第四十二節 夜の市場の片隅で


「じゃ、私たちはこれで」

「またね~」

 


 市場に着けば、一緒に来ていた二人のラクダともお別れ。


 いよいよここから本当に、四人での砂漠の旅が始まるのだ。



 だけど一旦は準備の時間。まずは依頼人に会って、オアシス探しの細かい計画をすり合わせていく。


 手紙によれば、彼女は黄色い屋根のモーテルに滞在しているようだけど……


「あらら、暗くてよく見えないね」


 お日様もすっかり沈み、砂漠は丸ごと夜の中。

 広い洞窟の中に有る市場も、外よりは多分マシだけど十分に寒い。暖を取るためにも、早いところ目的の建物を見つけてしまいたいところだ。


「明かりは無いのですか?」

「一応、火は用意できるけど…」


 手の上に起こした妖しい炎を、僕はぎゅっと握りしめて消し去る。


 時には暖も取れて便利な炎だけど、遠くのものを照らすにはいささか力不足。懐中電灯のように光を放つ妖術もあるにはあるけど……なんとびっくり未修得だ。


 どうしたものかと悩んでいると、救いのお手が差し伸べられる。


「ソ~ウジュ♪」


 僕の腕に抱きついて、何故か上目遣いで柔らかい声を出すクオだ。

 なんとなく甘えてる雰囲気じゃなさそうだし、”方法がある”って言いたいんだろうけど……


「…えっと、何か出来るの?」

「知らないの~? キツネは夜目が利くんだよ~?」


 じろり。

 光る瞳で僕を見つめて、これ見よがしな言葉を見せた。


「……ね?」


 最後に、首をコテンと傾げて念を押す。


 なるほど、言いたいことは分かったよ。

 めっちゃ回りくどいけど。


「じゃあ…お願いしてもいい?」

「いえっさーっ!」

「あはは…」


 苦笑を浮かべて僕が頼むと、「待ってました」と言わんばかりにキョロキョロと周囲の様子を見始めるクオ。


 まったく、手伝いたいならハッキリ言えばいいのにね?



「……あ、見つけたよっ!」



 っとと、随分お早いことで。


 流石、積極的に売り込んで来ただけのことはある。 


「見て、あっち!」


 前を指差しながら走り出したクオ。


 どうやら、件の建物は横に逸れた細道の奥にあるらしい。角から手招きをするクオに続いて、僕たちも歩みを進めていく。


 そして踏石を歩いた先で、平たく広がる建物の玄関が見えた。

 見上げてみれば間違いない。

 これくらいまで近くなら、僕でも黄色い屋根が分かる。


「オオセンザンコウ、ここで間違いない?」

「…ええ、特徴は一致しています」


 手紙を読みながら再び確認をして何度も頷いているし、いよいよ間違いはない。案外あっさり見つかって、今夜は予想よりも早くに休めそうだ。


「問題は、依頼主さんが起きてるかだね」

「たぶん夜行性だから大丈夫だよ~」

「…念のために聞くけど、根拠は?」

「さぁ?」


 無いんだ。知ってたけど。

 

「別に難しく考えなくても、この扉を叩いて呼べばすぐに分かりますよ」

「ま、それもそっか」


 返事がなかったら日を改めよう。

 夜を明かす建物はあの二人に紹介してもらったし。


「では私が呼んでみます。一応、私たちが受けた依頼なので」


 オオセンザンコウが前に出て、僕たちは一歩引いて事の顛末を見守る。


 トントン。

 軽やかな音が扉を揺らした。


「すみません、起きていますか?」


 控えめな声が家主を呼ぶ。

 トントン、念入りに確かめるようにもう一度戸を叩く。



 ……反応はない。



「やはり、寝ているようですね」

「そうだね、じゃあ今夜は諦めて……」

「―――ま、待ってくださいッ!」


 僕らが立ち去ろうとしたその瞬間。突き刺すような勢いの声と共に、バタンと大きな音を立てて扉が一気に開かれる。


 強烈な殴打を受けて後退ったオオセンザンコウ。

 

「きゃっ!?」

「あっ、申し訳ないです…!」


 慌ただしく彼女に謝りだす家主。深々と頭を下げて平謝りする姿に、僕はどうしてか憐れみの情を覚えてしまった。


「お気になさらず。起きていらっしゃったんですね…」


 手を上げ家主を宥めながらも、やはり声に棘の残るオオセンザンコウ。

 その繊細な感情を察してしまったのか、家主の脚と上半身がなす角度は段々と小さくなっていく。


 目測で測ってみたところ……おおよそ"sinθ=1/√2"(0<θ≦π/2)(つまり45度)

 

 ここまで来ると謝罪の意志よりも、むしろ身体の柔らかさを称賛するべきとさえ思えてしまう。

 でも、そろそろ真面目に話を始めないとね。

 

「……名前を聞いていいかな?」

「あっ、自己紹介がまだでしたね…!」


 苦しそうな体勢から脱し、ほっと息をつく家主さん。



「初めまして。私はリカオンと申します」



 どことなく危なっかしい依頼主さんの名前は、”リカオン”というらしかった。




§




「どうぞ、上がってください」

「お邪魔します」


 モーテルの中に入った僕らは、広いリビングに案内された。


 揃ってソファに腰を下ろして待っていると、リカオンがスイッチを押す音が響き暖色の柔らかな光のランプが部屋中を照らす。

 点いた瞬間は思わず目を細めたけど、こんな夜には丁度よい優しい明るさだった。


 水を持ったリカオンが向こう側に腰掛け、それぞれに配りながら話を始めた。


「この度は遥々ホートクから、ありがとうございます」

「それが我々の仕事ですから」

「ふふ、頼もしいですね。それはそうと、そちらのお二人は?」


 リカオンからの質問に、オオセンザンコウの目配せ。

 多分、”自己紹介しろ”って意味だろうと僕は解釈した。


「ソウジュです」

「クオだよっ!」


 僕らの続きを繋げるように、継ぎ足す説明が入れられる。


「依頼の内容を聞いて、同行したいとおっしゃったので」

「あー…話しちゃったんですね」

「申し訳ありません、うちのアルマーが」

「ほぇ、わたし?」

「この件に関しては10割あなたですよ」


 守秘義務…だっけ?

 探偵小説でも出てきた表現だから記憶に残っているけど、確かにあの時のオオアルマジロの発言はかなりの失言だったと思う。


 だけどまさかクオが食い付いて、あまつさえサンカイ行きを共にするなんてこと、普通は想像も出来ないだろう。僕も無理だった。


「私は全然大丈夫ですよ。お手伝いしてくれるってことですもんね?」

「うん、クオたち頑張るよっ!」


 クオの元気のいい言葉にリカオンも微笑む。


「問題がないなら、それで良いのですが…」


 依頼の秘密を守れなかったこと、今まで表に出すことは無かったけど気にしていたみたいだ。


 だとしても彼女には矜持があるのだろう。

 表情を整え、本題に話を進めていく。


「円滑に進められる計画を立てる為です。より詳細に、依頼の内容を教えて頂けますか?」

「わかりました。一からお話ししますね」


 水を一口、彼女はコップを傾けて喉を潤した。



「最初に『オアシス』の存在を知ったのは、実はこのモーテルにやって来た時のことなんです。掃除をしていた時に、こんな紙を見つけて」


 テーブルの上を滑る一枚のチラシ。


 よく読んでみるとそれは、ジャパリパークについて書かれた広告だった。


「『冒険型アトラクション・秘密のオアシスを探せ』……?」

「はい。大昔に、パークでやっていたイベントのお知らせみたいなんです」


 手に取ると、確かにチラシは若干古びている。

 大昔と言えば、これが発行されてどれほどの時が経ったのか。


 破れていないのが不思議だけど、そこはまたサンドスターの保存作用のお仕事の結果だろうし、気にすることではない。


 それよりも内容だ。

 リカオンはこれを見て、『秘密のオアシス』というものに心を奪われたという。



「このオアシスが私の心も潤して、もしかしたら空いてしまった穴も………ああ、何でもありません」



 ……穴ってなんだろう?



 言葉の文脈から類推するに、心の穴かな?

 どうやら訳ありな事情を抱えているようだ。詮索はしないけど。

 

 こほこほと、失言を誤魔化すようにリカオンは咳き込んだ。


「とにかく、何処かにはあるはずなんです」

「まあ、ヒトがアトラクションの目玉として使ってたくらいだからね」


 天然か人工かはさておき、過去に実在ことは確か。

 長い時間が経っているからもう消えてしまっている可能性もあるけど、それこそ確かめてみないと分からない。


 しかしまあ、その辺りの細かい検証をするよりも、『ある』という前提が元から固まっていることが安心できる。


「えっと、私が知ってるのはここまでです。……物知りのフレンズさんに訊いてみたら、何か分かるかもしれないですけどね」

「……どう、計画は立てられそう?」

「難しいですね、まだ情報が少ないです。おそらく向こう数日ほどは、市場での聞き込みや捜査に充てることになりそうかと」


 確かに、今の時点では場所の見当も付いてない。

 目標は明確になっているけど、道筋はまだまだ不透明なままだ。


 ……うん、そうだね。ここ暫くの予定として、聞き込みをするも悪くない。


 ついでに観光もやっちゃえば、クオも満足するに違いない。


「最後に一つだけ質問が。リカオンさんも、オアシスの捜索についてくるつもりはありますか?」

「そ、それはもちろんですっ!」


 二つの拳を固く握って、前のめりに肯定したリカオン。


「私一人じゃ力不足だと感じて、それで依頼を出したので。だから予想外でしたけど、四人も来てくださって本当に心強いです」




「―――だってみんな、私より強そうですもんね」




「……リカオン?」

「あ、何でもないです」


 一瞬、彼女の顔を覆ったように見えた闇。


 だけどそれも束の間の出来事。陰りはすぐに跡形もなく消え去り、屈託のない晴れやかな笑顔で彼女は三人を送り出している。


 ……もしかして、ランプの影だったのかな?


 もやもやと考え込んでいる内にリカオンの挨拶も最後。

 そう、僕の元へ。


「ソウジュさん、今日は夜遅くにありがとうございました」

「…うん」


 改めて見ても、明るい表情。さっきのは本当に、ランプの光が生み出した僕の錯覚だったのかもしれない。


 きっと何でもないんだ、邪推はやめよう。



 軽く挨拶を返して、僕もモーテルを後にした。



「ソウジュ、どうかしたの?」

「…うん、眠くなっちゃったなって」

「そっかぁ、長旅だったもんね」


 そっと腕の隙間に滑り込んできたクオの手に、ゆったりと力を込める。


「今日はゆっくり寝て、明日からも頑張ろうね」

「……そうだね」


 ここでの日々も始まったばかりだ。


 まだ分からないことだって、遠くない未来に知ることが出来るはず。


 だから今夜は忘れよう。

 リカオンに聞きそびれた謎と一緒に。

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