第八十五節 交戦開始
「『
「『
「えっとえっと~……クオ、行くよっ!」
城門前、淡く影を伸ばす三人が、セルリアンと戦い始めた。
ロウエは鉄剣を扇に加工し、喧騒を駆けて斬り抜ける。
僕は文字通りクオの力を借りて、妖しき炎風を戦場に吹かす。
クオは自慢の刀を振り回し、戦禍に混乱を撒き散らす。
地を空を忙しなく墜ちるセルリアンの雨に、まるで目の前の敵を倒しながら無計画に前進しているように見えるが、実際はそうではなく、セントラルとカントーを結ぶ連絡道路に沿って戦線を進めている。
三人で全て掃討するのは不可能、これは紛れもない事実。
手早く応援の戦力を中心へと呼び込むために、道路の開拓は必須のことだった。
道へ横入りして来ようとするセルリアンは、僕の妖術で展開した炎壁が阻む。
エルの計算によれば、開通迄およそ一時間。
通しで戦い続けるために、石板ではなくクオの力を借りている。
……あっ、時間の都合で早足になったけど、ちゃんと説明はしたよ。
勿論その分、クオには二倍ほどの負担を強いてしまうことになるけど……。
「ソウジュのためだもん、クオは全然平気だよ」
「ほんと、ありがとね…」
クオは健気にそう言っているけど、どうにも利用しているみたいで後ろめたい。隙を見て有効に扱えそうだったら、ときどき石板の力も使って戦うことにしよう。
そんなことを考えている間に戦線はさらに進む。
扇に代わって握られたモーニングスター、いわゆる鎖付きの鉄球が、止まり時を知らない回転で周囲に不可侵の領域を作り出す。大きな個体にも、鉄球を大きく変えてしまえば風船も同然。
常に後出しで戦法を再構築するロウエに、真正面から殴り勝てるセルリアンなんて出てくる訳がなかった。
「ふぅ、手応えがないのう」
「良いことだよ、苦戦してないんだから」
「退屈やなあ。ソウジュ、終わったら一戦交えてくれへん?」
「まあ、別にいいけど」
背後に迫っていた球体を後ろ脚で蹴っ飛ばし、適当に答える。
”自分なんかと戦ったって”と言おうとした矢先、心当たりが氷のように浮き上がってきて僕は指を噛んだ。
そして予想通り、彼女の戦う理由はそれだった。
「へへ、
「…あんまり期待しないで欲しいかな」
試合に何か適当なルールを付けて、その裏を掻く形で判定勝ちとかできないものだろうか。それとも今の内から、真っ当に強くなる方法を考えておくべきか。
―――最悪、石板で運試しだな。
取るに足らないセルリアンの群衆を三人がかりで蹴散らしつつ、およそ作戦の進み具合は半分を越えた頃。双眼鏡を覗くと遠くに高い塀がそびえ立ち、あそこがこの行軍の目的地となっている。
あの塀はセントラルとカントーの市街の境界だ。
万一のための防護壁として平時は何も無く通り抜けられる。
エルは応援をその塀の向こうに集めさせたから、道が開通すればすぐに合流してセルリアンの大掃除を始めることができるという寸法だ。
しかし、近づくにつれて、奇妙な様相が目に浮かぶ。
初め僕たちはそれを明かりと狼煙だと思った。詳しい位置を知らせるために、エルが指示して向こう側のフレンズ達に用意させたのかと思ったが、よく目を凝らして観察してみるとどうにも違う。
更に近づくと見えた、立ち上る炎と煙が。
塀が、燃えていた。
「……どういうことや?」
「分からない。でも急いだほうが良さそうだ」
「そういうことなら…っ!」
ロウエは手を大きく開き、モーニングスターは更に大きな大剣へと姿を変える。彼女の身長を優に超える溶けた鉄のように赤い刀身が、月を穿つように天へと掲げられた。
ポトリと石畳が融けて、赤い楕円が描き出される。
「君ら…まとめて消えなっ!」
竜巻が通った後のように、僕らの目の前には何も残らなかった。
完全に道が開けたのを確かめて、僕らは歩速を速めて進む。
「もしも、あっちもセルリアンに襲われてたら…」
「その時は、ラッキービーストを捕まえてエルに連絡しよう。作戦を変えるにしても、彼女は情報を把握していないといけないからね」
僕は今後の展望を、不安を抑えるためにも組み立てる。
それを聞いたロウエが、疑問の音を上げた。
「……んん?」
急いでいる筈の足を止めて、重大な何かに気づいたように口を押さえ、瞳孔は忙しなく思考と現実の狭間を行き来していた。しばし待っても彼女が話を切り出すことはなく、これ以上待っていられる状況でもなかった。
迷惑を承知で、僕は彼女の思考の隙間に言葉を挟み込んだ。
「ロウエ、どうかした?」
「…いや、何でもあらへん。はよ行こか」
結局なにも明らかにならないまま、ただ明らかな動乱へと刻一刻と、誰も知らない異物を噛み殺した運命の歯車は回り続けていた。
§
打って変わって、塀の向こう。
ヒグマたちは、突如住宅街に姿を見せたセルリアンと応戦していた。
「キンシコウ、そっちは平気!?」
「な、なんとか持ち堪えてます…っ!」
実力の如何に関わらず、彼女たちは防戦一方。
避難に遅れたフレンズ達を無事に逃がし切るため、最後の砦として彼女たちは怪物の前に立ち塞がり続けていた。
「まさかこっちにも出てくるなんて……ふふ、燃えるじゃん」
だが当然、ヒグマの方が圧倒的に強い。
「サイキョーの名に懸けて、みんなには指一本手出しさせないよっ!」
真に逃げ道を持たないのは、本能のような衝動に従ってフレンズへと襲い掛からざるを得ないセルリアンの方だったのかもしれない。
戦いの最後に、弱々しくも勇敢に突っ込んできた小さなセルリアンを足蹴にして、ヒグマはキンシコウの方へ向き直った。
「この調子じゃ、セントラルへの応援はどうなるかねー…」
「…暮らしているフレンズの数は、こちらが圧倒的に多いですからね」
彼女たちの活躍を以てして第一波は収まった。
だが第二波を憂えば持ち場を離れられないのは必定。
キンシコウは頼ろうとしてラッキービーストを探すが姿が見えない。
何処に消えてしまったのだろうか?
その解答たる結論が出る前に、新たな問題が姿を見せた。
「…おや?」
「これは…」
二人は急に街が明るくなったことに気づいた。
同時に、不審なほどに暑いとも感じた。
熱源の存在を背中に感じ取った二人が振り返ると、彼女たちの予想通りそれはそこにいた。
―――夜空に燦々と輝く、まるで太陽のように。
「…ヒグマ、あれは」
「ふふっ、骨のありそうなヤツが出てきたじゃん」
にやりと笑い、ヒグマは宙に浮く赤い鳥のようなセルリアンの方へ歩いていく。
キンシコウはそれを見て、慌てて腕を引いて彼女の歩みを止めた。
「む、無茶ですよっ!?」
「えー、なんで?」
「だって、火の鳥なんて―――っ!」
途中で言葉は途切れ、それでもキンシコウは必死に首を振って、「行ってはいけない」とアピールし続ける。
月を食うほどの暁光を撒き散らす紅鳥。
その姿を直視したヒグマは目を細め、口角を上げた。
「だけどアイツ、どっからどう見てもセルリアンでしょ? 残念ながら、カントーを守るためにも私たちはアイツと戦わなくちゃいけないってことだ」
「声が弾んでますよ、残念だなんて思ってないでしょう!」
思わず声を荒げたキンシコウ。
一瞬ハッとして我に返り、頭を痛めてヒグマに問う。
「……太刀打ちできるのですか?」
「一人だけじゃ、厳しいだろうねぇ」
これ見よがしにそう言った。
胸に手を当て、言われた彼女は深く頷いた。
「分かっています。私も全力を尽くしますよ」
「それはもちろん、頼りにしてるよ。でも、それだけじゃないみたいだ」
「…えっ?」
応援の存在を示唆するヒグマの言葉。
キンシコウは反射的にカムチャッカオオヒグマの存在を思い出した。
だが、彼女たちの根城は想像よりも距離がある。
まさか、この短時間で…?
疑問と希望と焦燥と、耳に響いた足音の方向に彼女が見つけたのは三つの人影。中でもその内二人は、彼女がサンカイに居た頃から馴染みのある顔だった。
「ソウジュくん、クオちゃん…!?」
「やっほー、また会ったねっ!」
「どうして…」
「話は後だよ。どう見てもヤバそうな奴がそこにいるからさ」
全員の視線が空中のセルリアンに向けられる。
悠々と空を舞う紅い鳥は下界の様子など目にもくれず、しかしソレから撒き散らされる羽根は辺りに無差別に火の手を起こしていた。
太陽のようなこの鳥は、果たしてどこから現れたのだろう?
ロウエが吐き捨てるように口にしたのは、伝説上の生き物の名前だった。
「―――鳳凰か。もしかして不死鳥だったりするんやろか」
「ヤな可能性だね、そうじゃないといいけど」
「えっと、そこの緑のお方は…?」
「ロウエや、よろしゅうに」
彼女が優しく笑うと、キンシコウもつられて微笑んだ。だがロウエの底抜けに豪快な、ヒグマに勝るとも劣らない力任せな戦いを見た時、その微笑みは苦笑に変わって硬直してしまうのではないだろうか。
彼女たちに限らず、バトル大好きなフレンズが多くて困り物である。
「話は終わった? そろそろ戦いたくてウズウズしてきたんだよね~」
「分かるわ~、ついつい心が躍ってまうよな」
「だよね、燃えちゃうよねっ!」
……鳳凰だけに、か。
「こんなことになるなら、
「へへ、迷宮を水浸しにした罰が当たったんや」
意趣返しのようにロウエはそう云うものの、あの馬鹿みたいな量のセルリアンを、星座の圧倒的な力を利用した水攻め以外の正攻法で退治できたのかどうかは甚だ疑問である。仕方ない部分もあっただろう。
しかし無い袖は振れず、使い切った石板のエネルギーは回復するまで待たなければならない。
仕方なく、別の石板を手に取った。
「『
”うみへび”と言う程だし、水に関わる力は持っているだろう。
”みずへび”とも悩んだが、より近くにあった方を取っただけだ。
『同調』によって変化した服装の、大きなフードを頭に被って、全身を駆け巡る膨大なエネルギーに惟いを馳せる。
「お、また強そうなの使っとるな」
「まあね、出し惜しみなんて出来ないでよ」
「それはええけど、ウチと戦う時の分は残したってよー?」
飽くまで余裕を崩さないロウエに、肺の息が抜けた。
今度の戦いは、そこまで気負う必要もないのかも知れない。
「ほな、交戦開始やっ!」
空を指差してロウエが叫ぶ。
夜空に浮かんだ太陽と、フレンズたちの戦いが始まった。
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