第六十一節 凍る砂漠と巨大蛇
「―――クオ、また来るよっ!」
「わわっ、危ない…っ!」
僕の注意に慌てたクオは、全速力で踏み切って地面へダイブ。
ゴロゴロと転がって砂まみれになりながら、背後を埋め尽くす高圧水流の攻撃から命からがら逃れる。
巨大なミズヘビセルリアンとの戦いが始まって、早十数分。
僕たちは、かなり難しい状況下にあった。
「手筈通り、次の攻撃はわたくしが引き受けます。お二人は背後から攻撃を」
「わかった」
僕たちはそれぞれ逆方向へと散開。
メリは攻撃をして関心を引き、僕とクオは隠れて後ろを取る。
そうしたら、起伏によって生まれる死角に身を潜めて機を待つ。
――と、作戦を説明する前に、このセルリアンについて軽く話しておこう。
このミズヘビセルリアンの主な攻撃手段は、大きな口から吐き出す高圧水流。
無理に例えるなら、消防車のホースの口径が数十倍になったくらいの太さと言えばいいのだろうか。
比喩で表現しようと思っても、自然界に似たようなものが一切無くて困っている。
……ハイドロポンプでいいか。
そのハイドロポンプ、言うまでもなく非常に強い攻撃だ。
しかしその分撃った後の反動は大きく、撃っている間も反作用をこらえるために踏ん張らなければならないようで動けない。
つまり、本体はガラ空きになるてこと。
だから取るべき最適解の行動は、一人が攻撃を引き付ける囮となって、残りのメンバーが無防備なセルリアンに攻撃すること。
残念なことに、僕たちでは囮は務まらない。
だからメリがその役を買ってくれている。
とても有難いことだ。
彼女の苦労を、無駄にしないように頑張らなくちゃ。
(…ソウジュ、メリお姉さんが合図してるよ)
(きっと、そろそろ攻撃してくるんだ)
その読み通り、天を仰いで唾したセルリアンが、今度は地上に立つメリに向かって大口を開ける。
破壊光線のような水流が砂を裂き、ゆっくりとメリに向かって射線が伸びていく。
間もなくして、メリの姿は水流に飲み込まれた。
「あっ…」
「行こう、クオ。攻撃だ」
「う、うん…!」
心配なのは分かるけど、今は信じるしかない。
何があってもこのチャンスを無駄にしないように、向こうの水流に負けないくらい強烈な一撃を食らわせてやろう。
まずは僕が飛び出して妖術を構える。
クオの刀が万が一にも外れないように、間違いのないお膳立てをしてあげるのだ。
「……『止まれ』」
体内にあるエネルギーのほとんどを使い、確実に相手の動きを封じる。
これでもう他の妖術は使えなくなっちゃったけど問題ない、クオがしっかり決めてくれる。
「いっくよー、紅葉一閃!」
よく分からない技の名前を叫んで、セルリアンに鋭い一太刀を刻み込む。
言葉の意味は不明だけど、安心感のある良い一撃だった。
ところで、どうしてクオは普通の攻撃にこんな名前を付けたんだろう?
それはさておき一時撤退。
クオがささっと僕の身柄を回収して、地形の陰にふたたび身を隠す。
次の攻撃が来るまでは、行動に備えて身体を休める時間になる。
するとやっぱり、どこかそわそわした様子でクオが話しかけてきた。
「さっきの…どうだった?」
「うん、良い太刀筋だったよ」
お気に入りの武器と自称するだけのことはある。
月まで斬れそうな美しい刀さばきだった。
「ありがと、それと…どうだった?」
「いつも通り、素早い身のこなしだったね」
いつになっても僕の師範代。
少なくとも体術だけは、永遠にクオに勝てる気がしない。
包み隠さずそう言ったけど、クオはちょっと不満げ。
「だよね! あと他にもあるんだけど…どうかな?」
「そうだね、やっぱり綺麗な刀だと思うよ」
「……ソウジュ?」
おかしいな。
ちゃんと褒めてあげたのに。
どうしてクオは、頬を膨らませて睨んでくるんだろう?
……可愛いから別にいいけど。
「クオは、もう一つ、ソウジュに褒めてほしいものがあるの」
「ああ、あの
「変なのじゃない! 立派な技の名前!」
あはは、怒られちゃった。
でも、おかしいな?
だって…ねぇ?
「『変なの』って言って伝わっちゃうってことは、クオも内心そう思ってたんじゃないの?」
「わぁ~~っ!」
頬を紅葉のように真っ赤にして悶えるクオ。
かわいい。
「この名前…ダメなの?」
しかし、うるうると目に涙の雫を浮かべているのを放ってはおけない。
かなりショックを受けているみたいだし、フォローは的確にしておかねば。
「うーん、別にダメじゃないんだけど……『紅葉』って付けるなら、ちゃんと攻撃の時に葉っぱを出さないと」
「あ…そっか」
「雰囲気は大事だけど、嘘をついちゃダメでしょ?」
「そ、そうだった…!」
よし、完璧だ。
ネーミングのセンスに問題があったのではなく、技と名前の一致感が足りなかったという意味への鮮やかな方向転換。
もうこれは論点すり替えのゴールド免許を貰ったっていいんじゃなかろうか。
とどめにクオの頭をなでなで。
ついでに耳も優しくもふもふ。
ちょっと反則のような気もするけど、こうしてあげればクオの機嫌は良くなる。
それに僕も嬉しい。
Win-Winとはまさにこのこと。
「お二人とも、そろそろ大丈夫ですか?」
「あ、いいよー」
おっと、もう次の攻撃が来るようだ。
いやはや困った。
クオと喋ってると時間が早く過ぎちゃうね。
さて、バッチリ気持ちを切り替えて。
先程と同じように、手堅くダメージを積み重ねていこう。
「……ん?」
――と思ったら、なんだかセルリアンの様子が変だ。
高圧水流を出す口はメリのことをしっかり狙っているのだけど、セルリアンの目が僕たちのいる方向まで警戒しているような。
まあ当然か。
死角からあんな攻撃をされて、無警戒でいる方がおかしい。
だからこれでいい。
むしろ、この作戦の真髄はこの先にあるのだ。
理屈は実に単純だ。
いくら僕らを警戒したところで、いつかは攻撃に踏み切らなければならない。そして水流を吐いている間、アイツが何をしようと背後を守ることは不可能。
もしも僕たちを標的にしたところで、今度は背後にメリがいる。
じゃあどうするべきか?
アイツが自らの安全を確保しつつ戦うためには、とても強力な高圧水流での攻撃を捨てるしかなくなってしまう。
そうなれば巨体のせいで動きの鈍いアイツは、すばしっこいクオの刀の餌食になってしまうことだろう。
僕たちからすれば、別にどっちでもいい。
水流を吐いて、大きな隙を見せてくれるも良し。
危険を嫌って、危険な攻撃をやめてくれるも良し。
どちらを選んでも僕らに有利。
チェスで言うところの
さあ、僕たちはどっしりと構えていよう。
なぜなら決定権はあちらにあり。
優位は、こちらにあるのだ。
「…動きそうですよ」
メリが呟く。
向こうの選択は果たしてどちらか。
この優位を奪われないよう、心血を注ぎ注視する。
そしていよいよ、局面が動く。
『……ッ!』
大口を開けて、ミズヘビは天空に向かって咆えた。
無機質な目を見開き、怒りの牙を月明かりに光らせる。
うなる声。
奥より響く水の音。
震える細い体。
……激流が、来る。
そして水が放出されようとする瞬間。
奴はあろうことか、身体を大きくねじ曲げたのだ。
「あれ、何を…?」
「クオ、伏せてッ!!」
「え…きゃっ!?」
やられた。
あんな方法があったなんて。
「ど、どうしたの…?」
「見れば分かるよ、アイツの考えが」
そう言っている間にも近づいてくる轟音。
この数秒が正念場だ。
まずは、ここを生き延びないと。
……来た!
「何あれ、動いてる…」
「水を吐きながら、その勢いを使って回転してるんだ!」
吐き出す寸前、身体をひねったのはきっとその為。
正面に放ったら身動きができなくなる程の反動を、アイツは身体を回転させるための推進力として活用している。
『ほぼ一方向しか攻撃できない』という弱点を、あのセルリアンはそんな風に解消したという訳である。
「不覚を取りました。まさか、全方位に攻撃することで窮地を脱するとは。わたくしたちの予想以上に、油断ならない相手だったということでしょう」
「そう…だね。でも、勝てるよ」
「はい、そうですね」
策を破られたことは素直に感服する。
だけど、その攻撃方法だって万能じゃない。
回転しながら水を吐くから、ひとたび攻撃が過ぎればその方向はしばらくの間ガラ空きになる。その隙を突かれたくないなら、回転の角速度を上げるしかないが…。
「…また来たね」
おおよそ、一周するのに三十秒といったところか。
予想よりも速い。
ただ、つけ入る隙は十分にある。
「一応、尻尾も警戒しておきましょうね」
「そうだね。そっちでも何かしてきそうだ」
さっきと同じように、まずは僕が前へと出る。
セルリアンの様子は予想通り、廻りながら誰もいない方角に向けてハイドロポンプを吐き出している状況だ。
さて、また射線がこっちに戻ってきても困るし、さっさと言霊で動きを止めてしまいたいね。
無論、造作もないこと。
これもさっきと同じく、妖力を集中して言い放つだけだ。
「あれ…?」
…言い放つだけだった、けど。
ちょうど僕の反対側に頭が向いた瞬間、ミズヘビは水を吐くことをやめた。
すると水の反動も無くなって、身体の回転は止まる。
「やばっ…」
正直に言って、舐めて掛かっていた。
まさか、そこまで頭が回るのか。
そう。
アイツは途中で止めたっていいんだ。
敵は僕たちだけ。
無駄に力を使って掃射する必要なんて何処にもない。
のこのこと姿を見せた僕に狙いを絞れば、それで十分。
戦慄に冷や汗をかく僕の眼前、とぐろの隙間からミズヘビの凶悪な牙が光を放つ。
―――来る。
「ッ……凍れッ!」
群青が視界の全てを塗り潰し前進を否定する瞬間。
僕は全力で氷の妖術を解き放ち抵抗する。
ここで言霊は使えない。
焦燥に駆られた今の精神状態では精密には扱えないだろう。
その程度の判断をする冷静さは残っていた。
されど無力、多少の小細工など圧倒的な力の前では誤差。
激流の殺意は鋭く、幾ら凍らせても果てはなく、ついには水流に押し出された氷が僕の喉元に掠り血が流れる。
「ソウジュっ!?」
「わたくしが逸らします、ソウジュさんは左へ!」
「わ…わかったッ!」
右にズレていく水圧を確かめ、氷の壁を斜めに。僕の体の幅ぶんの距離が移動したところで、僕は拙い防壁を放棄して左の砂地に転がり込む。
背後ではミズヘビとメリの攻防。
高く飛ばされ、遠くの地面に突き刺さる氷。
そして、僕の元へ一目散に駆け寄ってくるクオ。
「ソウジュ、大丈夫…?」
「なんとかね」
渾身の力を出したのに、結局は押し通されちゃったか。
それでも、凍らせる攻撃そのものが効いてない訳ではなかった。
クオの力を借りれば、もしくは……
「はい」
「…ん?」
「使うんでしょ、クオの妖力」
「…うん!」
暖かいクオの手を握って、もう一仕事。
それも実行するだけだ。
大丈夫、イメージは出来ている。
水流の先だけじゃない。
もっと深い場所から。
奴に痛手を与えられる、身体の奥から。
「根元から……『凍れ』!」
残念ながら過程は見えない、身体の中だからね。
だけど確実に水流は凍りつき、一瞬のうちにミズヘビは巨大な氷の柱を咥えたようなとても間抜けな姿になった。
これで倒しやすくなっただろう。
そう思ったんだけど……。
バリッ。
嫌な音を立てて氷にヒビが入る。
ガリガリ……ドンッ!
真っ二つに両断された氷の柱が、音を立てて砂の上に落ちた。
「か、噛み砕かれたっ!?」
「わぁ、力強いね…」
目を細めてバリボリと氷を食べるセルリアン。
美味しいのかは分からない。
だけど言霊すら通用しないとか、相当マズい状況なのではなかろうか?
「上出来ですよ、ソウジュさん。仕上げはわたくしにお任せください」
「…できるの?」
「もちろんです」
おもむろに粉々に砕けた氷の欠片を拾い、砂を払って迷いなく口に入れる。
「…これが、ソウジュさんのけものプラズム。ふふ、ちょっと不安定ですね」
セルリアンと同じようにボリボリと食べている。
というか、サラっと悪口みたいなこと言われた。
ともあれ準備は整ったらしい。
「『
彼女がそう呟くのとほぼ同時。
それまで平然としていたセルリアンが七転八倒。
頭を尻尾を胴体を打ち、見ているだけで恐ろしい苦しみ方を始めた。
この唐突な現象には、僕たちも唖然としてしまう。
「セルリアンが、苦しんでる…?」
「メリお姉さん、これは?」
「簡単なことですよ。セルリアンの体に残った氷の欠片を操って、内側の体組織をズタズタに引き裂いているだけです」
平然と告げられた容赦のない攻撃方法に、僕は言葉を失った。
…なんか、可哀想になってきたかも。
「あら、もう力尽きてしまったようですね」
「まあ、あんなことされたらね…」
倒れたセルリアンはピクリともしない。
もう動かせる筋肉も残っていなかったのだろう。
亡骸はいつも通り虹色の粒子となって消え、後には石板が残された。
「石板が三枚…ですか」
「三枚っ!?」
「そっか、三枚だからあんなに強かったんだねっ」
ミズヘビのセルリアンから複数枚の石板。
これはつまり、川のセルリアンを共食いしてしまったという解釈をしても構わないだろう。
ぶっちゃけ川の倒し方なんて思いつかないから、逃がしてしまったことも結果オーライというやつだ。
…ところで、もう一枚の出所は何処だろう?
まさか、タレスたちが対処に向かったあの巨人の石板じゃないよね。
倒した後、石板の回収もせずに立ち去った訳もないもんね。
「やはり石板は、わたくしの手に余る代物ですね。どうぞ、これはお二人が持っていてください」
「ど、どうも…」
ううむ。
厄介な物を体よく押し付けられた気がする。
でもまあいいか。
どうせ集めてるものだし。
虚空に入れときゃ勝手に暴れたりはしないでしょ。
……しないよね?
ちょっと怖くて、念入りに虚空の中身を確かめる。
今のところは、何も起こっていないようだった。
「さあ、戻りましょうか」
一言呟き、メリは向こうへと歩き出す。
すっかり気の抜けた声色を聞いて初めて、僕は戦いが終わったことを実感したのだった。
§
災害の後には、必ず復興がある。
しかし、今回ばかりは事情が違っていた。
早いうちでの撃退が功を奏して、フレンズも市場も被害ゼロ。
非常に大きな災害に見舞われながらも、奇跡的にすんなりと今まで通りの生活に戻る事が出来たという。
日が経てば、あの戦いの話が広まり。
セルリアンと対峙した僕たちがお礼の言葉を貰うこともあった。
認めてもらえることは嬉しい。
だけど、あの戦いのほとんどはメリの功績。
そう感じざるを得ない力の差を見せられたから、僕もクオもちょっと複雑な気持ちだった。
向こう側で巨人を倒したリカオンと、助けに来てくれたというキンシコウも、やはりタレスの力に大いに助けられたのだろう。
おおむね僕たちと似たような表情をしていた。
ちなみに石板は回収していなかったらしい。
そのせいで僕たちが過酷な二度手間を食う羽目になった訳だね。おのれ。
ともあれ、何だかんだ言ったところで被害はゼロ。
サンカイでの洪水騒動は、こうして完全に無事に収束したのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます