第百十二節 木を隠すには森の中。ならば異変を隠すには。

「おはよっ、ソウジュ! もうごはん出来てるよ♪」



 なかなか眠気の抜け切らない起床と、鼻孔をくすぐる美味しい匂い。


 今朝は起きた瞬間から、寝坊をした予感をひしひしと感じていた。気温の違いを感じているのか、はたまた瞳孔に差し込む光量の影響なのか。どうにも不思議なことに、普段の寝起きとは違うことをヒトはハッキリと認識してしまう。


 また、その予感の的中率が高いこともまた腹立たしい。


 こんなことに直感の鋭さを振るくらいならば、適切な時間に起きられるようにして欲しいものだ。尤も、読書に時間を費やし夜更かしをしていた僕が言えた道理ではないのかもしれないが。


 まあいい。

 誰も、僕の寝坊を咎めたりなんかしない。

 だからゆったりと、クオが作ってくれた朝ご飯を食べるとしよう。


 今朝の話題は……というより、この頃の食卓を囲む話題は殆ど1つしかなかった。


 ここ数日にわたってフレンズ達の頭を悩ませている、だ。



「…なんか最近、セルリアンが多いらしいね」

「みたいだね。クオが昨日、食べ物を貰いに出かけたときも、森の方にいっぱい出てるって聞いた」



 有り体に言えば、セルリアンの大量発生。

 ナカベちほーのそこかしこが、半透明でゲル状の怪物に埋め尽くされている。



 ……というのは流石に程度を盛っているが、沢山いることに変わりはない。



 例え気が狂ったとしても放っておくことなど出来ないこの件への対処は、ナカベちほーに住むフレンズ達の中でもきっての年長者であるジャイアントペンギンが主導して進めている。


 作戦の内容は至ってシンプルに、『そこそこ戦えるフレンズがローテーションを組んで、順繰りにセルリアンの掃除をする』というもの。


 大量発生が長引くことも想定して、常に余力を残しつつ、本格的な掃討はカントーからのセルリアンハンター部隊が到着してから行う手筈だと僕は聞いた。冷静な判断だと思い、感心した。



「ライブの後で、まだ良かったね。輝きを狙って襲ってくるセルリアンが、どういう理由でイベントが終わってから現れだしたのかは気になるけど」



 彼らには目的こそあれど、意味はないのかもしれない。

 現実としてそこにいるのだから、裏側を疑っても仕方がない。



「……まあ、こういうこともあるか」



 真実がどうあれ、倒してしまえばいいだけだよね。


 ちなみに、僕たちが次に戦いに出るのは明日。

 今日は大人しく、コテージでのんびりしている予定だ。



「次の目的地も、大量発生が収まるまでお預けかな」

「ここの次はアンインちほーのつもりだったけど……うん、急がなきゃいけない予定はないねっ!」



 だけどよく考えてみれば、次のちほーへの移動に時間制限がある方が珍しい。僕が覚えている限り、それはライブの鑑賞を控えていたナカベ行きだけだった。


 僕たちの旅は基本、マイペースに歩みを進めている。


 これからもきっと、そうなることだろう。



 ―――コツコツ。



 もはやミルクと呼んだ方が良さそうなコーヒーを啜っていると、玄関の方からドアをノックする音が聞こえる。

 続いて、僕のことを呼ぶ少女の声が響いた。



「ごめんくださーい! ソウジュくん、いますかー?」

「…あ、スピカだ」

「スピカちゃん…?」



 コテンと首を傾げて、瞳の光が薄れていくクオ。


 やはりここの2人の相性は良くないか。

 僕がスピカと応対しよう。



「出てくるよ」

「クオも行くっ!」



 ……と思えば、クオも付いてくるという。


 別に来るならいいけど。

 こういう反応をするってことは、やっぱり。


 まぁ、もう少しだけ様子を見ようかな…。



 僕はスピカと話すために、玄関のドアを開けた。



「おはようスピカ。こんな朝から何を……わぁっ!?」

「ソウジュくん~~っ!」



 扉を押し開けた途端に、空気を突き破って飛び込んできた大きな影。スピカ以外の誰でもない彼女は僕に抱き付いて、胸の中でほろほろと涙を流している。


 あまりに突然のことに声が出てこない。


 出会った瞬間に感情を爆発させられては、フォローのしようも無いというもの。



「ちょっと、何やってるの!?

 ソウジュから離れてよっ!」



 後から出てきたクオが力任せに僕たちを引き離したことで、一旦は場が収まった。



「落ち着いてスピカ、何があったの?」

「は、はい…その…」



 スピカも泣きじゃくりながら、涙を飲んで感情を抑えてゆき、僕の所までやって来た理由を頑張って話そうとする。


 それでも結局口から出たのは、要領を得ない頼み事だったが。



「お願いします……助けてください…!」



 無論、その一言で。

 只ならぬ事情があることは分かった。

 不確実ながら、原因も。



「それって…」

「もしかしなくても」

「セルリアン退治、です…」



 ……手に負えない個体が出てきた、ってとこかな。


 どうするべきか。


 今も必死に戦っている子がいると考えたら。

 事情を詳しく聞いている暇なんて、あるとは思えない。



「行こう、クオ」

「…わかった」



 僕たちはコテージを後に、スピカの案内する場所まで急いで向かうことにした。




§




「そっちは……燃えろっ!」



 蒼い狐火の散弾が、雑草のようにわらわらと蠢くセルリアンたちを消し飛ばす。続けて傘を振りかざせば巨大な水の泡が敵を捕らえて、石突を叩き付ける音で稲妻が空を貫く。


 結局のところ、数が多くても有象無象。

 妖術を刻み込んだこの傘の前では、取るに足らない。


 むしろ稀にこそ現れる、大きい個体のセルリアンが厄介だ。


 彼らは防御に優れていることが多く、一度や二度の簡素な攻撃では倒しきれないことが多いから。そうして倒し損ねて戦線を下げざるを得なくなると今度は、それまで脅威でも何でもなかった小さいセルリアンに足を掬われることになる。


 つまり何が言いたいかというと。


 強い奴は出てくるなってことだ。



「みなさん、太陽の方向に鳥型セルリアンですっ!」

「了解、僕が片づけるよ」



 傘に刻まれた妖術について、まだ使っていないものもある。

 ここらで幾つか、使い心地を試してみるのも悪くない。



(……コレとか、使い勝手イイかも)



 指先で術式の文字をなぞって、こぎつね座から借り受けた妖力を奔らせる。


 すると、手の中に現れた拳大の癇癪玉。

 僕はそれを、悠々と空を飛ぶ鳥型セルリアンに向かって投げつけた。



「それっ、爆発しちゃえっ!」



 言霊ではないけど、僕の叫びに従って癇癪玉は爆ぜた。


 四方八方に明るい線が伸び、爆風に巻き込まれたセルリアンは大きな翼を広げたまま一直線に地に落ちる。


 かなり大きい個体だったからね。

 落下体に潰されて地上のセルリアンも少しだけ消えた。



「……便利すぎる」



 投げて起爆するだけのお手軽範囲攻撃。

 妖力もそれほど使わない割に威力も十分。


 この大掃除のためになんとピッタリな配役であろうか。


 そうと分かれば遠慮はいらない。

 どんどん作ってどんどん投げよう。


 それからしばらくの間、爆音と花火の光が戦場を隅から隅まで覆い尽くした。


 弱いセルリアンは一撃で沈み、少し強いセルリアンは二発目の癇癪玉で命を落とす。コンマ数秒の寿命の差に意味などなく、押し並べて彼らの生命の価値は平等で非ざるを得なかった。


 更に言えば、セルリアンが溶ける様に消えていく様は爽快だった。


 まあ、傍で見ているクオやスピカは余り良い顔をしていなかったが。



「うわ、ソウジュが爆弾魔になった!」

「流石に少しだけ、向こうが可哀想ですね…」

「いいじゃん、どうせセルリアンだよ?」



 この期に及んで、一体何に罪悪感を覚える必要などあろうものか。

 僕からすれば不思議でならない。



 そんなこんなで。


 手を止めることなく爆弾を投げ続ける僕に、クオは生暖かい視線を向けて言った。



「ソウジュはクオのこと、よく”戦いたがり”って言うけど、クオはやっぱりソウジュも大概だと思う」

「僕は”戦いたがり”じゃないよ。効率的なだけ」

「…そーゆーとこだよ」



 はて、何を言っているのか。

 僕はただ、効率良くセルリアンを倒したいだけなんだけど。



「さ、あと少しだよ」



 その成果は如実に出ている。


 あれほど大量にいたセルリアンが、今ではポツリと点在するようにしか観察できない。これも全て、スピーディな駆除を進めた結果なのである。



「ところで、何も聞かずにずっと戦ってきた訳だけど、シフト外の僕らを呼ばなきゃいけない程のセルリアンは何処に居るの?」

「此処からもう少し先に進めば、いるはずです」



 スピカの話によると、その強力な個体が大量の雑魚セルリアンを引き連れて現れた途端に、戦況が向こう側へ大きく傾いたという。援軍が加勢したと考えればそうなることも無理はない。


 そのとき戦っていたフレンズ達は、止むを得ず撤退することを決定して、せめて有象無象の掃討だけでもと僕らを始めとした応援を呼び、今に至る。



「戦場を荒らした後、あのセルリアンは奥に姿を消してしまいました」



 それが果たして、良い事か否か。


 たとい姿を消したとして、放っておける相手でもない。

 加えて、雑魚セルリアンも数がおかしい。


 話を聞けば、ソイツにはセルリアンを統率する能力があるように思えるし、また大軍勢を引き連れて次はちほーの中心部まで攻め入ってくる可能性も否定できない。


 なるべく早く始末したい相手だ。



「……ソイツは追う?」

「いえ、後で作戦を立てて討伐します。ハンターの皆さんが間に合ってくれると有難いのですが…」



 スピカはそう言うが、ハンター部隊が決行までに到着する望みは薄いようだ。



「やはり、通行止めが大きく影響しているみたいです」

「…そっか」

「あ、すみません。今はこんな話をしている場合じゃありませんね」



 精鋭セルリアン討伐作戦の決行は早ければ今夜。

 早すぎるとも感じるが、そうでなくてはならない。


 ヒグマたちの到着を待てばその分だけ戦力は増強できるが、それは向こう側も同じ条件。更に致命的なことに、向こうの方がより早く、より大きく戦力を増やすことが出来るだろう。


 時間は、セルリアンの味方だ。



「もう少しです。雑魚セルリアンを減らしたら、今日は終わりにしましょう」



 だから少しでも今後が楽になるように。

 僕は爆弾を投げるのだ。



「クオの出番、なくなっちゃう…」



 …ごめんね。

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