第八十六節 月を削りて、陽を築く
「つうわけで最初の攻撃、よろしく頼むで?」
「あー、そうなるんだね…」
まさか開戦早々、こっちに役目を投げられるとは。
だけど仕方がない。
「いいよ、任せて」
物珍しそうに目を輝かせてフード付きの服を引っ張って回っているクオには一旦我慢してもらって―――ロウエの要望通り、戦いの火蓋を切る一撃をあの火の鳥へ叩き込ませてもらうことにしよう。
……まったく、責任重大だね。
妖術を構築する時のように、手の先に力を集める。
すると手首と袖の隙間から、にゅるっと蛇の頭のようなものが生えてきた。
「首、そっから出てくるんだ? まあ、戦う分には困らないか」
もう片方の手にも力を込めると、やはり同じように首が生えてきた。
これで、元々あった僕の頭を加えて三つ。
サンカイで戦ったセルリアンの姿を思い出すと六つほど足りない。
まあ、そこは省エネ仕様ってことで。
沢山の手数が求められる高速戦闘ではないから、今のうちはこれで十分。
御託もこれくらいにして、そろそろやってやろう。
「…よし」
両腕の頭にけものプラズムを集約し、そのサイズを盛り上げていく。
二倍、三倍、四倍と、首の太さと一緒に段々と巨大化していき、やがてセルリアンにも難なく噛み付ける程に大きくなった。
ギラギラと輝く鋸歯の先から毒液が垂れ、落ちた先の石を溶かす。
「食らえ…!」
呼び掛けた先はセルリアンか。
若しくは飛ぶ鳥を食らわんと伸びる蛇の頭か。
鈍重そうな外観に似合わぬ俊敏な動きで首が伸び、二つの頭は挟み込むようにしてその牙を迫らせた。
そしてやはりセルリアンは、こちらの動きに気づきつつも無視していたようだ。突然の攻撃にも、驚く素振りをおくびにも出さず奴はその場で回転し、数度かすらせつつも毒牙を避けながら更に上空へと羽ばたいた。
だがこちらも、この程度で終わりはしない。
「追えっ!」
多少時間が掛かっても、噛み付くまでは諦めない。
首を長くして、この牙が届く瞬間まで追い続けよう。
そして巨体を携えているセルリアンは、得てして自由な蛇の頭よりも遅かった。際限なく上空に逃げて逃れようと試みたようだが、同様に限りなく伸びて、更に素早いこちらの攻撃を凌ぎきれる筈は無かった。
―――届いた。
僕はそう確信する。
その通りに、毒牙が奴を捉える瞬間。
太陽がより一層絢爛に、眩く爛々と熱を放ち始めた。
夜空に映える。
「…ッ!!」
直感が頭を抑えた。
咄嗟に首を仕舞った。
「あれ、ソウジュ?」
「まずいこと、しちゃったかも…」
「…えっ?」
ハテナマークを浮かべたクオに、上空のセルリアンを指差して示す。最初よりもはるか高くまで昇ってしまった太陽は、明らかにこちらに敵意を向けながら身体の熱量を増大させている。
その証拠に、ずっと下界に降り注いでいるセルリアンの羽の、落ちた場所から立ち上がる火が民家の屋根と同じくらいの高さになっていた。最初はクオの身長くらいだったことを考えると、とんでもない変化だと言える。
「ありゃ、カンカンに怒っとるなぁ」
「やっぱりロウエにもそう見える?」
あの状態への解釈は、みんな凡そ同じみたいだ。
ヒグマとキンシコウも、ロウエの言葉に首を縦に振っていた。
「うん、アイツもなかなか
そうだよね。
これ、僕の攻撃が原因だよね。
「……ごめん、僕のせいで」
「気にしなくてもいいよ、セルリアンなんてあんなもんだからねー」
「元々ウチの頼みやし、あの調子なら誰が攻撃しても同じようなもんやったやろ」
もっと惜しみなく力を使って、反撃する暇もなく倒してしまえば―――とか考えてみたりするけど、後悔先に立たず。
せめて後悔が増えないように、今できることを考えよう。
「―――で、そろそろ攻撃が来そうやな」
具体的に言えば、あのセルリアンの攻撃を凌ぐ方法とか。
間違いなくそれが直近の憂いだ。
「でっかいのが来るよね、きっと」
「やり過ごす方法、何か…」
「それなんやけど、防御はウチに任せてくれへんか?」
突然の提案に、みんなの目がロウエに向いた。
ヒグマとキンシコウはより純度の高い疑問の目を向け、クオと僕は若干心配の心情を視線に乗せて。
もちろん、ロウエは強い。
彼女の容赦ない殲滅力はこれまでの行軍で目の当たりにしている。
だけどその反面、防御における彼女の実力は未知数だった。
クオの質問も、それを心配に思ったものみたいだ。
「ロウエ、防御もできちゃうの?」
「もちろんや! ウチはまだ、『
強がりではなかった。
確固たる自信が言葉の裏に透けていた。
クオと僕はそれを聞いて引き下がり、キンシコウたち二人も、ロウエの情報を持っている僕らの判断を信じることにしたようだ。
おおきに、と微笑んで、僕ら全員を庇うように前に立ったロウエ。
「みんなウチの後ろに下がってな。あんまり離れられると、流石に無事を約束できなくなってまうで」
自らと対峙する者の出現を待っていたのだろうか。
ロウエが相対するように立つと、夜空の太陽はついに膨れ上がり始めた。
巨大な火球が、セルリアンの体躯から切り離されて墜ちてくる。
「さぁ、よぉく見ときや~!」
堅固に握りしめた大剣を天に掲げて陽に重ねれば、風が渦巻いて光を集めて切っ先が裂けて剣は再び形を変える。鈍い鉄の色が満天に広がって、曇天のような月影が太陽の姿をすっかり覆い隠してしまう。
「…これって」
「武器はこうやって、盾にも出来るんやよ?」
明るい空はもう見えない。
皆既日食のように、月の淵から火が漏れる。
せめぎ合う風の音だけが、ロウエと火球がしのぎを削っていることを示している。
「へへっ……君の火球、なかなか良い威力しとるやないか。でもウチには、そんな生半可な攻撃は通らへんでぇっ!」
土に罅を、宙に割れ目を。
振り抜いた先の満天の星に、太陽の輝きは月しかなかった。
「す、すごい…!?」
「うん、ざっとこんなもんや」
「お前すごいな、今度戦ってくれないか?」
「ええで、ソウジュとの先約が終わったらな」
…ヒグマも手が早い。
もう戦いが終わった後の次の戦いを予約している。
流石に悠長過ぎたようで、キンシコウに窘められていた。
「油断しないでください。まだセルリアンは倒せてませんよ」
「けど降りてきたな、疲れたんやろか?」
降りてきたセルリアンの羽ばたきは遅く、全身から噴き出ている火の勢いも些か弱まっているように見える。数分前までの傲慢な苛烈さは見る影もない。
アレが、いわゆる大技の反動。
きっとここが攻め時だ。
僕は袖口を緩めた。
「クオ、行こう」
「わかった♪」
「おい、ちょっとー!」
「ウチを置いてかないで~!」
僕たちが走り出すと、追って二人もやってくる。
苦笑を浮かべて、キンシコウが最後に倣った。
「……ここぞとばかりに我先にと、困った人たちですね」
そしてここから、総攻撃だ。
「伸びて、噛み付け…!」
袖から脚から背中から、合わせて八本の頭をフル稼働。
四方八方から羽根を噛みちぎり、牙から毒を流し込む。
毒で苦しみ暴れ回るセルリアンに、すかさず銀色の刃が牙を剥いた。
「えへへ、斬っちゃうよ♪」
目を橙に光らせて、縦横無尽に狐が跳んだ。
翼を丁寧に斬り落とし、弱った火種に草は燃ゆ。
ついに地に墜ちた恒星に、地上の豪傑が手を伸ばす。
「私のハンマーを食らいなっ!」
機関車の如き勢いでヒグマは突進し、運動エネルギー全てをハンマーに乗せて頭に向けて振り抜く。岩でも砕いたような轟音と共に、セルリアンが数メートルほど浮き上がり、はらはらと落ちる羽毛の数々は散った花火のようだった。
まだまだ、攻勢は終わらない。
「私も後れを取ってはいられませんね…!」
クルクル如意棒を取り回し、キンシコウの攻撃は首元を正確に突く。
派手な見た目は無いものの、響く鈍い音からは確かな手応えを感じた。
―――さあ、そしていよいよ。
「ウチの出番やな。バッチリ決めたるでっ!」
再び彼女の手に握られた赤い大剣。
ロウエは高く跳び上がり、胸を目掛けて振り下ろす。
彗星のように、斬撃が燃える星を穿った。
剣が深々と突き刺さり、セルリアンは力なく倒れ込んだ。
その場にいた全員が終わりを確信したが、しかし。
「……っと、まだ耐えるんやな」
深く苦しむ素振りを見せながらも、再び起き上がった。
恒星の終わりはまだ遠くにあるようだ。
どこか嬉しそうにクオは切先を向けて言った。
「しぶといね、でもクオたちもまだまだ元気だよ!」
「…逃げられる前に仕留めよう」
不死鳥と比べても遜色ないその生命力は称賛に値する。
しかし相手はセルリアン、存在するなら倒さなければいけない。
僕は蛇の首を一本に減らして、その牙に全ての毒を集約させる。もう避けられることは無いだろうから、特別に純度の高いこの毒で戦いの趨勢を決めてしまおう。ヒュドラの行進は悠然と、炎を取り殺すため踵を鳴らす。
みんな、手と足を止めた。
不死鳥の首に牙を掛け、吹きすさぶ血で終わらせんと僕の手に任せた。
…力を込める。
先を食い込ませ、とうとうセルリアンさえ目を閉じた斜陽の刹那。
「ほりゃりゃりゃーん☆」
………大きなハンマーが、背後からセルリアンを砕き去った。
唖然とする間に、星が飛ぶ。
「リスペクト即粉砕、完了☆」
場違いに明るい声が、幕引きを告げた。
哀しくも用済みになってしまって、寂しく目を細めた蛇の頭を、僕は名残惜しくも袖の中に仕舞いこんだのだった。
駆け寄って来たクオが、優しく頭を撫でてくれる。
「ソ、ソウジュ…」
「…うん、大丈夫」
「次があるよ、元気出して!」
「いいよ、無くていいよ…」
ああ、世界って理不尽だ。
クオにカッコイイところ見せたかったのに。
「案外早かったね、カムチャッカ」
「おっきーセルリアンって聞いたんだもん、じっとなんてしてられないよ♪」
「だから、一人なんですね…?」
さっき倒されたセルリアンの石板を拾って、会話を始めた三人の方に目を向ける。カムチャッカと呼ばれたクマのフレンズは、ピースを目元に当ててニコリと笑った。
僕は、げんなりと苦笑した。
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