第六十五節 マーケットには何でもあるよ、もちろんセルリアンも!

 街の南門から北西方向。

 大動脈たる大通りに面し建てられた、電光看板のよく目立つ建物。


 そこは、カントーにある工場から直接卸された品物をラッキービーストが丁寧に管理することで、玩具も食品も工具でさえも、文字通り何でも揃っているマーケット。


 強みは品ぞろえだけにあらず。ロボットならではの連携の取れた仕事捌きによって、商品の陳列も棚の並び方も綺麗に整備され、フレンズたちは程良い空調の効いた空間の中で気の赴くままに欲しいものを探すことが出来る。


 そして僕たちも同様に、そのマーケットで料理の材料探しをする。



 ……はずだったのだが。



「アワワワワ…!」

「機体に重大な損傷を確認。プロトコル・シンダフリを実行」

「当店はフレンズ向ケの店でス。セルリアンはお引き取りくださイ…!」



 僕たちが自動ドアを越え、マーケットに足を踏み入れたとき。


 そこにはラッキービーストたちの平坦な阿鼻叫喚が絶え間なく飛び交うという、なんとも摩訶不思議な光景が広がっていた。



「ど、どど、どうしましょう…」

「なるほど、セルリアンが出たみたいだね」

「では、落ち着いてショッピングをしている場合ではないな」

「やっちゃう? ねぇねぇ、やっちゃう?」


 慌てるイエイヌ。

 悠然と佇むオオアリクイ。

 戦いの気配に高揚を隠せないクオ。


 何故か三人の視線が集まってきたから、僕は仕方なく宣言する。


「やろう、セルリアン退治だ」

「やったぁーっ!」

「わ、私もがんばりますよ!」


 許可が下りた瞬間、クオとイエイヌは揃って誰もいない食べ物売り場の方へと走っていく。意外だな、さっきまでオドオドしていたイエイヌも張り切っている。


「騒がしいな、元気でいいことだ」

「戦いに乗り気なのはどうかと思うけどね…」


 僕は少し頭が痛い。

 けどまあ、オオアリクイは見ての通り落ち着いているし……


「そろそろわたしも行こう。ふっ、久々に腕が鳴るな」


 …あなたもか。


「……さっさと片づけよっか」

「ああ、全ては輝かしい新たな料理のために!」


 何も言うまい。悪いことなど無いのだし。



 僕とオオアリクイは玩具売り場――クオとイエイヌが行ったのとは反対の方向――に足を運び、セルリアンの姿を探すことにした。



「…いないな。普段ならすぐに見つかるのだが」

「建物の中なんだし、時間の問題だよ」

「それもそうだな」


 ごちゃごちゃと荒れているせいで、周囲の見通しが非常に悪い。


 パニックにでもなったのか――果たしてロボットがパニックに陥るのか甚だ疑問だが――周囲を走り回っているラッキービーストが鬱陶しい。

 足音はセルリアンの出す物音を隠し、崩した品物は暴れた跡を隠し、ちょこまかと動き回る姿は僕らにセルリアンかと誤認させる。


 事態に対応できないのなら大人しく機能を停止して、今すぐに撹乱行動をやめてほしいのだけれど……その必要はあまり無くなった。


 ……今、いたね。


 右奥の戸棚、散らばったフィギュアの箱の向こうに姿が見えた。


「見つけたよ」

「そうか、どこだ?」

「あそこ」


 適当にその方を指差す。

 物陰に隠れたのか今は姿が見えない。


「…わたしがやるか?」

「じゃあお願い。僕は周りの様子を注意しておくよ」


 いったん方向を分かち、僕は横道に逸れて横槍の警戒をする。

 丸くて細長い尻尾、足のついたヘルメット、半透明の三日月が案の定十数体ほど湧いてきたので、適当に放った妖術の炎で焼いてしまう。


 最近は妖術の威力が上がってきた気がする。日々使っていくうちに効率化も進み、より少ない負担で現象を起こせるようになった。言霊を使ったらほぼ一回でガス欠になってしまう関係上、こういう小手先の技術が上達するのは素直にうれしい。


 それでも純粋なパワーは未だ足りないし、メリに習った『同調』も早くモノにしないとなぁ…


「姿を見せたな。わたしが相手になってやろう」


 そうこうしているうちに、オオアリクイの明瞭な声が聞こえてきた。

 どうやら遭遇したみたいだ。


 僕は手に付いたセルリアンの破片を払って、彼女の方へと向かう。


「コイツは…馬か?」

「みたいだね、体はかなり小さいけど」

「セルリアンには違いない、倒すぞよ」


 床を踏み、セルリアンに飛び掛かるオオアリクイ。

 勢いよく大きな腕が振るわれ、到底避けられそうに見えない攻撃。


「むっ、ちょこまかと…!」


 しかし馬のセルリアンは驚くべきジャンプ力で飛び上がり、腕の隙間を通り抜けてオオアリクイの背後に着地する。

 そして即座に後ろ脚を上げ、突進後の硬直で移動の利かない彼女の背中に、鋭い蹴りを穿たんと前脚を蹴り飛ばす。


 ……しかし、その攻撃が届くことはない。


「止めたよ、今のうちに」

「ああ、助かるっ!」


 なにも僕は傍観者じゃない。

 彼女が危険な目に遭えば、敵の脚を凍らせて動きを封じたりもするさ。


 …まあ、そこからの展開は一方的だった。

 自慢のジャンプ力も攻撃手段も失ったセルリアンはか弱く、オオアリクイの猛攻に小さな身体が耐えきれるはずもなく、あえなくパッカーン。


 落とした石板はいつも通り僕が貰い受けた。


「ふぅ……正直、大した相手ではなかったな。あれでは、食後の腹ごなしすら務まるとは思えないぞ」

「それでこんなに混乱するんだから、大変だよね…」

「まあ、ここのラッキービーストが腑抜けていただけではないか?」


 ロボットに甲斐性を求めるか。

 あっても戦えないし、今回は困らされたけど逃げ回っていて正解だと思う。武器を内蔵したパークガイドロボットってのも、ちょっとイヤでしょ。


 ……ま、僕の考える話じゃないね。


 こっちは片付いたし、あとは勝手に突っ走った二人の方になるけど。


「…クオたちは大丈夫かな?」

「心配はいらないぞよ。クオの方は分からないが、イエイヌはああ見えてかなりの手馴れだからな」

「クオも強いよ、僕なんか目じゃないくらい」

「なら、信じて待てばいいだけだ」


 …そっか、そうだよね。


「ソウジュ、お待たせ~っ!」

「セルリアン、退治してきました~っ!」

「うん、お疲れさま」


 結果から言えば無事だった。

 当たり前だよね、負けて帰ってきたらそれこそ事件だ。

 どうやら向こうも石板を落としたようで、クオがご機嫌に手渡してきた。


「見て見て、二枚もゲットしちゃった」

「…二体もいたの?」

「普通のセルリアンもわらわら出てきたけど、イヌみたいなのと、ライオンみたいなのがいたんだ! どっちも小さくて、ちょっと可愛かったよ」


 そうだったんだ。

 『こいぬ』と『こじし』か。

 まあ、クオの方が絶対可愛いけどね。


 なんてったってダチョウの占い曰く、『正真正銘のこぎつね』だし。



「さて、邪魔者も片付いたことだ。そろそろ、本来の目的を果たしに行くぞよ」



 ああっと、そうだった。

 僕たち、食材集めに来たんだったよね。


「分担して集めよう。二人ずつだが、どう分ける?」

「なら適当にさ、”グーパー”で決めようよ」

「ぐーぱー……とはなんだ?」


 首を傾げる三人にやり方を説明する。

 それぞれがグーとパー、二種類の手から一つを出し、同じ手を出した人同士でグループを組むというものだ。


 話してみると、やっぱりみんな初めて聞いたみたい。

 実を言えば、僕もいつ知ったのか覚えていない。


 ……どうでもいいけどさ。


「決まったな。わたしとクオ、イエイヌとソウジュか」

「ソウジュさん、よろしくお願いしますね!」

「短い時間になるけど、まあよろしく」


 試しにササッとやってみた結果、僕はイエイヌと組むことになった。


「これが材料のメモだ。二人には、調味料や野菜を持って来てもらいたい」

「分かった。書かれてる通りに集めればいいんだね?」

「探すのは任せてください。私の鼻が火を噴きます!」


 …それはそれで問題じゃないかい?

 ううむ、攻撃だと考えれば頼もしくはあるか。



 メモに書かれていた内容は、貰った時に言われた通りのものだった。


 醤油、味醂、料理酒―――丁度切らしていたらしい。

 鰹節、昆布―――出汁でも取るのかな。

 あと、『』とかいう名前のよく分からないものもあった。

 

 メモの裏側を見ると野菜が箇条書きにされている。

 ショウガ、ニンニク、長ネギといった香味野菜の類に……くちなし?


 そんなものまで使うとは、珍しい料理が出来上がりそうだ。



「ソウジュさん、確認は終わりました?」

「うん。けっこう多いし、すぐに行こう」


 天井から吊り下げられた売り場を表す看板を見上げ、野菜売り場の方が近そうだったから、まずはそっちに行くことにした。


「ショウガに、ニンニク……あれ、ネギがない」

「こっちにありました! カゴに入れておきますね」

「ありがとう」

「ひゃぁ、匂いが強烈ですね」


 上半身ほどの長さのネギを棒のように振るイエイヌ。

 鼻に近づけてクンクンと嗅ぎ、いい笑顔で眉をひそめた。


 その姿を見て、僕はとあることを思い出す。


「……イエイヌって、ネギ食べても大丈夫なの?」

「ほぇ?」

「いや、イヌにとっては猛毒って聞いたんだけど…」


 書いてあったの、どこの動物図鑑だったかな。

 詳しい出所は忘れちゃったけど、随分強烈な言葉で注意を促していたから印象に強く残っている。


「少し前に食べましたけど、なんか大丈夫でしたよ」

「…それはよかった」


 怖いね、今から試そうとしてたら絶対に止めてた。

 だけどフレンズになると、元の姿では猛毒になってしまう物でも問題なく食べられるようになるのか。


 ……サンドスターの不思議が増えたな。


「ソウジュさんは、食べられない物ってありますか?」

「特に……いや、わさびが苦手かも」

「へぇ、わさびですか」

「ちょっと昔に、その味のジャパリまんを食べちゃってね」


 実を言えば、それが初めて食べたイロモノのジャパリまん。冷たく舌を突き刺す、約束を破った代償として十分通用する辛さだった。

 考案した人は何を思ってこんな味のジャパリまんを作り出したのか、もしも会えるのなら小一時間問い質したい。


「ま、強いて言えばの話さ。野菜は集め終わったし、次は調味料の売り場に行こう」

「はい!」


 野菜でいっぱいのカゴを片手に売り場を離れ、僕たちは整然と棚の立ち並ぶ調味料売り場へと向かう。イエイヌが持つ二つ目のカゴの中に、ボトルにビンに袋にと指定されたものをどんどん入れていく。


 特筆すべきこともなく、程なく作業は終わった。


「最後に確認をして……ヨシ、問題なし」

「これを、オオアリクイさんのキッチンに運ぶんですよね」

「その前に、向こうの様子も見ておこう」


 地面に置いておいた野菜入りのカゴを持ち上げ、ずっと遠目に見えていたクオとオオアリクイのいる売り場へと向かう。

 近くまで行くと、談笑していた二人は話を止めてこっちを向いた。


「ああ、お前たちも終わったか」

「そっちも済んだみたいだね。その割には、荷物が少なめだけど…」


 抱えたカゴも、嵩が少なめ。

 多少、小麦粉を思わせる紙袋が覗いているのみだ。


「目当てのものが置いていなかったのでな。しかも中心となる食材だから、どうしようか悩んでいるところだ」


 眉間に手をやり、首を振る。

 様になる悩み姿だが、感心している場合ではない。

 やがて彼女は肩を竦め、お手上げだと口ずさむ。


「まあ、今日はここまでだな。明日までに、何か方法を考えておくことにするぞよ。だから、引き続き手伝ってもらうことになりそうだが……」

「いいよ。最後まで手伝うから」

「ありがとう。では、帰ろうか」



 僕らはキッチンへの帰路に就き、着いたら集めた食材を全てキッチンの食料庫へ仕舞いこむ。クオやイエイヌと一緒にしばらく整理を手伝って、外に出てきた頃には既に夕日が暮れていた。

 

 横向きに刺さる橙色を手で遮り、木陰に背を預けて身を休める。



「時間が流れるのって、早いね」

「ねぇソウジュ。クオたちって、どこで寝ればいいのかな?」

「……それは、忘れてた」


 まさかまさかの初歩的なミス。

 テントを張るのも無理だよなぁ。

 だってここ住宅街だし、野宿なんて変人の所業だ。


 いやはや、どうしたものか。


「ふっふっふ……お二人とも、安心してください。宿にご案内するのも、案内所を任された私の立派なおしごとですっ!」

「…なんとかなりそうだね」

「ふぅ、よかった~」


 揃って胸を撫で下ろす。

 夕日が建物に隠れて、涼しい風が葉っぱを落とした。


「いまから行きますか?」

「うん、お願い」

「かしこまりました~っ!」


 尻尾で風を起こし、ぴゅ~んと風のように走っていくイエイヌ。

 ふと気づくと、さっきまで僕の背中を打っていたクオの尻尾が眠っている。


 ……起こさないように、そっと体を抱え上げる。


「ソウジュさ~ん、早く来てくださ~い!」

「うん、すぐに行くよ」

「うぅ…ソウジュ…」


 僕の腕の中で身動ぐクオ。

 手の甲をくすぐる尻尾の先が、綺麗に実った稲穂のようだった。

 

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