第百十七節 対の星、ついに裂かれて
次から次へと押し寄せてくるセルリアンの波に呑まれないように、クオは必死に身体を動かして泳ぎ続けていた。
「ふっ、やぁっ、せいっ!」
蹴って斬っての繰り返し。変化が起きることもなし。
唯一違う点があるとするなら、時折セルリアンが落とす石板をしっかり拾っておく必要が出来たことかな。石板持ちのセルリアンは他よりも強くて厄介だから、戦ってみるとすぐに分かる。
やれやれ、どこかに製造機でもあるのかな。
そう思ってしまうくらい際限なくセルリアンは湧いて出てきて、倒しても倒しても青い海。戦い続けてもクオの体力がじわじわと無くなっていくだけで、ソウジュの元には全く辿り着けそうにもない。
このままじゃダメだ。やっぱりスピカちゃんをやらないと。
でもあの子も、奥に引きこもってるからなぁ。
「もしも、これが使えたら……」
拾った石板をじっと見つめる。
そんな事をしても、別に力を貸してくれる訳じゃないけど。
それでも、願うくらいなら。
(お願い、クオに力を貸して)
返事は無かった。
「まだやりますか?」
「当然だよ。ソウジュを返してもらうから」
「しつこいですね…」
そっちこそ。
諦めが悪すぎるよ。
「唯の石板では相手にならないようですし、今度はこの強そうな石板を使ってみましょう」
スピカちゃんは本を開いて、手を突っ込んだ頁から石板を抜き取る。他のとは違う、儚げな雰囲気を放つ石板。たぶんアレは、ソウジュがリクホクで手に入れたものだよね。
それを我が物顔で、これ見よがしにクオに向かって見せびらかしながら、最寄りのセルリアンを呼び寄せる。
でもその間、セルリアンの増援が出てこないから、クオは距離を詰め放題だった。
(そんなに大袈裟に見せつけて、隙だらけって分かんないかな…!)
「…なっ!?」
「あははっ、油断しちゃったね♪」
パチン、と乾いた音が響く。
腕を弾いて、スピカちゃんの持つ石板を手から落とした。
すっかり虚を突かれちゃったスピカちゃんは、茫然とクオを見つめて動けなくなっていた。
「じゃあ、これで終わり」
でも、容赦なんてしてあげない。
遊んでいた杖を足で弾いて、庇おうとする腕は手首を掴んで押さえつけて、そうしてガラ空きになったスピカちゃんの胸に、一直線に刀を突き刺した。
「っ!?」
糸を千切るような悲鳴と、傷口から飛んだ鮮血。
「バイバイ」
刃を胸から抜き取って、力なく崩れ落ちる彼女の身体を一気に蹴飛ばす。ゴロゴロと転がる動きに沿って血の糸が、地面に赤く爪痕を残した。そして円く広がる血溜まり、きっともう助からないね。
あはは、清々した。
「まだ、私は…」
うつ伏せに倒れたまま、身じろぐ死に体の少女。
放っておいても死んじゃうし、既に興味は彼女から外れていた。
クオはすぐそこで眠る、ソウジュのところまで歩み寄る。
本当に長かった。
「お願い…まだ終わってないから…」
本に手を伸ばして、石板に指を掛けて、なけなしの力で願う。
『助け、て』
その願いは、聞き届けられちゃった。
「……な、なにっ!?」
「あ、あははは…!」
ボウッと、暗闇の中の光。
それは果てしない熱を帯びて背後に現れた。
思わず振り向かざるを得ないそれは大きく、月を食べて空を覆い隠す。
燃え盛る鳥が空に浮いていた。
「このセルリアン、まさか…」
いつかカントーで目にした巨鳥。
確かあの時は、”うみへび座”の力を借りたソウジュと、誰かは忘れたけどクマのフレンズが一緒になって倒したんだっけ。
……ほうおう座、だったよね。
「ほんわかして、暖かい」
夜のお日様は燃える羽を地上に落として、辺りを柔らかい熱と光が包み込む。それを浴びると疲れが取れていくようで、とても心地いい。大方、スピカちゃんの悪足掻きの結果なんだと思うけど、そう悪い気分ではなかった。
―――スピカちゃんの方を見るまでは。
心底ムカつく、なんでピンピンして立ってるの?
「…回復してる?」
「えへへ、油断したみたいですね…?」
クオの刀につけられた胸の傷はすっかり治っていた。辺りは、相変わらず沢山の血が地面を彩っているけど、貧血でふらつくような様子も見られなかった。
ニコニコと笑いながら、空を飛んでいる炎の鳥にお礼の言葉を向ける。その様子を見た瞬間、クオの身体を包み込む心地よさと今の状況を照らし合わせて、頭の中に一つの答えが浮かび上がった。
あはは、やっとわかった。
要はあのセルリアンが、アスちゃん並の回復能力を持ってるってことか。
……運だけはいいんだね。
「これで振り出し?」
「いいえ、そうでもありませんよ」
「どっちでも良いよ、もう1回同じ目に遭わせてあげるから」
血がすっかり乾いて、刀は黒くなっていた。
ちょっと切れ味が不安だけど、力を込めれば問題ないかも。
「…いいえ。戦いはもう、お仕舞です」
「え、何言ってるの?」
こんなところで終わらせる訳ない。ソウジュを攫おうとするなんて馬鹿みたいな事をした落とし前は、ちゃんとその命でつけてくれなきゃ。
刀を片手に、クオはスピカちゃんの方へ向かって歩いていく。逃げようとする動きを咎めながら、じりじりと追い詰めていく。今度は回復する暇もないように、首をスパッとやっちゃおっか。
そんな風に、確かにクオがスピカちゃんの命を握っている筈なのに。
どうして、背中に嫌な冷たさを感じるんだろう?
それでも空気は生ぬるい。
(……あれ?)
ふと真っ黒な空を見上げて気付く。
あの炎の鳥は、いったい何処に行ったの?
「まさか―――」
咄嗟に振り向く。
ソウジュが居ない!
「…しまったっ!」
「うふふ、ソウジュくんは頂いていきますね」
「くっ…!」
クオは中空を見る。
すると眠ったままのソウジュが、鳥の脚に捕まえられて宙に浮いていた。
やられた。
スピカちゃんは瀕死の状態から復活した自分自身を囮にして、クオの視線を釘付けにした隙にソウジュを鳥に攫わせたんだ。
グルグルと考え事が頭の中を駆け巡る。
どうして油断しちゃったの?
もっと慎重になっていれば。
早くアレを落としてソウジュを取り戻さなきゃ。
後悔と焦燥。
考えることが多すぎて、身体が凍り付いちゃった。
けれども時間は残酷で、一瞬たりとも待ってはくれない。
気が付けばスピカちゃんも鳥の背中に乗って、この場所から逃げ出そうとしていた。
「ま、待って…ッ!」
『さあ、足止めをお願いしますよ』
スピカちゃんが贅沢に石板をばら撒くと、我先にと取り込んだセルリアン達が星座の輝きを手に入れて変質していく。
それらはアイツの指示に従って、クオの目の前に立ち塞がる。
「このっ、どいてよっ!
あそこにソウジュがいるのっ!
ねぇ、邪魔するな…ッ!」
それから、クオはたくさん斬り捨てた。
幾らでもセルリアンを倒して、石板を何枚も取り戻した。
でも、それがなんなの?
そうしている間にあの鳥は見えなくなって、ソウジュはクオの傍から居なくなっちゃった。
「ソウジュ、ソウジュ……!」
足がもつれて、痺れちゃったみたいに身体が動かない。
すぐにでも追い掛けなきゃって、そんなことはわかってる。
でも、どこに行けばいいの?
わかんない。
わかるわけないよ。
だって、空も飛べないし。
「…どうしよっか」
コロンと、傍にあった石板を手繰り寄せてみる。
さっきの戦いに、確かカラスのセルリアンもいたから、その石板から力を借りられれば、ソウジュみたいに飛べるはず。
「ソウジュ、みたいに…」
―――出来るわけないよ。
森の中は、真っ暗だ。
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