第四十九節 情報料はこれ一本

「ピーチパンサー、いつもの」

「かしこまりましたぁ、すぐに用意しますね~」


 屋台にやってきてすぐ、タレスの一言で店員らしきフレンズが奥へ消えていく。タレスはテーブルにつき、手招きで僕たちを呼び寄せた。


 僕は椅子に腰かけて、頭上ではためいていた文字の描かれた旗を眺める。


「……タンフールー?」

「そ、美味しいわよ」


 聞き慣れない食べ物だ、いったいどんな味なんだろう。


 ワクワクしながら旗の絵をよく見てみると……あ。


 これ、フルーツ飴だ。

 瞬きをしても瞼をこすっても、見れば見るほど間違いない。

 

 まあ、中身のフルーツのラインナップで個性が出てるのかな。それと、飴を刺す棒が他よりも心持ち長いくらいか。


 横文字だけに期待しちゃって、少しがっかり。

 だけどちょうど食べたかった頃だし……これはこれでいっか。


「お待たせしました、特製タンフールーですよ~」


 はぁ、特製ね。

 何でもかんでもそう言っておけば良いと思ってない?

 やめようよ、なんか美味しく見えてきちゃったじゃん。


 ……僕って案外ミーハーなのかな。


 心中で嘆く僕の横、タレスは別の理由で店員に文句をつける。


「待ちなさい、三本しかないじゃないの」

「はい、ちゃんと人数分ありますよね?」

「アタシの分は最低五本ッ! たった一本じゃ食べ足りないわ!」


 大食いだなぁ。

 そんなにたくさん食べたら、しばらく歯から飴が取れなくなりそう。


「そうは言ってもタレスさん、ほんの少し前に砂糖の食べ過ぎで虫歯になったばかりじゃありませんか」


「…うるさいわね。もう昔の話じゃない」

「まだ一か月前、じゅうぶん最近ですよ」


 優しい声色で諭すピーチパンサー。

 意外だね、フレンズも虫歯になったりするんだ。

 まったく懲りてなさそうなのも大概だね。


 しかしピンクの柔らかい印象とは裏腹に、タレスの睨みつけにもピーチパンサーは屈しない。彼女の姿勢は曲がることなく、ダイヤモンドのように硬い。


「ハァ~……」


 諦めたように、タレスのため息が響く。


「仕方ないわね、一本だけで我慢したげる」

「ふふ、分かってくれればいいんですよ」


 にこやかな笑顔でタンフールーを渡すピーチパンサー。店員らしく業務に忠実なんだけど、その切り替えの早さに少し怖いと思ってしまった。


 僕も一本飴を受け取る。するとタレスにわき腹をつつかれ、何かを出せと言うようなジェスチャーを見せられる。伝えられていることが何なのか分からずに戸惑っていると、呆れたようなため息を腕に当てられた。


「ほら、アンタが払いなさい」

「えっ僕が?」

「情報料よ、さっさと出すの」


 ああ、タンフールーの代金ってことね。


「まあ、そういうことなら…」


 持っててよかった…ジャパリコイン?

 どうせ形だけの支払いなのによく今まで続いてるよね。


 ここまでくると逆に面白いや、今度話せる機会があったらラッキービーストにでも理由を考察してもらおうかな。


「じゃ、いただくわね」

「私も、いただきます…!」

「……いただきます」


 恐る恐る、ゆっくりと口に入れる。ためらいながらも噛み付くと、パリパリっと軽やかな音を立てて飴が砕けた。そして間髪入れず、奥の果物からジューシーな果汁が滲み出てくる。


 熱い飴によって火が通ったおかげか、生のフルーツをそのまま食べたときよりも味わいは格段にまろやか。口の中でとろける飴の甘みも相まって、一本じゃ満足できないというのも頷ける。


 これは失敗しちゃったな。

 タレスのわがままは通すべきだった。


 淡い後悔も一緒に噛みしめながら、僕は疑問を頭に浮かべる。


「ところで情報料って何のこと?」


 尋ねると、先にリカオンが答えた。


「タレスさんがこの砂漠のことを教えてくれるらしいです!」

「どんなことでも訊きなさい。生きてきた時間は幾星霜、サンカイについて最も物知りなのは間違いなくアタシよ」


 誇らしげに鼻を鳴らしたタレス。


 どことなく直感だけで生きていそうなイメージとは逆に、かなりの知識の持ち主であるようだ。何にも囚われない悠々自適な、悪く表現すれば傍若無人と言えるような振る舞いも、今になってみれば良い感じの雰囲気を醸し出している気がする。


 つまり、人の印象とはかくも曖昧なものである。


「代金は情報一つに一本よ。さあ、何について聞きたい?」

「……えっ?」


 それって、一つの情報しか教えてもらえないってことなんじゃ……


「勘違いしないで、すべてはアンタたち次第よ」

「…どういう意味?」

「思い出しなさい。一本制限はアタシだけ、アンタたちは何本でも買えるの」



 ―――まさか!



「もし買った内の何本かをプレゼントでもしてくれたら、アタシもその分のお礼はするつもりよ…?」


 タレス、僕は甘く見ていた。

 彼女はとんでもない策略家だ。


 僕らの側に全ての責任を押しつけつつ、ピーチパンサーに課された制限をすり抜けタンフールーを手中に収めようとするなんて。


 僕はタレスと向き合い、息を呑む。


 彼女は不敵に笑って、ゆっくりと手を伸ばしてきた……



「見せてみなさい、アンタたちの選択を―――」



 タンフールーを求める、その手は。 



「はいはい、変なこと企まないで下さいね~」

「ひゃぁっ!?」



 ……タレスの間抜けな叫び声と一緒に、空を掴みながら引っ込められてしまうのだった。



「ぴ、ピーチパンサーっ! 尻尾の付け根は触るなって散々言ったじゃないっ!」

「失礼しました。タレスさんの企みが目に余ったので」


 強いなあ、ピーチパンサー。

 戦う力とはまた違う、心のしたたかさを感じる。


「そんなに我慢できませんか?」

「悪いのはアンタよ、あんな美味しい食べ物を作ったアンタが悪いのよ…!」

「またまた理不尽な言いがかりですけど、思えば一か月も経ちましたか。ではそうですね、二本でどうでしょう?」


「……五本」

「二本じゃ我慢できませんか?」

「無理よ、四本! アタシとアンタの仲でしょ!」

「百歩譲って三本までです」

「くっ……わかったわ」


 交渉を重ねた末、妥協案を受け入れる形でタレスの方が折れた。


「うふふ、交渉成立ですね」

「まったく、私が寛容で助かったわね?」


 にもかかわらず振る舞いは高慢なままである。

 折れるのか折れないのかハッキリして欲しいところだ。


「ま、それはどうでもいいんだけどさ」

「どうでもいいってどういう意味よっ!?」


 二本のタンフールーを両手に握り、交互に食べながら僕の言葉に噛み付いてくるタレス。食べるか喋るか片方にしてと言ったら、案の定というべきか食べる方に集中し始めた。様式美だね。



「そうじゃなくてさ、情報のお話はどこに行ったの?」

「ああ、そうだったわね…」


 忘れていたわとタレス。

 じゃあいいや、思い出してもらったところで本題に入ろう。


「……リカオン」

「あっ、はい! 私、実はとっても知りたいことがあって…!」

「いいわよ、なんでも教えてあげる」

「はい、あのですね―――」


 リカオンは彼女が探している『秘密のオアシス』について、彼女が今の時点で知っているすべての事実を交えてタレスに答えを求めた。


 その話を聞きながらタレスは、何度も得心の行ったようにうんうんと呟いていた。


「そうね。喜びなさい、ちゃんと心当たりがあるわ」

「ほ、ホントですかっ!」


 リカオンは飛び上がった。

 トランポリンでもあったかな?

 …って思うくらい高くジャンプした。

 

 ピーチパンサーに宥められた後もと体の揺れが止まらないあたり、相当な喜びであることが伝わってくる。



 タレスもその様子にニシシと声をこぼしながら、詳しい説明を始める。


「もう知ってるかもだけど、オアシスってかなり少ないのよ。両手で数えられる程度で、アタシは全部知ってる。そうね……ピーチパンサー、地図は用意できるかしら?」


「はい、少々お待ちくださいね」


「具体的な場所は地図に描いておくけど、アンタたちが探してるオアシスにはとってもわかりやすい特徴があるわ。だから、今のうちに教えとくわね」


「うん、何かな?」


よ。あのオアシスの周りにしか生えてない、珍しい植物があるの。ま、場所を見せた方が早いわね」



 タレスはピーチパンサーから地図を受け取り、高速でペン回しのアクロバティックを見せつけながら、オアシスがあるという場所の空白に丸を描きこんだ。


 リカオンがそれを受け取り、しばらく他愛のない会話をした後、僕たちはモーテルへと帰ることにしたのだった。




§




「思わぬ大収穫だったね」

「はい、まさかオアシスの場所を知っているフレンズさんに会えるなんて思いませんでした」



 僕もまさか、一直線でゴールまで到達できるなんて思わなかったよ。



「…こうなるとなんとなく、冒険って感じは薄れてくるけど」


「いいえ。人づてじゃない、自分の目で確かめた景色が大事なんです! だからこれも、現代流ジャパリパークの立派なミステリーハントなんですよっ!」


「まあ、それなら僕はいいけど」


 結局のところ依頼主はリカオンだ。

 彼女が「問題ない」と言うなら僕らはその意向に添うまで。

 それが依頼遂行というものだろう。


 待てよ。


「…依頼?」


 奇妙だ、何か忘れているような気がする。

 思い出せ、きっと足りていないものがあるはずだ。



「―――わかった、ダブルスフィアだ!」



「えっ?」

「リカオン、ってどこに行ったっけ?」

「さ、さぁ…? 何回かは戻ってきたんですけど、後は何も…」


 なんということだ、自分のことに夢中ですっかり忘れていた。これではタンフールーに気を取られていたタレスのことも言えないじゃないか。


「まぁ、そのうち戻ってくるんじゃないですか? それにまさか、聞き込みで危険な目に遭うわけありませんもんね?」

「単に時間が掛かってるだけ……か」


 可能性として一番高いのはそれだ。


 あの二人には相応の経験もあるし、僕たちのような素人では思いつかないような捜査の方法を編み出していても何ら不思議じゃない。

 むしろ、心配したって杞憂に終わるだけかも。


「お二人を信じて、ゆっくりしましょう。今日は休日ですよ?」

「…そうだった」


 なーんで本気になれてたのかなー。

 ワーカホリックじゃないつもりだったんだけど。


 まったくクオが羨ましいよ。きっとあの子は楽しくお休みを満喫してたんだろうな。今夜はその思い出話でも聞いて、この悲しい気持ちを紛らわすことにでもしよう。


「休日が終わって、ダブルスフィアのお二人とも合流したら、オアシスを目指して出発することにしましょう!」


「うん…」


 ワクワク昂るリカオンと、生返事を返す僕。


 クオ、早く帰って来ないかな。

 僕は、そんなことを考えて頭がいっぱいだった。

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