第八十三節 隠密行動

星質同調プラズム・シンパサイズChamaeleonカメレオン


 石板を携えてそう呟くと、緑色の光が僕を包みこむ。

 身体の周囲を忙しなく回る星を見て、ロウエは驚いている様子だった。


「…それが君の力なん?」

「まあ一応、そういうことになるかな」

「へぇ、意外やわぁ。ウチはてっきり、迷宮の中で水を出した犯人が君だと思ってたけど」


 呟かれた言葉を聞いて合点がいった。

 何に驚いているかと思えばそういうことか。


 誤解を解くために、僕は手を上げて言った。


「あ、それも僕だよ」

「……んん?」


 頭上に巨大なハテナマークを浮かべたロウエ。

 彼女の困惑に満ちた顔を見て、僕は苦笑いする。


 確かに、普通は一人に一つだよね。

 ロウエみたいに特殊な力を持っている子だったら、尚更その認識は強いはずだ。

 考えように依っては、僕のやり方は反則かもしれないな。


「ええとね、星座の力を借りて色んな力が使える……ってことだと思う」


 『思う』って表現なのは、まだ確実じゃないから。

 既に四つほど星座の力を借りてはいるけど、全てがそうとは限らないから。


 ……なにせ、既に例外クオが見つかっているからね。


 『違うかもしれない』って考えを持っておくのも悪くないはずだ。


 なにはともあれ、ロウエは納得してくれたみたい。

 驚きは鳴りを潜めて、若干呆れたような目をしてこちらを見ている。


「あれもこれもと、欲張りなことやな」

「あ、あはは…」

「ま、ええわ。頼りにさせてもらうで」


 ポンポン、と両肩を叩かれる。

 一つの手はロウエ。


「―――ソウジュ」


 もう一つの手は、クオだった。


 クオも呆れ…というより、疑問かな。

 疑わしいものを見るようなジト目の表情を浮かべて、ピッタリとくっつきそうなほど身体を近づけて僕に質問を投げかけてきた。


「石板って、セルリアンが落とすんだよね?」

「うん、そのハズだよ」

「ソウジュって、キツネにもなれるんだよね?」

「一回、なったことがあるからね」

「…キツネのセルリアンって、出てきたことあったっけ?」



 ―――あっ。



「……クオは、勘が良いね」

「ソウジュ、どういうこと?」


 咎めるような口調に胸を刺される。

 よく考えれば、クオには何も話していなかった。


 だけど難しいよね。キュウビについて話して良いのならまだしも、彼女から直々に口止めを食らっている現状でその部分まで洗いざらい白状してしまう訳にはいかない。


 どこまで明かしていいか、いけないか。

 しっかり線引きをしておく必要がありそうだ。


「詳しく話すと長くなるから、後でもいいかな。もしかしたら、混乱させちゃうかもしれないしさ」

「…別にいいけど、ちゃんと説明してね?」

「うん、約束するよ」


 そう言うと、クオは小指を立てた手を突き出してきた。

 ……指切りをしろってことか。

 思ってたよりも厳しいね。


「嘘ついちゃ、ダメだよ」

「…うん、わかった」


 そうして小指を解くと、クオはすぐさま僕の手を捕まえた。

 小さな手に凝縮された温もりに頬を緩めていると、横からロウエが空気も読まずに割り込んできた。


「で、そのカメレオンとやらは何ができるん?」

「たぶん、セルリアンから身を隠せる」

「『たぶん』って、ちょっと心配やな…」


 言い忘れていたけど、今の僕は服装が変化している。

 これは他の星座の時と同じだね。


 カメレオン座は忍者みたいな見た目で、周囲の景色に溶け込む能力からの連想ってことになるのかな。自分で使っておいて把握しきれてないのは謎だけど、そもそも石板とか、星座の輝き自体が正体不明の代物だから仕方ない。


 ……いつか分かる日は来るのだろうか。


「折角やから試しに使ってみたらどうや? 忍者と言えば変装や。女装してみい」

「ええっ!?」

「なんや、出来ないって言うんか?」

「さ、流石にそれは……」


 ロウエの無茶ぶりに狼狽し、二人して盛り上がっている最中。

 クオは寂しそうに少し離れて、僕の様子を眺めていながら。


「―――隠し事なんて、許さないからね」


 風に乗せられて、不明瞭な声が僕の耳に届いた。


 もしかしてクオに呼ばれたのかなと、僕は振り返って聞き返す。


「クオ、どうかした?」

「う、ううんっ! なんでもないよっ!」

「……そっか」


 どことなく不自然な仕草を感じたけど、僕は深入りしなかった。

 クオがハッキリ否定してるし、別にいいかなと思っていた。


 後になって、『もしもこの時詳しく聞いていたら』とIFな世界を想像したりすることもあったけど、当時はきっとそんな場合ではなかっただろう。


 何より、優先するべきものが有った。


「じゃあ、そろそろ雑談は終わりにしよか」

「了解。目的地は?」

「簡単簡単、あそこやで」


 ビシッと手を出し、ロウエが突き出した人差し指。

 その先にある建物の名を静かに、クオが口ずさんだ。


「……お城?」

「その通り。あれがエルちゃんの居城や。ウチの記憶通りならな」

「じゃあ、今はいない可能性もあるの?」

「可能性はな。だけどそれは低いと思うで」


 そう言ってロウエは腕を下ろし、地表付近の家屋を指差す。

 正確にはその家屋の外壁に佇む、ジャパリまんの籠を持ったラッキービーストを。


 その意図を掴みかねている僕らに、ロウエは言葉で説明をした。


「アレが証拠や。エルちゃんが仕事をしてる証拠」

「……ラッキービーストが?」

「正確には、その上のおまんじゅうや」


 なるほど。

 つまり……どういうことだろう?


「何を隠そう、工場の働きを制御して、パークの全部に食べ物を届けられるようにしてるのは他でも無いエルちゃんなんやで。だからあんな風にジャパリまんが存在してるのは、エルちゃんが居るからに他ならないんや」


 友人の功績を、ロウエはとても自慢げに語る。


 その話を聞いて、かつてサンカイで聞いた筈の話を思い出した。

 僕の記憶が確かなら、ラッキービーストがエルの存在を示唆するような発言をしていたような気がする。


「ま、色々あってシステムを乗っ取った結果なんやけどな」

「…ハッキングじゃん」

「仕方なかったんやよ。そうしなきゃ全部止まってたんやから」


 ともあれ、事情はさまざまあったのだろう。


「ま、とにかく安心しいや。エルちゃんは今もお城におる」

「そうだと…信じるしかないね」

「せやろ?」


 居なかったときのことは、実際にそうなってから考えよう。


「ほな、お城へれっつらごーや」


 お城まで謁見に向かう僕たちは孤立無援。

 僕は星を撒き散らして、三人の姿を道の真ん中に隠す。

 そして悠々と、セルリアンの隙間を練り歩いていくのだった。




§




「…ここだね」


 民家よりの行軍は四半刻。

 敵との交戦もなく、桟橋を越えて僕たちは城門前。


「ソウジュのおかげで何ともなかったね」


 クオがそう言う通りカメレオン座はとても優秀で、肌が触れるギリギリまで接近しても気付かれる素振りは無かった。

 もしかすると、意識の外に隠れてしまっているのかもしれないね。


 想像以上の使い勝手で、迷宮でこの星座のセルリアンに驚かされた分はこれで帳消しにしても良さそうだ。


「それに、強そうなセルリアンもいなかったし」

「セルリアンと鉢合わせて悲鳴を上げた可愛い狐さんはおったけどな」

「そ、それは忘れてっ!」


 そうそう。

 確か曲がり角だったよね。

 先走って飛び出したクオは、危うくセルリアンと衝突し掛けていた。


 パンを食べていたらマンガだったし、ぶつかっていたら恐らく戦闘になっていた。

 しかしカメレオン座はどうにも声まで隠蔽してしまうようで、クオの可愛らしく大きい叫び声はセルリアンには聞こえていない様子であった。


 ……分からないよね。

 星座って何なんだろう?


「で、どうやって侵入するかだけど」

「は~、厳重な警備がしかれてるのお」


 お城付近は周囲の住宅街とは違い、大型のセルリアンの姿が多くみられた。

 とはいえ住宅街の方は小さなセルリアンで溢れているし危険度は五十歩百歩。敢えて比較するなら、お城の攻略にと感じるくらい。


 ……そう。


 この配分には誰かの意図が透けて見える。

 セルリアンを統率する誰かが存在する、そんな可能性が浮かんできた。


「こいつら、城の中に攻め入ろうとはしないんだね」

「エルちゃんが怖いんやろ。もし戦ったら敵なしやからな」

「…たぶん、違うと思う」

「クオ、何か分かったの?」

「見てよ、セルリアンが開けようと頑張ってる」


 大きな二本の腕を持った、丸っこい胴体の大きなセルリアン。

 ホッカイで読んだ本の中では、”ファングセル”という名を付けて呼ばれていたような記憶がある。


 名前だけを聞くと、とてもカッコイイ。

 だけど門をこじ開けようと必死に頑張る姿は、ちょっとカワイイかもしれない。


 ……ま、襲ってきたら普通にやっつけるけどね。


「エルちゃんの仕業やな」


 門前払いの光景を見たロウエはそう言った。


「ちょっと武器を貸してみい。まとめてやっつけてくるわ」

「敵が多いよ、僕も手伝う」

「いらんいらん。あんなんウチだけで十分や」


 心底煙たそうに手を振るロウエ。

 彼女がその気なら任せよう。

 ここは、その実力を確かめるという意味も込めて。


「…じゃあ、これを」

「ほい、助かるで」


 武器は適当に、虚空間で使わないまま腐っていた木の棒を渡した。

 ……あぁ、木は腐ってないから悪しからず。


 確か武器の形は変えてしまうから何でもいいとか言ってたし、これで十分だろう。


「『千変万化ダンタリオン』。お掃除の時間や」


 グルングルンと大振りに棒を振り回せば、段々と棒の形が変化していく。

 先端はとても大きく太く、持ち手の部分もそれを支えられるくらいの図太さを手に入れてゆき、数度の瞬きの間に木の棒は巨大なハンマーとなった。


「さ、はよ逃げへんと叩き潰してしまうで~。……ま、逃がさへんけどな」


 その重量に地面が軋む。

 ハンマーの陰にセルリアンが気付く。

 もう遅いのだと槌を降らせる。


 ドシン……ッ!


 重厚な衝撃が響き、何体ものセルリアンは姿を消した。


 大きなものも、小さなものも、全て有象無象。

 等しく、ロウエの前では塵芥も同然だった。


「…まさか、ここまでとはね」

「すごーい、ごうかーい!」

「ま、ざっとこんなもんや」


 元に戻った棒を僕に投げて返し、疲れた様子でロウエは座り込む。

 それにしては、仕草はとても元気そうだった。


「すごいよロウエ」

「へへ、せやろ?」

「すごすぎて、セルリアンも集まって来ちゃったよ」

「……ほぇ?」


 城門の向こうをクオが指す。

 ハンマーの音を聞きつけたセルリアン達が大量に集まっていた。


 ……カメレオン座、切れちゃってたんだよな。


「あんなおっきいので叩くからだよ~!」

「しまった、隠れてること忘れとったわ…!」

「…さっさとお城に入ろう」


 中に入ってしまえば、流石に手出しは難しくなるはずだ。


「で、でも扉は閉じたままやで!? ウチらの時だけ開くとかそんなご都合主義…」

「『開け、ゴマ』」


 一応、方法は考えておいた。

 かなり強引だけど、開けば良し。


 クオと手を繋いで、”もしも”が無いように全力で唱えた。


「……」

「ほら、開いたよ」

「えへへ、さすがソウジュだね♪」


 上手く行ってよかった。

 さあ、アイツらに追いつかれる前にお城に入ろう。


「そんでもって……『閉じろ』!」


 言霊を使えば戸締りもバッチリ。

 これで外のセルリアンに対しては安全だ。


 まあ、ロウエの目が呆れてるけどこれは必要経費。


「……君ら、ウチに驚いとる場合ちゃうやろ」


 ほんのちょっぴり、『その通りかも』とは思ってしまったけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る