第九十節 粉骨砕身の竜殺し
「―――なら、作戦はそれで決まりかな~」
「でっかい一撃、頼んだぞ!」
「うん、任されたよ」
竜の肩の辺りから、白い箒の尾を描いて矩形の骨片が落ちてくる。骨片といってもそれは一際大きく、ちょうどクオの身長と同じくらいの長さと、クオの足の裏と同じくらいの厚さをしていた。
「ああ、何度見ても恐ろしいですね…」
キンシコウが呟く。
まともに当たれば一溜まりもない巨大な骨の欠片も、言霊で張った結界の前には成す術もなく弾き返されるが、幾度となく打撃を受けて結界にもガタが来始めた頃だろう。
閉じ込められた安寧の中で、手をこまねいている時間は終わりだ。
握りしめた石板に意識を込めて、もう何度目か分からない技の名前を呼ぶ。
「『
ケモ耳は虹となって消えて、クオがしゅんとする。
他の星座と違って僕の服装は変わらず、その分だけ身体に力が溢れている。
セルリアンの核を片手で砕き、確かな手応えに頷く。
見込み通り、コレなら上手くやれそうだ。
「じゃあ、合図をしたらみんなで突撃するよ」
「あれ、クオはどうすればいいの…?」
僕らの中で一人だけ、突撃はせずに”待ち”の指令を与えられたクオ。
もちろん彼女にも仕事がある。
そしてそれは、ともすれば最も大事な役割になるかもしれない。
「この戦いの最後、アイツにトドメを刺すときにクオの力を借りたいんだ」
あの竜のセルリアンは間違いなく強く、堅い。アイツを包む骨という自然の装甲を貫くための爆発力を、僕だけで出せるかは分からない。クオが居ればこそ、五人も安心して僕の手に終幕を託せるというもの。
だから最後の瞬間まで、この戦線からクオを失う訳にはいかないんだ。
「だからもどかしいかも知れないけど、それまで待っていてくれないかな」
「……わかったっ!」
その代わりと言って、クオはなでなでを要求してきた。流れるような彼女の髪の毛を指で梳いて、同じように緊張が解れていくのを感じた。
「―――行こう」
罅が、結界を両断した。
「合点承知だっ!」
「りょうかーい☆」
「行きますね…」
「出撃だねー!」
「必ず、倒しましょう!」
10本の脚が、竜へと駆けていく。
「ソウジュ、がんばってねっ!」
「うん、行ってくる」
竜殺しの英傑譚が、始まった。
§
「クマたち四人は脚を押さえて! キンシコウ、上に昇るよ」
「はい…っ!」
役割分担は僕が叫んだ通り。ヒグマたちが脚を殴って竜の進行を止めている間に、僕とキンシコウが脚に昇って本命の部位を狙うというもの。
その部位とは脚の付け根、その関節。
骨と骨の繋ぎ目だ。
砕けないほど脚が堅くても、根っこから切り離してしまえば関係ない。僕らは竜が完全に体勢を崩してしまうまで、こうして脚への攻撃に終始し続けることにしたのだ。
「…ここだね」
空気を蹴るように駆け上り、さっそく見つけた股関節。
キンシコウが試しに如意棒で突いてみたが、石突を弾かれるだけだった。
やっぱり、生半可な攻撃では難しいか。
「ごめんなさい、私の腕力では難しそうです」
「大丈夫、その為の策略だからさ」
「…てこの原理、でしたっけ」
僕は頷く。
ちゃんと覚えてくれていてよかった。
…と、さっさとやろうか。
まずは関節の中でも特に脆そうな、軟骨のある場所を探して、見つけたら如意棒を刺しやすいように若干の力を込めて隙間をこじ開ける。そうして、その隙間を指差しながらキンシコウに僕は言う。
「そこに刺して。力を込める時は、棒が折れないように気を付けながら」
「こう、でしょうか……あっ、良い感じです」
「そのまま行けそう?」
尋ねると、キンシコウは自信ありげに首を縦に振った。
「砕けそうになったら、合図をしますよ」
「わかった」
腰を落として、僕は力を溜める。手を固く握り、一切の無駄なく衝撃を破壊力に変えられるように、息を殺して虎視眈々と耳を澄ませる。
ずっと下の地上、ヒグマたちが竜の脚を叩いた揺れがここまで届いている。鼓膜を揺らしたのは、果たしてどの震動だったのだろうか。
水を打ったような声が耳を貫いた。
「―――っ! 今ですっ!」
「よし、砕け散れ…ッ!」
ただ単純に、腕を振り下ろした。
ただそれだけで、骨の接合が崩れて脚が切り離された。
その光景を見せた光に遅れて、足場の崩れる鳴動が聞こえた。
星が弧を描いて空を昇っていく。
「キンシコウ、掴まって!」
「くっ、届いて…!」
「せいっ……っとと」
どうにか土壇場でキンシコウの手首を掴み、途轍もない早足で骨脈を駆け下りて、地上まで無事に帰還することに成功した。額に浮かんだ汗は何処からともなく現れたクオに拭いてもらって、一息。手を繋いで妖力も回復してもらう。
「はぁ、これが一番危ないね…」
『同調』した石板の中身を覗けば、オリオン座はまだ燦々と燃えている。
今のところ、作戦はとても順調だ。
ヒグマがやってきて、僕らは軽くハイタッチを交わした。
「まずは一本、落としたねー」
「見ろ、動きにくそうにしているぞ!」
「それでも立っているなんて、すごく大きい執念です……」
竜の後ろ脚は健在。アイツは手前側に倒れてしまわないよう、残った一本の前脚を頭の正面に突き立てて、三脚のような姿勢でバランスを保っている。その光景は少し滑稽だ。
ともあれ、あのような無理のある恰好を強要できているのだから、『脚を切り離して戦闘力を削ぐ』という作戦は順調に成功していると言っても過言ではない。
「次も前脚を取ろう、頭を狙えるようにね」
「よーし、もう一仕事だね」
首を奪い取るまでのカウントダウンは刻一刻と進んでいる。ずっと暴れたそうにうずうずしているクオの出番も、あの月が下り始める前にはやって来ることだろう。
僕の近くにエゾヒグマがやって来る。
そして、唐突なお願いをしてきたのだった。
「なぁソウジュ。次は俺が、お前と一緒に行っていいか? ずっと足止めだなんて性に合わん。やっぱり俺も、でっかいことがしたいんだ!」
「あー、ずるーいっ!」
エゾヒグマの言葉にカムチャッカが追従し、二人して僕を囲い込み始める。凄い威圧感だ、これがのほほんとした日常の場であったら僕はすぐに折れていたことだろう。
ついでに言えば、一応僕がクオと”ふたご”で、兄であることも大きい。
兄だったから耐えられたけど、弟だったら耐えられなかった。
まあ、閑話休題。
これは難しい問題だ。
安定を取るなら一本目を落とした時と同様の布陣で、もう片方の前脚も捥ぎ取ってしまうべきだろう。だが二人の、大きいモノ狂いの気持ちを考えると、殆ど何もさせずに終わらせてしまうのは心苦しいものが有る。
うーん、どうしよう…。
困った僕はそっと、キンシコウに目配せ。
困ったように笑って、彼女が代わりに結論を出してくれた。
「いいと思いますよ。やらせてあげてください」
「たぶん、そうしないと二人とも落ち着かないですし」
「あはは、なるほどね…」
コディアックヒグマの一言もあって、僕はようやく決断した。
次はあの二人と共に、竜の脚を奪いに行こう。
「となると次は三人ずつに分けて……下は、問題ない?」
「任せていいよ、サイキョーの私にね」
一番頼りになるクマはヒグマだと、ひしひしと感じさせる一言だった。
§
「よ~いしょっと……着いたね♪」
「ここから眺める景色もまた、でっかくて良いものだな」
爛漫と楽しそうなカムチャッカ。
しみじみと呟くエゾヒグマ。
その隣で僕は、一つの問題点に気が付いていた。
「あのさ、ちょっと狭くないかな…?」
「ふむ、そうか?」
「言われてみればそうかも~」
そう、この足場。キンシコウとやった二人での行動ならばまだしも、今ここにいる三人で一挙に動くには狭すぎるのだ。クマだから二人とも体格良いし、ハンマーもデカくて手に負えない。
……と、全く予想外の方向から妨害を食らっている。
「別に、交代でやることにしてもいいけど…」
一応、念のために見せた提案は。
「ダメだよっ!」
「認められんっ!」
「……だよね」
即、却下されてしまった。
「あぁ、どうしたもんかな…」
「ん? 別に、お前がやる必要はないだろう?」
「…えっ?」
「そーそー、ここはボクりんたちに任せちゃいなよ」
その発想はなかった。
むしろ、出来ると思っていなかった。
火力さえあれば、関節は簡単に破壊できる。この二人のクマなら若しくは、力を合わせれば十分に事足りるだろう。”星座の力が無ければ何も出来ない”という訳でもないのに、無意識のうちに
正直にそう伝えると、エゾヒグマは笑って許してくれた。
「ハハハ、気にするな。最後の大役を任せてるんだ。俺たちも頑張って、お前の負担を減らしてやりたい」
「それと、おっきーセルリアンを粉砕したい☆」
カムチャッカは……通常運転だ。
「あはは、君はそっちが本命だよね…」
でも、早い内に気づけて良かった。
……戦えるのは、僕だけじゃないってこと。
「見るといい、俺たちの全力を。行くぞ、カムチャッカ!」
「おっけー♪」
二本のハンマーが天を衝く。
示し合わせたように、同時に振り落とされる。
正反対の声色をした叫びが穿った。
「せいやあぁぁぁ!」
「とりゃーーっ☆」
風を切る音を皮切りに、骨を砕く音が響き渡る。揺れる視界はゴンドラのように、この船が落ちていくことを如実に知らしめている。それと、完全に支えを失った竜の頭も一緒に落ちてきているね。
「く、崩れるぞっ!?」
「壊したからね、脱出するよ…!」
「ひゃ~、落ちる~」
今夜に二度目の、脱出劇。
もう、慌てることなんてない。
「二人とも……無事みたいだね」
ひとたび胸を撫で下ろして、すぐに次の目標を見据える。
『待ってました』と出てきたクオと、竜の頭を指差した。
「えへへ、やっとクオの出番だね♪」
「お待たせ、一緒に行こう」
「うんっ!」
もう止まることのない疾駆。
竜もただでは死ぬまいと、最期の抵抗を始めた。
「……っ!」
竜は自分を噛み砕き、破片をこちらに吐きつける。骨片を通り越した骨塊は地面を転がり、草も低木も薙ぎ倒して後方でヒグマたちに砕かれている。肩が無くなれば腹を、そして今度は後ろ脚をと、この先生き残ることを諦めている、文字通り身を捨てた攻撃の数々だった。
だが、そんなものは関係ない。
往々にして、苦し紛れの最終手段など下策なのである。
―――そして同時に、後が無いからこそ厄介なんだ。
「あぁっ…!」
「クオっ!?」
無数の弾幕を避け続けることは難しい。
ついに一発、大きな一発が当たってしまった。
ここにきて、後戻りを強いられてしまうなんて。
「ソウジュ、先に行ってっ!」
遠くの後ろまで吹き飛ばされ、それでもなんとか姿勢を戻したクオは立ちあがり、僕に向かって叫んだ。
「で、でも…」
クオがいなくて、トドメなんて…。
無理だ、そんなの出来ないよ。
「クオ、今行くから…ッ!」
僕は振り返って、クオを迎えに行こうと走り出した。
背後から、大きな骨塊が迫ってきていることに気付かずに。
「ダメ、後ろ…っ!」
「っ、しまっ―――」
脚が縺れる。
視界が白に染まる。
頭も真っ白になる。
次の瞬間にはきっと真っ赤だ。
思わず、目を瞑った―――
「てやああああぁっ!」
……でも、甲高い声が聞こえた。
クオじゃなかった。
他の五人でもなかった。
聞いたことがあるような気がして、目を開けた。
尻もちをついて見上げる僕の視線の先に、彼女はいた。
「ソウジュさん、クオさんも、大丈夫ですか…!?」
「り、リカオン…?」
どうしてここに。
抱いた細やかな疑問は、二人の声にかき消される。
「リカオン…ッ!」
「おー、お帰りー!」
「キンシコウさん、ヒグマさん。私、戻って来ました!」
突然のことながらも、再会を祝す三人。
呆然とその様子を眺めている僕の元に、土埃を払いながら駆け寄ってきたクオが言った。
「ソウジュ、今のうちじゃない?」
「…そうだね」
ピンチは脱した。
骨の弾幕も止んでいる。
今がチャンスに他ならない。
「今度こそ、終わりにするよ…っ!」
竜は全ての手札を切っていた。
身体もほぼバラバラ、噛み砕く体さえ残っていない。
もはや死んでいないことの方が不思議なほど。
だが、こんな状態は辛いだろう。
だからここで、引導を渡そう。
「クオ」
「はいっ♪」
輝きを繋いで、力を合わせる。
オリオンの光を掌に集めて、竜の天蓋に叩き付ける。
一寸の迷いなく。
言霊と一緒に。
「――――『砕けろ』」
奥深くまで、壊しつくして。
力を使い切り、『同調』は解けた。
やがて、セルリアンの存在すらも記憶と瓦礫だけになってしまって。
竜を貫いた僕の掌には、少しくすんだ輝きを放つ一枚の石板が収まっていたのだった。
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