第6話 悪戯好きなあの子は……えぇと…

「…着いた。ここだよ」


 何度かの休憩を挟みつつ、到着した目的地。

 森の中だが霧は晴れ、木漏れ日が差し込んで美しい景色の空間。


 その空間の中央、無数に突き刺さった光の円の真ん中。

 壁には蔦が這い回り、窓は見る影もなく割れて、屋根にも穴が開いている。

 しかし不思議と美しい、平たく言えば崩れた家があった。


「……古民家?」

「というより、廃屋だね。もう誰も住んでいないから」


 コウさんが言う。

 確かにこの荒れ具合、住民なんていない筈だ。

 もしもいたら、整備するように進言したい。


 まじまじと見れば見る程に感じる、役目の終わった景色。


「でも、ここに何かがあるんですよね?」

「もちろんだ。そうじゃなきゃ来たりしないよ」


 コウさんはそう断言した。

 曰く、アスとの最初の出会いの日。

 素っ頓狂な事実を彼女から教えられた後のこと。


 彼はこの廃屋のところまで連れてこられて、とある人物……ではなく、と対面することになったという。


 そう、僕たちがこれから会うのがだ。

 アスが言うには、雄なんだって。


「じゃあ、来るまで待っていようか。

 それまで暇になるからね」


 そう言って、木の根元に腰を下ろした。

 僕たちは椅子になりそうな岩を見繕って、そっと座った。


 安らげるひと時。

 静寂と呼ぶには喧しく、喧騒と呼ぶには静かが過ぎる。

 目を閉じて葉が擦れる音を聞いていると、クオに袖を引かれた。


 何事かと視界を開くと、コウさんが話をしたいのだという。

 僕は頷いて、喋れそうな話題を模索し始めた。


「俺のことは……うん、そこそこ話したなあ。まあ、殆どアスさんに流れでバラされたような雰囲気だったけど、中身は一緒だ。だから今度は、君たちのことを聞いてみたい」


 うーん、僕たちのことか。


「無理強いはしないよ。

 世間話として喋れる程度のことでいいさ」


 彼は不思議な人だ。

 中身よりもっと、身体の造りが。

 しかも異世界の人物で、その事実を普通に受け入れてさえいる。


 だったら少しくらい、攻めた内容から入っても問題は無いかも知れないね。


「―――コウさんは、星から力を借りて戦えるって言ったら、信じてくれますか?」


 そういう訳で、一番興味を引けそうな話題から入ることにした。


「…あ、そういう感じ?」

「はい」


 彼は驚きに眉を吊り上げながら、興味深そうな視線を向けてきたのだった。




§




 そして話すこと十数分。

 ざっくりと、『星座の輝きを借りて戦う』ことについて話した。

 相手の感触は良かったと思う。


 この話題に対する彼の興味は専ら、彼が元居た世界との相違点に向けられているようだった。


「へぇ……やっぱり、俺のいた世界とはかなり違う。

 星座のフレンズか。

 君たちもそうなのかな?」


 当然の疑問が飛んでくる。

 さっきは誤魔化したし、これは貫こうかな?


「……」


 そっと押し黙り、饒舌にこちらの意志を語る。


「…秘密って感じ?」

「ごめんなさい」


 謝ると彼は首を振り、”気にしていない”と告げた。

 これについて話すとややこしいからね。


 星座のフレンズまではセーフ。

 『星質同調プラズム・シンパサイズ』もよし。


 でも、双子座の能力と絡めて話すと、『命の星座』やら『天理の鏡』やらが話に混ざってくる。特に『鏡』の入手経緯、即ちカントーの迷宮に話が及ぶと、に話題が波及する。


 コウさんのキメラ成分の一つに『キュウビキツネ』がある。

 関わりがあると知ったら、少なからず興味は湧くだろう。


 自身の存在を知られたくないキュウビキツネの為にも、危なげな話はここで打ち切っておきたかった。



 あとはそれぞれの星座の話に持って行けば、まあ大丈夫かな…?



「――で、輝きを宿した石板から力を借りると。……そういえば、ここに来てから何度もセルリアンを倒したが、時々変な物を落とす奴らがいたな。珍しいから取っておいたんだけど、この辺に……あった」


 鞄の中から現れた、複数枚の石板。

 一目見れば分かる星座の輝きが、幾つも集まって眩しかった。


「その石板って、こういうの?」

「あっ、それだっ! ……です」

「あはは、敬語なんて別にいいんだけど」

「い、一応ってことで…」


 こんなところで沢山の石板、思わぬ僥倖に出くわしたものだ。


 これは純粋に戦力強化になるね。

 どんな力を持つ星座たちなのか、本当に楽しみだ。


「これは渡しておくよ。何かの助けになるかもしれない」

「ありがとうございます」


 さて、だけど流石に如何せん数が多いね。

 全部やったら疲れちゃうから、石板の中身を読み取るのは後にしよう。


 ……え、後でやっても疲れるのは同じ?


 ううん、それは違うんだ。


 実は、体力を使わずに済むいい方法がある。

 詳しい話はその時にしよう。


「……っ」


 と、そこで息を噛む音が聞こえた。


「あれ、コウさん?」

「そろそろかな。

 二人とも、背後には気を付けてね」


 諦めを込めたような表情で、コウさんは言った。

 不思議に思って首を傾げた。


「…背中?」


 もしかして、メリーさんから電話が掛かってきたりでもするのかな?


(『気を付けて』って、一体どうして……あっ!?)


 直後、ハッと気づいた。

 クオの背後に無から現れた、大きな黒い扉の影に。

 僕は叫んだ。


「クオ、伏せてっ!」

「えっ…?」

「っ、間に合え…!」


 僕は咄嗟に地面を蹴って、クオの身体に飛び掛かる。


「わぁっ!?」

「くっ…!」


 転がる。

 土を浴びる。

 かなり痛い。

 でも、危機は脱したと思う。


 見ると、扉は空中に浮いていて、そして開いていた。

 クオがあそこに留まっていたら、巻き込まれていたに違いない。


 座り込んで土を払っていると、コウさんが駆け寄ってくる。


「二人とも、大丈夫…!?」

「まあ、なんとか」


 目まぐるしい危機の輪転に、大粒のため息が手を温めた。


「やれやれ、アイツまた……おおっと!?」

「あれ、コウさん…?」

「ソウジュ、あれ見て!」


 やれやれ、今度は何?

 事件は間隔を置いて起こしてほしい。

 虚しき願いを胸に、僕はコウさんの方を見た。


「ハハッ、アハハハ……お、おいっ!

 服の中に入るなって!」


 すると彼は、何かをされていた。


 あれは……生き物かな?

 身体の周りに纏わりついて、彼をくすぐり回しているらしい。


「えっと、その子は…?」

「は、はははっ、警戒しなくていいよ。ひひっ、今から紹介するから……ふふっ、もう少しだけへへへっ、待っていてくれ……!」


 笑い声に呂律を乱されながらも、言葉の運びに迷いはなかった。

 そこで合点がいったのは、あの生き物こそ僕たちが待ち続けていた存在だということだ。


 激しすぎる気もしなくはないけど、じゃれついているだけなのだろう。


 じゃあ、待とっか。

 バッグに手を突っ込んで、ジャパリまんを引き抜いた。


「はぁ、はぁ……ルティッ!

 嬉しいのは解るけどもう勘弁してくれっ!」


 息も絶え絶えに、叫び声は切実。

 いよいよ潮時と思ったか、無邪気な攻勢は終わりを告げた。


「ふぅ……見苦しい姿を見せちゃったかな」

「事情は見てましたから、気にしないでください」

「助かるよ」


 コウさんは服のあちこちを引っ張り、まだくすぐったさが抜けない様子で、彼が『ルティ』と呼んだ生物の方を向く。腰に手を当て、目元は険しく、ルティはブルリと震えあがった。


「とりあえず、反省しようか」


 響く、抑揚の薄い声。

 子供を躾けているかのようだ。


 頭を撫でて彼(?)を鎮めると、コウさんは僕たちに向けて話し始めた。


「この子の名前はバルティ。

 俺やアスさんは『ルティ』って呼んでる。

 二人も、そういう風に呼んでやって構わないよ」


 彼が名前を呼ぶたびに、ルティは喜ぶように目を細めた。


 蛇のような尻尾を彼の脚に絡めて、すっかり懐いている様子だ。

 見た目より強く締め付けられていたのか、どこか窮屈そうに足踏みをして、コウさんは話を続ける。


「この子はキメラだ。俺と一緒でね。

 そしてこの子が……俺をこの世界に連れてきたんだ」


 明かされた事実に僕は目を見開いた。


 それは、さっきのと関係しているのだろうか。


 話の内容を理解していないのか、ルティは首を傾げる。

 とても呑気に、コウさんに構って欲しそうに身体をこすり付けていた。


「遊ぶのはまた明日だ。そういう約束だろ?

 今日は、そこの二人にお前を紹介するために来たんだ」


 彼がこちらを指差して、ルティが身体を向ける。


 とうとう、正面からルティの姿を目にすることになった。


 それは鳥のようで。

 或いは象にも見えて。

 挙句には蛇のような姿さえ持っていて。


 その実、それが何であるかは分からないのだ。


 継ぎ接ぎにも似た、歪な生き物。


 六つの星が、こちらを覗く。



 僕はジャパリまんを齧りながら、その怪物の姿をじっと見つめていた。



「さあ、挨拶してやってくれ」

「…うん。はじめまして、僕はソウジュ」

「クオはクオだよ~!」


 するとルティは吠えた。

 犬と、鳥の鳴き声が混ざったような音だった。


 本当にキメラなんだなぁと、つい感じてしまった。


「悪くはないけど、困った奴だ。

 リクホクに居る間は良くしてやってほしい」


 そこまで言って、一呼吸。


 ピクリと跳ねたルティの耳。

 会話の途切れを感じ取ったのか、再び甘えんぼ攻撃を始めた。


「はははっ……そんなに甘えないでくれ。こんな調子で大丈夫か?」


 問題ないと言わんばかりに、ルティは止まらない。

 哀しそうな笑みを浮かべて、コウさんは呟いた。


「俺はそのうち、帰っちゃうんだけどな…」


 風が吹く。


 言葉の意味を理解しているのか否か、蛇の尻尾を今度はコウさんの首筋に巻き付けた。彼がいなくなってしまわないように、願を掛けているのだろうか。その姿は呪縛のようにも見えた。


 …儚い輝きが、鎌首をもたげてしがみついていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る