第五十節 月夜にお店に連れてかれ


 クオに連れ出されて夜の市場。


 歩き抜けるは月よりも明るい光が彩る大通り。


 ネオン、ランタン、提灯、蝋燭。無造作に織り交ぜられた照明の数々は、一周回って調和のとれた印象をもって、屋台の数々を照らし出す。

 星座を見上げようと首を傾げれば、星明りも地上の星々に掻き消され、真っ暗な天蓋しか目には映らない。


 だからだろうか、クオの危ない行動を見逃してしまったのは。


「あわわ……うわぁっ!?」

「…クオ?」


 グラグラと揺れた地面と鼓膜。

 僕はとぼけた調子のまま、視線を下に戻す。


「ちょっとあなた、何してくれるの!?」


 するとそこには尻もちをついたクオと、荷車からこぼれて周囲の地面に打ち捨てられたシャベルなどの工具の数々と、腰に手を当て憤慨する少女。


 クオとあの少女がぶつかって目の前の状況になったことは――――僕の頭でも理解することが出来た。


「えっと、大丈夫?」

「へぇ、眠いなら帰って寝たらどう?」


 心配になって声を掛けたら、歯に衣着せぬ皮肉をぶつけられてしまった。


「最近はホントに散々ね、嫌になるわ」


 その場にしゃがみ込み、落ちた物を拾って荷車へと放り投げる少女。


 ガシャン!


 崩れるような音が荷車に響いて、何か壊れてしまいそうでとても危なっかしい。流石に放ってはおけないから、僕らも少女の片付けを手伝うことにした。

 

 三人で掛かればなんのその、すぐに全てが元通り。だけど、少女の時間を取らせてしまった事実に変わりはない。


 そんな申し訳なさから、僕はとある提案をする。


「うちのクオがごめんね、僕に出来ることならするから」

「……だったら、を引っ張ってついてきなさい」



 そう言って、荷車を置き去りにして、走り出した少女を僕は目で追って――



「…って、速っ!?」

「ねぇ、何をボーっとしてるの? そんなチンタラして、地上最速である私に置いてかれないとでも思った?」


 なるほど、地上最速。

 その名に恥じぬ速さと、水の流れるような滑らかな走り出しだった。


「もしかして君って…チーター?」

「あら、よく分かったわね」


 言い当てられて嬉しいのか、チーターは誇らしげに髪を靡かせた。そしてつい先ほどよりも大きくスピードを落とし、あからさまな小走りで先を行く。


 それでも、すぐ追いかけないと見失っちゃうね。


 僕は荷車の取っ手を握り、動き出そうと体重を掛ける。



「今度こそ置いてかれないうちに、僕たちも行こうか」



 振り返ってそう声を掛けると、クオはとても申し訳なさそうに、もじもじと指を突き合わせて涙目でこちらを見ていた。


「ごめんねソウジュ、クオのせいで」


 声にも涙を混ぜて謝るクオに、僕は優しく肩を叩いて励ます。


「気にしないで、たまによくある」

「……それは変だよ?」




§




「ここよ。色々あって私が手伝ってる……何だったかしら?」

「『骨董品店』、でしたよね」

「あっ、オオセンザンコウ!?」

「……これは、奇遇ですね」


 チーターに案内された先で、出会ったのは全く予想だにしない人物だった。彼女も僕たちが来ることは想定外だったようで、目をまんまるにして驚いている。


 ひとまず、僕から声を掛けた。


「久しぶりだね、心配してたよ」

「そうでしたか、悪いことをしてしまいましたね」


 『悪いこと』…か。


 今夜こうして再会できたのも、クオがいわゆる『悪いこと』をしてしまったお陰なわけで、如何ともしがたい巡り合わせというものを感じる。


「リカオンの所にも、しばらく来てなかったよね? せめて、無事くらいは伝えておいた方がよかったと思うな」

「それが出来れば、よかったんですけど」

「……どういう意味?」


 苦笑いをするオオセンザンコウの後ろから、チーターとアルマーの声が聞こえてくる。


「ほら、キビキビ働きなさい」

「無理だよ~、重いよ~」

「そんな調子じゃ、一年経っても払い切らないわよっ!」


 うわぁ、大変そう。


 地下行きの階段から上がってきたアルマーが、チーターに急かされながら瓦礫のような岩を抱えて運んでいる。


「何があったの?」

「私たちは調査の一環で、この骨董品店を訪れました。しかし運悪くアルマーが、貴重な壺をいくつも壊してしまって…」

「それで、返済の為に?」

「ここで何日も、タダ働きをさせられているのです」

「……災難だったね」


 そしてきっと、この先の僕らに待ち受けている災難でもある。


「チーター。今日は遅いシもう終わりにしなイ?」

「まだ行けるわ。ちょうど新入りも増えたことだし」


 音もなく現れたラッキービースト。

 ”作業をやめよう”という彼の進言を、チーターは素っ気なく突っぱねた。


 きっとそれはいつものことなのだろう。ダブルスフィアも、働き続けようとするチーターに驚きを見せることはなく、慣れてしまった様子で彼女の手伝いに戻る。


 ラッキービーストは僕らの方へ歩み寄ってきて、ペコリとお辞儀をするように身体を曲げた。


「はじめましテ、ボクはラッキービーストだヨ」

「あぁ、うん。はじめまして」

「よろしくねー!」


 意義の薄いラッキービーストの自己紹介と、相も変わらず呑気な様子のクオ。

 ラッキービーストはカウンターらしき机の上に座って、なんだかお店の店主さんみたいだ。


「二人とモ、今日ハどんなものヲお求めかナ?」

「ううん、僕らは物を買いに来たわけじゃないよ」

「ア、そうなノ?」

「うん、チーターのお手伝いに来たの!」

「そっカ。大変な仕事だけドよろしくネ」


 ぺこりと、今度は違う意味でのお辞儀。


 確かチーターも「手伝い」と言っていたから、働き手を必要としているのはこのラッキービーストだと考えられる。


 何がしたいのかな?

 目的が分かれば僕らも手伝いやすい。

 僕は試しにチーターに尋ねてみることにした。


「ねぇ。チーターはどうして、ここのお店を手伝ってるの? それに忙しく働いてるのも不思議だな。壺を買っていくフレンズなんて滅多にいないと思うんだけど」


 ピタリと停止して、考え始めるチーター。一度に沢山聞きすぎたかな?

 さらに言葉を掛けるべきかと僕が悩んでいる間に、結論は出てしまったらしい。


「奥に来なさい、見れば全て分かるわよ」


 そう言われれば、ついて行くしかなかった。 




§




 地下に降りて一目、驚きに見開く。部屋中に積み重なる巨大なコンクリートの残骸を目の当たりにして、僕は理解した。彼女たちの目的と、さっきアルマーが抱えて運び出していた瓦礫の矮小さを。


「私たちがやってるのはね、こいつらを全部外に運び出す作業なの」

「……それをする意味は?」

「そこ、岩の隙間から見えるでしょ? 部屋の奥に扉があるの。そしてその先にある物を、あのボスが欲しがってるってワケ」


 僕は目を凝らして、隙間の向こうを覗き込む。するとチーターの言う通り、奥へと続いていそうな扉を認めることが出来た。


「ところでボスって言うのは、ラッキービーストのことでいいの?」

「そうよ、初耳?」

「うん」


 フレンズによっては、そういう呼び方もあるんだ。

 まあ、どっちでも伝わるし別にどうでもいいね。


「……つまり、このお店は?」

「ただの。たまに欲しい子が来たらあげるくらいね」


 じゃあ、ダブルスフィアがここで働いているのはいったい…?


「鬱陶しいくらい謝り倒されるから、だったらこき使ってやろうと思っただけよ」


 はあ、そんな理由で。それだけしつこい謝り方だったんだね。


 するとそれなら、このお店に縛り付けられている訳でもなかろうに、きっと勘違いで離れられなかったのかな。意思疎通は大事。ま、どちらにせよ終わったことだね。



「荷台に乗せたあの道具たちは、瓦礫を運び出すために?」

「ええ、前々から頼んでたものがようやく届いたのよ」


 アルマーがやったように素手で抱えて運ぶより、道具を使った方が圧倒的に効率が良いというのは理解できる。しかしさっきの記憶を呼び戻した限りでは、あのシャベルにこの瓦礫と立ち向かうパワーがあるとは考えづらい。



 ……あ。いいこと思い付いた。



「そしたら一回やってみるから、取って来てもらえるかな」

「は? 私が?」

「……お願いしたいです」

「はぁ~…」


 ため息、ため息、深くて、大きい。

 

「仕方ないわね、今回だけよ?」


 あぁ、やっぱり優しい。

 とても気だるげな足取りで、チーターは表に道具を取りに行った。


「ソウジュ、クオたちが取りに行ってあげてもよかったんじゃない…?」

「そうなんだけどね。少し試してみたいことが出来たんだ」


 僕は集中して、頭の中にイメージを作り出す。



『浮かべ』


 その言葉を呟けば一つ、瓦礫が空中に浮かび上がって。



『片付け』


 そう命令すれば、角の隙間に綺麗に収まった。



「…あっ!」

「ね、試してみる価値はあると思う」


 この山のように積み上がったコンクリートを全て片づけてしまうには、僕一人の妖力じゃあ十回意識を失ってもきっと足りないけどね。


「だからその…またお願いしていい?」

「いいよ、いつものだねっ!」


 いつも通りに手を繋ぐ。クオの妖力も借りちゃって、言霊で瓦礫を一気に、文字通りに片づけてしまおう。


 早く、正確に、効率的に片付けの出来る、まさに完璧な考え。



 まあただ一つ、僕に足りなかった考慮と言えば。



「ちょっと…何なのよコレ」

「魔法、とかかな」

「はぁっ!?」



 戻ってきたチーターへとするべき説明の用意を、完全に忘れてしまっていたことだけかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る