第五十六節 独断による毒談義。


 頼み込む少女と、難色を示す少女。



「お願い致しますわ、そこをなんとかっ!」

「うーん、そう言われてもねぇ~」

 

 コモドドラゴンは深く頭を下げる。

 度重なる素っ気ない拒絶にも心折れず、お願いを続けている。


 対してタレスは迷い気味。

 当初のハッキリした態度は何処へやら、髪の毛を指先に巻いたり、特訓中のリカオンの方に目配せをしたり、明らかに心が揺れ動いていた。


 それについてはコモモも目敏く、『もう一押し』と目を光らせる。


 さながらその姿は、仕留める好機を見定める狩人のように。


「重ねてお願い致します。私の研究の為に、タレスさんの毒を頂きたいのです!」

「……まあ、毒液くらいなら、出し渋るものでもないか」

「ほ、本当ですのっ!?」

「ホントよ、タレスは嘘つかないっ!」


 前向きな意志を見せた途端、豹変して詰め寄ってきたコモモに恐怖し、タレスは反射的に全力のスピードを出して飛び掛かりを回避する。


 危なかった。

 心中でそう息をつくのと同時に。

 自分の余裕の崩壊に気づき、彼女は慌てて取り繕う。


「ん…おほん。ただし、無条件ってワケにはいかないわ。アタシの毒だって、タダで湧いてくるようなものじゃないもの」

「私、どんなことでも致しますわ!」


 色々な意味で、危険な言葉だ。


 特にコモモの場合は、執念に任せて本当に分け隔てなくしてしまいそうで恐ろしい。



 早数時間のやり取りで、タレスがコモモに抱いた印象とはそのようなものだった。



(ぶっちゃけありえないでしょ、頭が痛くなる話だったわ…)


 コモモはタレスの協力を取り付けるため。


 自らが築き上げてきた研究成果の中で、特にセンセーショナルだと感じるものについて丁寧に、タレスに対してプレゼンをした。


 それは、前ほどクオに見せた増強剤。

 大量のサンドスターを配合し、飲んだフレンズの身体能力その他諸々を大幅に強化するという妙薬。


 クオへの説明では省かれたが、あの薬が完成した背景には当然、コモモが行ってきた毒の研究が関わっていた。



 ……詳しい内容は、文章の冗長化を防ぐために全略とする。



 まあ有り体に言えば、非常に長かった。

 ”早数時間”と記したが、そのおよそ九割はプレゼンに割かれたと言っても過言ではない。


 つまり単純に、タレスは飽きてしまったのである。


 説得を突っぱねる労力よりも、あの恐ろしく退屈な授業を受ける方が彼女にとっては耐えがたい苦痛であったのだ。



「ええと、どうしようかしら…」


 内心、というか表に出る態度でさえ、タレスは至極面倒に感じている。


 考え無しに口にした条件もそう。

 もう『タンフールー』の焼き回しでいいかと、逡巡する二秒半。


 しかし彼女は思い出した。


 特訓に励むリカオンのことを。


 二人が話している間、タレスに課された特訓メニューを五倍に増やしてまで彼女たちの会話の邪魔をしないように二重の努力を重ねていた彼女の存在を。


 ぶっちゃけ『休んでろよ』とタレスが思っていたことは内緒のお話。


 だけどせっかくリカオンがいるのだ。

 それに絡めた条件にしようと思い、一つのアイデアが浮かんだ。

 その瞬間、タレスは自分のことを『天才だ』と自画自賛する。


「あの子と、模擬戦をしなさい」

「…あら、”ちからくらべ”ですの?」

「わ、私が戦うんですかっ!?」


 脈絡もなく指名されて、驚きに飛び上がるリカオン。

 そんな彼女には余裕の表情で肩を組み、鷹揚に元気付けをする。


「言っちゃえば力試しよ。今までの鍛錬でどれくらい強くなったか、この戦いを通して実感しなさい。あぁ、毒は消しとくわね」


 そう言って、タレスはリカオンの胸に針を刺す。

 透明な毒液が脈を打って注ぎ込まれ、リカオンは毒による倦怠感が急激に無くなっていくのを感じた。


「わぁ…! アレが、タレスさんの毒…!」


 遠目で感激しているコモモ。


 しかし悪く言えば、毒とは身体の害になるだけの危険な代物。

 どうしてあんな風に有難がるのか、リカオンには皆目見当も付かなかった。


 リカオンは、二人の思惑の蚊帳の外。


 それでも真摯に戦おうと、健康を取り戻した直後の動きすぎる身体を調整する、ちからくらべ前の最後の準備運動を始めるのだった。




§



「ルールはシンプル。先に相手に降参させるか、もしくは身体を覆うバリアを壊した方の勝ち。だけど相手にケガをさせたら反則負けだから、注意しなさいよね」


 タレスのルール説明。


「はい、分かりました!」

「戦いには不慣れですが、全力でお相手を務めさせていただきますわ」


 目印のガレキを挟んで向かい合う二人は、ほとんど同時に頷いた。


「アンタにも、手間を掛けさせるわね」

「良いヨ、それがボクたちの仕事だかラ」


 彼の職務に忠実な姿にタレスは感心する。

 たとえ、創られた存在だと知りつつも。


「じゃ、開始の合図はアタシがするわ」


 そう言った瞬間。

 合図の声も出さぬ間に、戦場にはヒリヒリとした緊張が漂う。


 砂漠を灼き尽くす熱線のような、タレスにとっては心地よい戦意の表象だった。


 もっと傍目で感じていたい。

 だが、張り詰めた糸もそろそろ限界を迎えてしまうだろう。


 だから、名残惜しくも力強く。


「―――始めッ!」



 始まりは宣告された。



「先手必勝で参りますわっ!」

「……どうぞ」


 始まった瞬間に駆け出すコモモ。

 静かに構えてそれを迎え撃つリカオン。


 戦略の第一手から個性が出る形となったが、こんなものは序の口。


 コモモの攻勢は普通のフレンズとは一味も二味も違う。

 もちろん、呑気に味わうような余裕があればの話だが。


「まずはお近づきの印に、スプレーを差し上げますの」


 スプレーとは名ばかり。

 懐から霧吹きを取り出して、シュシュっと顔に吹きかける。

 予想外の手法に、思わず怯んで後足を踏むリカオン。


「……っ!」

「さあ、じっくり堪能してくださいませ?」


 一見すればただの嫌がらせ、攻撃にも満たない時間稼ぎ。


 だがタレスは吹き出した霧を見て、ほんの一瞬で全てを理解した。


「――あははっ、やるじゃん」


 それは故に、彼女の本業であるがため。


「毒の研究ってのも、どうやら伊達じゃないようね」

「うふふ、お褒めに与り光栄ですわ」

「だったら、もっと期待してもイイのかしら?」


 笑顔を向けて、にこやかに圧力。


「……もちろん。よおく見ていてくださいませ」


 毒々しいやり取りには慣れているコモモ。

 強者であるタレスの威圧感に負けず、毅然と対応する。


 そして、堂々と立ち向かうのはリカオンも同様。


「私だって、負けてはいられませんっ!」

「そうですか。ですが、身体で戦うのは難しいのではありません?」

「っ、やっぱりですか…!」


 コモモが吹きかけた霧に含まれていた薬。


 奇しくもそれは鍛錬の為に注ぎ込まれた毒と同じ、あらゆる機能を鈍化させる効能を持っていた。


(懐かしい感覚、ですね)


 リカオンの身体は数時間前と同様に。

 麻酔を打たれたかのように朦朧に。



 ―――鈍ったところで、もはやその程度ではビクともしない。



「せいやぁっ!」

「ふにゅっ!? は、早い…!」


 コモモの想像よりも数倍は早い拳。


 元々は避ける算段だったが、そうし切れずに受け止めてしまう。


 もしもコモモが体術を習得していなければ、この攻撃で既に危なかった。


 標的に定めた誰かを制圧するため。

 そんな目的で習った体術だったが、思わぬところで功を奏したようだ。


「この程度の毒物に、私はもうやられませんっ!」

「信じられませんわ……あの麻酔薬は、私が作った中で1、2を争う効能の強さを持っていましたのに」


 『信じられない』とは口ばかり。

 コモモは次の薬物を探し、懐をまさぐる。


 秘密のお薬軍団の中から、次は一体何が出てくるのだろう。



(というか、そんなに強いのを躊躇なく出すのね。ちょっと怖いわ)


 タレスが内心戦慄していたことは、もう一つの秘密。



 そうこうしている内に、次の準備が終わったようだ。


「今度のは、一筋縄ではいきませんわよ?」


 今度のコモモは瓶を撒き、割って辺りに紫色の霧が蔓延する。

 本能的に禍々しい見た目に、警戒してリカオンは距離を取る。


「こ、これは…?」

「おーおー、マジで『ためらい』って感情が無いのね」


 そこまでしてくるのか、と。


 早くも戦慄を越え、一種の感心が心に沸き起こる。


「あ、その霧に触れたらアタシの『針治療』行きになるから」

「えぇっ!?」

「イヤなら全力で避けることね」


 針治療とは文字通り、タレスの針を使った治療法。

 患者は別の意味での苦痛を味わうが、疾病への効果は抜群。


 裏を返せば、そんな荒療治をしなければ治せない毒ということでもある。


「悪いわね。ちょっぴりネタバラシしちゃって」

「認めてくれた証、でしょう?」


 仕返しとばかりにいい笑顔。


「……なんか癪だけど、その通りよ」


 だがこれも、コモモがタレスを認めた証。


 ”彼女ならこの毒でも治せるだろう”という、地上で最もはた迷惑な信用の一つだ。


「しかしリカオンさん、ここまで広がった霧を避けることなんて…」

「空を通って、突っ切るっ!」

「…冗談でしょう?」


 一度は近づいたものの、霧吹きの後は仕切り直し。

 十数メートルほど離れていて、ジャンプで渡り切れる距離ではない。


 そう、過去のリカオンの脚力では。


「……はあっ!」


 鍛錬を乗り越え、リカオンは目覚ましい成長を遂げた。


 壁が高く長く立ち塞がろうと。

 深い霧が視界を覆い隠してしまおうと。


 彼女の脚が届かない理由はもう存在しない。


「これで、終わらせますっ!」

「ええ、終わらせてしまいましょう」


 やけにあっさりと敗北を受け入れるコモモ。

 怪訝に思うリカオンだが、時すでに遅し。


というのも、中々に乙なものだと私は思いますから」


 手に取ったそれは何物か。

 猛毒を内包した爆弾であるのか。

 自爆特攻でもする気なのか。


 だが彼女は血迷っているのではなく、確実に狂気を湛えていた。


「ちょっとコモモ、アンタいったい…!」

「タレスさん」

「…何よ」

「治療、よろしくお願いしますね?」

「は…?」


 答えは簡単。

 間に合わなかった。


 誰の指摘をも待つことはない。


 吹きすさぶ毒物混じりの凶風と、容赦ない爆風で無残に砕けた地面と、倒れ込む二人のフレンズが全てだった。


「バリアも貫通するなんて…バカみたいなパワーだわ」


 いつかの昔、メリに聞いたことがある。

 この世に存在する物質は、組み合わせ次第で元の素材とは桁外れの様々な現象を引き起こすことが出来るのだと。


 つまりはこの爆弾も、研究が発見した成果を応用した傑作と呼べる代物なのであろう。


 さりとて、素直に賞賛できない。

 というか、戦わせなければ良かった。


 タイムマシンがあるのなら、自分を叩き伏せてでも止めてやりたい。


「ま、起きたらまずはお説教ね。アタシはそんな柄じゃないけど、今回ばっかりはガツンと言ってやらないと気が収まらないわ」


 肩を竦めてやれやれと、結局はあの荒療治。

 模擬戦の場で何をするんだと、起きたコモモにお説教。

 そこまでしつつ、タレスもフレンズの子。


 自爆兵器の魅力に取り憑かれて、夜まで談義を語り続き。

 翌日の朝、リカオンに叩き起こされるという初めての不覚を取ってしまうのだった。

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