第百十九節 耳も尻尾も無くなった!
~前回のあらすじ~
・キュウビ、現れた。
・狐、ないなった。
―――――――――
絶対に自分な筈のない、されど自分によく似た黒髪の少女を映す鏡。こちらを見つめる黒い瞳に視線を釘付けにされたまま、クオはこれ以上なく錯乱した叫び声を上げていた。
「なんで、なんでなんでなんでっ!?」
ゆらりくらりと背後に立って、小さな手が肩を撫でる。
「まーまー、まずは落ち着きなよ」
「おっ、落ち着けるわけないじゃんっ!?」
ジャイアントペンギンの手を強く振り払い、クオは漸く鏡から目を逸らすことができた。収まりようのない鼓動を刻む胸を押さえて、ドギマギと口は動くけど、パクパクとまるで金魚のよう。
「それでも、だよ」
冷静にこっちを見据えて、優しく宥めようとしてくるジャイアントペンギンに、もう言い返せる言葉はなかった。
「ごめんね、不用意なこと言っちゃって」
「ううん、大丈夫…」
「そんなわけない。伝わってるよ、キミの辛い心境が」
クオは黙って聞いていた。
彼女の言葉に中身が有ったかは、わからない。
それを判断できる程の余裕が、その時のクオには備わっていなかった。
「上がって良いかな?」
「……うん」
扉を開けた直後の態度が嘘のよう。とても落ち着いた様子で部屋に入っていくジャイアントペンギンの小さな背中は、それでもどっしりと構えていて安心感をクオに与えてくれた。
ぺたぺた、未練がましく自分の頭を触る。
やっぱり狐耳は、跡形もなく消え去っていた。
『―――どういう理屈なのかしら』
心の声を聞く限り、キュウビにも原因が分からないみたい。
『悪いわね。こういうのは専門外なの』
「いいよ、気にしないで」
「ん、何か言った?」
「…何でもない」
そうだった。クオ以外はキュウビの存在を知らないもんね。不思議に思われることがないように、話し掛けるときは声に出さないで、心の声でやり取りをするようにしないと。
けど困ったなあ。キュウビでも分かんないってなると、誰と答えを見つければ良いんだろう?
……エルとか?
それも悪くない考えだとは思うけど、カントーまで戻ってる暇はきっとない。スピカちゃんが痺れを切らして妙なことを始める前に、クオはいっぱい強くなってソウジュを取り戻さないといけないんだから。
『そうね。貴女の身体のことは勿論とても重要だけど、今は他の大事なことを捨ててまで解決する程の価値を見出せない。まあそれも、時間が進めば状況は変わるかもしれないわね』
キュウビの冷静な分析を聞いて、クオの気持ちも鎮まってきた。
焦ってたって耳も尻尾も、ソウジュも戻って来やしない。壺の中に大きな岩を入れるタイミングを逃さないように、気を付けないと。
「ど、そろそろ落ち着いた?」
「まあ……って、それはなに?」
「見ての通り、アップルジュースだよ。キミが考え事に没頭してる間に、冷蔵庫から拝借してきちゃった」
ニヤリと微笑んで、なみなみと注がれたジュースを一気に飲み干す。相変わらず掴みどころの見えない気楽な仕草に、クオのほっぺも思わず緩んだ。
けれど、それはそれとして。
他の家の冷蔵庫を勝手に漁るのは如何なものか。
家によっては、他人に見られたくないものも入っていたりするのに。
「まあまあ、キミの分も注いできたからさ~」
「…ありがと」
―――ジャイアントペンギンは、冷蔵庫の上の段しか開けてないのかな。きっとそうだよね、もしも下の段の中身を見てたら、こんな風に飄々と振舞っていられる筈がないもの。
よかった。
こっそり保存してた色々なモノ、見られてなくて。
「ところで一つ、大事な質問。
ソウジュくんはどうしたの?」
「っ!」
ビクリ。
突然の質問に身体が跳ねた。
ただ純粋に、いないから聞いただけ……だよね?
えへへ、びっくりしちゃうって。
「……ワタシには話せない事情なのかな」
変に探りを入れられても困るし、クオはただ普通に頷いた。
「分かった。なら詮索はしないよ。だけど、本当に大事なことなんだ。もしかしたら、キミに起こっている不思議な現象の原因かもしれないからね」
ソウジュが原因なの?
そんな感じはしないけど。
「如何せん、ワタシにとっても初めてのことで確証はないんだ。でも動物の特徴が失われたのには、キミの輝きが薄れているという可能性がある。セルリアンに襲われたか或いは、非常に辛い出来事が起きたか」
……それとも、両方かもね。
「今朝からスピカも、姿を見せていないし」
まあ、スピカちゃんが行方不明なのは予想通り。
目の前で堂々と拉致誘拐をしておきながら、まさかナカベに残り続けるなんて悠長なことをするわけがない。あの鳥に乗ってソウジュを連れて、何処か遠くに雲隠れしちゃったんだね。
クオ達はその行先を特定して、殴り込みに行かないといけない。クオはいつでもソウジュの居場所を知る事が出来るけど、あまり距離が離れ過ぎると大雑把な方向しか分からなくなっちゃう。
でも、ソウジュの存在は感じられる。
だから今はそれで十分。
他でもない、クオのソウジュだもん。スピカちゃんなんかに誑かされないって、信じてあげるしかないよね。
「ソウジュは、まだ無事だよ」
「そう、まだ……ね」
あはは、言葉狩りが厳しいよ…。
『輝きが薄れている、というのは考えにくい可能性ね。むしろ、貴女の輝きは以前よりも強まって感じられるわ。そして更に奇妙なことに、貴女から受け取るサンドスターの印象が変化している』
その辺りのことは、クオにはよくわかんない。
『以前はとても不安定だったけど、今はそこそこ安定しているわね』
でもキュウビがそう言っているなら、多分そうなんじゃないかな。
『―――サンドスターの混ざり合いが、消えている?』
不思議なことに、当のクオには全然そんな感覚がないけど。
「クオちゃんは、これからどうするんだい?」
「次のちほーに行く。やらなきゃいけないことがあるから」
「そっか」
特にキュウビと相談もしてないけど、多分反対はしないと思う。だって、これ以上ナカベに残ってたって出来ることは少ないし、心情的にも早くこんな場所から居なくなってしまいたい。
お祭りは楽しかっただけに、とっても残念。
「じゃあもしも、この先どこかでスピカに会うようなことが有ったら、ワタシに会いに来るように伝えておいてほしいんだ。まだあの子に、今月分のお給金を払ってないからね」
クオは頷いた。
わざわざ波風を立てる意味もなかったから。
……でも、どうだろ?
一応、しっかり伝えてはおくけど……無事に帰って来られると良いね、スピカちゃん。
「じゃあ、ワタシはこれで。
妙な予感がして来てみたんだけど、正解だったみたいだね」
カランコロンとコップの中の氷をシンクに転がして、ジャイアントペンギンは部屋を立ち去ろうとする。玄関へつながる扉を開けて、意味深な呟きを残しながら。
「あぁ、これから忙しくなるな~」
「何かあるの?」
引き留めて尋ねると、返って来た答えは順当なものだった。
「いやぁ、最近セルリアンが山ほど出てきたでしょ? それの後始末があるんだよ。幸い、パークセントラルの方からとっても強いお手伝いさんが来てくれたみたいで助かったけどね~」
なんというか、終わってからお手伝いさんが来るんだね。
それと、いつの間に騒動は終わっちゃったんだろう。
……もしかして、昨晩の内に解決しちゃったの?
うーん、いきさつが掴めないや。
「そういえば、お手伝いさんもいるんだね?」
「そそ、珍しい名前だったよ」
ふぅん、珍しいんだ。
正直に言って、フレンズの名前を1つずつ思い出していってみたら、どれが珍しいとか言いようがないくらい全部特徴的だよね。
まあ、飽くまで主観だからどうこう言えやしないけど。
「―――エル、とか言ったかな」
でもこの際、そんなことはどうでもいいや。
『ふふ、思わぬ幸運が巡って来たわね』
「ねぇ、クオも会いに行っていい?」
「いいけど、知り合い?」
クオは勢いよく頷いた。
”知り合い”の中では誰よりも会いたい相手だよ。
うふふ、クオったら運がいいなぁ。
「だったら大いに助かるよ。彼女、外見からして考えてることが分かんない性格で大変だったからさ~」
「それは……わかる」
「にしし、やっぱり?」
その後、クオはジャイアントペンギンに連れられて、遥々カントーから足を運んできたエルと再会を果たすことになった。
クオは彼女に色々と事情を説明して、自分の身体を解析してもらって、狐の姿を取り戻す方法も教えて貰った。だけど、その詳しい中身はもっと良いタイミングで見せてあげる。
ことのついでに、新しい戦い方のヒントも貰っちゃったもんね。
―――なにはともあれ。
クオはこの日を最後に、ナカベちほーを立ち去った。
次の目的地はアンインちほー。
この場所に、キュウビが会いに行きたい人物がいるみたい。
「これで、全部解決するんだよね?」
『しかも戦力が増えて、まさに一石二鳥よ』
…そう、上手く行くといいけれど。
「待っててね、ソウジュ」
クオが絶対に迎えに行くから。
強くなるのが遅すぎたけど、もう二度と誰にも奪わせないから。
ソウジュと、あのお月様に誓って。
「お月様、クオに力をください」
どうかあの真円が、ずっと綺麗でありますように。
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