柒の章 獅子身中より逃げよ山羊
第百二十節 狐と歩く一人旅
アンインちほー。
簡潔に表現するなら、森。
その面積のほとんどが森林に覆われていて、辺り一面の真緑を見下ろした写真は、パークの中でも非常に映える景色として、「もののついでに」と去り際にエルから渡されたパンフレットにも載っている。
そしてアンインちほーは、ホートクちほーから連なる大きな島の端っこにある。
もっと先に進むと、リウキウちほー、ゴコクちほー、キョウシュウちほーと、まだまだ多くの場所があるけど、残念ながら地続きになってはいない。それぞれ、海を渡って行く必要がある。
話に聞く分だと……例えばリウキウちほーとか、南国のバカンスを楽しめそうで気になってるんだよね。
ソウジュと一緒に、遊びに行きたいな。
もちろん、他のちほーにも。
『まあ、多くても残り2つね』
「ええっと、やっぱりキョウシュウは無理なの?」
『……問題が解決すれば、きっと行けるようになるわ』
昔に噂に聞いた通りに、キョウシュウは立ち入り禁止になっているみたい。キュウビはそのうち解かれると言っているけど、果たして本当なのかな。
けっこう怪しい。
『流石にこれ以上長く働かせ続けてると、彼女たちに文句を言われちゃいそうだし』
「……んー?」
『何でもないわ、忘れなさい』
だってほら、明らかに何かを知ってるもん。
フレンズを立ち位置で分けるなら、キュウビキツネは”噂を流す側”の存在。そうやって明るみに出来ない真実を隠している間に、コソコソと暗躍して問題を解決するタイプだ。
どうにかこうにか、キュウビの心の声を呼んで事実を探ろうとしてみたけど、ガードが堅くて無理だった。
今のところは、深入りしない方が吉。
心の中のダチョウがそう言っている。
あはは、ホッカイにいるあの子が懐かしいね。
「それで、あなたが会いたいフレンズはどこ?」
そこそこ森の深くまで来て、行くべき道をキュウビに尋ねた。
「何日も掛けてここまで来たんだから、空振りなんて無しだよ?」
『心配する必要は無いわ。アイツは頑固で、梃子でもここから離れようとはしないでしょうから』
……はいはい、信じるよ。
というか、今更”間違ってた”なんて言われても困っちゃう。
クオたちはサンカイちほーを素通りしてやって来た。
それには、ソウジュがその辺りには居なさそうという感覚があったことと、アンインに目的の人物がいたことがあるけど、後者の理由の方が強い。
ソウジュの居る方角が分かる、クオの直感。
だけど、絶対が約束された訳じゃない。
狐耳と尻尾が消えたように、何かが原因で狂ってしまうことも考えられる。
―――そこで、直感を抜きにしてフラットに考えてみた。
すると砂漠は平坦で遮蔽が少なくて、過ごしやすい場所もそう多くない反面、サンカイちほー自体が広いため、身を潜められる場所は決して少なくない、かなり危険と言える場所。
そこを完全にスルーしちゃったんだから、余程キュウビの解決策に信頼を寄せてるって分かるはず。
だから、目的は確実に達成しなきゃね。
『焦らずに探しましょう。身を隠している相手ではないわ』
「色んな子と知り合えば、その子に会えるかもしれないね」
みんなと交流を深めるのは苦手じゃない。
これまで沢山やってきたことだもん。
……でも、ちょっと思うのは。
苦手じゃないだけで、好きではなくなっちゃったなって。
「えへへ、ソウジュのせいだぁ…♥」
ソウジュも全くひどいや。
クオをこんな風にしておいて、責任も取らずにいなくなっちゃうなんて。
”連れ去られた”って分かってても、なんだかなぁ。
「あーあ、ソウジュ…」
嘆きの吐息がはらりと漏れる。
恋しく思うにも前を向きたくて。
誰かを恨むにも不完全燃焼で。
八方塞がりになった気持ちが、箱の中でドンドンと壁を叩いていた。
『感傷に浸るのもそこまでにしておきなさい。誰か来たわよ』
「……えっ?」
だけどキュウビに声を掛けられて、クオは突然現実に戻って来た。キョロキョロと辺りを見回してみて、近づいてくる誰かの所在を確かめようとする。万が一、厄介なことになるかもしれないから。
段々と近づいてくる足音は、ガサゴソと葉音を伴いながら。
それはクオの真横で響いた。
ビクンと跳ねて、目を向けてみる。
「…あら?」
「あっ、キミは…!」
「うふふ、お久しぶりですね」
するとそこにいたのは、記憶に懐かしいフレンズだった。
「サンカイ以来、でしょうか」
「ここでまた会うなんてね…コモモちゃん」
驚いたクオの呟きに、コモモちゃんは可憐な微笑みを返すのだった。
§
全く予期しなかった再開の後、タイミングも良かったしクオは休憩を取り始めて、コモモちゃんと様々なことを喋った。
それは今までの旅の想い出だったり、すっかり変わってしまったクオの外見のことだったり、この先の予定だったり。
特に外見についての話はチラッと。
思えばコモモちゃん、よく一目でクオだって分かったよね。
そう言うと、彼女は笑った。
「分かりますよ、雰囲気があの時のままでしたから」
「ふーん、そういうもん?」
自分じゃ分かんないこともあるんだなー、と。
そうして話していく内に、ソウジュが一緒に居ないことを指摘されて、ナカベちほーでの事の顛末についても語ることになる。
一通り聞き終えて、コモモちゃんは静かに頷いた。
「……そうですか、そんなことが」
『いいの、話しちゃって?』
(この子は大丈夫な気がする、なんとなく)
何故かは知らないけど、コモモちゃんにはシンパシーすら感じる。
ソウジュに対して気は無さそうだし、良いお友達になれると思う。
「それで、アンインには何を?」
「もちろん探してるんだよ……ええと、色々と」
「なるほど。一直線に向かう訳ではありませんのね」
「…コモモちゃんは?」
「強いて言うなら、里帰りです。元々、私はここに住んでいましたので」
あぁそっか。
サンカイ出身ではなかったっけ。
「タレスさんの有難い協力で、極上の毒の研究が一段落ついたこともあって、しばらくはこの住み慣れた環境で研究を進めるつもりですわ。古い友人とまた会うことも、同じように楽しみですし」
口に手を当てて、クスリと清楚に笑う。
「うふふ、それにお薬の治験も出来ますし…♪」
クオには若干、その微笑みが邪悪にも見えたけど、まあ別に関係ないか。余計な道草を食う様な余裕がないから、どの道コモモちゃんとも別れるし。
でも出来ることなら、アンインちほーに詳しい誰かの道案内が欲しい。
うーん、何処で捕まえてこようかな……。
「良ければ、私の家に来ませんこと?」
「…え、いいの?」
「もちろんですわ!」
住処でお世話になれるのは嬉しいな。
野宿するよりずっと快適だし、人探しの足掛かりにもなる。
例えばコモモちゃんの知り合いがお家を訪ねてくれば、そこから思わぬ進展があるかもしれないもんね。
ふふふ、こりゃいいや。
「実を言うと……あなたへのお礼が足りなかったのではないかと、時々後悔していたのです。完成したばかりのお薬を渡すだけでは、”実験体扱い”と謗りを受けても仕方がありませんから」
コモモちゃんが何か難しいことを言ってるけど知らない。
クオにいいことしてくれるなら、別にどうでもいい。
『あまりにも単純ね』
(これでいいもん)
だって余計な考え事を単純にした分だけ、ソウジュのことを沢山考えられるようになるんだから。
「ですから改めて、おもてなしをさせてください」
また何か言ってるから、クオは適当に頷いた。
「今度のお薬は、ちゃんと効能を確認済みのものをお渡しします」
(それでも、薬はくれるんだ…)
役に立つならどっちでもいいけどね。
あの元気になれるお薬も頭がふわふわして楽しかったし。
「それに私……物探しでも人探しでも、力になれると思いますわよ」
えへへ、頼りにさせてもらうよー。
「では、ついて来てください」
そんなこんなで話は終わって、クオたち2人は歩き始めた。
案外風通しが悪い草木の雑踏。
道の途中、キュウビが頭の中で話し掛けてくる。
『貴女、中々良い縁を結んでいたのね』
(あの時は、別にそういうつもりじゃなかったけど)
『殆どの縁はそんなものよ。多くは偶然の巡り合わせで、望んで手に入ることは多くない』
……それは、その通りかも。
『だから、逃さないことが大事なの』
(なにそれ、当て付け?)
『違うわ、これからの為に大事なことよ』
まあ確かに、一度ソウジュを取り戻せばそれで終わりじゃない。その後にも何度だって、危ない場面が襲ってくる。
だったらまあ、聞いておいて損はないかも。
『それに』
そしてびっくり。
キュウビは急に沈んだ声を出した。
『私に、私なんかに……そんな当て付けを言う資格はないの』
深い寂寥。
悔恨の念。
とても声が痛々しい。
(……それって)
『続きはまた今度。今は彼女についていきましょ』
明らかに話を逸らそうとするキュウビ。
クオの胸中に沸いた好奇心は、話の続きを尋ねようとした。
「さあ、そろそろ着きますわよ~♪」
でも、コモモちゃんの声が間もなくの到着を知らせたから、クオは詳しく問い質すことを諦めたのだった。
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