第百一節 ソウジュくんはかわいいっ!

 種々の用事を終えた僕とクオはラジオ塔を後にして、ロウエを交えた三人でハロウィンの続きを楽しみに出掛ける。

 タレスには、大事を取って休んでもらっている。

 ブラックバックは、気になっている出店の所へ向かうと言っていた。

 

 とまあ、それぞれの行き先はさておき。


 僕らは特に宛先もなく、道の真ん中を横並びに歩いていた。


「なんか、暗くなってきちゃったね」


 クオの言葉に空を見上げる。

 瞼の裏に残る青空が嘘のような斜陽、紅い夕焼け。

 本来なら、ハロウィンの本番はこれからの筈だった。


「残念やな、もうすぐ終わってまうなんて」

「仕方ないよね、つい最近に騒ぎがあったし…」


 そのとは勿論、先日に起こったセルリアンの大発生。


 無用な混乱を避けるために『大物』の存在は隠されているけど、『まだ油断はできない』とのエルの判断で、空が暗くなったらイベントは終わりにする方針となっているらしい。


 その境目は、きっかり日没。

 襲われたときに頼れる存在だけど、ロウエと一緒に居てもルールは破れない。

 楽しむなら今のうちということだ。


 さて、どこに行こうかな……。


「ねぇ、クオが決めてもいいっ!?」

「よし、そこに決まりだね」


 クオの行きたい場所に行こう。

 どうせ、悠長に決めている時間も無いことだし。


「即決やなぁ。

 溺愛が過ぎるで」

「別に? 普通に考えてそれが一番だから」


 ”溺愛”だの何だのと言われる筋合いはない。


「へへ、言い訳になってないで~」


 だが、ロウエも食い下がってくる。

 コレに関しては、このまま話が平行線を辿りそうだ。

 ……説得は諦めよう。


 僕はため息を吐いて、クオの方に向き直った。


「で、どこなの?」

「こっちこっち、ついてきてっ!」


 パタパタと軽い足音を立てて、黄昏の暮光にクオは身を溶かしていく。視界を染め上げる橙の中で彼女の姿を見失ってしまわないように、僕は目を凝らしつつ後ろについていく。


 小走りを合間に挟みつつ、早数分。


 足を止めたクオの背中にぶつかって、目的地に着いたことを悟った。


「ここは…写真館?」

「そうなの、”記念撮影”がしたいんだっ」


 なるほど、と僕は頷く。

 お祭りの想い出を末永く残しておきたいのなら、フォトという形に残るモノは間違いなくお誂え向きだ。


 特に、今日はハロウィンだから仮装をしている。

 ここで撮った写真には、みんなの特別な姿が残ることになるのだ。


 つまり、そういうこと。


「……この服で、か」

「ええなぁ、アイデアや!」

「ろ、ロウエ…!」


 全てを理解したロウエが間髪入れずに肯いた。

 思わず声を上げると、悪巧みがヒトの形を持ったような表情をして僕を見る。

 背中に走る予感も束の間、僕の逃げ道は塞がれる。


「まさかソウジュが、クオちゃんの望みを無碍にしたりはせえへんよなぁ…?」

「も、もちろんだよ…っ!」


 あー、うー、なんてこった。


「せやったら、時間も長くは無いんや。

 ちゃちゃっと撮りに行くやで~」


 ロウエは僕の腕を掴もうと手を伸ばして、寸でのところでクオに奪い取られた。彼女はわずかに驚き、楽しそうにケラケラと笑うと、僕たちの背中に掌を当てて建物の中に押し込んだ。


 ……クオはその間も変わらず、僕の手首を堅固に握っていた。


 気を取り直して。

 写真館に入ると、壁に掛けられたプロモーションのメッセージが目に付いた。



『楽しい想い出を、フォトにしてずっと残しましょう!』


(この格好が、未来永劫残ることになるのか……)



 どうにも皮肉めいて聞こえてしまう。

 僕は苦笑を浮かべるより他なかった。




§




「ほーん、これがカメラやな」

「クオ、初めて見る…」


 受付のラッキービーストに案内されて、連れられた先には撮影スタジオ。入ると同時に照明が入れられて、見るも真っ白な部屋の輪郭が鮮明に浮かび上がった。


 僕は眩しい反射光に目を細めて、三脚に載ったカメラを眺める。

 ジャパリパークには珍しい、人工感が漂うのも当然の人工物。


 なんだか本当に、魂を抜かれてしまいそうな雰囲気があった。


 そしてそんな未知のモノにも臆さず、適当に弄り回すのがロウエだ。


「どうやって使うんやろな?

 はて、エルちゃんを呼べば分かるんやろか」

「えっと、エルに頼り過ぎじゃない…?」


 率直にそう思って、つい口に出てしまう。


「せやな」


 ふと平静に立ち返ったように、腕を組んで呟いたロウエ。


「ウチはもう、エルちゃん無しでは生きて行けん身体になってしもうたんや…」


 さぞ悲し気に、天を仰いで。

 僕はつい、クオの方を見てしまう。

 ロウエの言葉が、自分にも刺さりそうな気がしたからだ。


 さて、閑話休題。


「ま、適当にやれば動くやろ。

 時間も無いんやし、ちゃちゃっと撮ってまうで」


 そうして意気揚々とカメラの設定を操作し始めたロウエだったが、まともに動かすことは出来なかった。


 途中、その煩雑な操作に憤った彼女が『千変万化ダンタリオン』でオリジナルカメラを作り出そうとした時には、クオと二人掛かりで止める羽目に。


 結局、カメラを動かせたのはラッキービースト。

 最初からこうしていればと、僕たちみんなの共通の感想だった。



「じゃア、そこに並んでネ」



「ソウジュ、腕貸して」

「よいしょっと……こんな風で大丈夫かな」

「せやったら、ウチは二人の引き立て役になったるわ」


 僕とクオは横並びに。

 ロウエは僕の斜め後ろに、見守るように。


「ロウエはこっち側だよ」

「ハハハ、クオちゃんは厳しいのう…」


 クオは冷めた目をして、自分の方にロウエを引っ張った。

 なんでだろう、位置取りが悪かったのかな。


「撮るヨ。

 はイ、チーズ」


 イマイチ笑いづらい無機質な掛け声に乗せて、フラッシュが僕たちを包み込む。


 ―――パシャッ。


 形容しがたい音と一緒に、今の一瞬が永遠に保存された。

 ラッキービーストが台から降りて、テクテクとドアに向かって歩いていく。


「すぐに印刷するかラ、少しだけ待っててネ」


 彼が部屋から出て行くのを見送って、僕は緊張が解れた気がした。


「よく撮れたかなぁ…?」

「実物を見てみれば分かるよ」

「なぁ、コレまだ動くんやろ?」


 ロウエがカメラを弄りながら言う。

 ガチャガチャと何の音かと思えば。


「折角の機会やし、もっと沢山撮ってみたいで!」


 まあ、気持ちは理解できる。


「クオちゃん、こっちこっち」

「…? なぁに?」


 手招きでクオだけを呼び寄せたロウエ。


「ゴニョゴニョ―――」


 大きな耳へと囁く小さな声で、一体何を企んでいるのだろう。

 しばらくして、二人は顔を見合わせた。


「……な?

 いい考えだと思わへんか?」

「ロウエ、ナイスアイデア!」


 先に言っとくけど、僕は半分諦めてるよ。


「えっと、何をするの?」

「ソウジュはそこにいて。

 ワンショットを撮ってあげるからっ!」


 そっか。


「ワンショット……って、僕だけの写真っ!?」


 ストップ。

 それは聞いてない。


「ま、待ってよ、のなんて、集合写真でも恥ずかしかったのに……!」


 パシャッ。


「まずは一枚っ!」

「焦る姿がよく撮れたやろな」

「あぁ…そっか…」


 もう半分も、諦めた。

 そうだよね。

 拒否権なんて、あったら今頃こんな格好じゃない……。


「今度は脚を閉じて……そう、少し上を向いて黄昏てる感じや」

「いくよーっ!」


 パシャッ。


「かわいいーーっ!」

(……鏡見なよ)


 絶対、クオの方が可愛く見えるから。


「次はね~…はいっ、キツネになって!」

「そんでもって傘の出番や。開いて肩に掛けて……そうそう、振り返りながらチラッと顔を覗かせる感じやよ」


 ロウエの注文も細かいね。

 ああいや、文句じゃなくて、拘ってるなって。

 どうしてそこまで熱を込められるのか不思議でしかないけど。


「どうして僕がこんなことを…」

「撮るよ、笑って~!」

「……あはは」


 乾いた笑いしか出てこない。


「ええ感じやな」


 ご冗談を。


「じゃ、こいつらも印刷してもらってくるわ」

「行ってらっしゃ~い!」




§




「はイ、これで全部だヨ」

「おおきに」


 ラッキービーストから写真を受け取って、それを横流し。

 数枚ほど渡された記録の中、やはり目を引くのは僕のワンショットばかりだった。


「うわ、これ誰の写真…?」

「分かり切っとるやろ、ソウジュや」

「ほら、かわいいでしょ?」


 クオに見せつけられる。

 焦ってる写真なんて、顕著に分かる。


「……悔しいけど」

「ウチのメイクの賜物やなぁ~」


 ありがとうロウエ、許さないよ。


「ま、ええ想い出にはなったやろ?」

「死んでも忘れられそうにないよ」

「ハハハ、そりゃウチも冥利に尽きるってもんやな」


 よく言うよ。

 あと忘れかけてたけど、タレスも共犯だったね。

 元気になったらどうしてくれようか。


 トントンと、肩を叩かれる。


「ソウジュっ」

「……うん?」


 満面の笑みをして、クオが僕の目を見つめていた。


「今日は楽しかったねっ!」

「……うん」


 起きたのは、とんでもないことばっかりだったけど。

 まあ、退屈はしないハロウィンだったね。


 ……次のちほーでも、こんな風にドキドキできるかな?


 傘の向こうからこちらを振り返る写真を眺めて―――僕はそう、未来を夢想するのだった。

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