参の章 蠍の眠る水瓶の泉
第四十一節 砂漠の旅人
サンカイちほー。
ジャパリパークの中央より若干西寄りに位置し、地形の多くが砂漠である、おそらく全ちほーの中では最も生活がしにくいであろう場所。
その証拠にラッキービーストから巻き上げた地図を見てみても、ヒトが滞在できる施設は比較的気候が穏やかな一部の地域にその多くを建てられていることが分かる。
もちろん、フレンズの場合はその限りではない。
砂漠に適応した動物のフレンズは、そのような設備に頼らずともこの険しい砂漠で生きていくことが出来る。
……まあ精々、ジャパリまんの配給を貰うくらいだろう。
何はともあれ、僕らが探しているオアシスは穏やかな――つまりサバンナのような草木の生えた――気候の場所には存在しない。
しかも、「秘密の」というエクスキューズが付いた特殊なオアシスを目的としているのだ。砂漠に生息するフレンズでも近寄れないような、とても険しい地形の中に有ると考えた方が自然である。
そういう訳で僕らは日の入りの中、少しずつ涼しくなっていく砂漠を横断しているのだ。
特徴的な形の大岩とすれ違った直後。
僕たちの先を行くフレンズが振り返って僕らに声を掛けた。
「目印が見えたね、市場はもうすぐそこだよ」
彼女が指を差したのは、やはり先程の大岩。サソリのような尻尾を伸ばすあの岩は、角度によっては人型に見えなくもない。
”目印”と言っていたことから、きっとサンカイの中でも有名な地形なのだろう。
そして、長かった砂漠の旅も残りわずか。
到着の目途が立ったことで、安心したようにオオセンザンコウが言う。
「とりあえず、最初の夜は大丈夫そうですね」
「そうだね。砂漠は夜も大変って聞くし、しっかり休めそうでよかったよ」
ペットボトルから一口飲んで、額に浮かんだ汗を拭く。
真昼よりもマシとはいえ、まだまだ険しい気温だ。
僕らがいま目指している市場は、砂漠の中でも過ごしやすい場所に集まったフレンズ達によって形作られたものらしい。
詳しいアレコレは到着してからにするとして、そこが僕らにとっても快適な場所であることは確か。早く腰を落ち着けて、ゆっくりと疲れを癒したいものだ。
「二人も、ここまでありがとね」
「いいっていいって、何かあったらお互い様でしょ!」
「私たちもぉ、市場に行くつもりだったからね~」
先導して砂の上を進む二人――ヒトコブラクダとフタコブラクダ――が振り返って言う。
ホートクにて出会った”サラブレッドくりげ”とは、ナカベにいる彼女の仲間の元まで辿り着いた時点で馬車と一緒にお別れ。
ここから四人で進むのかと思っていたところ、偶然通りがかった二人の厚意にあずかり、サンカイ行きの第一目的地である砂漠の市場まで案内をしてもらうことになったのだ。
「にしても、ホートクからなんて珍しいね。暑くはないの?」
「正直すごく暑いけど、覚悟も準備もしてたから」
「備えあれば憂いなし…ってね!」
クオはコッソリ氷を取り出し、バリボリと頬張りながらそんなことを言う。
ここでも活躍しているのが例の収納術。
怪しまれない程度の量を手に持てば、残りの余計な荷物は全て必要な時が来るまで亜空間に眠らせておくことが出来る。
しかも時間の進みが遅くて――目覚まし時計を入れて確かめたんだったね――食べ物なども状態を悪くすることなく入れておける。便利すぎない?
言うまでもなく、さっきクオが食べた氷もその類だ。
絶対に氷が溶けないクーラーボックスとか、こと砂漠においては役に立つってレベルじゃないよね。
クオはダブルスフィアの二人にも氷を配り、出所は苦手な口笛で誤魔化している。
不可解な仕草に訝しみつつも、色々と詮索する気はないようだ。
「ところで、着いてからの予定って決まってるのかな」
「最初に、市場で待っている依頼主さんと顔を合わせる予定です。そこで改めて、詳しく依頼の内容を聞く手筈になっています」
まあ、順当な予定だね。
特に気になることも他には……あ。
「その依頼主って、誰だったっけ?」
「……実は私たちも分かりません。手紙での依頼でしたし、名前が書いてあるようなこともなかったので」
「じゃあ何か、推測できるようなものは……?」
あごに手を当て、しばし思案したオオセンザンコウ。
懐から一枚の封筒を取り出して、中の依頼文らしき手紙を見せながら言った。
「ここに一つ。『ハンター(元ハンター)』という記述が最後に有ります」
「…どっちなの?」
「どっちもなんだよっ!」
「いや、ありえないでしょ…」
僕はクオの言葉を即座に否定する。
これは幾らなんでも、論理的におかしいんだもの。
……もう、しょんぼりしないの。
撫でてあげれば機嫌は戻るけど、砂漠だと暑くてそれも大変なんだよ?
閑話休題。
『ハンター(元ハンター)』の意味について考えてみよう。
「ハンターだったり、ハンターじゃなかったりするんじゃない?」
「訳わかんない、何その状況…」
もうこれ、素直に誤植じゃない?
よく洗練され無駄の削ぎ落とされた短文による矛盾だ、きっと教科書にも載るね。
依頼の本文を読んでいても書いた人物の人柄が伺えるようなことは何も書いていないし、推測するだけ徒労な気がしなくもない。
「こればかりは、会って確かめるしかないようですね」
「だね、
「そのはずです」
なら問題はない。
今この話は捨て置こう。
「……あ」
とその時、クオが何かに気づいて声を出す。
彼女の向きに倣えば、僕らもすぐに同じものを見つけた。
「セルリアンだね、どうする?」
「クオに任せて、全部片づけちゃうよっ!」
セルリアンは4体。
体は小さく、よく見る弱いタイプの個体だ。
この程度なら、クオ一人に任せてしまってもきっと大丈夫だ。
「じゃあ、お願いしていい?」
「すぐ終わるから、見逃さないでよねっ!」
「あはは、ちゃんと見てるよ」
僕がそう言うと、クオは頷いてセルリアンの群れの中へ飛び込んでいった。
軽快なステップで飛び回りながら、虚空から引き出した刃を斜陽の光に煌めかせ、刀でセルリアンを撫でるように一体一体すれ違っていく。
…1、2、3、4。
とても素早く、動きは速く、目で数えるのが精一杯。
クオが刀を鞘に戻すと、両断された8つのセルリアンだったものが辺りに虹を散りばめた。
束の間の舞踊のような一幕。
さっきのクオが言う通り、本当にすぐに終わっちゃったね。
「おつかれ、やっぱりクオは強いね」
「ふふん、もうちょっと手応えが欲しかったなっ!」
大きく胸を張ったクオ。
すると、後ろでオオセンザンコウが呆れたように呟く。
「そんなことを言うから、来てしまったようですよ?」
「…えっ?」
「あっ、あそこ!」
気付いたクオが指差す向こう。
砂が吹き上がり、何やら不穏な雰囲気が漂っている。
僕らが身構えた、次の瞬間。
「…来ますっ!」
揺れと一緒に地面を破り、地下から出てきたセルリアン。
砂の上にそびえ立ち、馬車よりもずっと大きい体躯を持ったソイツは、三角錐……つまり、ピラミッドのような形をしていた。
「ありゃりゃ…」
「出たなっ、セルリアンっ!」
嬉しそうに刀を構えるクオ。
コイツは若干強そうかなと、僕も妖術を準備する。
「私たちも手伝います。弱点を見つける役には立てるかと」
「センちゃんがんばれ~」
「アルマーも…いえ、今回は良いです」
諦め風味のオオセンザンコウ、アルマーの実力はまた今度。
僕はとりあえず氷属性を使ってみる。
相手へのダメージと僕らの涼しさが両立できます。
「それで、相手がどう出てくるか…」
ただの肉弾戦型か、もしくは特殊な攻撃をしてくるのか。最低限、それさえ分かれば自ずと戦い方も決まってくるというものだけど……
「先手必勝ーっ!」
あ、クオが突っ込んで……
「きゃあぁぁっ!」
グルグルと高速で回転するピラミッドに吹き飛ばされてしまった。
猪突猛進が裏目に出たね、まあ今回はしょうがない。
だけどおかげで、相手の特性が見えてきた気がする。
「……やっぱり、近接型かな」
さっきの先手必勝アタックは、クオの高い瞬発力も相まってもはや奇襲だった。すると反撃は条件反射、つまり常日頃の対応がモロに表れた攻撃となるだろう。
それがあのグルグル攻撃だとすれば、常日頃から遠距離攻撃を使っている相手ではないと推測した。
もちろん確証はない。
「だから、確かめてみよっか」
それを知るのは簡単な話。
距離を保って、妖術をぶつけまくればいい。
―――遠くに手を出せる相手なら、やってこない訳はないもんね?
「さあ、君の本気を見せてごらん!」
セルリアンから距離を取ったら、氷の塊を飛ばしまくる。
数えきれない氷の雨が、三角を穿ち砂漠を冷やす。動く隙間も与えないほど、濃い弾幕が敵を襲った。
「…どうかな」
しばらく妖術を放ったら、回復も兼ねて手を緩める。
一度反撃の隙を与えてみて、どう出てくるかを観察しよう。
するとセルリアンは回転を始め、グルグルとさっきのように回りながら……僕の方へと距離を詰め始めた。
「なるほど、やっぱりそっか」
わざわざ近づこうとしたことで確定した。
コイツは遠距離攻撃の手段を持っていない。
―――妖術のカモだ。
さて、どんな風に処理してあげよう?
頭の中で様々なルートを考えていると……頭の横から入ってくる声が一つ。
「待って、クオも戦いたい!」
クオの懇願だった。
「いいでしょ? まだ戦い足りないのっ!」
「……じゃあ、僕が合図したら飛び込んで」
「うんっ!」
個人的に試してみたい妖術とかも有ったけど、一旦はお預け。クオと協力するなら、サクッとコンボを繋げられる戦法がある。
「一陣の風よ―――砂を舞い上げ、吹き飛ばせっ!」
初めての、若干ゃカッコつけた口上。
割と気に入ったし、また機会があればこんな風にやってみよう。
とまあ僕の心情はさておいて、セルリアンの足元に起こした陣風が、空高くまで三角錐の巨体を巻き上げた。
逆さに返り、がむしゃらに回り出したピラミッド。
完全に制御を失ったと見える。
「今だよっ!」
「よーし、任せてっ!!」
砂を蹴り、塵と一緒に飛び上がるクオ。
三日月型の軌道で光る刃が、ピラミッドの頂点に深々と突き刺さる。そして引き抜き、浴びせる五月雨の如き斬撃。
「…ふぅ」
砂上に降り立ち「お仕事完了」とばかりにクオが息を吐いたとき、細切れに宙を踊るセルリアンと、地に落ちて刺さった一枚の石板があるばかりであった。
石板を虚空に仕舞い、振り返って言う。
「オオセンザンコウの出番、用意できなかったね」
「ええ、構いません。倒してくれてありがとうございます」
「じゃ、そろそろ行こうよ。夜になると砂漠はキツイよ?」
ヒトコブラクダの一言にハッとし、僕たちは早足になって歩き出した。
歩くほどに泉へ近づいて、砂も段々と湿り出す。
見え始めるヤシの木と数々の建物。
砂漠の市場は、もう目と鼻の先であるようだった。
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