肆の章 都会の迷宮、牡牛の魔物
第六十三節 おいでませ、カントー
地図で表せば、そこは島の真ん中。
役割的にも、様々なモノが集約されている。
名実ともにジャパリパークの中心地、それがカントーちほーだ。
『行先に迷ったらとりあえずカントーに行ってしまえ』
真偽はさておき、そんな言葉があるくらいカントーは活気があるという。
そんなカントーの更に中心には”パークセントラル”と呼ばれるパークの中核があり、そこにはラッキービースト、物資の生産工場、セキュリティシステムの制御などを全て一手に担っている存在がいるらしい。
サンカイにいたラッキービーストはフレンズだと言っていたけど……何処まで信じていいことやら。
でもセントラルはまた後で。
しばらくは周辺の、都市の外郭で過ごそうと思っている。
…クオがね。
夜を明かし行軍して未だ早朝。
キンシコウを含めた僕ら三人は門の前に立っている。
この先が居住地、多くのフレンズたちが暮らしているという。
ラッキービーストが電子的な音を発すると、門が開いた。
「こういうの、都会って感じだね」
「わーい、楽しみー!」
「まあ、何も変わってはいませんよね…」
三者三様に口々に、門を抜けるとそこは都会。
道なりに綺麗に整備された石畳。
道沿いに等間隔に設置された電灯。
道の傍に並べられた幾つもの建物。
空っぽの記憶が景色に打たれ、得も言えぬ感慨が心に湧いてくる。
と、僕がそんな風に立ち尽くしていると、向こうから誰かがやって来てキンシコウに声を掛けた。
「お、キンシコウじゃないか。終わったんだね?」
「はい、ただ今戻りました!」
久しい再会を祝すように、キンシコウは恭しくお辞儀をする。
ヒグマは恥ずかしそうに首を振っていた。
持っている熊手の武器に、けもの耳の形や身に着けている服装。名前から想像していたけど、やっぱりホッキョクグマによく似ている。
当たり前の話だが、近縁種のフレンズは見た目も近くなるのだろう。
僕たちの姿を疑わしげに何遍か眺めたあと、ヒグマは目をぱちくりとさせながらキンシコウに尋ねる。
「で、リカオンは?」
「武者修行の最中です。そのうち戻って来ますよ」
「…そっか。じゃあ帰ってきたら、私が直々に成果を確かめてあげないとねー」
ブンブンと肩を回し、口の端を吊り上げてニコニコと笑う。
こんなのを、獲物を見つけた時の顔って言うのかな。少し身震いがした。
口角と一緒に上がったテンションでヒグマはクオに興味を抱いたらしく、隅から隅まで身体をジロジロと観察したかと思うと、肩に手を乗せてこう言った。
「ふむふむ、キミもなかなか強そうな雰囲気だねー。今からどう?」
「お誘いはうれしいけどごめんなさい。まずは観光がしたいの!」
「あちゃー、そっかー」
ノータイムでのお断りを微笑んで流すヒグマ。
メンタルが強いなあ。僕がクオにあんな断り方されたら泣いちゃうよ。
あれ、それって僕のメンタルが弱いだけじゃ……という疑問は収納用虚空間の中に置いといて、ヒグマはまだ諦めていなかった。
右に逸れた道の奥にある建物を指差し、さらにお誘いを続けている。
相当興味を持たれたんだなあ。さすがクオ。
「普段は向こうの緑の…見えるかな? ”自警団”って看板が立ってるお家で過ごしてるんだ」
「お家というより、ハンターのみなさんの詰め所ですね」
「ハハ、キンシコウは細かいな~。まあでもそういうことだから、気が向いたら来てね」
言いたいことを言って満足したのか、ヒグマはさっき言ったお家の方へと歩いていく。足音と一緒に小さくなる彼女の後姿をボーっと眺めていると、急に振り返って戻って来たものだから驚いた。
けれど目的は僕ではなく、キンシコウだった。
彼女の腕を引き、ヒグマは呆れ顔で言う。
「キンシコウも来るんだよ? リカオンの話をみんなに詳しくしてあげないと」
「……ああ、はいっ!」
言われてようやく思い出したのか、ハッと見開かれた目も叫び声も鮮明。
扇風機のようにクルリと頭をこちらに向けて、先ほどヒグマにしたような丁寧なお辞儀と共にお別れの挨拶を口にする。
「ではお二人とも、私はこんな所で。カントーは面白いものがたくさんありますから、楽しんできてくださいね」
「うんっ!」
「またね、ここまでありがとう」
その後はもう、グイグイとヒグマに引っ張られて遥か遠くまで。
キンシコウのイメージからは想像も出来ない光景だ。
その物珍しい景色をフォトにでも収めたらどうなるのだろうと、指で四角を作って
今度、カメラも探してみようか。
そんなことを考えながら、クオに今後の予定を尋ねる。
「さて…どこに行く?」
「もう決めてるよ、まずは案内所! クオたち、さっき来たばっかりでカントーのこと全然わかんないから、詳しい子に聞いてみたいなって」
「そうだね。地図を見ると…あっちかな」
「レッツゴー!」
§
「えーと、お邪魔しまーす」
「ふふ、お友達のお家に来たみたいな言い方」
「いや…なんとなくだよ」
ついそう口走っても仕方ないだろう。
案内所はなんとも日本家屋的な、質素な外観をしていた。
時代劇の舞台でもあるまいに、表に看板が無ければ地図の方が間違えていたと考えてもおかしくない。
まだ疑わしい、やっぱりここって民家じゃないのか?
……思い込むしかない、ここが案内所だ。
外観とのギャップが激しい近代的内装に固まっていると、カウンターの向こうに座っていた少女が声をかけてきた。
「いらっしゃいませ、今日はどんなご用ですか?」
「あぁ…えっと、なんて言えばいいのかな」
なにぶん初めての経験であるが故、言葉に詰まる。
この前クオに散髪をしてもらったときのようだ、切り終わりの見た目なんてクオの好みで決めてしまって構わないのに。
二、三拍、息詰まって喋り出しに苦していると、横からぬるっと顔を出したクオが僕より先に少女に質問してくれた。
「はじめまして、あなたはどんな場所が好き?」
……お見合いじゃないんだぞ。
「ご主人様が私に任せてくれた、この案内所が世界で一番好きですっ!」
「あらま、困っちゃった」
「うん、他に聞きようがあったと思うよ…?」
目の前の少女はコテンと首を傾げている。
聞かれたから答えたが、質問の意味を理解していないような雰囲気だ。残念ながら当然かもね。
…だけどクオ、君はどうして頭の上にハテナを浮かべている?
自分で自分の発言の意図を把握してないなんて洒落にならないよ。
しかし、このまま二人にお見合いを続けさせていても始まらない。
ここは僕が、なんとか会話を繋げられないか頑張ってみることにしよう。
「とりあえず、君の名前を聞いてもいい?」
「イエイヌです。さっき言った通り、この案内所を任されています。何かご入用でしたら、遠慮せず私に申しつけてくださいね!」
イエイヌ…まあ、イヌか。
ここに来て、随分と身近な動物が姿を見せたね。
ジャパリパークは動物園だし、そう考えたら珍しいかも。
「……ふーん、ご主人様って?」
「ご主人様は、いつもパークセントラルでお仕事をしています。とっても忙しくしているので、滅多に会えないんですけどね」
…もしかして、セントラルにヒトがいる?
まだ断定は出来ないけど、イエイヌの言葉を信じるならその可能性は十分にあるはずだ。パークからヒトが消えた経緯は知らないけれど、ここに僕がいるんだし他に誰かいても不思議じゃない……よね?
「ソウジュ、考えごと?」
「…なんでもない」
今はカントーを見て回りたいし、後でいいか。
特段ヒトに会う目的も無いから、運が良ければってことで。
脱線もこれくらいにして、本題に入るとしよう。
「それじゃあ改めて、お仕事をお願いしても良いかな?」
「はいっ、何をすればいいですか?」
「カントーにある、おススメの観光スポットを教えてほしいんだ」
「お任せください。いま地図を持ってきますね」
カウンターの奥、観光地によくある縦にして展示できる棚から、地図のような表紙のパンフレットを取り出すイエイヌ。
整頓されてて素敵だね、その棚はこっち側に置いても悪くなさそう。
パラパラと何冊かめくって確かめ、良さそうな冊子を探している。
「なんか、お腹すいちゃったなぁ」
「え、少し前に食べたばっかりじゃない?」
「そうなんだけど、朝からけっこう歩いてたし…」
「――話は聞かせてもらいましたっ!」
「…人類は滅亡する?」
「へ? しちゃうんですか?」
キョトンとするイエイヌ。
彼女はMMRの所属ではなかったようだ。これは失敬。
「ごめん。で、何かな?」
「あ…はいっ! 私、美味しい場所知ってます!」
…え、今から行くの?
ご飯なんて食べてたら、どんどん話が先送りにされる予感しかしないんだけど。
「……」ギュッ
あ、袖を引っ張られている感覚がする。
僕の類稀なる推理力によると僕がその場所に行く決断をしない限りこの静かなおねだりは決して止むことがないだろう。
…待って、力が強くなってきた。
そろそろ伸びた痕が残りそうだ。
「……行こうか」
見えない力に僕は折れた。
「はい、すぐに案内しますねっ!」
「ありがとね、ソウジュ?」
「はは、どういたしまして」
まだお腹空いてないんだけどなぁ。
ならいっそのこと、言霊を使って空腹を……やっぱやめとこ。
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