第五十二節 秘密のオアシスへの来訪(二回目)
「ふん、やっと集まったみたいね」
手で顔を扇ぎ、不敵に笑って目を細め、一番最後に待ち合わせ場所までやってきたタレスはそう言った。
ツッコミ待ちかな?
僕も一瞬はそう思ったけど、もし余計なことを口にしたらあの毒針を胸に突っ込まれてしまいそうで、結局最後は口をつぐんだ。
大事な道案内さんだもの、”忖度”ってものをしてあげましょう。
「すぐ出発するよ。日が昇り切るまでには向こうに着きたいもの」
そんな理由で、待ち合わせ時間がこんな早朝なんだね。
これでもサンカイに来て早数週間、昼の砂漠の苛烈な暑さは身に染みて理解している。だからこそタレスの言うことも良く納得できるし、だからこそ何故遅れて来たのかと問い質したい。問い質したかった。
まあ、それが出来たかはお察しの通り。
「タレス、向こうまではどれくらい掛かる?」
「アタシ一人なら、全力で走ればほぼ一瞬で着くんだけど……今日はアンタたち三人もいるし、かなり長くなるんじゃない?」
それは少し不安だ。
道中の時間が延びれば、トラブルに巻き込まれる可能性も高くなる。
願わくばタレスが、そういうのを避けて進んでくれるといいんだけど。
「ま、アタシが付いてるからには万事安心ね。どんなセルリアンが襲ってきても、この尻尾の毒で返り討ちにしてやるんだから」
変わらぬ強気で、頼りになる。
それにしたって、毒針かぁ。
「…タレスって確か、サソリだったっけ?」
「そそ、アタシはサソリのフレンズよ。それがどうしたの?」
「いや、何でもない」
表向きには否定しつつ、静かに僕は考える。
あぁ別に、「サソリっぽくないな」とか疑ってる訳じゃないよ。こうして見ている限りでは、彼女がサソリのフレンズなのは間違いない。
どちらかというとそう。
『サソリ』そのものが、僕の抱く『フレンズ』のイメージから外れていたんだ。
僕の知識によればサソリは節足動物で、キツネとかクマとかウサギとか……いわゆる、脊椎動物だったかな? それらとは大きく身体の仕組みが異なるらしい。
つまり何が言いたいかというと……僕が思っていたより、フレンズになれる生き物の範囲って広いのかなって。”未確認種”とか”守護けもの”とか、思い出せばそういうのもいたし。
リカオンに聞く限りでは相当強かったらしいから、もしかするとルカのように、タレスも”未確認種”の仲間なのかもしれないけどね。
「ま、御託はいいわ。そろそろ本当に出発するわよ?」
「はい、行きましょう!」
ビシッと敬礼をして、浮き立った足でタレスに付き従うリカオン。
「ソウジュも、行こ?」
「…うん、そうだね」
早々に市場を発ち、オアシスへの道を辿る一行。
我慢しきれず先走るリカオンによって足取りは段々と早まり、タレス曰く「元の予定の半分」の時間で目的地に到着した。
そして見えた木々の緑、花の黄色、水の青。
「―――あっ!」
ぴょこんと耳を立てて、何かに気づいたように声を上げたクオ。
「ここ、来たことある…っ!」
「……えっ?」
予想外な一言が、耳を衝いて僕たちを驚かせたのだった。
§
コモドドラゴンと、飲むと酔っちゃうお薬に入れる黄色い果実を採りにやってきた話。木陰に腰掛け始終を聞いて、再びここにやって来ることになった不思議な巡り合わせに僕は微笑みを零した。
「へえ、そんなことがあったんだ」
僕がリカオンに振り回されていたあの日、クオもクオで変なことに巻き込まれてたんだね。
「セルリアンもやっつけたんだよ、ほら」
懐から一枚の石板を取り出す。
手に取ると、まあいつも通りの石板だった。
これといった特徴も、他と同じく表面に描かれた光る線しかない。
まあ、その模様がセルリアンを表しているかといえば…あまり関係が見いだせないんだけどね。
「あのね、バシャーッって水を出す、ポンプみたいなセルリアンだったの」
「ふーん、アタシがご無沙汰にしてる間にそんなのが居着いてたのね」
横から手を伸ばしたタレスが僕から石板を奪い取り、しばらくつまらさなそうに観察したあと何事もなく僕に返した。
石板は、どうやらタレスのお眼鏡にはかなわなかったらしい。
これ以上気になることも無いし、受け取った石板は普段通りに虚空行き。
「…ところで、リカオンは?」
「あっちよ。幸い落ち込んではいないみたい」
リカオンは向こうの木陰。かつてクオとコモドドラゴンが採りに来たという黄色い果実を興味深そうに観察していた。
慎重に一つもぎ取って、口に運んでいく。
案の定、苦そうに吐き出していた。
アレは可哀想だけど、気を落としたりはしていないようで良かった。
オアシスがそこまで”秘密”じゃないと知って、ショックを受けやしないかと心配していたからね。
タレスにそう言ったら鼻で笑われた。
「だいたいの話、”秘密”だ何だって言ってたのって大昔のヒトでしょ? だったら今でも覚えてる子なんていないに決まってるし、そんな知識だけで探してたら見つからなくても当然よ」
そう言われれば、タレスの言い分も理に適っている。こればかりは、想像力が及ばなかったと表現する他に無いだろう。
「……ま、もしかすると、わざとなのかもね。あの子の場合は」
ボソリと、呟き。
タレスは何かを掴んでいそうだ。
もしかすると、キンシコウに関わるような……
「さーて、メリのやつはどこに出かけてるのかしら?」
「…メリお姉さん?」
「クオ、知ってるの?」
「このまえ来たとき会ったんだ~」
僕の知らない間に、クオは二人の新しい友人と出会っていた。しかも”メリ”には後ろにお姉さんと付けるほどの好印象を持っている。
まあ別にこれは良いことだし、今回はタイミングが悪くて一緒に居られなかっただけなんだけど、なんか寂しい。
だってそもそもの話。
僕に双子だなんだと言ったのはクオじゃないか。
きっとそういう意味じゃないのは分かってるけど……ああ、お姉さんだなんて。
胸元をはたき、なけなしの涼しさで汗を誤魔化す。なんだか変な心地になるし、このことは考えないようにしよっと。
「で、メリさんは居ないのかな」
「…アイツならそのうち帰って来るわよ」
アタシが来た時に限って留守にしてるのよね~、と愚痴っぽく笑うタレス。
ここに居ない人物のことはさておいて、パシャパシャと手で水遊びをしているリカオンに絡みに行ったようだ。
「リカオン、気分はどうかしら?」
「最高です! ずっと見たかったものを見られて、満足してます…!」
ザバーン。
両手で大波を打ち上げて、さながら音響は海水浴。水しぶきにばらけた虹色の光と、煌めくリカオンの瞳の輝きが同調している。嘘偽りなく心の底から、このオアシスを楽しんでいるであろうことがよく伝わってきた。
「そう、じゃあ次はどうする?」
「えっ?」
「だから、オアシスに満足したら、次は何をする気かって聞きたいの」
そこに、タレスが水を差す。
どういう意図か、次を急かすのだ。
「は、早くないですか? もう少し、ここを楽しんでからでも遅くないと思います…」
リカオンの戸惑う反応も至極真っ当。
「そうね」
タレスさえ、その言葉に肯いた。
いよいよ、何が言いたいのか僕には分からなかった。
……それを聞くまでは。
「アンタを探してる人に会うのも、後で良いかもね」
「タレスさん? それっていったい――」
「さ、あっちにも素敵なお花があるわよ、見に行きましょっ!」
強引にリカオンの言葉を遮って、尻尾で手首を絡め取って向こうに連れていく。
「あの、さっきの話は…」
「それは後。もう少しここを楽しんだ後でも悪くない…でしょ?」
意趣返しのようにそう口にして、完璧に反論を封殺する。
「………はい。そうですね」
水面のように青い顔をして、とうとうリカオンも諦めた。
(キンシコウのこと、やっぱり知ってたんだ)
さっきの言動は間違いない。
どこかで会ったか、話を聞いたか。
タレスはハンターにまつわる一連の事情に一定の知識を持っているらしい。
(頼まれたのかな。もしくは、自発的に…)
良い方向に進めようとしているのだろう。
そう考えれば先程の不自然な会話も、リカオンの側から話を持ち掛けるように誘導し、実際にそうさせて逃げ道を塞いだという意味では十分な成果である。
……まあ、意地悪だとは思うけれど。
「素敵な花ねぇ、前に来た時は無かったのに」
「その…メリさんとは、長い付き合いなんですか?」
「ええ。砂漠の暑さで死にかけて、偶然辿り着いたこのオアシスで助けてもらったの」
ケラケラと笑って、指を回しながらタレスは当時の状況を話す。
「面白いくらい慌ててたわ。『だ、大丈夫ですかっ!?』…って感じで」
「一応、命を救われたんですよね…?」
リカオンの額には、暑さか呆れか両方か、かすかな汗の粒が浮かんでいた。
「でも本当に面白かったのよ? 食べ物もわんさか持って来るし、葉っぱで日陰を作ってくれるし……そうそう、無駄に豪華なドレスを着せようとしてきたこともあったっけ」
「で、着たんですか?」
「まさか。あんな服、アイツの青くて長~い髪の毛にしか合わないわ」
「でもタレスさんの髪の毛も、明るい色で綺麗ですよ」
突然の褒め言葉。
タレスは目をぱちくりとさせて、途端に饒舌さを失う。
「……そ、ありがと」
消え入りそうに響く声。
水面に向けて俯けた顔色は不明。
「あ、来てたんですね」
そんな時に丁度良く、向こうの荒野から一人の少女が姿を見せた。
「久しぶりね、メリ。しばらく来なくて悪かったわ」
「気にしないでください、タレスも忙しかったんでしょう?」
「違うわ、何もする気が起きなかっただけよ」
「…相変わらず正直ですね」
タレスの横で、すらっとした脚を泉に浸して優雅に佇む少女。
彼女はそれまでタレスが言っていたように、ゴスロリ調の混じった青いドレスを身にまとい、長く流した薄青色の髪の毛はまるで、水瓶からあふれてこぼれていく水のようであった。
いつしか泉の中心に立ち、腕を広げて天を仰ぐメリ。
まるで、彼女が存在して初めて、この泉が一つの芸術品として成り立つかのような、全く様変わりした景色がそこには広がっていた。
「あら、手ぶらなのね? お土産は無いのかしら」
「ふつうは立場が逆でしょう? そう言うと思って、ジュースはいつも持ち歩いていますけど」
「おっ、寄こしなさい!」
皮革の水筒をメリから受けとり、一気飲みをするタレス。
ジュースらしいし、多分甘いんだろうね。
タレスが甘党なのは、タンフールーの一件からも分かると思う。
「へへっ、何だかんだ話の分かるヤツね」
「当然ですよ、どれだけ長い付き合いだと思ってるんですか?」
「うーん、忘れちゃったわぁ~!」
「…ホントに、タレスらしい」
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