第四十三節 聞き込みは買い食いから始まると覚えよ


「あむ、もぐもぐ…」


 手に持った串の先、かじり取られたホットドッグの表面から、もくもくと真っ白な湯気が立ち昇る。もう片方の手にはジャパリコイン一枚と引き換えに受け取ったフルーツ飴を持ち、クオは砂漠市場の外回りを歩いていた。


 ボソボソ、パリパリ。

 柔らかく湿った生地の音と、硬く乾いた飴の音。

 絶妙に相性の悪そうな食べ合わせだけど、クオはとても美味しそうに堪能している。


「はぁ…」


 それに対して、僕が持っているのはなけなしのジャパリコイン。


 右手を開けば残りは一枚。

 おかしいな、今朝リカオンに十枚は貰ったはずなんだけど。

 


 だけど原因は知っている。今僕の目の前で幸せそうにフルーツ飴を食べきったクオだ。



 屋台が沢山立ち並んでいるこの市場。

 東に進めばタコ焼きに出会い、西に進めばチョコバナナ、北に向かえば焼きそばがあって、南に向かえばエトセトラ―――


 とまあ、どこもかしこもクオの興味を引くのに困らないお店ばっかり。


 中心に向かえばラーメンだとか、もっと趣向の違う屋台もあると聞いたのだけど……おかしい、僕らは年中お祭りの世界に迷い込んでしまったのだろうか。


「ほんと便利だね、ラッキービーストって」


 屋台の店主はほとんど彼らで、リカオンによればフレンズも手伝うことがあるという。しかし基本は彼らだけで事足りていて、例えフレンズが誰もいなくても市場は回る。


 砂漠の中でも過ごしやすい場所にフレンズが集まり、必要なものを物々交換で取引していくうちに出来上がったのがこの砂漠市場。……そう聞いていたのだけれど、誰も知らない間に、市場の中枢はロボットによって取って代わられてしまったらしい。


 舞台さえ違えば映画だね。

 例えば未来の巨大な都市とか。

 

 少なくともここでは無理だ。

 やってることは結局、屋台で食べ物作りに勤しんでいるだけだし。



 そんな平和な場所だけど、実は僕らにとっては面倒な状況なのである。



「なんか、誰も見当たらないね…」


 そう、聞き込みをする相手がいない。


 リカオンに貰ったここでのお金も、元はといえば調査資金。

 食べ物を買うことで違和感なく近づき、彼女たちから有益な情報を教えてもらうための立派な材料なのだ。



 ……ラッキービーストに支払って九割消えたけどね。


 

 まあそれはいい。

 お金が無くても食べ物は手に入る。

 結局は形骸化した形だけのおままごとのようなものだ。


 だけどフレンズがいないのでは話にならない。

 文字通り、話をすることさえ出来ない。


「うーん、みんなまだ寝てるのかな?」

「空を見てよ、もうお昼だって」

「…夜行性とか」

「クオもキツネで、夜行性じゃん」


 そもそも、フレンズってそういう括りが通用するのかな。

 見た目はヒトの要素がすごく強いし、あんまり腑には落ちていない。


「……真ん中らへんの屋台なら、誰かいるかもだよ?」


 手を引くクオの足取りは軽く、顔はお祭りに躍る少女だ。

 今更ながら、屋台に行きたいだけだよね。


 だけど外周には誰もいなかったし、フレンズを探すならもう市場の中心に向かう以外に仕方ない。


「えへへ、どんな食べ物があるかな…」

「早く誰か見つかると良いけど…」


 そんなこんなで市場の中心、高くそびえる物見塔を目印にして僕らは歩く。致命的に大きく、何処までも下らない目的のすれ違いを抱えたまま。


 ……というか、あんなに食べてまだ満足してないんだ。


 普段の食事は控えめなのに、クオの胃袋も分からないものだね。




§




「おぉー……!」

「わあ、一気に華やかになったね」


 砂漠の市場の中心部。

 外からは建物に阻まれて見ることの出来なかったその場所は、外周とは比べ物にならないほど賑やかだった。


 外の閑散とした様子は何処へ消えたか、そこかしこを行き交う多くのフレンズ。

 右を見ても左を見ても、空を見上げても地面を見ても……ごめん、流石にしたの方にはいなかった。


「みんな、ここに集まってたんだ」

「えへへ、美味しそうな食べ物がいっぱい…!」

「……食べるのは別に良いけど、聞き込みのことも忘れないでね?」


 元はといえば、その為に来たんだから。


「えー、ソウジュに任せちゃダメ?」

「…まさか、全部?」

「だって得意でしょ? お願い、いっぱい楽しみたいのっ!」


 わがままがフルスロットル。

 体ごと全力で突っ込んでくるおねだりを、僕は受け止めることが出来ない。


 胸元でじたばたと暴れるクオの頭を撫でて、まずは説得を試みる。


「そんなこと言われたって……だいたい、「オアシス探しに行きたい」って言ったのはクオじゃないか」

「むぅ、かたぶつ」

「…めったに聞かない罵倒だね」

「かーたーぶーつー!」

「ゴリ押さないでよっ!?」


 クオと話すとやっぱり調子が狂う。ずっと一緒に居るから絶え間なく狂いっぱなしだ。つまり一周回って普通かもしれない。


 あと、いちいち動きが可愛らしいから見てて飽きないんだよね。

 ワクワクするものを見つけた時の尻尾の揺れようと言ったらもう……口をつぐむしかない。


「ねーねー、おうどん食べに行こー?」

「え、あるの?」

「あっち」


 本当だ。長方形の旗にでかでかと『うどん』って書いてある。

 

「念のために聞くけど、お腹いっぱいじゃないの?」

「ん…四分くらい?」


 ポンポン。

 お腹を叩いた音は低くも軽やか。


「まだまだいけるよ、目指せ全制覇っ!」


 後日の健康の為にも、日を分けて達成して欲しい目標だ。

 でも言わない、どうせ聞かないし。


 さっさと食べて、聞き込みにしよう。


 僕らは橙のラッキービーストが営む、『うどん』の屋台へ向かって行った。




「――いただきます」


 熱々のおあげ。

 鮮やかに彩りを添えるネギ。

 そして、本命のうどん。


 大きなどんぶりの中、出来立てのきつねうどんが提灯の光を受けて艶やかに色づいている。


 頼んだメニューはお揃いで、クオが僕の注文に被せてきた。

 僕としては、何となく選んじゃっただけなんだけどね。


 じゅるじゅる……すぴっ。


 クオの方から鳴る水音がなんとも食欲をそそる。

 自分を待たせても仕方ないし、早く食べよう。


「……あぁ、おいしい」

 

 温かいスープが五臓六腑に染み渡る。

 しばらく空っぽだった胃袋にどくどくと流れ込んでいく。


 ふぅ…ここに来てよかった。


「ごちそうさま」


 あまりのおいしさに、きつねうどんは数分と保たなかった。

 これでエネルギー補給も完了して、心行くまで聞き込みに取り組むことができる。


 ……まあ”できる”だけだし、程々に情報が手に入ったら休むけどね。


「クオも、ごちそうさまっ!」

「ありがとう、ラッキー」

「うん、どういたしましテ」


 最後のジャパリコインを渡す。

 もはや貨幣としての価値はないけど、そこは気持ちということで。



 さて、そろそろ本格的に切り替えていこう。



「僕たち、知りたいことがあって来たんだ。君に質問してもいいかな?」

「大丈夫だヨ。ボクの知ってる範囲で答えるネ」


 じゃあ早速オアシスの話をする前に……個人的に気になっていたことを訊いてみよう。


「あ、先に余談だけど……外周の屋台って、どうしてあるの?」

「あれハ、ここでの競争に負けたラッキービーストが経営しているんだヨ」

「……負けた?」


 おっと、いきなりダークな雰囲気が。


「うン。人気が出ないお店は端の方に追いやられてしまうんダ。お客となるフレンズはこの近くに集まっているかラ、あそこに落ちたら復帰は難しいとラッキービーストの中では言われているネ」


「……世知辛いなぁ」

「だけド、フレンズのみんなに関してハ、市場のどこで暮らしても快適に過ごせるようになっているヨ」


 ……ね。


「でも、君たちは違うんだね…?」

「ロボットは定期的なメンテナンスさえすれば、一切の福利厚生が必要無いからネ」

「……そっか」


 ロボットも大変なんだなぁ。


 食事とか、睡眠とか、運動とか。

 色々なものを必要としない代わりに、ここのラッキービーストは奇妙な因果を背負わされている気がする。


 辛くはないのかな。


「問題ないヨ。ロボットに感情はないかラ」

「あ、そう…」

「もちろん必要なラ、『あるように』振舞うことも可能だけどネ」


 その辺りの事情は……放っておこう。

 今はとにかく、オアシスの件だ。


「ねぇラッキー。このチラシに書いてあるオアシス、君たちの記憶には無い?」

「ちょっと見せテ。画像をスキャン、検索中、検索中………ボクのアクセスできる情報にハ、何も載っていないネ」


 ふむ、ダメだったか。デジタルデータで記憶を管理しているロボットなら、遠い過去のことも分かると思ったんだけど。


 その後に聞いた話では、ラッキービーストは修理の際に記憶を初期化されることが多いという。

 過剰なデータで処理系統がパンクすることを防ぐ措置なんだと思うけど、一番のアテが潰えてしまったのは残念だ。


 ここはやはり、フレンズに訊いてみるしか無いのだろうか。


「今日はありがとう。うどんもそうだし…興味深い話が聞けたよ」


 闇が深い一面も見ちゃったしね。

 

「どういたしましテ。良かったらまた来てネ」

「うん、バイバイ!」


 別れの言葉を告げて、また市場へ繰り出そうと暖簾をくぐり抜けた僕。


「……きゃっ!?」

「うわっ!?」


 暖簾に隠れて見えなかったのだろう。

 横から走って現れた誰かとぶつかり、お互いに尻もちをついてしまった。


「ちょっと、ドコに目を付けてるのよ!? 危ないじゃないっ!」

「ご、ごめん…」


 僕は謝りながら顔を上げる。

 するとそこには、明るいオレンジの髪を腰まで伸ばし、くすんだ色の布のような装束を身にまとった少女が立っていた。

 イメージで言えばスラムの住人だろうか。しかし、彼女の纏う雰囲気はとても快活であった。


「まったく、そういう風にボーっとしてたらいつかケガするわよ。気を付けなさいよね!」

「…うん、わかった」

「じゃ、アタシは行くから」


 言いたいことだけ言って行ってしまった少女。

 口調は厳しめだったけど、内容は割と僕を心配してくれていた。


「……優しい、のかな」

「ソウジュ、どこか痛めてない?」

「あぁ、大丈夫だよ。僕たちも行こうか」

「うん!」


 それにしたってあの子の尻尾、印象に残る形だったなぁ。

 若干オオセンザンコウに似てる気もするけど、仲間だったりするのかな?


 まあいいや。

 今度出会えたら確かめてみよう。



「それにしても、「とにかく情報を集めろ」なんて……相当な無茶ぶりをしてくれたよね、リカオンも」


 思考のベクトルを戻して、上手くいかない現実を見る。


 情報なんて何処にあるのか、どうやって見つけ出せばいいのか。

 僕は悩んで頭を抱える。


 だけどそんな必要はなかった。


 だって、向こうから来てくれたんだから。


「あの…」

「…はい?」

「今、と言いましたか?」

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