第五十七節 アイスクリーム頭痛は頭を冷やさない


「そろそろ……あ、出来ました」

「これ、飲めば良いんだよね…?」

「はい、一思いにゴックンとしちゃってください」


 美しく屈折して透き通る僕の手元。

 氷で出来たコップにと注がれた透明な液体。


 一見それはただの水のように見えるが、実際はメリの持つ不思議な力でサンドスターを限りなく水に似せた、謂わばウォーター。


 もちろんタダの水じゃなくって、とある効果があるらしい。

 ほぼ純粋なサンドスターを取り込むことによる影響で、体内を循環するけものプラズムの流れを知覚しやすくなるとか。


 そして今日はそれを利用して、僕に伝授したい技術があるという。


「ねぇねぇ、クオの分は無いのー?」

「わたくしの見立てによると、多分クオさんには合わないように思います。ですから、ごめんなさいね」


 おねだりしたけど、意味はなし。

 そう悟るや否や、クオは頬を膨らませてふてくされる。


「……そ」


 砂を蹴る。

 小石が水を切る。

 木陰に座り込む。

 ほっぺはぷくぷく。


「ちぇっ、ソウジュばっかりズルっこだ」

「あ、あはは…」


 僕に言われても仕方ない。

 メリの言うように、相性はどうしたってあるようだし。


 だけど普通に飲む分には構わないからと……わざわざ水と変わらない液体を1から作り出し、さっきと同じコップに入れて飲ませてあげていた。


 ありがとね、メリ。

 うちのクオはわがままなんだ。

 そこが可愛いんだけど。


「これで、”けものプラズム”を動かしてみればいいんだっけ?」

「身体の内側に意識を沈めて、自分の中の輝きと一つになるような感覚で。まずは試しにやってみてください」


 内側か、難しい感覚だ。

 身体の内外なんて、滅多に意識することじゃない。

 けれどそう、やってみよう。

 幸いなことに、何度でもコンティニューが出来るのだから。


 ひとまず瞼を閉めてみて、全然暗くない。

 相も変わらず燦々と、太陽が鮮やかな血色を透かしている。


「でもさぁ、どうして急にこんなこと始めたの?」


 閉じられた視界の中で、クオの声が木霊する。


「偶然出会ったからなんとなく、ですよ。長生きをしていると、ふとした時に不思議な老婆心が湧いてくるときがあるんです」


 メリは長生きしているらしい。

 何となく、僕はルカのことを思い出した。


 明白な繋がりがあるわけじゃないけど、あながち無関係な気もしないんだよね。ただの直感だけど。


「へぇ~……何歳なの?」

「ふふ、途中からは数えてません。けど多分、100は越えてますよ」

「おー、長生きだー!」


 容赦なく絶妙に聞きにくい質問をして、肝心の答えを聞いたら微妙な反応。


 これにはメリも苦笑いだろう。

 僕から顔は見えないけどね。



 ―――何はともあれ話を戻して、僕は絶賛頑張り中。



 しかしメリ曰く、けものプラズムの操作はただの前提。

 出来ることならあまり時間を取りたくないけど、それでもやっぱり難しい。


「……初めての感覚でしょう、思うように掴めないのは仕方ありません。どうしても雑念が振り払えなくなったら、適度に休憩してくださいね」



『輝きの力は想いに左右され、無理に操ろうとすれば却って身体を壊してしまいます。』



 真剣で、とてもありがたい忠告。

 今後、破滅的な無茶をしてしまわないよう、しっかり肝に銘じておこう。


「わたくし達は、ゆっくり見守っていましょうか」

「うんっ!」


 泉の中心から遠ざかっていく二人分の足音。

 そろそろ真剣に集中しようか。


 そう思っていたら、今度は話し声が聞こえる。


「ねぇねぇ、メリお姉さんはどうしてこのオアシスに住んでるの?」

「それは、ここがわたくしの生まれた場所だからです」

「……えっ、ここでっ!?」


 割と興味深い話だから聞き逃せない。

 人の関心を引く話題作り、これも一種の才能だよね。


 …なんて場面で発揮してくれるんだ。


 まあ、会話を聞きながらでも集中は出来るよね。ここだけの話、ラッキービーストにお願いすれば作業用の音楽を流してくれるんだよ。


 つまり、そういうことだよね。


「平気だったの? 砂漠ってすごく暑いのに…」

「最初に目を覚ました時、わたくしは泉の中心に浮かんでいました。水の中だったので、暑さに悩まされるようなことは無かったんですよ」


 逆にさ、メリが生まれたからオアシスが出来たのかもね。


 まあ何の根拠もない冗談なんだけど、それも彼女の強大さを思い出すと、ただの冗談では済まなさそうなところが怖い。


「水の中で生まれて…だから水を操ったり、同化したりすることが出来るのでしょうね」

「……?」

「うふふ、実際にお見せした方が早いですね」


 残念、僕には見えないや。

 音だけで楽しもう。


 すぐに、驚くクオの声が響いた。


「わっ、消えちゃった…?」

『しっかりいますよ、すぐそばに』

「うわぁ、見えないのに声が聞こえるよっ!?」


 なんとも景色が気になる会話。

 見られないのがとても残念。


 だけど薄目を開ければ……いや、それはやめよう。


 例え会話を盗み聞きしていたとしても、越えられない一線というものはあるのだ。


 忍耐強く、僕は目を閉じたままでいる。

 しばらくすると元に戻ったようで、説明をするメリの声がした。


「…とまぁこんな風に、わたくしは姿を変えて、水と混ざり合うことが出来るんです。そのための技術が『けものプラズムとの同化』で、ちょうど今わたくしがソウジュさんに授けようとしている術、なんですよ」


 なるほどね。


 僕に伝えたい技術とは、『けものプラズムとの同化』のことみたい。


「それが、クオには合わないんだったよね…?」

「飽くまでわたくしの予想ですが……繊細なこと、苦手でしょう?」

「うっ」


 ギクッと声が出てきちゃう。

 まあ、知っての通り苦手なんだよね。


「ふふ、図星みたいですね。そういう素直な反応をしてくれるところ、タレスと似ていて好きですよ」


 ……言っちゃってるよ、好きって。


 危なかった。

 精神統一の最中じゃなかったら何をしていたか。


 意味じゃないことは知ってるけど、でもそういう問題じゃないんだよ。『雑念を抑えろ』とか僕に命じておいて、いったい何なんだあの人は。


 それとも、これは僕への試練?

 どんな状況でも自分を制御しろというメッセージ?



 ―――ごめん、ちょっと無理だ。



「えへへ…!」


 あとクオも、照れないで欲しいな?


 今、僕は集中の為に目を閉じている。

 きっと緩んでいるであろうあの子の顔が見えないことが、僕にとっての唯一の救いだよ。


「まあ、無駄話はこの辺りにしておきましょうか」

「えっ、どうして?」

「このまま続けると…少々気難しいことになりそうなので」


 ……ん?


 あれかな、僕の態度を見て気付いたのかな。

 それとも、分かっててやってたの?


 ところでまったく関係のない話だけど、純粋な水ってほとんど電気を通さないらしいんだよね。適度に不純物を含んでいないと上手く通電しないんだとか。


 メリの身体を構成する水はしっかり”純粋”そうだ。


 きっと電気も通らないんだろうね、残念なことに。



「ソウジュさん、そろそろ休憩にしませんか?」

「……そうだね」


 ああもう、いいや。

 なんか、考えるのも疲れちゃった。


「ソウジュ、お疲れさまっ! はいどうぞ、塩分補給に適したジャパリまんだよ~」

「ありがとね、いただきます」


 クオはやっぱり優しいな。

 荒んだ心を癒してくれる。


「どうですか、成果の方は」


 心が荒んだ原因さんの質問に、一瞬悩んでから僕は答える。


「まあ、やっぱり難しいね。まだ慣れていないのもあるし、暑さとかと雑念を呼び起こすものがあってさ」

「そうですか。時間は沢山ありますし、焦らず気長にやってみましょうね」


 そうだね。

 ちゃんと宿泊先でもやってみようか。

 きっと、一つの邪魔も入らずに出来ることだろう。


「ソウジュなら出来るよ、ファイトーっ!」


 ファサファサ~。


 クオの両手に緑がひしめく。

 植物製のポンポンを振る、彼女は最高のチアリーダー。


 ああもう、ずっと眺めてたいな。



「あっ、そうだ!」


 クオがポンと手を叩く。

 これは、良いアイデアが浮かんだ時の声。


「メリお姉さん。暑くなってきたし、が食べたいな?」

「良いですよ。お二人の分、今から作りますね」


 何かをクオに頼まれて、メリは向こうの木陰に消える。


「ねぇ、アレって何?」

「えへへ、何だと思う~?」

「……まあ、冷たいものだよね」


 そりゃそうじゃん、と呆れ声。

 じゃあちょっと真面目に考えよう。


 それは冷たくて、『食べたい』と表現するような物。


 ……あれ、一つしかなくない?


「アイス、だよね?」

「正解です。はいクオさん、どうぞ」

「わーいっ!」

「はい、ソウジュさんにも」

「うん、ありがとう」


 噛みついてみたら、確かにアイス。

 口に広がる清涼感と、シャリシャリと響く氷の食感が小気味いい。

 このブドウ味は、普段タレスに渡しているジュースを加工したのかもね。


 でも分かったよ。

 クオはこれに誑かされたんだ。

 美味しいアイスに騙されて、”お姉さん”と呼び慕うまでになってしまったんだ。


 あぁ、食べ物の力って恐ろしい。


 とまあ、そんな考えに至ったところで一つ。

 僕には思いついたことがある。


(…これ、妖術で作れたりしないかな)


 元々はクオのアイデアだけど、『雪のジャパリまん』を作って配ることでホッカイのゆきまつりで優勝を飾った僕たち。


 ここで挑戦しなければ、優勝者の名が廃ると言っても過言。

 もちろん、過言に決まっている。


 まあ、単純に試してみたいし、やらないとメリに負けたみたいでなんか悔しいし。


 やってみよう。


 ここをこうして…

 あそこをそうして…


 ……あれ?


「……あ、できちゃった」

「えっ、ホントっ!?」


 さっそく形になった試作品を、一口かじってみる。

 うん、それなりに良い感じだ。


 水オンリーだからミネラルの味しかしないし、食感もまだまだ改善の余地があるけど、アイスとしての体裁は保てている。及第点をあげよう。


 だから、これをジュースでやってみれば……!


「わぁ、これも美味しいっ! ソウジュ、もっと頂戴!」


 自分で食べても美味しい。

 これは場合によっては、アイスでも勝てたかもしれない。


 …よし、決めた。


 次のゆきまつりは、アイスで優勝することにしよう。


「あむあむ、もぐもぐ…っ!」

「食べ過ぎると、頭が痛くなっちゃうよ?」

「大丈夫、ゼロカロリーだから!」


 ゼロカロリーはは知らん。

 でもゼロ度だからそれは問題だ。


「はうっ!?」


 ……というか、やっぱり痛がってるし。


「ほうら、言わんこっちゃない」

「うぅ、あと一個だけ~っ!」

「もう終わりだよ、反省して?」

「そんなぁ…」


 しょんぼりと俯いて、無言の上目遣い。

 つぶらな瞳に見つめられるのが苦しくて、指先が勝手にアイスを作ってしまう。


 勝手に手が動いて出来ちゃったもんね。


 仕方ないよね。


「ほら、最後の一個だよ」

「えへへ…ありがと、大好きっ!」

「…えっ?」


 頭を思い切り打ったかのように、脳みそが凍り付く。

 予想外の一言に殴りつけられ、思考が全く追いつかない。


「んふぅ、おいしい…!」


 でも、それは違うよ。


 ちゃんとわかってる、特別な意味なんてない。

 おねだりに負けてアイスを渡したから、お礼を言われただけ。


 決して嘘じゃないけど、僕が考えている中身とは違うんだ。


 ……心臓が、痛い。


 変だなあ、悲しむようなことじゃないのに。



「うふふ、初々しいですね」



 悶々と、思考から逃げるように僕はアイスに齧りつく。

 沢山沢山、歯茎の感覚さえ消えてしまうまで口に放り込む。


 頭が痛い。

 体が熱い。

 おでこも…あぁ、熱い。


 どうやらアイスなんかじゃ、頭は冷えないみたいだ。

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