第八十七節 骸の竜と来訪者
火の鳥のような――石板の模様を読み取ってみると鳳凰座だった――セルリアンを倒した後、僕たちは戦禍の跡を片づける仕事に追われることとなった。途中で『L♡Lベアーズ』のメンバーと名乗るエゾヒグマとコディアックヒグマも合流し、中々に頭数を多くしての作業だった。
こうもクマの……とりわけ『ヒグマ』のフレンズが多くなると、特に冠詞の付いていないプレーンなヒグマをどう呼べばいいのか困ってしまう。まあ、今まで通りにして困ることは無いんだろうけどね。
ともあれ、ロウエ含め力持ちなフレンズが多く集まったおかげで、片付けはすぐに終わった。そこで僕たちは自警団の拠点に赴き、ごく短時間の情報交換を行うことにした。
初めに、ロウエがセントラル側の状況を説明する。
「…と、ウチらの情報はこんなもんや」
「なるほど、セントラルの大発生はそんな風だったんですね」
次にヒグマが、突如起きたカントー近郊での大発生について話した。
あまりに突然のことで原因は未だに分かっていないものの、大小問わないセルリアンがカントーの至る所に、まったくの不規則な出現場所を伴って姿を現し始めたらしい。
ところどころで散発的に、運悪く鉢合わせてしまったフレンズとセルリアンが戦いを起こしていたようだ。
話を聞き、事件の全体像を改めて見直す。
この情報が、僕が事前に立てていた予測とは異なっていたからだ。
「…つまり、あの塀から雪崩れ込んできた訳じゃないんだね?」
「私にはとても、そのようには思えません」
「アイツらも、別に群れになって攻めてきた訳じゃないからねー」
そう言われるとやはり、セントラル側とは無関係。
別の要因でセルリアンが生まれたことになる。
もしくは……いや、やめておこう。
この考察はまだ全く確実ではない。
仮定に仮定を重ねてしまえば、それはもはや妄想と区別がつかなくなる。
だから今出せる結論は即ち、『わからない』となるだろう。
「―――あらかた現状の確認ができたところで、これからの話をしよか」
とはいえそれも、時間の問題に思えているが。
「ウチらに必要なのは、セルリアンのお掃除に参加できる戦力や。本当ならここに居るみんなを借りて行きたかったんやけど、それはちょっと難しそうやな」
エルの想定では、何らかの理由でカントーから外せない人員がいた場合、支障の出ない範囲の中で数人ほどの力を借りれば良いという。
なにせロウエがいるから、彼女の力が対多数の戦いに向いていることも相まって、セルリアンを蹴散らすのは一人でほぼ十分。僕たちの仕事は専ら、取りこぼした個体の後始末になるらしい。
……真正面からそう言われて、ちょっと堪えたのはここだけの話だ。
「ヒグマと私が向かいます。『L♡Lベアーズ』の皆さんには、カントーにいるセルリアンの残党に始末を付けてもらいたいですから」
キンシコウが率先して手を挙げた。
ヒグマもそれで良いようだ。
「三人も、それでええか?」
ロウエが再三確認するも、異を唱える者はいない。
「おっきーセルリアンを即粉砕できないのは不満だけど……今夜は一匹、どでかいのを倒せたからボクりんはそれで満足☆ カントーのお仕事もたくさん頑張っちゃうよ☆」
「カムチャッカに先を越されて羨ましいが、それはそれだ。その仕事、俺たちにドーンと任せてもらおう!」
「私はむしろ、小さいのを相手にする方が……ううん、なんでもないです」
するすると役割分担が決まっていく。
何も口出しする必要がなくて楽だね。
「じゃ、決まりだねー」
「最後にエルちゃんに連絡したら、掃討開始やな」
ロウエが自警団に常駐しているラッキービーストを呼び寄せて、セントラルにいるエルと通信を繋げるように促す。もちろんこれも想定済みで、専用の個体が一体、エルと一緒にお城の天辺で待機している。
ピピッと電子の音がして、ノイズ混じりの声が響き始めた。
『――ロウエ、どうしましたか?』
「エルちゃん、掃討を始める準備が整ったで」
『把握しました。他には何か?』
「…なあ、エルちゃん」
『はい』
「………いや、何でもないわ。エルちゃんも気を付けてな」
『ええ、そちらも』
若干含みのあるやり取りが挟まったものの、淡々と事実だけを伝えて通話はすぐに終わった。
「ねぇロウエ、何を言いかけてたの?」
「クオちゃん、人が飲み込んだ言葉をそう易々と聞くもんやないで」
「あわわ、ごめんなさい…」
…まったく、クオは純粋だね。
ちょっと気まずい空気は僕がフォローしよう。
「言わなかったってことは、問題ないってことでしょ?」
「せや。何も心配することはあらへん」
とても明るく、疑わしいほど晴れやかな顔で彼女は言った。
やはり裏はある。
追及はしないけど。
「仮にもエルちゃんのことや、心配なんて要らん。絶対にそんなことはさせへんけど、全力を出して戦ったらウチでも勝てるか分からへんほどの実力者やからな」
もっとも付き合いの長いロウエがそう言うのだから、間違いなくそれは事実なのだろう。だが件の発言に呼応して、ヒグマが鋭い疑問を投げかけた。
「そんなに強いなら、なんで戦わないの?」
「……大きな力には、代償が付き物なんやよ」
「ふーん…」
強いことは事実でも、戦えるかは別の話。『エルを絶対に戦わせない』と彼女が宣言したのは、たったいま言及した”代償”の存在が絡んでいるに違いない。
ロウエはポンチョのフードで遊び始める。
首元から伸びる紐に目をやり、何かから視線を逸らすかのように。
疑わしそうにジト目を浮かべるヒグマの肩を叩いて、キンシコウが話を遮った。
「はいはい、もう話は決まったんですから早く向かいましょう?」
「セントラルに行くのは、ソウジュとクオとロウエと……ヒグマとキンシコウだねっ!」
最後のメンバー確認を済ませて、出発の準備は万端。
だけど予想外の出来事ってものは、そういう時にこそやって来る。
足元を衝く違和感に、僕は心臓を撫でられたような心地がした。
「…ん?」
「ソウジュ。いま、お外が揺れたような…」
「だよね、また大きなセルリアンかな」
「……おっきーセルリアン?」
とある言葉に反応を見せたちょっと怖いクマの子のことは置いといて、このパークに於いて地面を揺らすのはセルリアンであると相場が決まっている。それは別に問題ではない。
問題は、出現したセルリアンが、果たして三人で対処できる強さかどうか。
それを確かめるために外に出ようとしたんだけど、突然カムチャッカの剛腕に引かれて叶わなかった。痛いんだけど。
「ねぇねぇっ! この近くに出たってことは、そのセルリアンはボクりんたちの担当ってことになるんだよねっ!?」
「普通に考えて、カムチャッカの言う通りだろうな」
「いつも通りの食いつきですね、ええ…」
とんでもないやる気だ。
彼女はクオやロウエに負けず劣らず、戦闘狂の気がある。
もっと平穏なパークに生まれたかったと、時折僕はそう思う。
「じゃあ僕たちは、ソイツの姿を一目拝んでからセントラルに行かせてもらおうかな」
任せられるなら任せよう。
そんな軽い気持ちで僕は外に出た。
天頂に昇る綺麗なお月様を見て、そのついでに仇なす怪物の御姿を眼窩に収めて、流し目に戦いを眺めながらセントラルに向かおうと算段を立てていた。
……その通り、月は見えたけどね。
「―――ええっと、これは」
「うえぇ…」
首をほぼ直角に曲げて、僕らは空を見上げた。
どうしてかって?
それは勿論、セルリアンを視界に収めるためだ。
夜空を中途半端に覆う、骨だけの竜の姿を見るためだ。
『山のよう』と形容するにはあまりにも中身がなく、『塔のよう』と言ってみるには歪すぎる、冥界から直接送られてきたような容姿の巨竜。たった一本の細い骨の影が、クオの身体を上下に両断していた。
「おっきー…!」
「俺は今、感動している…ッ!」
「…すごいです」
『L♡Lベアーズ』の三人は、どこか冷めた雰囲気だったコディアックヒグマさえ目を見開いて感嘆の息を漏らしていて。
「ありゃりゃ、こりゃ大変なことになっとーな」
遅れて拠点から出てきたロウエは、呆れたように肩を竦めていた。
そうこうしている間に竜が動いて、また地面が震える。
骨だけの冷たい手に、僕の心臓を鷲掴みにされたような心地だった。
「あまりにも予想外だ。一応、エルに報告を……あれ?」
「ソウジュや、どうかしたん?」
「えっと、ラッキーさん、早く通信を繋いでくれると嬉しいんだけど…」
「……?」
いや、身体を傾けられても困るんだよ。
ちゃんと仕事をしてくれなきゃ。
何度か叩いて催促すると、やっと通信を始めてくれた。
”これで状況を伝えられる”と胸を撫で下ろした矢先のこと、無慈悲なエラーメッセージが撫でる手を凍り付かせた。
『―――ピピッ。通信先が見つかりませんでした。』
「は?」
「ほぇ?」
「…まさか」
僕らが全員呆然とする中、たった一人走り出す者が居た。
「ろ、ロウエっ!?」
「コイツは任せたわ、ウチはエルちゃんの様子を見に行ってくるっ!」
言いたいことだけ言い放ち、脇目も振らずに猛ダッシュ。
なんと脈絡のない行動だろうか。
だけど絶対、さっき言い掛けてたことが関係してるはず。
分かっていたけど、鳳凰と戦う前からロウエは何かに気づいていた。
それに僕も勘付けていれば、もっと話は違っていた筈だけど……。
「待って~…って、もう見えなくなっちゃった」
「ソウジュ、追いかける?」
「…いや、向こうは任せよう」
比較して、足手まといになる可能性の方が高い。
第一、ロウエを心配する理由が無いし、寧ろ今は僕たちのことを心配して欲しい。
「どう考えてもコイツ、放っておける存在じゃないし」
……勝てるのかな。
「あれ、君たちも戦うの?」
「強さを疑ってるわけじゃないよ。だけどアイツ、予想以上に強そうだから」
「いいよいいよ、助かるもんっ」
キラっと明るいカムチャッカ。
もう少し目に光があれば……なんてね。
「それじゃあ一緒に、粉砕しちゃお☆」
「……いや、粉砕はしないかな」
彼女のイカれたお誘いを、僕はやんわりと断った。
だって骨って、砕いた後の始末が厄介そうだもの。
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