第四十五節 さすらいの毒……薬師さん

 なかなか順調には集まらない手掛かり。

 まだまだ長引く聞き込みの日々。

 終わりが見えてこないなら、張り詰めすぎちゃいけないよね。


 そんなわけで、数日のお休みをもらったクオとソウジュは、それぞれ気ままに自由な時間を過ごしている。


「おはよう、ちょうだい!」


 ここはとっても美味しいフルーツ飴を売っている、ここ最近の行きつけの屋台。

 今日も三本、クオはとびきりに大きなりんご飴を選んだ。


「まいどあリ、どうゾ」

「ありがと、ラッキーっ!」


 三本分のジャパリコインを渡して、片手で飴を受け取る。

 一本ずつ指に挟んでみたら、まるで絵本で見たナイフ使いみたい。


 クオは一番形のいいりんご飴をかじりながら、お店の屋根を踏み台にしてぴょんぴょんと上を跳んで進んでいく。


 屋根を伝って東奔西走。

 こうして見下ろすように眺めると、ただ道を歩いたときとはまた違う面白い景色を見ることが出来るんだ。


 だから今日とてこの場所で、クオはこうして道の賑わいを観察する。


 市場の中心部へと向かうサイのフレンズ。

 機械の部品を持って誰もいない通りを過ぎるラッキービースト。

 カバンいっぱいの植物を持って横道に消えるフードを被ったフレンズ。


 その中でも最後の一つが、クオの意識に色濃く留まった。


「……あれ、見たこと無い子だ」


 流れるような長い髪の毛の青いシルエット。

 今日日見掛けない端麗な後ろ姿。


 しかも持ち物も珍しい。

 溢れんばかりの植物を持っているなんて。

 まさかこの砂漠で、あんなお嬢様みたいな服装で!


 …うん、ビビッと来た。

 

 クオの好奇心センサーは最大出力で『あの子を追え』との命令を発しているよ!


「よーし、こっそり追いかけちゃおっと…!」


 ひょいっと屋根から飛び降りて、あの子の後をつけていく。

 放置された段ボールや四角い換気扇に身を隠しながら進んでいくと、やがて道は開けて一軒のアパートの前に出た。


(……うえ、じめじめしてる)


 こういう場所、クオは苦手だな。

 尻尾の毛先にひりつく湿気も、空気を漂う怪しさも。


 よりにもよってこんな場所に、外の喧騒から隠すように建てちゃって、中で何か悪いことでもしてるんじゃないの?


 道の角に身を隠したまま、クオは考える。


(どうしよう、見なかったことにしようかな)


 クオの第六感はもう逃げだす準備をしている。

 ”好奇心はなんとやらを殺す”というし、あの子のことは忘れて屋根の上に戻ろうかなとも考えた。


 だけどそんなとき、お部屋の中から女の子の綺麗な声が聞こえてきた。

 クオは思わず、足を止めて聞き入ってしまう。


「うふふ、実験は大成功ですわ。このお薬さえあれば、どんな生き物でも立ちどころに……!」


 恍惚と響く不穏な言葉。

 作ってる薬のことなんて全然知らないけど、十中八九ロクでもないものに違いない。


 絶対危ないよ。

 早く行かなきゃ。

 でも、好奇心がクオの足を引っ張り続ける――!


「こんなに素晴らしい発明、私だけのものにしておくには勿体ないですわね」


 まるで誰かに言い聞かせるような口調。

 嫌な想像をかなぐり捨てて、クオはまだ声を押し殺す。


(大丈夫、音を立てずにゆっくり立ち去れば……)

「そこの隠れてないで、こちらに来てじっくりと見てはどうでしょう?」

「……っ!?」


 抑えきれず、唇の隙間から漏れ出した悲鳴。


「うふふ、やっぱり覗き見していましたのね」


 しまった。まさか気付かれていたなんて!

 「逃げなきゃ」という想いで頭を一杯にし、とっさに踵を返して一心不乱に走り出す。


 だけどクオはすっかり忘れていた。

 いま自分がいるこの場所は、とても視界の悪い裏路地だということに。


「きゃっ!?」


 揺れて上ずる世界。

 振り返ると足元に太い配管。

 この場所から逃げることばかりに気を取られて、足を掬われてしまったんだ。


「って、そんな場合じゃ……あっ!」

「うふふ、どうして逃げるんですの?」


 どうしても何も、怖いからだよっ!


 だけど逃げられない。頑張って立ち上がって走り出そうとするけど、脚に痛みを感じて動きを止めてしまった。


「っ、いたた…」

「あら、膝を擦りむいてしまったのね」


 身体の色々な筋肉が引きつる。

 ソウジュ助けてと、声は出ない。出しても届く訳ないって、諦めちゃっていた。


 ああ。

 クオの旅は、ここまでなのかな……


「手当てしますわ。どうぞこちらに」


 ……え?


 顔を上げると、少女は陶器のような白い手をこっちに差し伸べていた。

 驚きに動けないクオを見て、訝しむように首を傾げて言う。


「…来ないのですか?」

「ううん、行くよ」


 …よく分かんないけど、大チャンスだ!


 向こうから招き入れてくれるんだもん。罠の可能性も捨てきれないけど……考えていたほど危なくなさそうだし、やっぱり好奇心には勝てないよね。


 よし、この子についていこう。

 クオは、少女の手を強く握って立ち上がった。



§



「いらっしゃい、歓迎しますわ」


 青髪の不思議な女の子に手を引かれて立ち入った不思議なお部屋。


 砂漠の建物らしい外観とは裏腹に、内装は洋風のインテリアに包まれていた。どこか取って付けたような、馴染んでいない感じが印象に残ったけど。


「さて、そこにお座りなさいな。傷の手当てをして差しあげます」

「う、うん…」


 低めの椅子に座るよう促されて、クオが腰を落ち着けている間に少女は包帯と不思議な色をした薬を棚から取り出す。

 棚の扉の隙間からは、様々な種類の薬が入った瓶が覗いていた。


「ねぇ、あなたの名前は?」

「コモドドラゴンといいますの。長ければ、コモモと呼んでくださいませ」

「そうするよ。よろしくねコモモ」

「ええ。あ、沁みますわよ」


 返事を言う間もなく傷口に当てられたガーゼ。

 つんと刺すような冷たさにちょっぴり体が跳ねる。

 コモモは白い包帯を伸ばし、新しいガーゼに妙な色の薬を染み込ませて、膝に巻き付けてきゅっと縛った。


 ものの数秒、素早い手さばき。

 綺麗に巻かれた包帯をぽんぽんと叩いて彼女は言う。


「さ、これで明日になれば治っているはずですわ」

「うん、ありがとっ!」


 クオがお礼を言った後、部屋にはしんみりと気まずさが漂う。

 敢えて口にするような話題もなくて、視線は自然と壁伝いに泳いでいく。


 閉まった窓、植木鉢とお花、綺麗な模様のカトラリー。


 ……えっと、そうだよね。何か話さなきゃ。


「コモモは、ここで何をしてるの?」


 茎から葉っぱをむしり取る手を止めて、コモモは答えてくれる。


「ずばり、毒ですわ。パークの色々なちほーを巡って、様々な土地の生き物が持つ毒を研究していますのよ」

「ど、毒って、えっと…!?」


 じゃああの薬も…元は毒?

 とんでもない事実を知ったクオは、顔から血の気が引くのを感じた。


 きっと真っ青な表情を見て、コモモは面白いものを見たように笑う。


「心配になる気持ちは分かりますけど、毒も薬も結局は使い方次第。あれも日々毒の研究を続けている私が作った、安全のしっかり確かめられた薬ですわ」

「そ、そうなんだ…!」


 目からうろこが落ちそうな話だった。今までは何となく”危ないもの”って風にしか思ってなかったのに、別の一面もあるなんて興味深いなあ。


 なんだかコモモみたい。

 最初の雰囲気は怖かったけど、実は案外優しい……みたいな。


「うふふ、目がキラキラと輝いていますわね」


 コモモの嬉しそうな言葉にうなずく。

 間違いなくいまクオの興味は、彼女の毒に釘付けにされている。


「そうだ。折角ですから、のもおススメですわ」

「へぇ……うん?」


 え、自分の身体で…?


「さあ、こちらをお飲みください…!」

「ちょ、ちょっと待ってっ!?」


 にじり寄ってくるお薬の瓶を押し戻して、バックステップでコモモから数メートルほどのソーシャルディスタンスを確保する。


「どうかしました?」

「あ、安全なんだよね…?」

「私の運命の人に誓って、一切の副作用は無いと約束しますわ」


 ”運命の人”っていうのは分かんないけど、大丈夫って意味だよね。

 よりにもよって、危険な薬を押しつけて来たりなんてしないはずだもんね?


 …まあ、コモモを信じよう。


「じゃあ、飲むよ」


 深呼吸をして、覚悟を決めて一気に飲み干す。

 口の中にフルーティな甘みが広がったと思えば、喉から食道にかけてシュワシュワと刺激が駆け抜けていく。


 ごっくん。

 最後の一滴を飲み込むと、なんだか頭がふわふわしてきた。

 体も普段よりずっと軽くて、今なら何でも出来そうな気がする。


「これが兼ねてより私が開発していた、フレンズの身体能力を向上させる『増強剤』というものですわ。飲みやすさを考えて、向こうのお店で売っているラムネと合わせてみましたの」

「えへへぇ、そっかぁ…!」


 コモモが何かを言っているけど、クオの耳には届かない。


 万華鏡のように、フラクタルに切れ目の入った世界が回って回って回って回って。


 棚の中にある色とりどりのお薬の瓶がとっても美味しそうに見えた。


「体に害はありませんが、このように思考が朦朧になってしまうことが唯一の欠点ですわ。恐らく、中に含まれている大量のサンドスターの影響でのような状態になっているのでしょうね。クオさん、お水を飲んでください」


 手を伸ばしても何もない。

 代わりに、流し込むようにコップで水を飲まされた。


 するとお薬の効果が薄れたのか、ゆっくりとクオは正気を取り戻していく。


「ん、うぅ…」

「効果を抑えてでも、酔いにくくする方が良いのかもしれませんわね」


 淡々と呟くコモモ。

 明瞭になっていく意識の中で、さっきまでの自分がどんな状態だったのかを知覚した。


「…って、やっぱり実験体にしたぁ!」

「あら、違いますわよ?」

「だって、副作用はないって…!」

「酔うのも作用の内ですわ。元々はそっちが目的でしたもの」


 追及はのらりくらりと躱された。

 むう、ソウジュみたいに口が上手い子。


「効果を抑えないと、頭がふわふわするのはどうにもならないの?」

「一つだけ、方法がないこともなくて……」


 図鑑を取り出して、パラパラとページをめくる。


「ありましたわ」

「えっ、なになに?」


 開かれたページの上に、黄色い果実をぶら下げた植物の絵が載っている。


「この植物の実を使えば、効果はそのままに酔いを抑えることが出来ますの。私がサンカイに来たのも、この実が砂漠のオアシスで取れるからなのですわ」


 その言葉にクオは納得。

 でも、コモモは顔を俯かせる。


「ですが最近、目当てのオアシスの周りにセルリアンが出てきてしまって……」


 そっか。

 コモモも困ってたんだね。

 せっかく聞いちゃった話だし、なんとかしてあげたいな。


「じゃあ、クオと一緒に行こ! セルリアンなら倒してあげるっ!」

「いいのですか?」

「うん、膝の手当てをしてくれたお礼だよ」

「……深く感謝いたしますわ」

「いいっていいって! 今から行く?」


 ”そうしましょう”と微笑むコモモ。

 ソウジュも巻き込んじゃおうかなと思ったけど…まあいいや。



 さあ、お目当てのオアシスに……れっつごーっ!

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