第百十六節 行かせない
『起きなさい。でないと取り返しのつかないことになるわよ』
「ん、んぇ……?」
クオは目を覚まして、次の瞬間にガバッと勢いよく身体を起こした。
「そっか、寝てたんだ…」
その前は何してたんだっけ、覚えてない。ベッドの横を見ると、三日月のような形のジャパリまんが机の上にほったらかしにされていた。すっかり乾いていて、かじっても美味しくなかった。
「……ソウジュは?」
いない。
布団の中にも、床の上にも。いつも一緒に寝てるから、本当なら今も隣でスヤスヤと寝息を立てている筈なのに。
何処だろう。
クオは何気なく、普段のようにソウジュの居場所を探り当てた。
「…え?」
遠い。
これって森の中?
しかも、全然動いてない。
「もしかして、さっき夢の中で聞こえた声は……」
クオは声の言葉を思い出そうとして、思い留まった。
だって、そんな暇ある?
ないよね。
「―――行かなきゃ!」
理由はどうあれ、こんな夜中に危ないよ。
迎えに行ってあげなきゃ。
念の為の刀を手にクオはコテージを飛び出して、一心不乱に道を突き進む。
そんな風に、辺りが暗いのも無視して駆け抜けていたら、途中で何かにぶつかって思いっきり尻もちをついてしまった。
「ひゃっ、ちょっと! こんな時間にどうしたのっ!?」
「ええと…コウモリ、今はどいてっ!」
「あ、行っちゃったぁ……なにか面白いことでもあるのかしら?」
ぶつかった相手はフレンズで、コウモリだった。
前に会ったことがある気がするけど、もう名前は憶えてない。
だってソウジュと関係ないし。
別にいいよね?
だって、有象無象に使う頭のスペースがもったいないんだもん。
「あの子、ゼッタイ私の名前忘れてたわよね」
すれ違い際に何か呟いていたみたいだけど、もう遠くなったから聞こえないや。
「キヒヒ、今度イタズラしちゃお~っと♪」
まっ、どうでもいいけどね。
§
「はぁ、はぁ…!」
クオは沢山走った。
息が切れるほど走った。
まったく、コテージから遠すぎるよ。
ソウジュはどうしてこんな場所に来たのかな?
「ふぅ、もうちょっと…っ!」
いよいよソウジュの居場所を目の前にして、少しだけダッシュのペースを落とすことにした。ゼエゼエ言いながらソウジュと話したくないっていうのと、もしかすると危険なヤツが居るかもしれないから。
だって、ソウジュが全然動いてない。
コテージを飛び出した時からずっと。
そんなのおかしいでしょ?
多分眠ってるか、気を失ってるかの2択だよ。
クオが思うに、きっと後の方なんだけど。
だから、無闇に飛び出したりしちゃ危ないよね。
(よし、ここの木陰から見てみよう…!)
一旦身を隠してソウジュの様子を窺う。森の中は星明りも届かなくて本当に真っ暗だったけど、何となく身体の輪郭を確かめることは出来た。
ソウジュは木の根元に腰を下ろすようにして、多分眠っていた。
(そこにいるのは、ソウジュだけ?)
もっとよく目を凝らして、周りを見てみた。
(……あっ!)
そしたら、いた。
スピカちゃんが立っていた。
向こうに顔を向けて、茫然としていた。
クオはこの光景を見てすぐに理解した。
(あぁ、そういうことだったんだ)
じゃあ、敵だね。
クオはそっと音を立てないように、鞘から刀身を抜いた。
美しい銀色の刀も、光の無い夜の森では輝かない。
そしてクオが森を出る頃には、月明かりの下でもこの刀が輝くことは無い。
だって、血塗れの刀じゃあ……ね?
返り血を拭き取るための布も、ちゃんと用意しておけばよかった。
それもこれも全部、後の祭りだけど。
(…死ね)
刀があの子を切り裂くその瞬間まで絶対に気付かれないように、煮えたぎる呪詛は心の中で唱えた。言葉をあの子に向けるより、本当に思い知らせてやるのが何よりの行動だから。
狐は音を立てずに、ジャンプで一気に襲い掛かって狩りをする。
クオもそうした。
飛び掛かって切り刻む。
完全に背後は無警戒。
獲ったと、思った。
「……は?」
「何かと思えば、危ない所でしたね」
「どうして、セルリアンが…」
スピカちゃんに向けた斬撃は、クオたちの間に割って入って来たセルリアンの身体に吸い込まれて消え去った。
パッカーン。
虹色の塵のように、儚く消えた奇襲のチャンス。
……それがどうしたっていうの?
まだ刀はクオの手にある。
「今度こそ…」
『現れなさい』
間髪入れずに放った一閃は、何もない所から現れた杖によって弾き返された。スピカちゃんは金ぴかの豪華な杖を振り回して、予想外の重さにクオは一旦引かざるを得なかった。
この子、強くなってる…?
『あなたも出てきて』
スピカちゃんが妙な事を言う。
すると彼女の頭に王冠が現れた。
「ふふ、似合ってますか?」
「ソウジュを返せッ!」
質問なんて完全に無視して、再び彼女に斬りかかる。今度はフェイント混じりに、足払いも混ぜながら絶え間なく攻撃を仕掛けてみたけど、やっぱり良いタイミングでセルリアンが横槍を入れてくる。
そして攻撃を吸われた隙に、スピカちゃんの杖がクオのお腹を突っついた。クオは乾いた息の塊を吐きながら、また後退るしかなかった。
なんて戦い方。
心底イヤになる。
「もう…話の通じない人ですね…」
「話? する気もなくソウジュを連れ去ろうとしたくせにッ!」
「うふふ、それもそうでした」
都合のいいコトばかり言う。
それは、セルリアンに対しても同じ。
『私を守って』
「ふんっ、こんな奴ら…!」
どうしてこんなヤツの命令を聞くの?
クオにとっては不思議でしかないけど、セルリアンはスピカちゃんの命令に従って、彼女を取り囲むように陣取り始めた。
普通だったらそれはフレンズを襲うためだけど、今日だけは別。
彼らはこうして、中心にいるあの子を守っている。
あーあ、ヤな奴ら。
斬っちゃえ。
えいっ。
「……これで終わり?」
ザクザクザクと刀を振れば、弱っちい護衛は直ぐに姿を消した。邪魔は得意なようだけど、やっぱり正面から戦えば相手にもならないね。
まさか、この程度しかいないの?
「いえいえ、まだまだ沢山残っていますよ」
「…ちぇっ、数だけは多いんだから」
次々と現れる追加注文を平らげていきながら、ふと朝の出来事を思い出した。
『強力なセルリアンが現れた』と言ってソウジュに泣きついてきたスピカ。
本当に偶然だったのかな?
今となっては、あの時の行動すべてが疑わしい。
問い詰めてみよっか。
「もしかして朝のアレ、スピカちゃんの自作自演だったの?」
「あら、案外鋭いんですね」
あっさり肯定した。
こいつ…。
「茶番にソウジュを巻き込んで、ホントにヤな奴」
「それなら、どうするんですか?」
「分からないの? 案外鋭くないね」
ナマクラだよ、スピカちゃんの思考回路。
「うふふ」
あぁやだ、余裕なフリして笑っちゃってさ。
(……ああ、貴女は手伝ってくれないんですね。まあ、コソコソ身を隠して暗躍しているようですから。クオちゃんが来たから行方を晦ますというのも、そう不思議な行動ではありませんか)
クオが次々に片づけていく間も上の空。
このまま首斬っちゃおっかな。
「やっぱり強いですね。普通のセルリアンでは荷が重そうです」
残念、クオが動く前にスピカちゃんが正気に戻っちゃった。
提げた鞄をゴソゴソと漁って、そこから何かを引き出した。
……それは。
「あら、どうかしました?」
「その本、ソウジュのものでしょ?」
なんとかの鏡、って呼んでたっけ。
「返してよ、それはアナタのじゃない」
「そんなに大事なものですか? この中にあるのは精々、ほら…」
スピカちゃんは本の中から石板を引っこ抜いて、適当にポイっと放り投げる。そうすると今度は、近くのセルリアンがそれを吞み込んで、ぐにゃぐにゃと身体の形を変え始める。
そして、小さなウサギのセルリアンが生まれた。
その様子を見たスピカちゃんは、得意げな顔で言うのだ。
「こうやって、セルリアンを生み出すための石板だけですけど」
こんなの許せない。
何も分かってないよ、コイツは。
「たとえそれでも、クオたちの旅の想い出だよ。
ソウジュと一緒に、色んなセルリアンと戦った証だよ!」
「…そうですね。これは失礼しました」
謝るくらいなら返して欲しいんだけど、どうせ聞かないよね。その証拠に彼女は今も、本から適当に石板を引っ張り出してはセルリアンに食べさせている。
クオを倒すためだけに、こんなことをしている。
「でも、こんなのもう必要ありませんよ。だってソウジュくんはこれから、私と一緒に暮らしていくんですから」
だから、クオとの思い出はぞんざいに扱っても良いって?
心臓だけは念入りに捻り潰してやろうかな。
「ソウジュはそんなの受け入れない」
「なら、閉じ込めちゃえば良いだけです」
監禁、って言いたいのかなぁ。
「お前なんかにそんなことさせない」
「うふふっ、本音が漏れちゃってますよ~」
今更、そんなことがどうした。
「お話をするのも楽しいですけど、そろそろ終わりにしましょうか」
奇遇だね。
クオもそろそろ飽きてきちゃったよ。
こんなつまらない茶番。
『さあ、私の名の下に命じます』
もう、特に思うこともない。
ここからは最初の予定通り。
『―――あの子を始末しなさい』
―――殺そう。
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