第五十一節 気が休まらない気がする
「へぇ、ここがあの扉の奥なのね…」
チーターは漸く入ることのできた部屋の中を見回し、具体的な感想に困ったようにそう呟く。僕からしてもここは異質で、どれも始めて目にするものばかりで、ある種形容しがたき場所だった。
「思ったよりもハイテクだね。機械も沢山置いてある」
「ボス。ここにあなたが探していたものがあるの?」
「うン。必ず遺されているはずだヨ」
ケーブル。モニター。キーボード。カメラ。
―――ラッキービースト。
そのどれもが朽ち果て、完全に壊れてしまったように思える形で放置されている。
かつてここで何があったのか。それとも、何事もなく放置され続けてきたからこそ今のこの状況があるのか。
この場所の過去を推し量る術を、僕は手にしていない。
「ラッキーは、このお部屋のこと知ってるの?」
「ここはかつテ、ラッキービーストの簡単な修理を行うために造られた場所。とても大昔の話デ、もうその目的には使えないけどネ」
彼が話すとき、平坦なはずの声色に揺らぎを感じる。
「ここには色々な資料が残されているかラ、念のために回収しておきたかったんだヨ。協力してくれテ、ありがとネ」
次の声に、そんな色はなかった。
僕の気のせいかな、耳が勝手に補完しただったのかも。
そうして言葉にならなかった心情に気づくはずもなく、ラッキービーストは机の脚を、キーボードの所までよじ登っていく。
「―――コンピュータへのアクセスを要求」
事務的に発声された命令と同時に、楕円形の瞳が虹色に発光し始める。
電子音、無音。
電子音、またも無音。
「どう?」
「…完全ニ、機能が停止しているヨ」
机から飛び降り、辺りに散乱した機械部品を漁り始める。
僕たちもそれに倣って、机に放置されていた何かの資料らしき紙の束を探ることにした。
見るからに古びて、雑に扱えばすぐに破けてしまいそうなそれを優しく手に取り、インクの滲んだ文章に目を通していく。
「運が良ければ、我々が探し求めていた情報も…」
「あ、オアシスならもう見つかってるよ」
「……えっ!?」
部屋に響く驚きの声。
チーターに小突かれるオオセンザンコウ。
そうだった。ついついしれっと言っちゃったけど、当然、聞いた方はビックリするよね。
クオにもまだ伝えてなかったから、やっぱり驚いてる。
「ほ、ホントなの、ソウジュ?」
「うん。タレスっていうフレンズに場所を教えてもらってね、なんならそこまで案内して来てくれるんだって」
余談ながら、タレスもしばしば件のオアシスに足を運んでいるらしい。彼女の友人に、その付近を縄張りにして暮らしているフレンズがいるんだとか。
『秘密のオアシス』って言うくらいだから無人なのかと思っていたけど、その話を聞いて意外に思ったことが印象深い。
でもむしろワクワクするよね、秘境に住む仙人って感じでさ。
……あ、女の子にそう言っちゃ失礼かな?
はい閑話休題。
ダブルスフィアは落胆していた。
「わ、私たちの出番が…」
「物運びなんてしてる場合じゃなかったね、センちゃん」
「ごめんね、終わっちゃったよ」
「いえ、大丈夫です。調査が滞っていたのは私たちの方でしたから」
ギシギシと歯噛みをしながらも、悔しさを飲み込むようにそう口にする。
「ですがそれなら、私たちがオアシスに同行できる理由はありませんね。私たちダブルスフィアは、これにて手を引くことにします。アルマーも、それでいいですよね?」
「まあねー、しょうがないよねー」
あはは、軽いなぁ。
まあバランスは取れてるね。
コンビとしては良い感じじゃない?
「でもそれこそ、リカオン本人に言わなくちゃだよ」
「ええ…わかっています。今回ばかりは、とても不甲斐無い想いです」
正直今回ばっかりは、運が悪かったとしか言いようがないというか……斯くいう僕もさ、ダブルスフィアの手腕を見ることが出来なくて残念だったよ。
またいつか、機会があるといいなぁ。
「じゃ、次はこっちだね」
話も終わったし改めて、手に取った資料を読んでみる。
題名は”ラッキービースト修理記録”。部品の老朽化、フレンズとの事故、セルリアンによる破壊被害など…サンカイちほーにおけるラッキービーストの故障原因と、その後の修理についてのアレコレが記されていた。
日付は……見ても意味ないか。今が何年か分からなければ、ここに何と書いてあったとしても比べようがない。
「まあ、さっき聞いた通りだね」
「ここで、壊れちゃった子を直してたんだよね?」
「らしいね。流石に跡形もなく壊れた個体は『廃棄』されちゃったらしいけど」
資料を読んでみた限り、最も『廃棄』の多い事案はセルリアンによる被害。続いて多いのが、老朽化で二進も三進もいかなくなった古株さんとのお別れ。
廃棄の二文字の前には僕の知らない使用部品の名前が数多く並び、当時の担当者がどうにか助けようと手を尽くしていたことが伺える。
と、そこで、一つの疑問が頭に浮かんだ。
「……確かこのパークって、もうヒトがいないんだよね。ラッキービーストの管理って、誰がやってるの?」
考えてみれば不思議なだった。ヒトが居ないなら工場は止まって新しい個体は生産されないし、修理もされなければ稼働できるラッキービーストの数は減っていく一方。
なのに今でも、目の前に動いている機体がある。
もしやラッキービーストが工場を動かし、せっせと自己増殖を繰り返しながら存在を保ち続けてでもいるのだろうか。
「パークセントラル。ジャパリパークの中央ニ、パーク全体のシステムと直結して管理をしているフレンズがいるんだヨ」
「…フレンズが?」
ラッキービーストが言うなら事実だろうけど、にわかには信じがたい。彼らの管理をフレンズが…よりにもよって”システムと直結”しながら、だなんて。
人間業どころか、フレンズ業の範疇ですらない。
すると彼女も、守護けものに類する存在なのかな。
ルカのように、未確認種に分類できるかも。
……と、いったん考え事は中断。
「ねぇソウジュ、これなにー?」
「…うん?」
僕を呼んだクオが手にしていたのは、黒い直方体の機械。
ちょうど二つ、対になるように存在している。
「あぁ……これは多分、トランシーバーだね」
「とらんしーばー?」
「そう。電池を入れて動かして、そしてこれに向かって話しかけると、離れた場所にいる相手に声を届けることが出来るんだよ」
「なにそれ、すごーいっ!」
きゃっきゃと跳んで、とてもご機嫌。ロマンあふれる通信装置は、クオの琴線をビブラート付きで鳴らしたようだ。
「ソウジュ、これ試してみたいなぁ」
「うーん、どうだろう。動いてくれるといいんだけど」
まず第一に壊れてないこと。
そして第二に動力があること。
この二つの条件さえ満たせば、今すぐにでも使ってみせることが出来るはずだ。
かつてのヒトも、ここにトランシーバーだけを保管していた訳はないだろう、探せば電池とかも見つかると思う、可用かどうかは別にして。
「ラッキー、このトランシーバーの電池、何処にあるか分かる?」
「貸してみテ、探してみるヨ」
ラッキービーストの目から放射された光が、机に置かれたトランシーバーをスキャンしていく。たった一瞬のそれだけで、早くも結果は出たらしい。
「……この型番だト、内蔵の電池で動く方式だネ。手回し式の充電器があれバ、いくらでも充電ができるヨ」
「そっか。充電器はどこにあるか分かる?」
「検索中、検索中―――ヒット件数、0件」
「あぁ…そう」
なんか、ダメそうだね。
「じゃあせめて、機器の故障が無いか調べてくれる?」
「わかっタ。五分くらい掛かるかラ、気長に待っててネ」
別の資料でも読んで待とうか。
ゆったり椅子に腰かけて、止まった時計を伏せてしばらく。
「――ア」
ラッキービーストの、何かに気づいた声。
「どうかした?」
「このトランシーバー、プラズムチャージが利用できるネ」
また聞き慣れない用語が出て来たよ。
プラズムが……ええと、チャージってことは、充電?
「その名の通リ、フレンズの体内にある”けものプラズム”を注入して、電力の代わりとして利用する方式だよ」
「……すっごい技術」
「じゃあ…使えるの!?」
ヒトの技術力に驚くばかりだけど、光明が見えてきた。
クオの調子も有頂天に昇って、トランシーバーを片手に、クルクル回って楽しそう。
「でも、チャージのやり方は…」
「そんなの『どっかーん』って入れればいいのっ! ほら貸してっ!」
「ああっ……大丈夫かな…?」
なまじパワーがあるだけに、出力を誤って壊しちゃったりしないといいんだけど。
「どっかーんっ!」
あぁ……ああ、うまくいったみたい。
「えへへ、ざっとこんなもんだよ」
「…クオはすごいや」
ひやひやしたけど。
§
「始めるよー?」
「うん、いつでもいいよ」
両端の壁に背中を預けて、チャージしたばかりのトランシーバーを起動する。
光る受信ランプ。
ボタンを押して音を出す。
「やっほー!」『やっほー!』
直に聞こえる声と、トランシーバー越しの声。
くすりと笑いを零しながら、マイクに向かって返事を言った。
「聞こえるよー」
「わぁ、ソウジュの声が二重に聞こえるー! これがトランシーバーの力?」
「……僕たちが近いからだね」
まあ、トランシーバーはしっかり音を届けているようだし問題なし。
「ねぇラッキー、これクオたちがもらって良いよね?」
「いいヨ、自由に持っていっテ」
「やったーっ!」
今夜一番の喜びよう。
新しいおもちゃを買ってもらった子供みたい。
「えへへ、これでどこにいてもお話しできるねっ!」
「いや、流石に限界はあると思うよ。ね、ラッキー?」
「そうだネ。確実な通信が行える直線距離はおよそ1000kmになっているヨ」
「ほら、1000kmって………1000?」
2 × 500?
10の3乗?
ローマ数字で書くと”M”?
「うン」
「メートルとかじゃなくて、キロメートルなんだよね?」
「その通りだヨ」
あっさり言うよね。平坦な声で。驚く心を持たないからって。
「まさか、衛星とか使ってるの?」
「ううン。どうやラ、サンドスターを凝縮した何かが材料に使われていテ、それによって距離が増幅されているみたイ」
「……分解したくなってきた」
「やめてよソウジュ、戻せなくなったら大変だって!」
止められちゃったよ、残念だ。
中から石板レベルの面白い物が出てくるような気配がしてるのに。
(……それより、1000kmかぁ)
どこにいても繋がるってことは、気付かなかったフリも出来ないってことで。もしも外出とかした日には、帰る瞬間までクオからの着信が途切れなさそうで、ちょっと怖いなと思ったのだった。
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