第15話 これはエピローグでしばしの別れ
ルティの暴走をアスが癒し、大蜘蛛型セルリアンを倒した翌日。
布団から起きると家にアスの姿が見えず、その代わりにテーブルの隅に一枚のメモが置いてあった。
「なになに…」
手に取って読んでみる。
それは、アスの置手紙だった。
『皆の者、晴れやかな朝じゃの♪
こんな天気にピッタリなサンドイッチを作っておいたのじゃ!
お主達で食べると良いぞ☆
それと、今日は大切な話がある
食べ終わったら、ルティのお気に入りの場所に三人で来るのじゃ
p.s.
コウは忘れず、私物を全て持って来るように』
書かれていた内容の通り、テーブルの真ん中に置かれていたバスケットの中には、沢山のサンドイッチが所狭しと詰められていた。パッと見ただけでも、5人前はありそうだ。
大人数で行くピクニックのために準備したのかな?
……なんて、少し前の僕なら思っていたかもしれないけど。
今ではもう、その理由がよく分かる。
「シンプルだけど、やっぱりアスさんの作る料理も美味しいんだよなぁ」
目の前の彼が、たらふく食べるからである。
ちなみに今度のガチャの結果は、昨日の戦いでも目にした蛇の姿だった。
「もぐもぐ…」
同じ格好なのに、やはり戦闘になるとオーラが違う。
彼みたいに強くなれたらなぁ、とか。
ちょっぴり憧れたりもしている。
「…ふぅ」
アスが居ない以外は普通の朝食の光景。
なのに、不思議と胸が騒めく。
理由は分からない、だけど。
「…んくっ」
何故かコウさんは、普段以上にじっくりと咀嚼して、名残惜しく味わうかのように振舞っていた。サンドイッチは食べ易い、然程噛まなくても飲み込める。だからといって、気にする道理もないんだけれど。
(あーあ、変なの)
なんでもない違いが目に付く、そんな朝食のひと時だった。
「さて、じゃあ行こうか」
玄関の戸を閉めて、家を発つ。
アスの指示通り、コウさんは私物をまとめたバッグを背負っていた。とは言え中身は多くなく、むしろバッグこそが最もかさばる荷物だ。
それなのに、彼は楽しそうだ。
二、三度、バッグを揺さぶった。
「もしかすると……な」
その6文字に続く言葉をとうとう口にしなかったのは、期待を膨らませ過ぎないように。言霊に呑まれて、天邪鬼に捕まってしまわないように。後に書かれた一文を、密かに反芻するのであった。
目的地がやたらと遠い。
一歩を十歩に引き延ばしたように時間が長い。
それと、この晴天に似つかわしくない静けさ。
なんでもいいから喋りたかったのに、言葉が浮かばない。
「……」
何かが違う、そんな中。
クオはいつも通り、歩きながら僕の腕に抱き付いたままだった。
やれやれ、仕方のない子だ。
§
「……む?
思ったより早く来たようじゃの」
廃屋のある広場に到着した僕たち。
アスの一言を聞いてハッとした。
自分が体感していたほどの時間は経っていなかったのだと知った。
(やっぱり今朝から、何かが変だ…)
多分、あの置き手紙を読んだ後からだったかな。
何のことはない、余計な部分に気が回り過ぎていたのだろう。
それよりも、彼女の背後にあるアレは……今更疑問に思うまでもないか。
ルティの扉だ。
しかも一際大きい。
まるでお城の門のように。
いったい、何処に繋がっているんだろうね。
「それでアスさん、大切な話って?」
「ふふ、お主はもう分かっているのではないか?」
「……それでも、貴女の言葉で聞きたい」
割り込む隙も無く、トントン拍子で話が進む。
いつの間にツーカーな関係になってしまったのか。
「うむ、良いじゃろう」
まあ、僕も大体は察した。
きっと、そういうことだよね。
ルティの頭に手を乗せて、アスは言った。
「そこの二人も含め、お主達には迷惑を掛けてしまったのう。
昨日のことにも負い目を感じているみたいでの。
それで、ルティは決心したようじゃ。
背後の扉は、コウが元居た世界へと繋がっておる」
それは僕らの予想と完璧に合致していて。
「―――別れの時が、来てしまったのう」
手紙を読んだときから胸が不思議と騒めいていた理由を、彼女の言葉を声として聴くことで漸く、僕は悟ってしまったのだった。
寂しい気分、だったんだね。
あの追伸が、あからさますぎて。
「じゃが、ちと問題が起こってしまった」
「えっ、問題?」
不謹慎なことに、僕は内心で喜んだ。
例え多少でも、別れの時が先延ばしになると思ったからだ。
いざ目の前に現れた瞬間に惜しくなるのは、ヒトの怠惰なことである。
アスが説明を続ける。
「この土壇場に来てルティが悩み始めてしまったのじゃ。扉を繋ぐべきかどうか迷いに迷っておる。ある程度の決心は固まっている筈じゃから……コウ、お主が声を掛けてやってくれ」
「…分かった」
コウさんがルティを説得することになった。
これには彼も、どこか安堵したような表情を浮かべていた。
僕にもその気持ちは分かる気がする。
大した言葉も掛けられずに終わりだなんて味気ない。
ある意味、アスは良い演出家だと思う。
ルティは扉の前で、自分の長い蛇の尻尾を追い掛けて遊んでいた。
コウさんが足を踏み出すと―――ピクリ。
彼の方に向き直り、縋るような視線を向ける。
まるで、主人の命令を待つ犬のように。
「ルティ」
彼が名前を呼ぶと、ルティは恐る恐る、ゆっくりと歩み寄っていく。
いつものような激しさも、爛漫さもなく、姿勢を低くして見上げる様は叱られるのを恐れているかのようだった。
あゝ、下手に触ると壊れてしまいそう。
コウさんはそんな弱々しいルティの頭を優しく撫でてあげて、あやすような声で言った。
「……君と出会えてよかったよ」
蛇の尻尾がピンと立つ。
彼はそのまま、言葉を続けた。
「また異世界にやって来ちゃって、最初はすごく驚いたよ。
だけど、好かれてることは嬉しかったし、一緒に遊ぶのも楽しかった。
…向こうのみんなにはまた心配掛けちゃって、本当に申し訳なかったけどね」
「君が悩んでる理由は分かるよ。
でも、これが今生の別れじゃないだろ?
俺たちはまた会える」
「今度はルティが、俺のいる世界に遊びに来てくれ。
みんなにも、君のことを紹介してあげるからさ」
そうして、コウさんは腕を開いた。
「なぁ、ルティ」
胸に飛び込んだルティを全力で抱き締めて、ついに言った。
「…大好きだぞ!」
「…っ!
~~♥」
嬉しさのあまり尻尾でグルグル巻きにして、ルティの心は有頂天に昇った。
僕たちは、その光景を微笑ましく眺めていた。
(―――完璧、だね)
ここまで言われて、帰さないなんてことはないだろう。
ついに確実になったお別れ。
まるで入れ替わりのように、僕の心に寂しさが湧いてくる。
ボウっと立って見ていると、後ろから背中を押された。
「ほれ、行ってこい」
「え?」
「何でもいいから言ってやるのじゃ」
そうだよね、これでお別れだもの。
伝えたいことは言葉にしておかないと。
「コウさん」
「あぁ、ソウジュくん。
それとクオさんも」
……ほら、怖がらないで。
緊張することなんて、何一つないんだから。
僕は口を開いた。
「月並みな言葉だけど……短い間ですが、お世話になりました。
危ない時も頼りになったし、カレーもすごく美味しかったです」
…こ、こんな感じで良いのかな。
ちょっと短かったような気がしなくもない。
僕は隣のクオを見る。
クオは、どんな言葉を掛けるんだろう…?
「うん、またねー」
「…軽っ!?」
「あはは、そんな感じで良いよ」
…もう、緊張して損しちゃったよ。
「ルティがいるからね。
もしかすると、また会う機会があるかもしれない」
「その時はまた、よろしくお願いします」
「うん、よろしく」
そっか、ルティと同じだ。
僕たちにとっても、決して二度無い出会いじゃない。
『いつか』を、期待して良いのかもしれない。
「君たちにも会えてよかった。
このトラブル続きの毎日も、良い思い出になったよ」
コウさんは右上を見上げて、しばし思索をした後に言った。
「あと…余計なお世話かもしれないけど、二人とも仲良くね」
「うぇっ!? …は、はい」
完全に不意打ちだった。
顔、赤くなってないよね…?
……はぁ。
「―――おっと、危うく忘れるところじゃった」
話の区切りを見計らったように、アスがぬるっと現れる。
懐から何かを取り出して、コウさんに渡した。
「コウ、これを受け取るのじゃ」
「これは…時計?」
「わらわが改造に改造を加えた、
あれ、日時計ってあんな形だったっけ。
すっかり砂時計みたいなフォルムをしてるんだけど。
……”成れの果て”って、そういうこと?
「幻の星座から生まれた産物じゃよ。
それを持って門をくぐれば、お主の望む時間に戻る事が出来る。
向こうにいる彼らに、無用な心配をさせずに済むじゃろう」
しかし、用途はかなり実用的だった。
「…ありがとう」
思わぬ僥倖を喜ぶように、彼の顔は綻んだ。
「――じゃあ、そろそろ行くよ」
「うむ、また会おう」
「コウさん、いつかまた」
「ばいばーい!」
そうして、やって来てしまった別れの瞬間。
「またね、みんな」
青色がルティとコウさんの姿を包み込む。
ついに完全に隔てるように、重厚な音を立てて扉が閉じる。
扉が塵となって消え、元から何もなかったかのように静まった森。
(……またいつか、会えますように)
僕は心の中で、そっとお祈りをした。
§
「……あっ!」
「ん、どうしたのじゃ?」
「幻の星座って、もしかして…」
儚い輝きを持つ石板を二枚、虚空間から引っ張り出す。
今の今まで、すっかり存在を忘れていた。
「となかい座に、おおぐも座。
しかし、それがどうかしたのか?」
「いや、忘れてた…ってだけ」
石板は珍しいから普通は忘れないのに。
今回ばかりはどうしてしまったのやら。
「幻の星座じゃからな。存在感が薄くて忘れやすいのじゃろう」
「いやいや、そんなこと…」
「現にわらわも、アレを忘れ掛けておったぞ」
…そういえば、そうだったね。
「じゃあ、コウさんがアレを忘れたら…」
「くはは、問題はない。星は空にある。輝きはまた降ってくる」
「もしかしてそれも、星占いってやつ?」
「世界の摂理じゃ。星空のように不確かではない」
アスは言った。
夜空は鏡
偽りの空
されど真実を映し出す
星空に運命が映るのではなく
地上の運命を映し出すのが空
それは定まっているが不確かなもの
運命が変われば、星空もまた変わる
日の光を跳ね返す月が、日ごとに姿を変える様に―――
呆然と、僕はその言葉を聞いていた。
その意味を完全に理解するには、僕は不勉強過ぎた。
返答に困る僕に笑って、アスは歩幅を広げて歩き始めた。
「まあ、わらわたちは帰るとしよう。
ルティが戻って来るまでに、何日も経つこともあるからの」
僕たちは帰路に就くことにした。
ポツリポツリと歩きながら、これからの予定について話していく。
「…そうか、もう行ってしまうのじゃな」
「うん、良い機会かなって」
リクホクを訪れてから、既に一週間ほど経っている。
本来の予定であった些細な寄り道とは、もはや遠くかけ離れてしまった。
しかし、これも機だ。
ルティの一件が解決して、コウさんも彼の世界に帰ってしまったのだから、僕らも次のちほーに進んでしまって悪くない。
「ナカベに行くのか。場所はさほど気にはならぬが、ちと寂しくなるのう」
「旅が終わって帰る途中にでも、お土産を持って行くよ」
「おお、それは楽しみじゃ!」
それまでに、渡す物はしっかり考えておこう。
実際に帰るのはまだまだ後になりそうだけど。
「……うぬ?」
視界に見えてきた家の窓を覗いて、アスが疑問の声を上げる。
辿り着いて確かめると、ブラックバックたち3人が何やら荷物の整理をしていた。
「三人とも、何をしてるの?」
尋ねると、不敵な笑みをしてブラックバックはマントを揺らす。
「…何を、だと?
ハハハ、愚問は止めたまえ」
「えっとね、私たち出発の準備をしてるの」
「おう、オレたちもナカベに行くんだぜー!」
なんと、オーストラリアデビルとタスマニアデビルもライブを見に行くのだという。思ってもみない同行者が増えて、悪くないことなのだけど、僕には一つの懸念があった。
「でも、チケットが…」
「忘れたのか? カントーで貰った」
「…あっ!」
エルから余計に貰ったライブチケット。
確か、その枚数は…。
「丁度、2枚。
観よ、これが闇の運命の導きだ」
なんて偶然。
これも計算されていそうだ。
エルのことだし。
「そういうことなのでアスさん。
私たち、行ってきますねっ!」
「えへへ、お土産もたくさん持って帰るからなっ!」
ものすごい急展開。
それを目にしたアスはというと。
「…ソウジュよ、前言撤回するのじゃ」
「え?」
「ものすごく、寂しくなるのう…!」
目尻から滂沱の涙を流して、深く悲しんでいた。
「あ、あはは…」
掛ける言葉に困り、僕はただ笑うしかない。
だってどうしろと言うのか。
僕には到底わからない。
(―――ルティ、なるべく早く戻って来てね?)
心中密かにお祈りをしつつも……流石にアスが可哀想に思えてきたので、ルティが戻って来るまでの間だけはリクホクに留まっていてあげることにした。
水の香りが風で遠のく。
森の中には、寂しがり屋の少女がいた。
――――――――――――
『ふたごのこぎつね』 コラボストーリー
~幻の章 蛇遣いと継ぎ接ぎの悪魔~
コラボさせていただいた作品
遊士さん 作『幻想のけもの』
込み入った感想等は近況ノートに書いておきます
この度は本当にありがとうございました!
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