さあクオさん、明日のお話をしませんこと?」
クオが妄想に耽っていると、コモモちゃんの現実的な言葉が耳に突き刺さった。棚の上にある古い目覚まし時計の針が0時を回って、キコキコと奇妙な音でまた1日が終わったことを教えてくれる。
錆びた嘴から出てきたような音にギョッとするけど、慣れているコモモちゃんは気にも掛けずに質問を投げかけてきた。
「クオさんは、何を探しているのですか?」
「妖怪狸のフレンズだよ」
あの時計のことは、聞いても時間の無駄だよね。
クオが仕方なく答えると、今度はコモモちゃんの目が驚きに見開かれるのだった。
「それはそれは……面白い方を探していますね…」
まあ、そりゃそっか。
だってクオも、キュウビに事前に聞いてビックリしたもん。それなのに多少の驚きで済ませちゃうなんて、コモモちゃんは頭が柔軟なんだね。
あーあ。
羨ましいや。
「その方は、アンインにいるのでしょうか?」
「うん、そう聞いた」
受け売りの話を流しつつ、ちょっと不安になってキュウビに確認。
(…だよね?)
『ええ、そうよ』
キュウビ曰く、『間違いない』とのこと。
その狸のフレンズは長い流浪の末に辿り着いた自分の住処をとても気に入っていて、キュウビが知っている限りでは、特別な事情がない限り、丸一日以上その家を留守にしたことは無いみたい。
お陰で過去には、遠くに連れ出したい時にその持ち前の頑固さに相当苦労させられたみたいだけど、今回ばかりは助かるよね。
―――件の記憶の出来事から、果たしてどれだけの時間が経ったのか。
それは分からないけど、妖怪のフレンズなら相当の時間を生きるだろうし、しかも今回は居場所を移している可能性が特段に低いときた。
……あれ、思ったより楽勝?
というかちょっと待って、キュウビはそんなに知ってたの!?
(じゃあさ、その住処に行けばいいじゃん)
『場所を覚えていたら、迷わずに直行してたわ』
むう、そう上手くはいかないか。
やっぱり思った通り、ターゲットの情報は集めないといけないみたい。
「妖怪さんを探す理由……ちょっと気になってしまいます」
「別に、耳と尻尾を取り戻すためだよ」
「でしたら、狐の妖怪さんを探した方がいいのでは?」
それ、いるんだよ。
クオの中に。
言えないけど。
「……」
「あらら、言っちゃいけないことでした?」
ううん、気にしないで。
コモモちゃんの考えはよく分かるよ。
とっても残念だよね。
狐の妖怪のフレンズさんが、クオを助けてくれたら良かったのにね。
あーあ、助けてくれたらなぁ。
『―――貴女、後で覚えておくことね』
「…お、おほんっ!」
なんとな~く、身の危険を感じちゃったクオは、慌てて咳払いをして邪念を心から取り除いた。
そうそう、ない物ねだりをしても仕方ない。
出来ることをやって、確実に前進していくのが大事なんだよね。
「とにかく、狸さんな理由があるんだよ」
「でしたら深くは聞きませんわ」
そうして危ない話はなあなあで済ませて、次は具体的な作戦案。
今回は、2人で分担してフレンズ探しに取り掛かることにした。
クオは主に足で動いてフレンズの姿を探す。
コモモちゃんは、聞き込みをして情報を探す。
最初の方はクオも一緒に、コモモちゃんと聞き込みをして回って、大まかな居場所が絞り込めて来たら、クオが夜のアンインを駆けずり回って肝心の妖怪狸を探しに向かう。
そして見つけたら、なんやかんやして助けてもらう。
―――うん、完璧だね。
「では、そんな感じで頑張りましょう!」
「おー!」
そんなこんなで、明日からの活動方針がサクッと決定する。
「…ところで、デザートはいかがですか?」
「あるの? 食べるっ!」
「うふふ、少しだけ待っていてくださいね」
「やったぁ!」
コモモちゃんの作ってくれた杏仁豆腐は、とってもおいしかった。
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